気がつくと、は冷たいコンクリートの床上に横たわっていた。ぼやけた視界は段々と鮮明になっていき、自分はどこか暗い部屋にいるのだと分かった。暗いのだが、大きなモニターか何か、青白くぼんやりと部屋を照らす何かがあることも分かった。ぼやけた視界が段々と鮮明になってくると、彼女は床に手を付きおもむろに半身を起こした。
一番最初に目についたのは、正面の白い壁をスクリーンにした、プロジェクターから投影されたような映像だ。見上げると予想通り、プロジェクターが天井から鋼材か何かで吊り下げられていて、その丸いレンズから放たれる白っぽい光線の中で塵が舞っているのが見えた。それが部屋をぼんやりと照らす青白い光の正体だった。流されているのがどんな映像かはひとまず置いておいて、はあたりを見回した。
後ろを振り返るなり、は目を剥いた。部屋の真ん中、彼女が横たわっていた場所から後方ニメートルほどのところに真っ赤なオープンカーがあったからだ。言うまでもない、父の愛車、アルファ・ロメオのジュリアGTCだ。そして、さらに右へ左へと首を振ると分かってきたのは、ここがガレージであるということだ。車の後方は闇で、何があるのか、その奥に壁があるのかどうかすら分からない。だが確かにガレージだ。しかも見覚えのあるガレージ。映像が写っていたのは壁ではなく、ガレージの白いシャッターだった。ジュリアに向かって右側の壁にはコルクボードがかかっていて、写真が一枚だけ飾られていた。は立ち上がって歩み寄ると、写真を見つめた。まだ父が生きていた頃、ファヴィニャーナ島へ行った時にカーラ・ロッサを背景に撮った写真だった。
焼失したはずの写真。行方知れずの父の愛車。写真とともに焼失したはずの、実家のガレージ。どれもこれも、自分の記憶の中にしか存在しないものだ。ここにあるのは現実には絶対に存在しないはずの、過去のものばかり。だから、ここは現実世界ではない。ならば一体どこなのだろう?
そんな結論に至り、新たな疑問が浮かんでしばらくの間、は呆然とスクリーンの映像を眺めていた。
映像を見ていると、一人称視点でダンジョンを進んでいくゲーム画面を見ている気分になった。ゲームの主人公は、数秒おきに閃光弾でも放たれているのではないかと言う程に明滅が激しい暗い室内の人混みを掻き分けるように進んでいく。ついでに、地鳴りするほどの重低音と耳鳴りのような電子音も聞こえてきた。音源は恐らく、頭上にあるプロジェクターだろう。
やがて主人公は建物の外へと出てタクシーに乗り込み、運転手に行き先を伝えた。主人公は――私は――宿泊先のホテルの名前を口にした。
この時点で、はある程度のことを理解した。
私の目で今見ている光景がここに映し出されている。私の耳で聞く音がリアルタイムで聞こえてきている。ここにあるものは全て過去の物だが、このスクリーンに映し出されている映像とそれに付随する音だけは、今現在のもの。私の目で見て私の耳で聞いていることに違いはない。ただ、その体の舵を取っているのが私では無いというだけだ。
もうひとりの私が私の意志を支配して体を動かしているのだ。
何故そう言い切れるのか。スクリーンに映っている映像も聞こえてくる音も、過去のものかもしれないのでは?だが、しばらくしてはそうでは無いと確信に至った。
過去にもこの部屋に囚われていたからだ。それを彼女はたった今思い出した。今になってやっと、思い出したのだ。目の前の悍ましい光景に胸を痛め、涙ぐんで体の舵を取る方の自分にいくらやめてと訴えたところで、“彼女”に声は届かない。
私はここを知っている。私はここに戻ってきたのだ。もう随分長いこと離れていた場所。
私のダーク・サイドに。
65:Dark Side
表の自分が眠くなると、裏側の自分も眠くなる。表の自分が起きると、裏側の自分も起きる。
“彼女”が起きている間、私は延々とこのガレージで、正面の映像を見て音を聞くことに徹するしかなかった。そうしていると、表の自分と裏の自分が求める物はどうも真逆らしいので、胸が痛んで、私は大抵ここで泣いていた。
起きている間、表側の自分の気持ちが分かるのだ。シンクロでもしているのか、自分の心に、当事者の様に感情が流れ込んでくる。“彼女”が何を考えているのか、何をしようとしているのか、感情が分かれば大抵のことは予見できた。予見できたところで、ここにいる私にはどうしようもないのだけれど。
“彼女”は大抵怒っていた。心の奥深くに根付いた憎しみという名の木の幹から、憎しみはどんどん派生していった。怒りをもって憎しみを間引いても、大元の憎しみはどんどん大きく成長していくばかり。
間引くのは生命の主となる部分に栄養をやるためだ。だから当たり前だったのかもしれない。けれどその行為が、私には辛かった。見ていられなかった。“彼女”は心がないように振舞っていた。だからって私が傷ついていない訳ではないのに。全然、平気なんかじゃないのに。
“彼女”は初めて人を殺すときに、この場所へ私を追いやった。優しいままではいられなかったからだ。優しいままでは、“彼女”の目的を果たせないと思ったから。ボスの素性を探るためにパッショーネの構成員を片っ端から襲っていって、口封じのために殺していった。そうすれば、いつしか父の、母の、養父の――奪われた全ての敵を討てると信じていた。
私は“彼女”がそうやって人を殺すところを、黙って見ていることしかできなかった。黙って涙を流して、嗚咽交じりにやめてと繰り返すしかなかった。
私がここに来た時のことは思い出せた。けれど、私が再度表に出た時のことは思い出せない。一体何がきっかけだったのか。いつの間にか私は表の世界に戻っていて、あの、死に際の快楽を追い求めるようになっていた。
確か、初めてはリコルドさんに借りたアパートのバスルームだった。お湯を張ったバスタブの中で、手首を切った。その後も何度か、アパートのベッドの上で睡眠薬を大量に飲んだり、サイレンサーのついた銃で喉から脳天めがけて撃ったりした。
それにしても、一体どうして私は死にたがるようになったのだろう。その前まで、少しもそんな風には思っていなかったはずなのに。初めて死んだ時に、気持ちが良かったって思っただけだったはずなのに。
それはともかく、孤独で、数ヶ月にいっぺんの頻度でご褒美とばかりに自らを死に追いやる生活を続けるうちに、私はチョコラータに出会った。彼は私を何の躊躇いもなく、何度も何度も殺してくれた。――いや、殺されて、しまっていた?あの時、私はヤク漬けにされたも同然だったのかもしれない。シラフに戻ったような今だから、そう思える。
こうして私はいつの間にか、“彼女”が最も嫌うパッショーネという組織の一員になっていた。暗殺者チームの一員になっていたのだ。
このガレージに追いやられてから記憶が途切れる――ウリーヴォさんが家の床の上で頭から血を流して倒れ死んでいるのを発見する――までは、表の自分がどういう気持ちで何をしてきたかを見てきたから、チームの皆には自分がボスの素性を探ってきたことは事実として伝えることができた。私は“彼女”の血も涙もない残虐行為が、その映像や音がトラウマだったので、禁忌を冒す過程で暗殺者チームの皆と同じパッショーネの構成員を数多殺してきたことだけは、すっかり都合よく忘れ去ってしまっていた。けれど、倫理観が狂ってしまっていたのは私も一緒で、チームに入って与えられた仕事を何回かは難なくこなしてしまった。
“彼女”のやり方を見ていたからだろう。それに、ガレージの中にいる間は、“彼女”が憎らしいとか、殺してやりたいって怒りを覚えているのを感じていたはずなのに、自分が表に出るとそんな気持ちが全く分からなくなっていたというのもあるかもしれない。だから、自分が人を殺すことにも、他の皆が人を殺すことにも嫌悪感なんかを抱けなかったのだろう。
完全に脳内麻薬で頭がやられていたのだ。ボスへの復讐を誓った彼女には屈辱の日々だったかもしれない。
それにしても今のところ“彼女”の心は凪のように穏やかだ。こうやって過去を振り返っていられたのはきっと、目の前で流れる映像がいつも通りで、音も静かだったからだ。
確かに、がスクリーンを前にして自分が現状にいたるまでの整理をしている間、表の“彼女”はいつもと変わらないと思えるような行動を取っていた。いつも通り従順に仲間に付き従い、チームのためにと動いていた。その間、“彼女”からは取り立てて言うような感情は湧いてこなかった。もで、ほとんど無感情に過去を振り返っていた。ただひとつ、この場所――異空間。実在しない場所。恐らく、の頭の中――のことを、この場所に戻ってくるまで少しも覚えていなかったことは信じられなかったが、その驚きもすぐに収まってしまった。
にはほとんど自らの意思で“彼女”に体を明け渡してしまったという自覚があったので、いまさら彼女に体を返せと言うのも理不尽なような気がして言い出せなかった。何と言っても、やはりまだナポリには帰りたくないのだ。ならばこのまま、彼女に舵取りを任せているのも悪くないかもしれない。彼女はそう思い始めていた。
その頃、はプロシュートの背中を視界に収めながらターゲットの邸宅へ向かっていた。後ろにはペッシがついてきている。やがて一行は広々とした崖上の庭園に行き着いた。日が暮れるにつれて、映画かドラマでも見せられているのでは無いかと言うほどの光景が浮き彫りになっていった。“彼女”は自分の目を覆うよりもまず、ペッシの目を覆ったらしいと分かった。目の前にペッシの青々と茂る頭髪がチラついていたからだ。
ここまできてやっと、は“彼女”の感情が動いたのを感じた。憎しみと怒り。“彼女”を代表する感情だ。はむか、と久しく感じていなかった思いを胸に抱くことになった。
原因は恐らく、麻薬だ。庭園で快楽にふける皆を軽蔑し、哀れみ、それを広めている根源を憎み怒っている。にはそうと分かった。そしてすぐに、きっと“彼女”にとっては私も大して変わらない、怒りと憎しみという感情を湧き起こさせる原因のひとつでしかなかったのだろうという悲しみに行き着いた。
私は自分自身にすら見放されていたのだ。
はガレージの中で膝を抱え、体を小さくしてうつむいた。感情がせわしなく動く混沌に呑まれながらも、彼女には彼女の感じやすいものがあるようだった。表の自分が感じている怒りや憎しみよりも、途方も無い孤独と、それを思い知らされたことによる悲しみに打ちひしがれる。
少しだけ落ちついて視線を正面に戻した時、あたりをしわくちゃの老人たちに囲まれる中で、はプロシュートと向かい合っていた。彼の端正な顔がゆっくりと近づいてくる。はとっさに身を引いて口元に両手の指先を当て目を剥いた。“彼女”は目を開けたままだった。そしてすぐに“彼女”の感情が伝わってきた。心臓はバクバクと高鳴ったまま何も言えず、プロシュートには好き放題言われっぱなしだ。
“彼女”は経験が少ない。それもそのはずで、“彼女”はと違って自ら孤独を選んでいた。愛する者がいればいるだけ、しがらみが増えて目的を見失う。そんな信念があった。だから――
「。お前がもう死にたくないっていうのが本当なら、それはチームにとって……いや、オレにとっても、最高に嬉しいことだ。オレだけじゃあねー。チームの皆が、お前が死ぬところなんかもう二度と見たくねーと思ってる。……だが、だからって、ひとりで心を強く持ち続けろと言っているわけじゃあねーんだぜ。ひとりで、何でも抱え込もうとするんじゃあねーぞ。オレ達は仲間だろう。……そう思っているのは、オレだけか?」
――人に面と向かって、こんなに優しい言葉をかけられたことなどほとんど無かった。ここまで自分のことを思ってくれる人に――ウリーヴォの家を、あの農園を出てから今まで――抱きしめられたことなど無かったのだ。
体はしばらくの間、ぎゅっとプロシュートに抱きしめられたままだった。一緒に胸がキュッと締め付けられている。“彼女”はやはり、何も言えずに目を見開いたままでいた。
それはガレージの中にいるも同じだった。自分にすら見放されていたと絶望していた心が少しだけ救われたような気がして、涙が込み上げてくる。
私が言われているわけじゃない。プロシュートが“彼女”に言った言葉だ。もう二度と死なないと決めた強い方の私に、確固たる信念を持った表の自分に向かってプロシュートは仲間だと言ったのだ。けれど、身体はひとつで、彼の方は・ただひとりに向かってそう言ったはず。
いまさら、マルセロのバスルームで“彼女”が言った「あなたはわたし。わたしはあなた」という言葉を受け入れたいと思う自分が疎ましかった。
今まで散々“彼女”をこの部屋に一人ぼっちにして、疎ましいと遠ざけて、見て見ぬ振りをして、怒らせ憎ませ泣かせてきたに違いない私が、都合のいい時にだけ彼女の言うことを聞き入れて、今すぐプロシュートの胸の中に飛び込んで、抱きしめられたいと思ってしまうなんて。そんな弱い自分がとてつもなく疎ましい。
今は黙っていよう。きっとこのまま、私は――いえ、・は、“彼女”のままでいた方がいいんだ。私はまた、ここで大人しくしていたほうがいいんだ。
一度はそう思っただったが、“彼女”の行動はやはり受け入れ難かった。
マルセロの元の顔は写真で見ただけだったが、スクリーンに映る彼の今の姿は見る影も無いということは分かった。ハリ艶があって肉厚そうに見えた彼の肌は萎びて、縮み上がった表皮は今にもポロポロと剥がれていきそうだった。苦しそうに上を見上げて、果てしない後悔に悲哀を重ねた形相でを見つめていた。それがまたどうしようもなく辛かった。“彼女”はまた、これからこんなことを繰り返していくんだろうか。
対症療法を続けた甲斐あって脳内麻薬が抜けたからなのか、それとも体の主導権を他に譲ったからなのかは分からないが、今のは、人が理不尽に命を奪われる様を黙って見続けられるほど物事に無関心ではいられそうになかった。
それが自分のこととなればなおさらだ。
マルセロともう一人のターゲットを始末した後、“彼女”は彼のクラッチバッグと氷の入ったグラスを手に持ってプロシュートに背を向け、崖の方へ向かって歩いて行った。彼女はバッグの中を漁って小さな正方形の黒い発信機とキーを取り出した。恐らく、マルセロの船のキーだ。やはり、の嫌な予感は当たっていた。彼女は今夜逃げるつもりでいる。そう確信できた。
確かに帰りたくはない。けれど、仮にプロシュートとペッシから――チームから逃げおおせたとして、私には行く当てなんてどこにもない。従来の“彼女”に元通りだ。孤独に人を殺し続け、いつ果たせるかもわからない敵討ちに全てをかける。
今、自分が完全に孤独なら、それでも良かったかもしれない。それか、チームの皆のことを今の時点で大嫌いだと思えたなら良かったかもしれない。私がチームから抜けたことで誰が死のうと関係無い。そう思えたなら。
孤独じゃない。今になってやっと、はそう気づいた。プロシュートが言ったことが、心からの言葉なのだと理解できた。自分がチームから離れがたいと思うのは何故か考えれば、その理由は明らかだ。
彼らは孤独な私に居場所を、そして愛を与えてくれた。生きていて楽しいと、初めて思わせてくれた大切な仲間たち。彼らと一緒にいると楽しくて、居心地がよくて、心の底から落ち着いた。
そんな居場所を失いそうになって初めて、自分が皆に大切に思われていたのだと気づいた。彼らの命をないがしろにしてまで果たすべき復讐なんてありはしない。あっていいはずもない。
復讐なんか果たしたところで、愛する人が戻ってくるわけではないのに!
ホテルへ戻りシャワーを浴び、バスローブを身に纏ったはすぐにベッドへと潜り込んだ。スクリーンは暗闇を映すだけになって、次第に聴覚も効かなくなる。ガレージは静まり返る。同時に眠気が襲ってきた。コントロールの効かない強烈な眠気。目を覚ますのが恐ろしいと思いながらも、は体を再び冷たいコンクリートの床上に横たえた。
こうして、目覚めの時はすぐに訪れた。
「絶好のチャンス……?未来が輝いて見える!?」
はガレージの中で大粒の涙を零しながら叫んでいた。だが、声は届かない。自分の内側で叫んでいるはずなのに。
きっと“彼女”も、こうやって泣いていたんだろう。
「違うわ!逆なのよ!あなたはまた、長い長いトンネルに入っていこうとしているのよ!そのトンネルに出口なんかない!何度同じことを繰り返すの!?またそうやって、大切な人を死なせるの!?また自分からすすんで孤独になって、楽しくも何ともない、落ち着かない日々を始めようっていうの!?」
大切な人に背を向けて、“彼女”は夜の海へ――闇へと進んでいく。
居ても立っても居られず、は激情に任せて立ちあがり、シャッターへと這い寄った。中央にある取手に両手の指をかけ、片膝をついて持ち上げようとした。錆びついているのか、簡単には開きそうにない。だが、何度か思いきり力を込めれば、耳障りな金属音が鳴り響きはじめた。絶対に開かない訳では無さそうだ。シャッターと床との間に指一本分のスペースが出来上がると、はすかさずその隙間に手を滑り込ませ取手から持ち替え、また上に向かって引き上げる。
以前このガレージの中にいた時は、出て行こうなんて思ったことは無かった。“彼女”を止めたいと、心から願ったことが無かったということだ。それは“彼女”が理解できなかったからだ。“彼女”の全てが受け入れがたかったから。ただ目を覆って、耳を覆って、早く終わってくれと思っていただけだった。だが、今は違った。
“彼女”もまた、ここでずっと泣き続けていたのだ。理不尽に殺され続け、ただ怒りと憎しみを増幅させるだけの日々を送り、しまいには自分自身にすら拒絶される。どれだけここで声を上げても、私にはそれが届かない。――同じ経験をして、初めて“彼女”を受け入れたいと思った。だが、受け入れるというのは、“彼女”の意思をそのまま受け入れるという意味ではない。“彼女”にここで、孤独に泣き続けて、恨みつらみを募らせ続けていて欲しくないということだ。
大人一人がやっと通れるほどのスペースに、無我夢中で体をねじ込んで這い出した。ガシャンと音を立ててシャッターはすぐに閉まった。途端、あたりは例の闇へと様変わりした。
「ペッシの元へ――チームの元へ戻って!」
はもう一度“彼女”へ訴えかけた。きっとここへ来れば会話ができると信じて疑わなかった。
「あなたは、プロシュートにひとりじゃないって言われて、確かに嬉しかったはず。私にはそれがわかったわ。心臓をバクバク鳴らして、言い返す言葉を必死に探してた。結局見つからなかったのよね。本当に離れたいと思っているなら、あの時彼を突き放すべきだった。それができなかったのはどうして?」
“彼女”はしばらくして、呟くように言った。
「私がどう感じているかなんて……あなたには関係の無いことよ」
「関係なくなんかないわ!あなたは確かに言った。あなたは私で、私はあなただって!忘れたとは言わせない!」
すると“彼女”は、自身の覚悟をとうとうと語り始めた。確固たる信念を――積もり積もった積年の恨みを、底なしの復讐の意思を――示し始めた。終盤、私には、私の心を言葉にすることができない。そんな“彼女”の言葉を得て、は問いただした。
「何故なのか教えて。あなたは、どうしてそんなに復讐を果たしたいと思うの?殺された父さんのため!?母さんのため!?ウリーヴォさんのため!?……みんなみんな、復讐なんかしたって戻ってきや――」
「言えないと言っているのよ!!」
“彼女”は叫んだ。
「言ったら、あなたは壊れてしまう!!だから関係無いと言っているの!!復讐を果たしたいのは私のため。私だけのためなのよ!!その理由を、あなたは知る必要がないの!!」
突如として、肌が粟立つような感覚がを襲った。この闇の中では粟立った肌も見られないが、確かにぞっとした。この感覚には覚えがある。闇に浮かぶ死神の姿がフラッシュバックする。直後、いつもの声が聞こえてきた。
『Conquer or Die』
機械的な声音は同じだったが、問いかけの内容は違った。生きるか死ぬかではない。征服か死か。その二択だった。
「征服するわ」
“彼女”が――メガデスを、そして怒りと憎しみを司る方のが――迷いなくそう答える声が、闇に響き渡った。