「団長・・・おせぇなぁ・・・」


 そう独り言を言って、オレは退屈していた。待っていろと団長に言われたからには待っていないわけにはいかない。だが、手持ち無沙汰なのはひどくイラつく。オレは盗賊だ。金なんぞ持たん主義だし、武器も使わない。本なんて生まれてこの方一度も持ったこともねぇ。携帯電話なんてもんが世の中はやってやがるが、面倒くせぇの一言に尽きるし、やはりオレは金を持たん。最悪なことに団長の策略かなんか知らねぇが、待ち合わせの場所には人間の人っ子一人いやしねぇ。というわけで、今自分の手元にはモノもオモチャも何も無い状態。それで、予定の時刻よりも30分も前に着いちまったんだから、暇も暇でいいところだ。手持ち無沙汰以外の何物でもない。

「くそ・・・ここに来るのが団長じゃなかったら、絶対一発殴ってやる」

 そう口にした途端、オレがいた廃屋のドアがぎぃと軋んだ音を立てて開く。どうも雰囲気的に団長じゃねぇ。


「クソ、待たせやがって!誰だ!」

 そう怒鳴って殴りかかった途端、オレは動きを止めた。

「・・・な・・・何でお前がここに・・・」





4話:真を知らぬ儘






 団長に言われた通りの道を通って、言われた通りの建物に入り、言われたとおりの部屋のドアを開けたにも関わらず、しょっぱなからこの仕打ち。ウヴォーは想像以上にでかかった。あの大きな体が、すごい覇気をまとって襲い掛かってこようとしたのだから怖かったに決まっている。だが、かろうじてポーカーフェイスを装えた私は、なるべく動揺していないふうにこう喋りかけた。

「よう、ウボォ―。久しぶり」


 彼はしばらく目を点にした状態で、一言も喋ることが無かった。ああ、やっぱ殺されるのかなー。逆恨みってするのかなー。なんて考えながらも、めげずにウヴォーを見つめる。

「・・・・・・?」
「それ以外の誰に見えるっての?」

 私が素っ気無い返事をした後、ウヴォーの大きな体が揺らめいた。瞬間だが彼の大きな両腕が自分のほうに向かうのが見えたのだ。さんごめんなさい。私はウヴォーに殺されます。そう思ったとき、私の体に届いたのは衝撃でも激痛でもなく、吃驚するほどにやさしい温かな体温だった。自分の頭がウヴォーの胸の辺りに当てられていて、彼は自分の怪力を理解してか、極力力を入れないよう優しく私をその大きな両腕で抱きしめてくれた。

 死にそうだ。幸せすぎて・・・。いやまて、死んでるか。天国だここは。じゃなきゃこんなに幸せでいいわけがない。

「・・・う・・・ウボォー?」
「お前・・・戻ってきてくれたのか」
「・・・うん」

 当の本人(さん)がどう思っているのかなんて知らないが一応肯定しておく。殺しにかかるどころか、抱きしめてくれたのだ。これは二人の仲の改善を図るのも悪くはないと思ったのだ。勝手だが、この今の幸せな気分に乗せて、そうさせてもらうことにした。

「なあ、あんときはゴメ・・・」
「何も言うな。こうしてるだけで、いいから」

 何が原因で喧嘩になって別れてしまったのかなんて知らない。ただ、ウボォーはさんのことを嫌いになってはいなかったのだ。それがわかって、私はすごく嬉しかった。他人の恋なんて言ってしまえばそれまでだけど、その他人が私の体に抱きついているのだからとても人事ではない。こんな体験めったにできないぞ。と場違いな喜びにもかられた。・・・とにかく、嬉しかった。

「団長に頼まれたのか?」
「ああ、あの性悪のクロロのことだ。喧嘩しっぱなしのアタシ達の様子見て楽しもうなんてことでも考えてたんだろう。残念でしたーって言ってやんねーとな」

 私はむふんと息を立てて誇らしげに語った。そんな私を無視して、ウボォーは眉を潜めて言う。

「なあ。お前もう怒ってねぇのか?」
「あ?何を?」

 ここで、あの時のことをだよ。なんて言われたら・・・。言葉を途中で遮ってオレが悪かったんだからって無理矢理終わらせるか。そう決意して返答した。すると彼はこう続けた。

「お前、オレと別れるとき言ったじゃねぇか。オレとはもう二度と顔をあわせてかねぇ、お前も二度と顔見せんじゃねぇぞ・・・ってさ。それなのに何で・・・」
「何だ。そんなこと気にしてたのか?」
「そんなこと、だって?」
「ウボォーは強化系だから単細胞だし、すぐに忘れてくれると思ってたんだけどな」
「・・・お前にそんなこと言われたら、いくらオレでもだな・・・」

 こんなに弱気なウボォーははじめて見る。いくら無敵な彼でも、恋沙汰になるとか弱くなるのか?そんな彼が(このがたいでかわいいも何も無いのだが)すごくかわいく見えた。別に前から付き合っていたわけでもないのに、何故か胸がときめいた。出すぎた行動かとは思ったが、逆におどおどしていても怪しまれるだけだ。腕をめいいっぱい伸ばして、常人のそれとは違って少し遠くにある彼の頬を両手で挟み、無理矢理自分の顔の高さへと引っ張って、軽くおでこにキスをした。

「・・・あんときは悪かったよ。アタシだってずっと言ったことを後悔してたんだ」
「・・・本当か?」
「ああ。本当だよ」

 自分からキスしたのなんてこれが初めてだ。でもおでこになのだからこれはファーストキスとは言えない。頬を少し赤くしたウボォーを見つめていたらその顔が急に近づいてきて・・・。

「―――っ!?」

 すぐにファーストキスを奪われた。何だかとても嬉しい。当の本人はものすごく顔を赤くしていた。それがおかしくて私は含み笑いをした。

「・・・わ・・・笑うんじゃねー」
「だって、かわいいから・・・ウボォーが」
「うるせぇ!」

 軽く振り上げた(常人のそれよりは10倍はあるであろう力が含まれているはずの)拳を、コツンと私の頭に落とした。予想通り、常人のそれとはやはり力が違って、こつんという効果音がごつんと頭の中に響いた。うめき声を上げた私は目じりに涙を留めて何も言わずに痛みを訴えた。それに気付いたウボォーはお前が悪いと言わんばかりの眼光で私を見る。

 ・・・はいはい。わかった。私の負けですよ。

 しぶしぶ心の中で降参した私はウボォーの腕を引っ張った。


「さっ。さっさと行こうウボォー。仲間が待ってる」
「・・・おう」

 こうして、団長に言われた通りの道を通って、先ほどまで私がいた廃屋の一室へと戻って行った。










「ただいまー。ウボォー連れてきた」

 そう言って敷居をまたぐと、さっきまでとメンバーが違っていた。何人か増えているのだ。3人ほど多くなっていて、あれは絶対にパクノダとフィンクスとヒソカだ!夢みたいだ!いや、夢なのか!!?これは!現実としか思えないリアルさだ。私が部屋に入ったとたんにみんなの視線が集中したのだけど、新しく来たうちの2人は喜びの表情。前からいた5人は驚きの色を隠せない様子。

じゃない!」

 一番初めに口を開いて、寄って私を抱きしめてくれたのはパクノダだった。ああもう!なんて素敵なお姉さんなの!パクノダも私が大好きなキャラの一人だった。よかったよ!さんがパクに好かれてて!!私とパクノダとの身長差は結構あった。たしかパクノダって180㎝くらいなかったっけ?もうモデル顔負けのスタイル。彼女が少し覆いかぶさるような形で抱きついてきてくれたのだが、私の鼻先に触れたさらさらな彼女のブロンドからいいオンナのかほりが漂ってきた。最高だ!

「久しぶり。パク」

 そう言って、私もパクを抱きしめた。

「ヒューヒュー。お熱いこった。いいのか?ウボォーが隣で嫉妬してんぞ?」

 パクは邪魔をするなとばかりにノブナガを睨んだ。ウボォーはウボォーでそれなりに動揺していて、ノブナガの茶化しにイラつくような顔をしていた。

「ところで、彼は誰?そこのほっぺにペイントしてる人」

 まあ、ヒソカだということは知っているが、彼は元から旅団のメンバーじゃないし、流星街出身でもない。だから、さんが彼を知っている筈は無いのだ。自分でも白々しいとは思うが、一応聞いておくことにした。

「僕のことかい?」
「そうそう。アンタ。新顔?」
「そいつはヒソカ。新しいメンバーだ」


 団長がにやけ面で私を見て言う。・・・分かってる。分かってるからにやけんな。どうせ白々しいって思ってにやけてんだろあんたは。

「よろしく。
「・・・なんで名前知ってんの」
「さっき団長に聞いたんだ。すごくかわいくて男勝りなお医者さんがいるって。ボクが怪我したら、よろしくね」

 いつの間にかヒソカは私の目の前にいて下を見れば手が差し出されている。それを拒否することなく私も手を差し出し、握手をした。まるでおもちゃを見つけた子供みたいな笑顔だったが、それは到底無邪気とは言えないような物。ヒソカも大好きだ。ただ、実物を見るとやっぱ引く。失礼だけど。

「ところで団長。残りのメンバーはいつここに到着するの?」

 私は部屋の隅にいた団長へ問いかけてみた。本を黙々と読んでいたクロロはパタと本を閉じる。

「・・・今日は8月29日だったな?」
「ああ、そうだけど」
「お前は知らないだろうが、8月の30日正午までに全団員集合と言っておいた。あと24時間後には全員集まってるだろう」

 今は正確に言うと8月29日の正午ちょっと過ぎだ。クロロの言ったと通り、8月30日の正午といえば丁度24時間後。

「メシはどーすんだ?」
「そこらからかっぱらってくりゃいいだろ」

 続いてフランクリン、フィンクスがそんな会話をする。あっちの世界の日常ではまず聞くことのない会話にど肝を抜かれつつも、まあクモらしいか、なんて納得してしまう私。でもよく考えたら嬉しいことだ。まだヨークシンでのオークションまで1日半時間がある。旅団のみなさんと十分に触れ合って親睦を深められる。

 そのとき、私の目に入ってきたウボォーとパクの姿。あの二人はじきクラピかに殺されてしまう。私に何とかできるのか・・・。いや。何とかするしかない。

 私は一人、心に決め呟いた。

「殺させない。絶対」

 地獄耳なのか、ウボォーが何か言ったか?と振り向いた。何でもないとごまかして彼に微笑みかけると、作中ではいつも険しくみえた彼の顔が一瞬ほころんだように見えた。