暗殺嬢は轢死したい。

 もう前の通りは見なくなった。それは気にならなくなったからだ。ホルマジオが隣に女性を連れて歩いているかどうかが、気にならなくなったから。

 はコインランドリーで乾燥機を回す暇な間、いつも使う向いの喫茶店で窓際の席から青空を眺めていた。眺めながら、激しく興奮して動悸まで起こすほど、ホルマジオに求めていたものが何だったかと振り返ってみる。――死だ。最初は、彼に殺してもらえたらどんなにいいだろうとばかり思っていた。奇遇にも殺してもらえた。それが案外気持ちよくないものだと分かって、死ぬのは控えようと思った。

 そして最近、死んだ自分を生き返らせている者が何かを知った。死ぬのは控えてみよう、という程度の気持ちから、死にたくない――あの悍ましい死神の力で生き返るのが、悪魔に魂を売っているような気がして仕方がない――という気持ちになった。まだ、“彼女”とは折り合いを付けていない。現実から目を背けたまま、今のままの自分を受け入れてくれる男性の胸に転がり込んでいる。

 孤独でいたくない。それが動機を形作る主たる要素だ。孤独でいたくないからと相手に選ぶなら、同じ境遇の者であるほうがしっくりくる。それに、馴れ合うには自分が飼っているもののことくらい知っておいてもらっていた方がいい。そう思ってイルーゾォに依存した。最初は気が紛れた。だが、やがて気づいたのだ。――私は彼のことを何も知らない。

 相手の良い所も悪い所も、すべて包み込み享受するのが愛情だ。だから彼を知ろうと努力した。けれど、普段彼とは会話ができない。落ち着いて話をしたいと思っても、夜に夢のように現れたかと思ったら、イルーゾォは次の瞬間には身体を求めてくる。それを嫌だとも言えず――そもそも嫌だとすら思っていないのだが――にセックスを済ませると、そのまま寝てしまう。目が覚めて隣を見たら大抵彼はいなくなっている。

 思えばバリ島で同じ時を過ごしてからと言うもの、会話らしい会話なんてできていない。

 結局、孤独は見えない所に深く根付いたまま、未だに芽吹かんと息を潜めているのがには分かった。だが、対処法が分からない。

 それが彼女から欠落したものだった。彼女が抱くのは紛れもなく現状に対する不快感で、それを解消するためには相手に抗議して改善を要求する。それが建設的な問題の解決法である。彼女はこれまで自らの特殊能力を濫用して、もやもやと晴れない気持ちを忘れるために安易に死を選んできた。麻薬はやらないと心に決めているのは殊勝なことだが、それよりよっぽど不健全と思える方法で脳内で快楽物質を精製してハイになっているのだ。その短絡的な思考回路故に、彼女は今、どうしたものかと空を見上げている。

 そろそろ夏の休暇が終わる。終わってしまう。だが、は心のどこかで、早く終わればいいと思っていた。仕事が始まればきっと、こんなもやもやとした気持ちも紛れるはずだ、と期待して。

 ふと、雲ひとつない青空に影が差した。

「よっ、

 いつの間にかの側にホルマジオが立っていた。彼を見上げ、屈託のない笑顔を向ける。

「あら、ホルマジオ」

 今日はブロンドのグラマラスな女性は連れてないのね。――ああ、これは余計な一言だ。こういう軽率な言葉を吐くのはやめたほうが良い。そう後悔したのはつい最近のことだ。は口をついて出そうになった言葉を呑み込んで、ホルマジオに向いの席に座るように促した。

 決め事その一。他の男と二人きりにならないこと。に抵触するけれど、大丈夫。私はそもそもこのチームに入ってからずっと、ひとりでいる気分になったことなんて無い。メローネ一号から三号――とが名付けた発信機だ。おそらく携帯電話と財布と靴底とかに仕込まれている。もしかしたら四号もいるかもしれない。出かけに気をつけてと抱きつかれたたから――くらいまでは常に連れているのだから。

 それに、仕事の都合上止む無く二人きりになったとしても、用意に体に触れさせないこと。という但し書きだってある。触れられなきゃ大丈夫ということだ。

「お前さ、イルーゾォと付き合ってんのか?」

 席につくなりホルマジオが言い放ったことに驚いて、は目を丸くした。気持ちがいいくらいに単刀直入だ。一呼吸置いて、彼女は答える。

「いいえ。付き合うとか付き合わないとか、彼とそんな話をしたことはないわ」

 嘘じゃない。本当のことだ。そう言った後すぐに、もやもやと心を覆う霧が濃くなった。

「ああ、訊き方を間違えたな。……あいつと寝てんのか?」

 ……まずい。黙ってしまった。

「いいえ」

 短く嘘をついてにっこりと笑ってみるが、そんなごまかしはホルマジオには通用しなかった。

「今少し黙って目を泳がせたな。嘘つきの反応だ」
「それ、リゾットから教わったの?それともメローネ?」
「オレたちの世界じゃ常識だぜ。信頼関係ってのが一番大事なんだ」
「デリカシーに欠ける質問をして答えを迫るのも、信頼関係を築くにあたって支障になるものだと思わない?」
「なるほど。お互い様ってわけだな。お互い様ついでに、腹を割って話をしようぜ」
「何について?」
「オレたちの関係についてだ」

 一度ベッドを共にした、というだけで、女性の方から関係を迫るのはよくあることだろう。まさか、食うに困らない百戦錬磨のホルマジオ――自分のことなど一夜限りの関係としか思っていないだろうと、に勝手に思い込まれている男――からそんな話をされるとは思わず、はきょとんとしたまま彼を見つめた。

 いつもどおり飄々としていて、発言の真意を煙に巻くような態度。今は彼のそんな態度が、の不安を煽った。少し前までなら気にも留めずに負けじと飄々と質問と言う名の攻撃をかわしていただろうに、どうもそんな気分になれなかった。

 決め事そのニ。誰にもイルーゾォと関係しているなどと悟られないようにすること。に完全に抵触する。だが、これは不可抗力だ。自分からばらした訳じゃない。悟らせたわけでなく、悟られてしまっただけ。だから私にはどうしようもない。

 バレてしまえ。は心のどこかでそう思っている自分に気が付いた。

「オレは後悔してるんだ。あいつに取られちまうくらいなら、あの時、お前をちゃんと物にしていれば良かったってな」
「私がイルーゾォの物っていう話は仮定の話?それとも、あなたの中ではもう事実になっちゃっているの?」
「オレの中だけじゃあねーよ。付き合ってないふりなんざオレたちに通用するわけがねーだろ。オレやメローネだけじゃなく、きっと他の皆が気づいてるだろうな」

 自分では普段通りでいたつもりだったが、そう上手く繕えてもいなかったらしい。孤独でない、常に気にかけてもらえていると確認したくて、すがるように彼のことを見てしまっていたのかもしれない。思えば、その確認が上手くいったためしはなかった。の心を覆う霧は晴れないどころか、どんどん濃くなっていく。

「イルーゾォの能力ならよぉ、夜這いなんて簡単にできちまうよな。初めてそう気付いた時はあいつの能力を羨ましく思ったもんだ。……なあ、。あいつのどこがいいってんだ?あんな高慢ちきで嫌味ったらしい男のどこがいいってんだよ」
「彼、案外優しいのよ。高慢ちきで嫌味ったらしいって所に異論は無いけれど、私はそれを嫌だと思ったことは無い」
「女に優しくするってのは男だから普通のことだぜ。特に美人相手だと気に入られたくて猫かぶりになるもんだ。そしてアイツの嫌な所が気にならねーってんなら尚更、オレがアイツに負ける意味がわからねーんだよ」

 自信満々のホルマジオに言ってやれることはある。女たらし。何考えてるか分からない。あとは……考えても特に思いつかなかった。何考えてるか分からない、はイルーゾォにだって言えることだ。

「それとも……オレがお前を殺したからか」

 グラスの中の氷がカラン、と音を立てた。途端に胸が締め付けられて、平常心を保てなくなる。は溢れ出そうになる涙を必死にこらえて俯いた。

「ちがう。違うわ、ホルマジオ。それは関係ない」

 あの時初めて、死ぬことに対して負の感情を抱いた。いつも明るく飄々としていて掴みどころの無いホルマジオが、やけに気落ちしていて、まるで彼じゃ無いように感じた。彼を――そして気付いたのだ。チームの誰も、自分が死ぬことを快く思っていないと。自分は死んだって生き返ることができるのに――こんなにも苦しませることになるのなら、もう死にたくないと思った。

「――殺してって、お願いしたのは私よ。それに、私を楽にしてやりたいってあなたは思ってくれていたわ。あなたには、感謝してる」
「じゃあ何なんだよ。何がアイツと違うってんだ……」

 まただ。そんな顔をしないで。罪悪感でどうにかなってしまいそう。悲しそうな顔を私に見せないで。そう念じながら、は吐露してしまう。ホルマジオを選ばなかった真の理由を。――本当はもう二度と思い出したくも無い、例の存在について。

「あなたは私の中にいる悪魔を、見たことが無いでしょう」
「悪魔……?」
「そう。……メガデスよ。私を百万回殺す悍ましい悪魔を、あなたは見たことが無い」

 ホルマジオはじっとを見つめた。確かに、見たことはなかった。どんな時も慈愛を忘れない――それこそ、世間に虐げられた自分たちのような者たちにすら分け隔てなく屈託のない笑顔を向け、全てを受容する――美しい女神のような女の中に、悍ましい悪魔が潜んでいるなんて想像すらしなかった。その悪魔は記憶が正しければ彼女のスタンドだ。彼女が生き返る時に姿を現さなかった、彼女本体から離れた血やら爪やら歯やらを元の場所に運んでいたヤツだ。彼女の身体を元に戻し、復活させているのに、悍ましいのか?

 だが改めて考えてみると、メガデスという物騒な名前からして女神のような見た目をしているわけがないことは明らかとも思えた。

「イルーゾォは二度もその悪魔を見たの。チームに入ってすぐ、ニューヨークに行ったときがあったでしょう。あの時、すでに彼は見ていたのよ。それでも、私と普段通りに接してくれていた。この間バリへ行ったときも、どういう訳かメガデスが出てきて……それでも彼は、私を受け入れてくれたわ」
「それが理由だって言うのか?」
「そうよ。……あなたに見せるのは怖いわ。嫌われてしまいそうで、恐ろしいのよ」

 ホルマジオは唇を噛んだ。には心を乱されてばかり。イルーゾォだけでなく、ホルマジオもそうだった。まるで普段通りの自分ではいられないのだ。リオデジャネイロでもそうだった。

「まただ。お前はまた、そうやってオレのことを決めつけてる」

 きっと自分のことなど大切に思っていないだろう。きっと本当の自分など晒したところで受け入れてはもらえないだろう。そんな自己判断の末に、自分は選択肢から除外されたのだ。ホルマジオはやるせない気持ちでいっぱいになって、から視線をそらして顔をしかめる。彼女を責めたくはない。けれど、自分が機嫌を悪くしていることは知ってほしいと、中途半端な態度を示した。

「見せもしないうちに、オレがお前を拒絶するなんて決めつけるんじゃあねぇよ。アイツが……イルーゾォのヤツが受け入れられるくらいのものなら、オレだって受け入れられるに決まってる」

 は俯いて黙ったままでいた。言い逃れるため、ホルマジオを納得させられるような言葉を探していた。だがそれをできるだけの力を持った、彼にかけるべき適切な言葉など瞬時には思い浮かばなかった。

「オレに見せてみろよ。お前のすべてを」
「無理よ」

 それだけは即答できた。紛れもない恐怖心。死すら恐れないが唯一恐ろしいと感じる死神。あの姿を思い浮かべるだけで身の毛がよだち、それが自分に内在していると思い出すだけで涙が溢れてきた。

「……何で」
「それに答える前に、ひとつ質問させて。……あなた達は、能力を使うときに何を思っているの?どうすれば彼らを表に引きずり出せるの?」

 そんなことは深く考えたことも無かった。ホルマジオは腕組みをして首を傾げた。改めてどうやっているのかと考えてみたが、そんなことは彼にとって言うまでもないことだった。

 スタンドとは己の心が具現化したものである。目的を達成すると心に決めた時には、すでに表に出てきているものだ。ホルマジオはそれを言葉にしようと試みた。

「願えばいい。姿を見せろって、心から願えば出てくるさ」

 は目をつむり黙ってみせた。しばらくして首を横に振った。

「やっぱり、無理よ。だって私……あれに表に出てきてほしいなんて、心から願えないもの」

 震える声では力なく訴えた。顔を伏せた彼女の瞳から、大粒の涙がぽとぽととこぼれ落ちて、太ももの上に置いた握りこぶしの甲を濡らしていく。

 自分を受け入れてほしいという我がままで、彼女を泣かせてしまった。彼女を悲しませるつもりはなかった。ホルマジオもまた罪悪感に苛まれて、掛ける言葉を見失った。そのうちにいたたまれなくなって、いつの間にか手が出ていた。彼女の濡れた手の甲を握って、自分の手の甲で涙を受け止める。

 彼女の体温を保ったままの水滴が、手の甲から親指と人差し指の間へと流れ込んでいった。それで思い出してしまった。彼女を手に掛けた時、ナイフの柄を伝って落ちてきた生暖かい血の感触を。

 ホルマジオは咄嗟に手を引っ込め、慌てて席を立った。

「……悪かったな。お前のこと、泣かすつもりなんか無かったんだ」

 の肩に手を置いた。彼女の肩は小刻みに震えていた。

「お前の話なら、いつだって聞いてやる」

 そう静かに言い残してホルマジオは去っていく。カランカランとドアベルが鳴って、後に扉が閉まる音がした。

 彼の優しい声掛けすらもの胸をきつく締め付けていた。もう見る者はいない。泣き顔を見られたくないという自制心を失くした彼女はしばらくの間、ひとりさめざめと泣き続けた。



54:Cry



 もうそろそろ当番の者が夕飯の支度を始めなければならい頃。イルーゾォとメローネのふたりは一足早くアジトのリビングで待機していた。イルーゾォは暇を持て余して何となしにテレビを見て、メローネはいつも通りノートパソコンのモニターに見入ってカタカタと何かやっている。最近は彼が見るものと言ったら、かパソコンのモニターのどちらかでしかない。今日はイヤホンまでして完全に外界との交流を遮断している。それはそれで静かでいい、とイルーゾォはくつろいでいた。

 やがて誰かひとりアジトへ戻ってくる。玄関の扉が閉まり、リビングへと向かって来る足音。イルーゾォはちらと視線だけで、帰ってきたのが誰か確認しようとした。確か今日はが料理当番だ。そろそろ乾いた洗濯物と、買った食材を携えて帰ってくる頃。

「なんだ。お前らいたのか。相変わらず暇してんのな~」
「チッ……」

 だが、顔を出したのはではなくホルマジオだった。イルーゾォは視線を元に戻してうんざりした顔でテレビ画面を睨みつけた。ホルマジオはいったんキッチンへと足を運び冷蔵庫の扉を開けた。ガス入りのミネラルウォーターのボトルを取り出し栓を開けると、ソファーへ向かって歩いて行く。そしてイルーゾォの隣にどすんと腰を降ろした。向かいに座るメローネは、視界の隅にちらついて見えたホルマジオの下肢を見て彼が帰ってきたのだと認知すると、それ以降は再び外界への興味を失くして自分の世界に没頭した。

「なあ、イルーゾォ」
「ああ?何の用だ」

 メローネはイヤホンを耳に着けて何やら作業に没頭している。きっと何を話したって聞こえやしないだろう。ホルマジオはそう思って会話の口火を切った。

「お前、とはどういう関係なんだ?」

 イルーゾォはうんざりした顔をホルマジオのいる方へ向けた。そして心底うんざりした風に言う。

「おいおい勘弁しろよ。そんな話、何もわざわざのストーカーやってるこの変態がいる前でするこたあねーだろうがよォ。面倒くせーことになったって知らねーぞ」
「あいつ今耳に詰めてんだろ。聞こえてねーさ」

 イルーゾォに指をさされたメローネは、案の定向かいに座るふたりに何の反応も示さなかった。確認が済むとホルマジオは話を元に戻すため、先程にしたのと同じ類の質問を繰り返した。

「で?はぐらかすなよな。どんな関係なんだよ。バリから帰ってきてからえらく仲が良くねーか?」
「ああ?……普通だろ」
「寝たのか?」
「お前もお前で重症だな。頭ん中、女とヤることだけで一杯一杯って感じだ」
「そりゃあおめーの方だろ」
「……ああ?何が言いてーんだてめぇ」

 イルーゾォはやや前のめりになってホルマジオにすごんで見せたが、ホルマジオはいつものようにへらへら笑ってみせる。

「おいおい怒るなよ。いやさ、前に言ったろう?お前とのふたりが同時に姿を消してたら、鏡の中でお楽しみの最中だって皆に伝えておいてやるって。それを聞いたお前は、オレに言いふらされんのがイヤで、皆が寝込んだ夜中にでもしけこんじまえばいいやって発想に至るのは普通だよなって思ってよ。つかそもそも、ヤるなら夜だよな。で、バリでと仲良くなれた延長線で、今は夜な夜なしこしこ親睦を深めているわけだ。いや~、羨ましい限りだぜ」
「てめぇ……こっちが黙ってりゃあ好き勝手にくっちゃべりやがって。いい加減にしておけよ?」
「図星だな。鼻息荒くしちまって、今にも憤死しそうって感じで分かるぜ。……で、は恋人なのか?付き合ってんのか?それとも体だけの大人な関係なのか?ああ、でも分かる。あいつは確かにいい女だ」
「……まるで知ってるみてーな口ぶりじゃあねーか」
「ああ。知ってるぜ。これは恐らくだが、イルーゾォ。に手を出したのはお前の方が後だ」

 この話の終着点はどこだ?どこまでこのハゲの与太話に付き合ってやればいい?初めのうちは頭の中の冷静な部分でそう考えていたイルーゾォだったが、はらわたが煮えくり返るほどの熱を持った血液が急激に頭めがけて駆け上がってきて、途端にそれどころではなくなってしまった。

 薄々気づいてはいたことだった。バリにいたときも、この目の前にいる男の影が幾度となくちらついて、気分はすこぶる害された。このオレが辛抱できなかったのだ。ホルマジオなら尚更のことだったろう。妙に腑に落ちたような気はしたが、だからといって腹の虫が治まった訳では無い。自分の女が今、辱められている。――否。を辱めるような口ぶりで、この男は実の所オレを貶めようとしているのだ。

 イルーゾォは冷静を装って、攻撃という名の防御に転じた。この話に関して言われっぱなしでなあなあにできるほど、彼は今、冷静でも思慮深くも、そして強くもいられなかった。彼もまた、に平常心を狂わされた犠牲者に違いなかった。

「フンッ……。勘違いするなよ。オレはあの女に本気になんかなっちゃいねぇ。このオレに向かって、寂しいって言うから相手をしてやっているだけだ」

 イルーゾォはソファーにふんぞり返り、怒りの根源であるホルマジオから目を逸らして嘯いた。ホルマジオは眉根を寄せて不快感を露わにした。そして自分から目を逸らしたままのイルーゾォを睨みつける。

 は一体どうやってこんなクズ相手に安心を得ているというのだろう。ホルマジオはいくら考えても答えを見いだせなかったし、そもそも考えたくもなかった。

「それにな、ホルマジオ。お前がに本気なのかどうかなんて知らねえし興味も無いが、いい機会だからひとつだけ言っておいてやる。あの女は、復讐心を忘れちまってるだけの反乱分子だ」
「……どういう意味だ」
「なんで仲間なのに監視なんかしなくちゃあならないんだと、最初に思わなかったか?能天気にボスからの労いの品だとでも思ってたかよ?……厄介払いだ。お前もあいつの中身を見れば分かる。ありゃ、復讐に憑りつかれてる。いつ牙を剥くかも分からねえ悪魔を内側に飼ってるんだぜ。だから、本気になっちまう前に手を引いた方が身のためだ」

 イルーゾォはそう言ってホルマジオを牽制したつもりだった。ホルマジオからを遠ざけるつもりで言ったことだ。もちろん、根っからの嘘ではない。少し前に自分にも散々言い聞かせていたことだ。だが、自分の能力さえあれば、を自分のものにしたまま自分の命だって守ることができる。そう気づいたのだ。この邪魔者さえ片付けてしまえば、は一生涯自分の物――。

 突然、キッチンの方から物音がした。イルーゾォとホルマジオのふたりはすぐに音のした方を見やった。そこには夕食の材料が詰められているらしい紙袋が落ちていた。ごろごろと、紙袋の口からりんごが何個か転がりだした。その間ばたばたと慌ただしく廊下を駆ける足音がした。そして玄関のドアが閉まる音を最後に、リビングは静まり返った。

 呆然とするふたりの向かいにいるメローネは、ひとり片側の口角を僅かに吊り上げて笑っていた。