「・・・団長は?いないの?」

 8月30日正午過ぎ。低身長且つ超長髪で前髪と後ろ髪の区別がつかない男・・・つまり、コルトピが一人呟いた。先ほどこの場に到着したコルトピとボノレノフはその場に立ち尽くすばかり。

「団長、さっき出て行ったばかりなんだよ」
「・・・自分から召集掛けといて・・・。それに、誰なの?あの女。メンバーが一人多いみたいだけど」

 指を差した先は私の方に向いていた。あえて無視をかますと、シャルナークが紹介をしてくれた。

「彼女はっていう俺達の親友だよ。ああ見えても一流の医者なんだ。団長直々の指名らしい」
「医者、いるの?ボクたちに」
「それほど、今回の仕事がデカイってことなんじゃない?」
「ふーん・・・」

 一旦無視をかましたからにはシャルの「ああ見えても」という言葉に反応するわけにはいかなかった。少し歯がゆい思いをしながらも必死に耐え抜く私。よくみると、体を包帯でぐるぐる巻きにした彼・・・つまり、ボノレノフは喋りにくそうだ。だからあんまり喋らないのかなとか、そんなくだらないことを考えていると、コルトピが案外お喋りであることに気がついた。だからと言って特に何かあるわけじゃないのであまり気にはしないが、とにかく暇だ。暇で暇でしょうがない。こんな暇な時に団長だけずるいぞ。何てことを思っていた矢先だ。

、お前暇なんだろ?ウボォーとでも出かけてこいよ。しばらく仕事で自由きかなくなるんだしよ」

 ノブナガが、そんな提案をしてくれた。さんとの約束もあるわけだし、その案に乗らない理由はない。ところで、ウボォーはというと・・・さっきから昼寝ばかりしていた。






12話:夕日の沈む海






「おい!起きろよウボォー!」
「・・・ガァーッ・・・ガァーッ・・・」
「起きろってば!」
「・・・あ・・・あぁ?」

 あからさまに不満そうな表情で応答したウボォー。昼食もまだ済ませてないのによくそんなに寝られるな。

「なあウボォー。暇だから相手してくれよ」
「暇だからってなぁ・・・何時団長が帰ってくるかもわかんねーのにか」
「大丈夫だよ。当分帰ってこない気がするし」
「・・・まあ、いいぜ。暇だしな」

 ウボォーはそう言って起き上がると、すぐに私を持ち上げた。で、何故かお姫様抱っこ。皆いるのに、そんなことお構い無しに。お姫様抱っこ自体初めてで、その微妙な浮遊感が怖くなり、私はとっさにウボォーにしがみついた。

「こ・・・怖っ・・・」
「お!もなかなか乙女なとこあんのな」
「・・・いや、普通の人間の抱っこと高さ違うから」

 そんな私の訴えを無視してウボォーは体勢はそのままに、うーん、と唸って考え事をしているようだった。

、お前どこ行きてぇ?」
「え・・・うーん・・・」

 つまり、デートコース。人気が少ないところがいい気がする。それ且つ、さんがチョイスしそうな場所・・・。あの人は休みにショッピングで物を買いあさるような人じゃないよな。その前に、こんながたいのでかすぎる男がショッピング街にいたら吃驚する。そこで浮かんできたのが、漫画にも出てきてたこの世界の地図。ヨークシンシティは海の近くにあった気がする。でも海までの距離はわからないし、遠すぎたら普通に却下されるだろう。けど、とりあえず言ってみる。

「とりあえず、海に行きたい」
「はは!そうだな。お前らしい」
「でも、二人とも。ここから海まで行くっていったら、相当距離あるよ?・・・そうだな。ウボォーの足で5時間程度かな」
「結構あるんだな。まあ・何とかなるだろ」
「ちゃんと明日までには帰って来いよ?」

 シャルナークが心配そうな面持ちでそう言った。・・・というか、何の公共機関も使わずに行くのか。そう問うと、ウボォーは真面目な顔で俺たちは盗賊だ。金で正式な取引するはずがないし、車かっぱらうにしても、オレの身長じゃ丁度いい大きさの車が無い。走っていくしかねーだろ。と、こう言った。

 5時間走り続けるくらい楽勝だぜと言わんばかり。その間、私はウボォーにお姫様抱っこ・・・か。5時間もお姫様抱っこをされる。そんな経験なかなかできないぞ、と思いつつ、私たちはアジトを後にした。






























 静かな、白い病室。窓の外では、雀がせわしなく木々の枝の上を跳びまわる。運ばれてきた美味しくも、不味くもない病院の朝食。アタシは、ただ呆然と窓の外を見ていたので、いつ、それが看護士によって運ばれてきたのかはよく覚えていなかった。ただそこまで時間は経っていないのだろう。食器に手を添えると、まだ温かさが残っていた。

 ああ。どしてこんなに苦しいのだろう。こんなにも胸が苦しいのは久しぶりだ。

 手にとって、口に運びかけた朝食も中々口まで到達しない。諦めて一度さじを置き、ベッドに背を預ける。それでも、この張り裂けるような思いは緩んでくれなかった。

 悲しくて、淋しくて、どうしようもないこの思い。どうにかしたいと思っても、この世界には「やり場」がないのだ。思いを伝えたいと願うその対象となる人物が、この世界には存在しないのだから。昨日、これでもかと言うくらいに泣いたというのにまだ懲りないらしい。昨日と同じ滴が、瞳から零れ落ち、頬を伝う。だが、そう何時までも泣いてはいられなかった。まずは、念能力の発動に必要なスタミナをつけることを優先させなければ。いくら私の魂にある生命エネルギーがあるといってもそう長くは続きそうにない。やはり今のアタシの基盤であるの体に、ある程度スタミナをつけてやらなければいけないのだ。

 そう思って、気が進まないものの渋々とさじを握ろうとした時。

さん・・・?」

 何時の間に開かれていたのかもわからない病室の扉の奥に立っていたのは、浮かない顔をした唯香の姿。浮かない顔をした、と言っても、こっちの世界に来てから唯香の生き生きとした顔など見たことはなかったので、今の唯香がどれだけ心に傷を負っているのか正確には測り切ることが出来なかった。ただ、もう来ないだろうと思っていたの親友がそこに現れたことに、アタシは驚きを隠すことは出来なかった。

「・・・もう来ないかと思ってたよ」
「何だかんだ言って・・・心配なんだ。さんのこと」

 照れながらそう微笑む唯香。親友でも何でもない、異世界からの来訪者を対象に何を心配しているのか。何処の世界でもあらゆる人間に迷惑ばかりかけている事実を突きつけられているようで、何やら面目ない気持ちで一杯になったが、唯香に伝えなければいけないことがあるのを思い出した。

 そう、昨日の「との交信」についてだ。このことについては何も信憑性などない。夢だった。そう、夢には違いない。ただその夢は、普段人間が見るような「空を飛ぶ夢」だとか「崖から飛び降りる夢」だとか、そうゆう絵空事なんかじゃない。各々の認識する“現実”に存在する人間同士の、己の体を求めての交信だったはずだ。いや、例えそれが夢でもよかったのだ。あちらの世界でが夢の中でアタシに会ったと認識していなくとも、夢の中のはアタシに大切なことを教えてくれたのだから。

 忘れかけていたその思いは、医者として許されざる行為をした自分を許せなくなった自分を、一度逃げようとしたその黒い思いを、すべて浄化してくれて、ただひとつの思いをアタシの心の中に再び芽生えさせた。

「生きたい」

 それを懇願すると、それを願うことがどれほど大切なのか気付かされたアタシ。それならばお互い、自分にできる限りのことをしよう。それで結末がどうなろうと、知ったこっちゃない。運命など如何様にも変えられる。いや、運命なんてあってないようなもの。「運命」だなんて、それこそこの世で一番信憑性のない、最も頼りにしてはいけない言葉なのだから。

「唯香!!」

 昨日とうって変わって明るい「本当の」に驚いた様子の唯香。アタシは意気揚々と話し始めた。

「夢でに会った!」
「・・・・・・は?」

 もっと喜ぶかと思ったが、反応は物凄く薄い。それどころか、逆に悲しませてしまったようだ。肩を震わせて・・・泣いている?

「なんで・・・なんで私がに会えないのに、アンタがに会えるのよ!?」

 ああ。そうか、そう言えば昨日はコイツに、もうが生き返る可能性なんてないんだと断言したっきりだったか。少しの可能性も提示しないままそんなこと伝えたって、親友の唯香にとっちゃ「蛇の生殺し」状態だよな。唯香には副音声で「アタシは最後にに会えたけど、アンタは会えないのよ。かわいそう」と聞こえたのかもしれない。それは残酷だな。なんて思って場にそぐわず含み笑いするアタシを、唯香はさっきよりもキツイ眼光で睨む。

 よく考えると夢でと交信するまで、もしかすると可能かもしれない「こっちの世界での念能力の発動」について考えることこともできなかったわけだ。それ程アタシは“生”に執着がなかったのだと知ると、急に前の自分を恐ろしく思ってしまう。それに気付かせてくれたは知らない間にアタシのことも救ってくれていたのだ。何ともいえない感情がふつふつと湧いてきた。

「ああ、お前ら二人とも、本当に大好きだ!命の恩人だよ!」

 突然高らかに宣言すると、唯香は意味が分からず呆然とその場に立ち尽くすだけだった。明らかに昨日と違うアタシのテンションが、異様に高いことを察知したのだろう。が、察知したところでどうすることもできない唯香は、やはりその場に立ち尽くすだけ。

「ちこう寄れちこう寄れ!」
「な・・・なんなの・・・?」
「朗報だぜ!朗報!!」

 手招きをするアタシを気でも狂ったのかというような顔で眺めながらも、唯香は言われるがまま、ベッド脇の丸椅子に腰掛ける。そしてアタシは語り始めた。

 が教えてくれた、生きることの大切さについて!!






























「うわー、すげー綺麗だ・・・」

 はそう言って目の前に広がる大海原を眺め坦々と感想を述べた。時刻は・・・・・・・・・。

「おい今何時だ?
「んー?知らん」
「手首についてんのは何だよ」
「んー」

 もはや海しか眼中にないは、まともにオレの質問に答える気さえないらしい。前かがみで堤防のコンクリに腰掛けるのぶら垂れた左腕を引っ張り、手首に括りつけられた腕時計の文字盤を見る。そう、時刻は・・・5時36分。つまり夕刻だ。夏ももう終わりかけだと言っても、未だに太陽は高い所にある。きっとは太陽が海に沈んでいくのを見たいと言う筈。

「なあ、ウボォー。太陽が海に沈むの見たい」

 ほらな。心の中でそう呟いて、わかったよ、と一言。それに対してありがとうとにこやかに応答する。ここに着いて初めてオレの方を向いたのがそのときだった。気のせいだろうか。その笑顔がどうも儚く見えてしまった。何故か居た堪らない気持ちになって、少しでもの側に寄りたいと思い、黙っての隣に腰掛けると、自然との体がオレのほうへ傾く。わけの分からないオレの不安な気持ちが、少し落ち着いた気がした。そんなオレの複雑な心情をよそに、は海を眺め続ける。

 そのままの体勢で、大分時間が過ぎた。互いに相手の温かな体温を感じながら、俺達の視線は水平線へと注がれる。大分傾いてきた太陽が、その水面を紅く染めていく。普段なら綺麗だ綺麗だと、肩を叩いて喜ぶはずのが今日は大人しかった。

 それを不思議に思ってふと彼女を見てみると、頬に涙を流しながら、やはり視線は太陽に、水平線に注がれたまま。キラキラと沈みゆく太陽の光を反射する水面と同じように、の頬が光を反射していた。

 複雑な心情が渦巻く中、オレは一体どうすればいいのかわからずに、そのまま静かに泣くを見つめるだけ。その泣き顔を見て、綺麗だと思ったのは不謹慎だっただろうか?まるでそのまま、時が止まったかのように感じた、悲しいほどに美しい時間だった。

 オレがそんなこと言うと、らしくないかもしれない。けど、本当にそう思ったんだ。