酷い夢を見た。よりによって、今までで一番オレが後悔した過去の夢。



―――ウボォー!!お前も・・・お前も二度と顔見せんじゃねぇ!さっさと出て行け!もう、顔も・・・顔も見たくない!さっさと消えろ!

 タチの悪いことに、これはただの幻想ではなく過去の回想だ。悪夢ならまだいい。だが、それは確実にノンフィクションで、今でも鮮明にクリアな映像でオレの頭の片隅に残っているもの。無理矢理思い出すまいと、頭の片隅にまで寄せておいたのに、それを夢と言う形で回想されるのだからこれほどまでに迷惑な話は無い。

 それよりも。オレはにあんなに酷い仕打ちをしたと言うのに、今日の彼女の態度は一体なんだ?そうだ。気付くのが遅すぎた。・・・どういう心情の変化だ?まるで、人が変わったみたいだ・・・。





9話:真実を知った






「もっと聞かせてくれ。お前の世界のことを」

 クロロはそう言って、私をじっと見ている。もう白状するしかない。

「お前の世界にも、念能力はあるのか?」
「・・・いいえ。ありません」
「ほう。それで、何でお前は念能力を知っている?」
「・・・それは・・・」

 人に聞いたから・・・とでも答えるべきか。まあ、大方嘘ではないと言ってしまえばそうだが、しかし、そう言ってしまえば確実に真実を語ることになる。・・・やっぱり、絶対に逃れられない。

――― 信じるか信じないかは自由です。でも、嘘じゃありません。

 そう念を押して、私は真実を語った。ただ、旅団の未来だけは省いて。



 全てを語り終えた。するとクロロはここでも高らかに笑い始めた。私にはこの人の笑いのツボがどこにあるのか、HUNTER×HUNTERのファン・・・もとい旅団推しの夢女子をもうかれこれ4、5年はやっているというのに、まったく検討がつかない。

「クククッ・・・。信じられないな。でも、それは事実・・・か。あり得ない、なんてことはあり得ない。誰かがそんなことを言っていたな」
「・・・信じて、くれるんですか?」
「信じるも信じないも、こんなに面白い話はないだろう?それを事実だと信じたい自分がいるんだから、それは仕方が無い」
「お・・・面白いって・・・!」
「お前も、面白いんじゃないか?つまり、お前はこの世界に憧れていたわけだ。その漫画家に描かれた世界がここでは実現していて、その世界にお前はトリップした」
「そ・・・それはそうですけど・・・!」

 信じたい。そう言っているだけで、心からこの話を信じているという雰囲気は全く持って伺えない。むしろその笑みは・・・その漫画家に自分達の人生を左右させる力があるとは認めない。自分達は自分達の意志で生きている。と、彼にとっては全くの夢物語を語った私に対して主張するかのような嘲笑にさえ思える。

 HUNTER×HUNTERの世界にトリップしたというだけなら死ぬほど嬉しい。そして、トリップした先が幻影旅団だったことだってこれ以上無いほどの幸せを感じた。だけど、私はこの先どうなるのかがわかっている。多くの人が死に、苦しみ、ウボォーもパクノダも殺されて、団長が蜘蛛と接触を断たざるを得なくなる。復讐心と憎しみと死臭と血、そして切ない愛憎模様が描かれる感動的なフィクション。

 でも、この世界ではそのフィクションが私を当事者に巻き込んで、瞬く間にノンフィクションへと豹変したのだ。それを嬉しいとか悲しいとか、そんな簡単な一言で括ることなんてできるはずがない。

 ニヒルな含み笑いをしたクロロの様子を見て、私は決意した。もう、事実を言うしかない。

「アナタは、知らないんです!この先、あなたたちがどうなるか・・・!」
「・・・?」

 私がそう言葉を発した瞬間、さんのものではないと思われるオーラが私の身を纏った。クロロも、それに気付いた様子で先ほどまでの表情を一変させ、警戒心を露わにした。しかし、私はそれでも話すのを止めようとはしなかった。

「私、知ってるんです!この先のあなた達の運め・・・い・・・」

 思うように舌が動かなくなってしまった。まるで、私に運命を変えさせまいとするかのように、その不気味なオーラが私の開いた口から、脳へと侵入していった。流れるように。しかし加速を伴って、確実に速く。次の瞬間、酷い頭痛と共に頭に大量の記憶が入り込んでくる。

「・・・!?・・・あ・・・あぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!」








―――ねえ。あなた、将来何になりたい?
―――うーん。そうだなぁ・・・お医者さん?

―――ーっ!!怪我したー!!治してくれーっ!

―――はいはい!ちょっと待ってね!すぐ治してあげる!!










―――助けてくれ。

―――今アタシは、死にたいと思ってる。

―――抜け殻みたいなアタシに、生きる価値はあるのか?

―――調子、いいよな。こんなトキに、振ったお前に会いたいって思ってる。



―――お前、医者だろう?自分の体のことくらい、自分でわかってんじゃねーのか?

―――・・・知らない。そんなこと、知ったこっちゃ無い。

―――なあ、ウボォー。アタシ、狂っちゃったみたいなんだ。

―――アタシ、昨日人を殺した。



―――なあ。最悪だよな。自分は死ねばいいと思うんだ。

―――おや、。お客さんかい?えらくデカイ客人だな。

―――・・・ああ・・・そうか。君はまだ悩んでいるんだな!ふははっ!何だ、そんなことか!

―――たった一人の小さな命を奪ったところで、どうと言うことは無いさ。

―――ああ。お前の言うことに一理はある。ただし、最初の一文までだがな。



―――生憎、オレは金の価値なんかわかりゃしねぇ。それに、仲間以外の人間の命なんて

  お前と一緒でゴミくず程度にしか思っちゃいねぇ。その意味・・・わかるな?

―――や・・・やめ・・・ロッ!た・・・助けて・・・グッ・・・。

―――グチャッ・・・。ドサッ・・・。ゴトッ・・・。



―――・・・何で・・・何で殺したっ・・・!

―――勘違いすんなよ。お前の為に殺したわけじゃない。言っておくが、オレにとって殺しなんて日常茶飯事なんだ。これくらいのこと、軽々とやってのけるぜ?

―――畜生・・・畜生!お前らとはもう二度と顔をあわせらんねぇ!ウボォー!!お前も・・・お前も二度と顔見せんじゃねぇ!さっさと出て行け!もう、顔も・・・顔も見たくない!さっさと消えろ!

―――・・・結局、お前は他人に流されて、大切だって騙る命を絶ったんだろ。よかったな。晴れてお前もオレたちの仲間入りを果たしたわけだ。クロロにお前のこと、推しといてやるよ。仕事なかったらいつでも来い。



―――うあぁぁぁぁっ!!!!!!



―――・・・どうでもいい。・・・さっさと・・・とばしてくれ。

―――わかったよ。さあ、額を出せ。


―――!死んじゃ・・・死んじゃいやよ!!










「・・・。どうした?」

 気がつくと私はクロロの腕の中にいた。まだ、頭がズキズキと痛む。

「うッ・・・」

 それと同時に私は酷い吐き気に襲われた。匂いまでは感じなかったものの、大量に流れ込んできた記憶の中のグロテスクな風景。私は逆流しそうな体の中の物を必死に押さえ込み、先ほどの光景を思い出した。



 白衣の男を惨殺したウボォー。彼が彼女の家を出て行ったそのあと、悔しさと悲しさで叫び、むせび泣くさん。その何週間か後、さんの家を訪れた正体不明の男。そして、最期に見えたのはそう・・・。

 きっとさんの、私に・・・になってからの記憶・・・。

 母さんが、私に必死で死んで欲しくないと言っていた。

「うっ・・・うわぁぁぁっ!!」

 悲しかった。もっと、生きたかったって本気で思った。

「・・・忙しいやつだな。怒ったり、吐き戻そうとしたり、泣いたり・・・」
「だって・・・!だってぇ・・・うっ・・・ヒック・・・うわぁぁぁん!!」

 私は、全てを理解した。いても立ってもいられなかった。私はクロロの腕の中から飛び出し、ウボォーの元へと向かう。

・・・話はまだ終わってないだろ?」
「そんなん知らん!!」

 私はそう吐き捨てて、大広間を後にした。



 先ほどの悪夢にうなされ、珍しく後悔と自責の念に駆られているときだった。部屋の、ドアの無い場所に、敷居を踏みつけて立つの姿が見えた。

「・・・?」

 は泣いていた。まるで、あの時のようだ。だが、今の彼女の泣き顔にははっきりとした意図が見えた。怒りだ。それはきっと・・・オレに対する。

 つかつかとオレに近寄り、寝ぼけたオレの顔に一発の平手打ち。パシッと小気味いい音が室内に響き渡る。

「・・・?・・・どうし・・・」
「バカ野朗!!アホ!!マヌケ!!このボケ畜生!!」
「・・・なっ・・・何だと!?」

 気持ちのいいほどにすらすらと罵倒され、微かな怒りを覚えた。しかし、タイミングがよかった。オレはの言葉を全て受け入れることができた。あの悪夢の後に、オレが望んでいた言葉がそのまま聞けたのだから。

「アタシは・・・アタシはお前らとは違う!人の命だって、簡単に捨てようだなんて思わない!だけど・・・だけどそれでも、アタシは・・・アタシはお前らと・・・ずっと・・・仲間でいたいんだ!!お前らのこと・・・大好きだから!愛してるから!!見放されたくなかったんだ!抱きしめて欲しかったんだよ!このバカっ!」
「・・・・・・」

 オレの勘違いだったんだ。まるで別人みたいだ、なんて。

 ただちょっと、前よりも素直になっただけ。それ以外は、ガキの頃、一緒になってバカやってたときのと何も変わらない。愛しい、愛しい、他の誰でもない、そのものだ。

 オレはを少々乱暴に抱き寄せ、自分の胸に押し付けた。で、泣きながら、鼻をすすりながら、到底オレの胸周りなど抱けそうにもない、その短い腕をめい一杯に伸ばして、オレを抱きしめ返してくれた。

「ごめんな。。あんときは、酷いことしたな。・・・そうだ。お前はオレたちとは違う。・・・怖かっただろ?」
「ああ。怖かった。淋しかった。ウボォーに、本当はずっと、側に居て欲しかったのに、顔も見たくないだなんてこと、言った。嫌われたかもって・・・本気で悩んだ・・・!」
「バカ野朗。誰がお前のこと嫌いになんてなるかよ」
「バカじゃない!バカはどっちだこのバカ!」
「・・・・・・」

 素直になったのか、頑固さが一層増したのか、はたまたどちらの増加量も同値でプラマイゼロなのか・・・。結局、どんなであろうとオレはを愛してる。それに変わりは無いと、確信した。

 オレの長い間の悩みが、今夜一掃されたのだ。