―――結局、医者なんてそんなモンだよ。金さえあれば誰だって診るが、金が無いやつは見捨てるんだ。



―――なあ。ウボォー。アタシは結局、何がしたいんだろう?



―――終いにはウボォーのコトも見捨ててさ。私には何も残らない。



―――抜け殻みたいなアタシに、生きる価値はあるのか?



―――今アタシは、死にたいと思ってる。



―――調子、いいよな。こんなトキに、振ったお前に会いたいって思ってる。



―――助けてくれ。



「助けてくれだと?ふざけんなよ」
「お前は結局、金なんだろ?」
「金にがめつい女ほどみっともねぇ生きモンはいねぇよなぁ」
「それで、医者かい?」
「幻滅したわ。殺し屋にでも転職すれば?」

旧友の鋭く光る目。暗闇から、各々刺さるような眼光を放つ。毎晩毎晩、そんな夢を見る。

うなされて目を覚ますが、今が朝か昼か夜かもわからない。みすぼらしいなりをしたアタシは一人、ベッドのシーツに包まって,死を迎え入れようとしていた。

――― 殺しにきてやったよ。

 死神がすぐそこまで来てる。けたたましくドアを叩く音が耳鳴りのように鼓膜に張り付いた。ああ。ようやく迎えが来たか。鍵は開いてる。さっさと入ってきて殺せばいい。その思いが伝わったのか、静かにドアが開けられ暗い室内に日が差した。



 死神の・・・足先が見えた。





8話:過去の紅悲劇






 はやつれていた。久しぶりに出会ったというのに、全く歓迎されていない様子で、カーテンやブラインドは締め切られ、部屋の中は薄暗く、湿っぽかった。

「久しぶりだな」
「・・・ああ」

 話しかけてはみるものの、会話など到底弾みそうにも無かった。オレがの前に現れて、既に10分は経とうとしているが、は一向にオレと目を合わせようとはしない。ガリガリにやせ細り、不健康を極めたようななりをしたは、ただ床の木目を見つめるだけで・・・。

 何かあったのか。そう訪ねても、何も無いと白をきるだけ。



「お前、医者だろう?自分の体のことくらい、自分でわかってんじゃねーのか?えらく痩せてんじゃねーか。ちゃんと食うもん食ってんのか」
「・・・知らない」
「・・・どうした。何かあったんだろ?言ってみろよ」

 そうすると、は顔を伏せ両の手でそれを被った。泣いている?人一倍勝気で、絶対に涙など見せることは無かった彼女が、今オレの目の前でしくしくと泣いている。オレは戸惑った。どうしてやるべきか。

「なあ、ウボォー。アタシ、狂っちゃったみたいなんだ」
「・・・どういう意味だ?」
「アタシ、昨日人を殺した」

 は人を殺すことに慣れていない。いや、これは自分が幻影旅団の一員で主に殺しばっかりやってるオレの表現だ。は医者をやってる。他人の命を救うべき人間のすることとしては(オレにはよくわからねーが)道理に反したことなんだろう。

「・・・その子供の親は、金がなかったんだ。でも、なけなしの金叩いて子供を救おうとした。アタシ、最初は救ってやりたいって思ってたんだ。だけど、その子の親が治療費滞納するようになってさ。それで、院長に言われたんだ。生命維持装置を外して殺せって・・・。金の無いやつを助ける道理は無いって。アタシはそこで拒否しなかった。・・・そして実行した」

 怒りに満ち満ちたその表情は自身に対するものだった。拳を、血がでるんじゃないかって言うほどに硬く握っている。オレはそんな様子のをただ呆然と見つめるしかできなかった。自分には、他人の命の重さなどを語る価値がないとわかっているから。

「なあ。最悪だよな。自分は死ねばいいと思うんだ。この際だ。アタシのこと殺してくれないか?生きてく価値なんて、もう私には無いんだ」

 はオレに何と言ってほしいんだろう。他人の命のことなんて気にするな。とでも慰めてやるべきなのか?いや。そんなの、を傷つけるだけだ。元々、俺たちみたいな殺しをやる人間が許せなくて、流星街から出て、一人医者になったんじゃないか。


「・・・いい加減にしろよ
「・・・ウボォー?」
「オレは、好きな人間を手にかけるほど狂っちゃいない。それとも何か?お前はオレのことバカにしてんのか?」
「・・・そんなつもりは・・・ないんだけどな・・・」

 再び訪れた沈黙。・・・らしくないと、そう決め付けている自分がいる。本当はこんなトキにこそには必要な人物であるはずのオレ。しかし、オレはたった一人の命を奪ってこんなにも落ち込んでいる、優しいの気持ちを理解してやることが出来ない。だから、らしくない。・・・と言うよりは、慰める権利は無いんだ。



 喋ろうとせずに俯き、身を縮めて己の腕を己の両の手で抱きしめる。苦しそうに、しかし誰にも助けを求めようとしないをただ呆然と見つめているオレ。

ガチャ。

 ふいに、物音が聞こえた。その音がしたほうを向けば、メガネと白衣を身に着けた優男が立っていた。

「おや、。お客さんかい?えらくデカイ客人だな」

 床に座していたオレを一瞥して、その男はオレの前を通り過ぎに近寄っていった。まるで人をゴミ虫のように見ているかのような、そのいけ好かない眼光。まあ、こっちからすればゴミ虫はその男であるわけだが、可愛そうなことに、この男はオレの強さと異常性を知らないらしい。

「・・・いい加減、戻ってきてくれないか
「・・・」
「人手が足りないからフリーの君を雇ったんだ。君が来てくれないと雇った意味が無いだろう?」
「・・・院長。アタシ、辞めさせてもらいます。

 こんな状態じゃ、院長の言う通り意味がない」

「・・・ああ・・・そうか。君はまだ悩んでいるんだな!ふははっ!何だ、そんなことか!」

 そうか。この男が、がさっき言ってた院長か。あろうことかこの男、人の女を我が物顔で抱き寄せて色目使ってやがる。そして吐いた台詞は、もっとみっともない言葉だった。

「たった一人の小さな命を奪ったところで、どうと言うことは無いさ。金にならない人間を救ったところで何もいいことなんて無いだろう?治療費を滞納した時点で、あの少年の人生は決まっていたんだよ。そして、君は病院に貢献したんだ!もっと自分を誇りに思いなさい」

 オレは立ち上がり、に身を寄せるそのクソ野朗をから乱暴に引き剥がし、その男の首を掴んだ。死なない程度に。

「・・・な・・・何をっ・・・する・・・!」
「ああ。お前の言うことに一理はある。ただし、最初の一文までだがな」
「・・・き・・・貴様ッ・・・一体何も・・・ウガッ」

 軽く握力を強めた。脆すぎる。既に男の顔は青りんごみたいに真っ青だ。

「人の話はちゃんと聞こうぜ?口を挟むんじゃねぇ」

 は、男を殺そうとするオレを、ガタガタと肩を震わせながら見上げていた。そんなを無視して、オレはこう続けた。

「生憎、オレは金の価値なんかわかりゃしねぇ。それに、仲間以外の人間の命なんて、お前と一緒でゴミくず程度にしか思っちゃいねぇ。その意味・・・わかるな?」
「や・・・やめ・・・ロッ!た・・・助けて・・・グッ・・・」



 グチャッ・・・。

 ドサッ・・・。

 ゴトッ・・・。



 耳障りな音が室内に響き渡る。男の肉と骨が潰れ、砕けた音。その後に、血にまみれた男の胴体と白目をむいた男の顔とが、わずかな時間差で、フローリングに血をばら撒きながら落ちていった。そして強烈な鉄の匂い。オレは慣れっこだが、にとっては地獄を見たようなもんだろう。実際、彼女は口を押さえ、逆流してきそうな胃液を必死に抑えようとしていた。結局その抵抗も虚しく、は床に手を着き逆流したものを血の上に吐き出す。

「・・・大丈夫か?」

 オレはの背をさするが、彼女はオレの手を払いのけ、キッと鋭い眼光でオレを睨んだ。大体予想はできていたが、いざ場面に直面すると中々キツイものだった。特に表情を出さず、払われた手をその場でとどまらせが喋りだすのを待つ。

「・・・何で・・・何で殺したっ・・・!」
「腹が立ったからだ」
「ウボォ―には・・・関係無いだろう!?何で・・・殺す必要があったんだよ!!」
「勘違いすんなよ。お前の為に殺したわけじゃない。言っておくが、オレにとって殺しなんて日常茶飯事なんだ。これくらいのこと、軽々とやってのけるぜ?こいつがお前を苦しめたんだろ。当然の報いってもんだ」

 は瞳からボロボロと大きな滴を零し、それでもオレを睨みつけることだけはやめなかった。

「やっぱ・・・お前たちは、そうなんだ・・・!アタシには分からないんだよっ・・・!人の命なんて、なんとも思っちゃいないお前らのことなんて!やっぱ無理なんだよ!畜生・・・畜生!お前らとはもう二度と顔をあわせらんねぇ!ウボォー!!お前も・・・お前も二度と顔見せんじゃねぇ!さっさと出て行け!もう、顔も・・・顔も見たくない!さっさと消えろ!」

 ・・・ふられた。つまりは、そういうことだろう。オレは静かに立ち上がり男の頭部を拾い上げ、潰し、胴体だけを担いだ。にこの死体の処理は無理だろう。そう思った末の行動。ドアに向かって歩を進めた。そしてオレは、よせばいいのに、にとっては最悪な捨て台詞を吐いて家を後にした。

「・・・結局、お前は他人に流されて、大切だって騙る命を絶ったんだろ。よかったな。晴れてお前もオレたちの仲間入りを果たしたわけだ。クロロにお前のこと、推しといてやるよ。仕事なかったらいつでも来い」



 夜でよかった。そして、の家が郊外にあってよかった。人も全く通らないし、薄気味悪い雰囲気さえ感じ取られる。普段なら絶対に気にすることなど無い周りの状態にほっと胸をなでおろし、血の滴る男の胴体を担いで、オレはホームに戻った。

 途中で・・・の悲痛な叫び声が聞こえた気がした。

 今更になって、慰めてやればよかったとオレは後悔していた。はオレたちとは違う。優しい女だ。そんなの前で人を殺したオレ・・・。



 ふられても、仕方が無い・・・か。












・・・













「まるで地獄絵図だな」



 その部屋は酷い腐臭に満ち満ちていた。床には人間のものだったと思われる目玉二つと干からびた血管。そして一番強烈なのは、床にばら撒かれた赤黒い血痕。確実に致死量。まあ、目玉が二個飛び出てる時点で確実に死は免れないだろうが。おそらく、頭部をつぶされたのだろう。頭髪が微妙に固まって落ちていた。そして、粉々に分裂された歯茎の一片一片には血にまみれた歯。それと同じように見える、粉々に砕けた頭蓋骨。

 これを地獄絵図と言わずしてなんと言おう。いやむしろ、この嗅覚を狂わせるような酷い腐臭と鉄の匂いが、地獄そのものをあらわしているかのようだった。

「これ、全部お前がやったってのか?」

 女は一向に喋ろうとしない。よくもこんな酷い空気の中で生きてこられたもんだ。毛布にくるまって、死んだような目でオレを無言でみつめる。気味が悪かった。

「・・・アタシじゃ、ない」
「そうか。それがわかっただけでも一安心だぜ」
「・・・どうでもいい。・・・さっさと・・・とばしてくれ」
「わかったよ。さあ、額を出せ」

 さっさとこの地獄から逃れたい。その一心で、オレは女を異世界へとばした。あ?どうやって?だと?

 ・・・企業秘密だ。

 向こうの住人がこの地獄を見たらどう思うだろうなぁ?事切れたかのように気を失い、目を閉じた女をそのままにしてオレは家を後にしようとした。すると、後方で物音が。大人数がこのアパートの階段を登ってきているらしい。オレはとっさに物陰に隠れ、連中がこの部屋に入ってくるのを待った。

 ガチャッ。

 ドタドタドタ・・・。

「・・・うわっ・・・なんだこの匂い・・・」
「ひでぇな。まさかこの女が・・・」
「いや、ありえねぇだろ。とにかく、さっさと運んじまおう」
「・・・そうだな」

 ドタドタ・・・ガチャッ・・・。

 ・・・女は誘拐された。さっきのはきっと、裏社会の運び屋か何かだろうな。そう言えば、あの女がオレに依頼に来た時こんなことを言っていたな。幻影旅団のトップに狙われてる。というか、あれは、そいつらに会いたくないって顔だった。まあ、オレには関係のないことだ。さっさとこの地獄から抜け出してしまおう。

 ちなみに。オレの念能力を使って異世界にトんだヤツは皆死ぬ。だから、料金は前払いなんだ。何で皆死ぬのかって・・・?説明してやってもいいが、長くなるだろうから・・・それはまた、今度。