―――ねえ。あなた、将来何になりたい?
そこにいるのは、まだあどけなさの残る黒髪の少女と、ブロンドの少し大人びた少女だった。彼女達が腰を下ろすのは、ガラクタが所狭しと放棄されている空き地みたいな場所。元の姿がなんだったかはわからない粗大ゴミの上に二人ちょこんと座っていた。
―――うーん。そうだなぁ・・・お医者さん?
救急箱を膝の上に乗せていた黒髪のほうの少女はそう答えた。ブロンドの方の少女は、は応急処置とか上手だものね。と、彼女が医者になった時の姿を思い浮かべ、それに納得したのか、一人うんうんとうなずいて微笑んでいた。
―――パクはー?まだ決めてないの?
そう問われた彼女は返答に困ったのか笑ってごまかした。そのあとと呼ばれたその少女は黙って、隣の少女の返答を待つだけだった。
―――ーっ!!怪我したー!!治してくれーっ!
暫しの沈黙を壊したのは、見た目、年齢の割にはがたいの大きい少年の声。追いかけっこでもしていたのか、膝を豪快にすりむいたらしい彼は、全く痛そうな表情ではなく、明るい様子で彼女にそう頼んだのだ。頼まれた本人はそれを聞いた瞬間に目を輝かせて、ひざに乗せていた救急箱を右手に握り即座に粗大ゴミの上から飛び降りた。
―――はいはい!ちょっと待ってね!すぐ治してあげる!!
まるでままごとでも始める子供のようなその瞳は純粋そのもの。全く濁り気のない、透き通るようなものだった。
6話:彼女の記憶が
目を覚ましてもまだ日は高かった。下は固く、冷たい感触。私はむき出しのコンクリートの上に薄い布を敷いて作ったベッド、とは呼べないような場所に横たわっていた。そのままの体勢で廃墟の窓から差し込む日差しに目を細める。
「目ぇ覚めたのか」
よく見ればそこは小部屋で、今までいた広々とした広間ではなかった。隣ではウボォーが座ってこっちを見ている。
「・・・あ・・・あれ?アタシ・・・」
自分がいつから寝ていてこんなことになっているのか全く検討がつかずあたふたしていると、ウボォーが助け舟を出してくれた。
「3時間前くらいに突然こときれたかのようにして眠り始めたんだよ、お前」
「それで・・・今まで待っててくれたの・・・か?」
危うくに戻るところだった。慌ててハテナマークをつける場所を遅らせる。ウボォーは、明らかにとってつけるのが遅かった語尾に異変を感じることも無く、ああそうだとうなずいた。
「ああ!パーティー!!」
「・・・なんだ覚えてたのか」
それは3時間前にパクが提案した催し物で、結局、女子4人だけでパーティーなんてずるいぞという強化系三人衆(ノブナガ、ウボォー、フィンクス)の訴えによって、旅団規模のものに拡大されたのだった。マチが少々不服そうな顔をしていたのが面白かったなあ。
「シズクがさっきここに着いてよ、マチとパクの3人で買出しに行ったぜ」
「楽しみだなー。ってか皆早く集まって・・・」
いや。集まらなくていい。ずっと、こんなほのぼのした触れ合いが続けばいい。だって、集まってしまえば旅団は散り散りになってしまう。私はその結末を、少なくともヨークシンでのお話の結末を知っている。だからこんなことを思うのだけど、私の周りにその結末を知る人はいない。私一人の力で、何とかできるのかなんてわからないけど、でも、何とかしたい。
「おい。どーした?」
「・・・!あ・・・いや・・・とにかく!皆がいるところに行こう!うんそうだ!そうしよう!」
とにかく、今考えても仕方がないので、今日は今日のパーティーを楽しむことに専念しよう。そう決意して先ほどまで体を預けていた冷たいコンクリートから、離れて立ち上がったときだった。
「・・・おい」
「なっ・・・」
突然、座ったままだったウボォーに腕を引かれ、バランスを崩し倒れそうになった。
「なんだよウボォー・・・」
何とか体勢を立て直した私は腕を掴まれたままの状態で、近くにある彼の顔を見つめると、彼は妙ににやけていた。
「なあ。お前、オレと一緒にはいたくねーのか?」
「・・・はずいだろ。皆下にいるんだから・・・」
「はっはっは。んなこと気にすんなってば!」
「・・・うわっ!?」
突然腕を引かれ、今度は完全に体勢を崩してしまって、ウボーの大きな体にのしかかる状態になってしまった。
「な・・・何すんだよ!」
「いーだろー!久しぶりなんだからよー!!」
そう言ってあごをすりすりと私にこすりつけてくる彼。何だかすごく恥ずかしい気分だった。なぜかって、今まで異性にこんなことをされたことがないからだ。小さいころ父親に(ひげの生えた顎ですりすり)された記憶はあるが、さすがにこのシチュエーションでは、父と子の風景には見えないのだ。違和感がありすぎる。かと言って恋人同士の行動とも思えないおかしな光景。
それでだろうか。私は少し口でやめてくれと拒否はしたが、何だか無性に彼のことが好きになってしまって。いつの間にか普通に笑い合っていて、本当に恋人同士になった気分だった。ただ、彼は本気でそう思っているのだから、何だか申し訳ない思いも少しはあるのだけれど。
一通りじゃれて笑い終えた後、彼は不思議そうにこう言った。
「お前、今日は素直だったよな」
「・・・そうか?」
私はまだウボーの膝に座っている状態だった。いくら成人している女性の体だといっても、ウボーの体にはすっぽりと包まれてしまうくらいのもので、その間私は改めて彼の体の大きさを感じていた。
「・・・たまにはいいだろ?素直なアタシも」
「ふん・・・まあな」
私はいつの間にかさんでいることを忘れていた。として、彼と親しむことが出来た気がする。何故だろう。彼にならば全て話してしまっていい気がする。そんな、優しい雰囲気なんだ。漫画上での非道な行為などは全て水に流されてしまったかのように、彼の温かみを感じることが出来た。
それで私は益々彼に惹かれていった。
でも、彼が思っているのは私のことではなくてさんのこと。彼が求めているのはさんであって、私ではないということ。それを思うと、理論上(理論的でないことがおこっている中で言うのも何だけど)片思いである私は少々心が痛んだ。私の居場所は既にどこにもないという事実が突きつけられているようだ。
「・・・なあウボー」
さんとしてのキャラや口調が既に板についたのか、旅団のメンバーと話を交わすことに抵抗を持たなくなった私は、彼にこう問いかけた。
「もし、アタシが突然死んだら、どう思う?」
彼はヨークシンで死んでしまう。それは旅団のメンバーが誰一人として予期していなかったことで、彼らは初めて仲間が死ぬことの辛さを味わったのだと思う。ただ、その度合いが分からない。ただポーカーフェイスなだけで、家族や親友を亡くす悲しみは私たちと同じ程のものなのか。それとも、涙を流すほどのことでもないものなのだろうか。私は二次元の絵空事だと分かっていても、ウボーやパクの死に涙したというのに、作中、彼らのうちで涙を流している者はノブナガ以外いなかった。それが作者の設定だと言ってしまえばそれまでだろう。しかし、その絵空事はこの世界に存在しているのだ。彼らはこの世界で確かに生きている。
「お前は死なねぇよ」
突然、ウボーは口を開いた。
「何で?」
「オレがいるからだ。お前は寿命全うして死ぬ」
「・・・守ってくれるって・・・ことか?」
遠まわしに言ったつもりだったのだろう。彼は頬を人差し指で掻きながらそっぽを向いた。どう思うかという問いに対しては少し的外れな回答。だけど、彼の意思はちゃんと伝わった。安心も、した。やっぱり彼は、ただの殺し本意の人間じゃない。その答えを聞いた途端嬉しさと愛しさがこみ上げて、とっさに彼の太い胴回りを、腕をめいいっぱいに広げて抱いた。完璧に抱けてはいないけれど、でも私の・・・いや、さんとしての愛情は伝わったはず。当の本人は少し驚いて戸惑っている風だった。
「やっぱ、今日はやけに素直だな。」
「素直の何が悪い」
「悪いとは言ってねぇよ」
彼はそう言って、優しく頭を撫でてくれた。
「・・・そう言や、まだだったな」
思い出したかのようにふとそう言ったウボォー。何を思い出したのかと聞こうとして、背後にある彼の顔を覗こうと思って振り返った。だが彼は、そんな時間を与えないかのようにして唇を私のそれと合わせた。
「・・・!」
ファーストキスをものの見事に二次元キャラに奪われた私。ファーストキスの定義など知らないが、精神的に初めてだった場合のキスをファーストキスと言うのならば、私は確かにファーストキスを、目の前の、憧れの、大好きなウボォーに奪われたのだ。今までこんなにすばらしいことがあっただろうか!
「・・・まだだったろ?」
「・・・まあ・・・」
自分が初心でもさんの体はきっとウボォーとのキスなんて何回も何回も、ことあるごとにやってきたことなのだろう。だから特になんとも無かったかのような表情でいなければならない。そんな冷静な理性とは裏腹に、心は弾む一方だった。
「。愛してる」
この世界にトリップしてからこんなに幸せな気分になったのは、初めてだったかもしれない。いや、何もこの世界に来てからと限ったものじゃないかもしれない。
「ああ。アタシも」
そう言って再び私たちは抱き合った。
「なあ、・・・」
「何だよ」
突然ウボォーが話しかけてくるので何事かと思って彼の顔を見てみる。すると顔を真っ赤にさせて何やら困ったような表情をしていた。どうしたのか事情を聞いてみるとこうだ。
「・・・ダメだ。オレ・・・もう・・・我慢できねぇ!!」
まさかの事態だ。そうだこの危険性を忘れていた!もしかすると彼が私の・・・いやさんの体を求めてくるかもしれない。それを考えなかった私は一体何をやっているのだろう。男は狼だと言うけれど、この場合彼はゴリラ。いや、ゴジラなのだ。理性よりも野性の方が勝っている彼にやすやすと抱かれている自分を、この上なくバカだと思った。
「ちょっ・・・ちょっと待てよウボォー!下に皆がいるだろ!?んなことできるわけ・・・」
有無を言わさず唇を唇でふさがれた私は彼の濃厚な口付けに、息絶え絶えに対応するだけだった。先ほどと形勢は逆転していて、私は壁に押し付けられて身動きがとれない状況だ。知らない間に私の口からは吐息が漏れる。こういうのを夢小説ではよく、甘い吐息と言った。
・・・恥ずかしい気持ちでいっぱいである。あの、私まだ高校生・・・。まあ、同学年には、絶対ヤりちらかしてやがるなこの女っていうやつはいたけど、そーゆーの良くないと思います。一応、成績はどうあれ、優等生気質な私は思った。
しばらくウボーのその深い口付けは続き、それを終えて、今度は私の・・・いや。さんの首筋に顔を埋め、胸元に舌を伸ばそうとしていたそのときだった。
「おーい。準備手伝えってパクとマチ・・・が・・・」
扉も何もない廃屋のドアがあったと思われる部分に立っていたのは、顔を真っ赤に染めたフィンクスだった。
「ちっ・・・いいとこだったのによぉ」
そう悪態をついたのは恥ずかしがりもせずにフィンクスを邪魔者扱いするウボォー。私は少し乱された服装を整えて立ち上がった。そこで私とウボォーを交互に見ながら、尚も顔を真っ赤にさせたままのフィンクスが、あきれたぜと言うように頭を抱え、言った。
「・・・お前らなぁ。そーゆーことするなら・・・扉くらい閉めろ!」
「扉ねぇだろーが!んなこと言う前に扉持ってこい!」
突っ込みは速さが一番だ。高校で突っ込み王と称される私は(ボケたつもりはさらさらないのだろうが)ボケたフィンクスに即座にツッコミを入れた。よくよく考えるとかなり理不尽極まりない。
「ふっ・・・そのツッコミも昔のままだな」
「どーも」
私とさんはよく似ているらしい。仲間といるときの役割も、性格も、考え方も・・・。ここまでうまくやれたのはほとんどそれのおかげだろう。
死んでよかったなんて思いたくはないけど、ずっとこのままでいいと・・・ずっとこのままでいたいと、そう思い始めた私がいた。
「さ!下に降りるよ。ウボォー!!」
「へいへい・・・はぁ・・・」
重たい腰を上げて、頭を掻きながら私に近寄り彼は呟いた。そのときの顔は相当なニヤケ顔。憎たらしいほどの。
「今夜な・・・!」
「あのなぁ・・・」
彼の熱烈な愛、はたまた性欲?から逃げおおせる自信が私にはない。大丈夫。精神的に処女なだけであって、きっと身体的には処女じゃないだろう。なので、痛いとかはきっと無いよね。いやでもすげーでかそう・・・。
そんな下世話なことを考えているうちに、気付けば外は夕焼けの日に満ちていて、そのおこぼれを背後にもらい、温かみに気付いた私は、廃屋の窓から見える大きな太陽を目を細めて眺めたあと、皆の集まるところへと向かった。