「――ッシ……! おい、ペッシ、起きろ!」
呼ばれて、ペッシはおもむろに目を開けた。大通りから漏れた橙色の街灯が、自分の倒れた路地裏を、そしてプロシュートの顔を照らしている。
「兄貴、兄貴、オレ……」
ペッシは半身を起こして辺りを見回した。気絶していたのだ。丸々と肥えたネズミが頸動脈に噛みつくか否かという瞬間から――ペッシはとっさに首へ手をやった。四肢の表皮を噛まれ、食い破られたような痛みはあるが……よかった。首はやられていないらしい――今に至るまでの記憶がない。彼のスタンドは、寝ている間までその姿を保ったまま自動するようなものではない。ビーチ・ボーイが彼の手から離れて、具現化したまま転がっているわけがなかった。
たかがネズミに襲われて意識を失ってしまった。結果、の居場所がわからなくなってしまった。そんな情けない話があるか?
ペッシは悔しさに顔を歪めた。
「……おい、ホルマジオ。おまえは別の車での後を追え」
ホルマジオとプロシュートが乗ってここまでやってきたのは、アジトから少し離れた大通りに停車されていたのを、ホルマジオが“拝借”したものだった。プロシュートがペッシを連れてそっちに乗り、ホルマジオは再度他人の車を拝借しなければならないらしい。だが、小さくなれる彼には簡単なことだ。そうでなくても、彼には長年培ってきたスリの技術がある。車やバイクなんかを盗む――もとい、“拝借”するくらいは簡単なことだった。
「りょーかい。……ペッシはどうする。結構な箇所をかじられてる。そこそこヤバいんじゃねーのか」
「医者の世話にならねーで済むようにならしてやれるさ。かなりの荒療治にはなるが」
そう言ってすぐに、プロシュートは自身のスタンド“グレイトフル・デッド”を出現させた。ホルマジオはびくりとして後ずさった。彼はもとよりペッシにも、グレイトフル・デッドがその場に滲ませるガスが見えていた。
「あ、兄貴……? 一体、何を」
「おまえの体の中に入り込んじまったかもしれねー菌やウイルスなんかの繁殖を止めて殺す。そのために、おまえの体もろとも老化させなくちゃならねぇ」
その辺りで転んでできた擦り傷ならまだしも、下水道を住処にするような不潔極まりない悍ましい彼らに何十箇所と深くかじられてできた傷を放置したままでいれば、大抵の人間が熱病やその他諸症状に悩まされ、最悪の場合死に至るだろう。ドブネズミはありとあらゆる細菌、ウイルスを媒介する。破傷風はもとより、鼠咬症やチフスなど、下水道の整備によって近年ではほとんど聞かなくなったような病気を引き起こす病原菌を媒介するのだ。
細菌やウイルスに寿命はない。グレイトフル・デッドのガスで増殖は抑えられても、創傷部に細菌の芽胞が残れば、能力を解いた途端にまた繁殖を始めるだろう。そうならないように、早急に老いたペッシを連れてアジトへ戻り適切な処置を施す。あとはペッシの免疫力に運命を委ねるしかない。万が一何かしらの感染症が発症したとしても、おそらくそう簡単に死に至りはしないだろう――少なくとも、プロシュートはそう信じている――が、ペッシの能力が使えなくなる期間は短いに越したことはない。
「オレは専門家じゃあねーから、破傷風菌なんかの生存期間がどれくらいかなんてことは知らねぇ。オレの能力で死に絶えるかどうかも分からねぇ。だが、オレの能力にさらされている間、増殖が不可能なのは間違いない。だから、おまえが死ぬ寸前くらいまで一度老化させる。いいか、ペッシ。覚悟を決めるんだ」
ペッシは混乱していた。自分の未来には死しか訪れない。そう思えて仕方がなかった。今まで何度も見てきた、尊敬する兄貴分のスタンド能力。その威力を、この身をもって体感する日が来ようとは思ってもみなかったのだ。
痛いのか? 苦しむのか? 彼の能力にさらされて元に戻ったものはいる――例えば、イビサの例の庭園で巻き添えをくらった者たちがそうだ――が、その内の一人にどうだったか、なんてことを聞いたことなどない。もっと言えば、“直ざわり”をくらって生き返った者などいない。
「え、ええっ!?……そんな、下手したら、オレっ!! 死んじま――」
「ペッシ」
プロシュートは偉大なる死の恐怖におののくペッシの顔を掌で優しく包む。瞬間、触れられた所から、瞬く間に老化が始まった。もう何度も見てきた、信頼する兄貴分の能力による攻撃。ペッシは逃げようと必死に藻掻いたが、やがて四肢に力は入らなくなっていく。
「落ち着け。痛みはねぇ。オレを信じろ。……オレはおまえを絶対に死なせやしねぇ」
「あ、あに……き……」
ペッシの体はみるみるうちに萎びていく。プロシュートの陰から、皮と骨だけになったペッシの四肢しか見えなくなったころ、ごくりと生唾を呑んだホルマジオはプロシュートに車のキーを投げて渡すと、ふたりに背を向けてズボンのポケットから携帯電話を取り出した。
なんの因果か、ホルマジオが今協力しなければならないのはイルーゾォだ。彼とは、普段から険悪だったムードがさらに深刻になったままほとんど話もしていない。気が進まない。が、これは仕事なので、気が進まないなどと思っている場合ではない。ホルマジオは二つ折りの携帯電話を上から下に振って開いた。
イルーゾォは今、アジトの組織端末の前での位置を示す点を見張っている。その彼から、ホルマジオがの居場所を聞こうとする前に電話がかかり、端末が震えた。ホルマジオは嫌な予感に苛まれながらも、ワンコールと鳴り止まないうちに応答する。
「どうし――」
『が伝えられていた場所とは全く別の場所に向かい始めた』
「何……?」
ホルマジオは人通りの多い大通りの雑踏に飛び出した。その間に、イルーゾォにがいる場所を聞いた。土地勘が無いわけではないので追跡は不可能ではない。問題は、身ぐるみを剥ぐか剥がされる、荷物を捨て置くか捨て置かれるなどして、遠隔での位置確認が不可能になることだ。そうなる前までに、に追いつかなければならない。
ホルマジオは路肩に駐車したての車の運転手から鍵をスリ取り、運転席に乗り込んでエンジンをかけると、アクセルペダルをべた踏みしてリアタイヤを滑らせながら発進した。車通りの少ない隘路を縫って、のいる場所を目指す。イルーゾォとの電話は繋がったまま、スピーカーをオンにしてダッシュボードの上のくぼみに置いている。何かあったらすぐに連絡しろ、そう伝えて黙々と車を走らせながら、ホルマジオは今、の身に――否、我らが暗殺者チームに、どんな災厄がふりかかろうとしているのか考えた。
イビサの時のように、自身が逃亡を企てたのか。もしそうなら、彼女がペッシを傷付けるようなことを、他の誰かにさせるだろうか。そもそも、がオレたちに伝えていたのとは違う場所に向かっていることと、ペッシが何者かのスタンド攻撃を受けたことに何か関連があるのか。それとも全く別の災厄が重なり合っただけなのか――。
考えたところで答えは出そうに無かった。そもそも、ペッシの受けたという攻撃がスタンド使いのそれだったのかどうかすら、彼の口から詳しい話を聞かない限り判別できない。
ネズミが寝たきりの老人や赤ん坊に噛みついて死なせたという話なら、確かに聞いたことはあった。だが、立って歩ける四肢の自由も効く人間相手に襲い掛かるなんてことはあるのだろうか。脳なんて、子供の小指の先ほどの大きさしかない――脳の大きさと知能は比例する――ネズミたちが、まるで統率された兵隊のように束になって、生きた人間に向っていくなんてことは、普通に考えればあり得ない話だ。そんなあり得ない話をあり得る話に変える能力者が、この街に存在し得ることはもちろん知っている。だから十中八九スタンド使いによる攻撃と判断していいかもしれない。だが、それも憶測にすぎないし、その憶測の先にはただ不安を煽る想像の世界だけが無秩序に広がっている。
今はの追跡だけに集中したほうがいい。ホルマジオは最終的に、そう判断した。
『おい、ホルマジオ! 聞こえてるか!?』
イルーゾォが言った。
「何だ」
『発信機の動きが止まった』
「それはどこだ」
『何でもねぇ、ただの道路だ』
県道の何号線をどの方角に何キロ進め。イルーゾォがそんな説明しかできないような、郊外へ向かうただの道路だった。目印になるような建物は何もない。
今はそこへ向かうしかない。冷静にそうは思っても、嫌でも何か良からぬ未来を想像してしまうホルマジオのハンドルを握る手には、焦燥からか、自然と力が入ってしまうのだった。
73:Killing Stranger
他人の不貞行為を見聞きして必要以上のバッシングをする人間は、この国にはそれほど多くいない。所詮他人事だし、他の誰かの浮気なんて日常茶飯事なので、文句を言っていたらきりがないからだろう。自分が当事者になって裏切られでもしないかぎり、正義の名のもとに人様の個人的な問題に口を出し、なんの関係もない遠くにいる赤の他人に罵詈雑言を浴びせることで鬱憤を晴らそうという人間はほとんどいない。バッシングをする前に、自分が幸せでいるにはどうするべきか省みるか、何なら自分も浮気してしまえばいいと思う人間が大半なのだ。
だが、メローネは違った。自分には全く関係のない第三者の不貞行為であっても、何か言いようのない憎悪が沸き起こった。それは口にはしなかった。自分の中で沸き起こる憎悪や怒りといった感情が、自分の過去の実体験に基づくものと認識していたからだ。そんな過去は当人が思い出したく無かったし、他人にそれを悟られたくもなかった。
妻のいる男が、不貞行為を働くのが許せなかった。妻のいる男を誑かすヤツは、もっと、もっと許せなかった。そんな人間がまともな性格をしているわけがない。死んでしまえばいい。
そんな思想がメローネにはあった。だが彼は、そんな思想に則った激情を表に出すことは、やはりしなかった。
成長するにつれて、彼は捌け口をみつけた。そこで憎悪や怒りを発散できるようになった。なんの関係もない、赤の他人を殺すことで発散できるようになったのだ。
ただ彼は、彼の愛する者を殺さなくて済むように、赤の他人を殺す。
そうすれば、彼の人生は平穏そのものだ。彼が人を殺したところで証拠は残らない。殺したという実感もほとんどない。自分が接触して殺した方の人間は、跡形もなく消える。こんな完全犯罪を成し得る彼だからこその、平穏な人生。彼は人殺しを娯楽に、つまりは現実逃避にしている節があった。
半裸の女は、自分の腰を掴んでいた男の手から力が抜けて、余韻も何もなく自分の中から出ていったのを不思議に思って後ろを振り向いた。
いつの間にか不倫相手の男は気を失って椅子に身体をもたれのけぞって、目には目隠しを、口には猿ぐつわを咬まされていた。女は腰を抜かし、小さく悲鳴を漏らして床に尻もちをつき、慌てて後退する。先程まで自分の中にあった屹立したペニスがゆっくりと萎びていくが、自身の目の前にあるそんな光景に気は回らない。愛人の背後に立つ見ず知らずの男が薄暗い守衛室の広いカウンターデスクの上にラップトップを乗せて、何か真剣そうにカタカタとキーボードを叩く姿を凝視する。そして恐る恐る声を上げる。
「……だっ、誰なの!?」
メローネは言った。
「うーん……今回はターゲットの性格も血液型も全くわからないからな。相性の良し悪しが全く計れない。まあ、ものは試しだよな。使えないジュニアが出来上がったらまたやり直せばいい。ターゲットの精液はまだあるからな。とは言え、こんなものとはさっさとおさらばしてしまいたいもんだ。よし、手早く済ませよう」
メローネに女と会話をする気は無かった。彼にとって今そばにいる女は、子を生み出すための道具でしかなかった。身分を証明するものがどこにあるかにも、どんな“仕方”が好きかにも察しはついたので、もはや道具相手に会話をするという徒労もいらなかった。彼はそれきり喋ることなく、黙々と作業を進めていく。
「ちょっと! 無視してんじゃあないわよ!! あ、あんた、なに、何なの!? 私立探偵とか、そういうのなわけ……!?」
不倫を疑う旦那のさしがねかと恐れおののく彼女に、そんなことを心配する前に、早く身の安全を確保したほうがいいと言ってやれる者はいない。
「ベイビィ・フェイス」
メローネがそう言うと、ラップトップに足が四本はえて、その化物はデスクから飛び降りた。飛び降りたのと同時にドタドタと音を立てて女へ迫り寄り、恐れおののく彼女に襲いかかった。
夜、守衛室以外には誰もいない警察署の一階に、女の悲鳴が響く。
警察署から少し離れた大通り、その路肩に停車したロードスターへ、メローネがバイクを寄せる。車には運転席で待機していたギアッチョと、証拠品の保管庫に侵入し盗んだターゲットのDNAサンプルをメローネに渡した後、一足先にこの場所へ戻ったリゾットが乗っていた。
「済んだのか」
ギアッチョが言った。
「ああ。……ん? お。今、生まれたみたいだな」
オレたちは今、何の関係もない、罪の無い女の命を奪った。リゾットは沸き起こる自責の念を鎮めにかかる。
罪のあるものの命のために、罪無き者の命が蔑ろにされることは許されない。それは最もだ。だが、罪無き者の命のために、罪のあるものの命は蔑ろにされていいと、神は言っただろうか?
命の価値に違いなどない。人は皆平等なのだ。富めるものにも、貧しきものにも、罪があろうが無かろうが、死は平等に訪れる。
悪を生むのは大抵の場合が社会だ。社会の歪みによって人々の間に軋轢が生じ、それが降伏限界を迎えた時に悪意と暴力が生まれる。大抵の場合、社会に生きるもの全てに、悪意への責任がある。だから皆罪人のようなものなのだ。日々起こる罪から、日々起こし重ねる罪から目を逸らし、自分は悪くないと宣うだけの、善人ぶった罪人たちだ。オレたちと連中の違いは何か? 犯罪を実行に移すか、素知らぬふりをして何もしないかの違いしかない。そうしていないと生きていけない身の上に生まれたもの同士、同じ罪人だ。
人殺しを生んだ社会に生きる罪人たちが、人を殺すという罪をもって人殺しを罰する。これは死刑制度に見るように、処罰として公的にも行われていることだ。今回の事件を起こしている犯人に限って言えば、ヤツに死という処罰を与え、これ以上の犠牲者を出さないようにするということは、オレたちにしかできないことであり、オレたちのためにやる仕事でもある。つまり、オレたちが生き残るための手段というだけの話だ。
与えられた任務を遂行するために、無関係の女の命を奪う。与えられた任務を遂行するために、オレたちは今ここにいる。所詮、この世は弱肉強食だ。善も悪も無い。強さを、敵よりも強力な武器を持つものだけが生き残ることができる世界だ。
だから、オレたちは赤の他人を殺す。愛する者を殺さずに済むように。
リゾットは自分にそう言い聞かせていた。
「オレはこれからジュニアの育成に取り掛かる。歩けるようになったら表に出てくるだろうから、それをピックアップして移動する。ギアッチョ、オレの後についてきてくれるか?」
「ジュニアとはどうやって意思疎通すんだよ。おまえは運転中にノパソなんかいじれねーだろうが」
「ん? すぐに喋れるようになるさ。パソコンからの指示しか受けられないわけじゃあないんだ。追跡中にジュニアと会話だって可能だ」
「へえ、そうかよ。んじゃあ、早いとこジュニアを動けて喋れるようにしろや」
「今やってるさ」
やがて、メローネが育て上げたジュニアはよたよたと覚束ない足取りで、署を囲む植込の陰から姿を現した。メローネはその姿を確認してすぐに親機を閉じバイクの後輪付近に取りつけたサイドバックへ仕舞うと、バイクにエンジンをかけてジュニアの元へと走り出した。それを見て、ギアッチョもまた車のエンジンをかけ、メローネがバイクを走らせ始めたのと同時にアクセルペダルを踏み込んだ。
ターゲットを追跡するメローネのスタンドは郊外へ向かっていった。名前も顔も分からない連続殺人鬼に近付いている。ターゲットがスタンド使いかどうかは分からない。だが、少なくとも普通の人間ではないだろう。それにしても、素性の知れない人間を殺せと命じられて、遂行寸前までそれが分からないのも珍しい。殺せるのか? ターゲットとは戦うことになるのか?
胸騒ぎがする。仕事の直前にリゾットがこうなるのは、彼が覚えている限りでは初めてのことだった。
オープンカーは風を切って進む。エンジン音、そして走行音、フロントガラスにぶつかりキャビンに回り込んでくる空気が耳を撫ぜる音が主張する中、リゾットのズボンのポケットで携帯電話が震えた。
仲間には、仕事中には電話を控えるように伝えてあった。しかし、何をおいても伝えるべきと個々人が判断した場合は、その意志を尊重するとも伝えていた。
つまり、これは悪い知らせだ。
リゾットは携帯電話を取り出し応答する。相手はプロシュートだ。最近、彼から電話がかかってくる時は、悪い知らせばかり――しかも、決まってに関わる話だ。
「どうした」
『単刀直入に言うぜ。……を見失った』
リゾットは深く息を吐き出しながら額に手を当て、髪をかき上げた。
「ペッシは」
『恐らくだが、何者かのスタンド攻撃を受けた。……死んではいねぇ。今、アジトで応急処置を済ませたところだ』
リゾットはほっと一息ついた。命の駆け引きには慣れていないはずなのに、よくぞ生き残ってくれた。だが、は何故見失うことになった?
「発信機は」
『ホルマジオが発信機のある場所に向かったんだ。服も靴も、バッグも何もかも、道路の路肩に打ち捨てられていたんだと』
一体何故、誰が、何のために……!
怒りに狂いそうになるのを必死に抑え、リゾットは言った。
「仕事を片付けてからホルマジオと合流する。場所はどこだ」
聞いて、リゾットは携帯電話を元の場所へ戻した。そして伝えられた場所を頭に思い浮かべる。そこへ行くには、ちょうど今ギアッチョが車を、メローネがバイクを走らせている通りに進めばいい。
そのままバイクと車はどんどん進んでいく。郊外へ向かうに連れて交差点はどんどん少なくなっていき、やがて一本道へ出た。尚も、ホルマジオのいる場所へと、自分たちは向かい続けている。
「どういうことだ……!」
偶然の一致なのか。
リゾットはたまらず独り言ちた。ギアッチョがちらと横目で彼を見る。
「何かあったのか」
リゾットが通話を終えてから、今の今まで控えていた質問を、ギアッチョはやっと口にした。チラと横目に見たリゾットの横顔が珍しく、ひどい焦燥をあらわにしていたからだ。聞かずにはいられなかった。
「が何者かにさらわれた」
「……それをさせねーためのペッシだったんじゃあねーのか!? あのクソポンコツマンモーニがッ! 何の役にも立ちゃあしねぇッ!!」
「ギアッチョ、落ち着け。……問題は、が身ぐるみを剥がされた場所に、オレたちが今向かっているということだ」
「はあッ!? 一体どーゆーことだァッ!!」
分からない。ひとつ言えることがあるとすれば、予定とは全く別の場所に向かい始めたというのいるであろう方向と、自分たちが向かっている方向が完全に一致している――この一本道を郊外へ向かって三キロメートル進んだところに、の身につけていたものが捨て置かれていたのだ――ということ。それが何を意味するのかは想像の域を出ない。
だが、嫌な予感がする。
自分でそうしたのか、赤の他人にそうされたのか。後者であれば、リゾットが今、想像してしまったことが事実かもしれない。
居場所が完全に掴めない前者の場合よりもマシ。本当にそう思えるか? 死なないからと言って、彼女は蹂躙されていいのか? 彼女が獣のような、汚らわしい性犯罪者に蹂躙された上に、自分たちの命の安全がある。それを心から喜べるか?
どうか、どうか、オレたちの向かう先にいてくれるな。
リゾットは心の中で幾度もそう唱えた。