―――彼女はじゃない。
本当のは、悪をとことん嫌い、それが故にオレ達と縁を切り、流星街を抜け出し医者を目指したいわば“堅気”の人間だ。そんな彼女が善悪に執着しないはずがない。流星街出身なのだから当然、旅団結成時からのメンバーであるフェイタンの名も知っていて当然だし、そもそも口調、態度が明らかに違う。
がでないと気付いたのは初めからだった。それでも警戒をせずにオレが・・・いや、彼女をあの密輸屋から預かったのは単に興味が湧いたからだ。ことあるごとにオレ達、幻影旅団の誘いを断ってきたが、今度はどんな手を使って今回の誘いを断るか楽しみにしていた。今回ばかりは大仕事ということもあり、かなり無理やり連れてくることになったが、まさか己の体に他人の魂を入れて登場するなんてな。いや、他人の魂なのか、ただ単に記憶を失っているのかは分からない。これから存分におちょくって探っていくことにしよう。
3話:蜘蛛とご対面
「・・・久しぶりだな、団長の顔を見るの」
そう言って入ってきたのはノブナガ率いる、マチ、フェイタン、フランクリンの4人だった。団長のすぐ側にちょこんと座る私を見て、一番初めに顔色を変えたのはノブナガだった。
ヤバイ。殺される。
そう思って身構えたけど、こちらに近寄ってくるノブナガの顔はすごく嬉しそうだった。・・・逆に怖い!
「じゃねぇか!久しぶりだなぁオイ!まさか団長が雇った専属医がお前だったとはなぁ!」
・・・??は!?何でノブナガは私、いや、さんのことを知ってるの!?
「それにしても、よく来たわよね。アンタ、私たちのことすごく避けてたじゃない」
続いてマチがそう言ってフェイタンと一緒に私のほうへと近づいてくる。
「懐かしいな」
低い声でフランクリンが一言。
・・・ああ。夢のようだ。憧れの、しかも二次元のキャラから名前を呼ばれる日が来るなんてさ。ああ。本当に夢みたいだよ!!でも何かな。何でこんなにも腹が立つのかな!?ああコノヤロー、ちくしょうクロロめ!!
「畜生テメー、何で黙ってやがった!!!」
いけない。つい、いつものノリで団長に怒りをぶつけてしまった。彼もそれなりに驚いて・・・いない。むしろ必死に笑いを堪えて・・・というか引きつっているであろうその口元を本で隠している風だ。まあ、さんがもともとこんな性格だったと。そーゆーことなんだろう、つまりは。その女らしからない言葉遣い、変わらねーなー!とか隣でノブナガが笑ってるもの。
そう。団長は会ったときから私がさんで無いことを知っていたんだ。体はさん、中身はさん、つまり私であることに感づいていたんだ!まあ、もちろん、中身が、つまり私が誰なのかまでは分かっていないだろうけど。そしてさんは察するに流星街で育った人で、故に闇医者としてこの世界に存在する。しかもそのさんは旅団のお友達(みたい)だ。どうも。
「どーしたんだ?団長ともめごとか?」
「ちともかわてないね。。成長したのは体だけか」
「団長にそんな口きける威勢のよさもそのままね」
「はっはっは!こりゃ、ウボォーも喜ぶぜ!!」
フランクリン、フェイタン、マチ、ノブナガの順に、私を懐かしんでいる模様。ただひとつ残念なのが、私は彼らを懐かしめないこと。というか、今私が専念しなきゃいけないのはさんとしてのキャラ作りだ。
フェイタンの言ったことからしてさんは男勝りで口調は荒い。勝気で団長とも気楽に話し合える仲。みんなの言動からして、さんはメンバーに嫌われてはいない様子。前の世界での自分とあまり変わらない気もする。
きっとこんなカンジ・・・か?
「なっつかしーなー!まさかアタシのこと、覚えててくれてるなんてなぁ!」
やっと喋ったかというような顔をしていた面々だが、途端にみんな笑顔になって喋りだした。なんか、なりきってる自分が恥ずかしい。普段の自分は、ここまで男勝りでは、ない。慎ましさも、一応持っている。はず。だからそう思うわけだが、ここは仕方が無い。中身がさんでないと気付かれると色々面倒だから団長以外に悟られるのだけは阻止しなければ。
「そーいや、ウボォーのやつとはどうなったんだ?」
唐突にフランクリンは私に聞いてきた。どうして、ウボォ―のことを私に・・・?理解ができず、応えあぐねていると、ノブナガが気を遣うかのように助け舟を出してくれた。なんて優秀なんだ、このイケメン!!
「知らねぇのかフランクリン。喧嘩別れしたって嘆いてたぞあいつ。・・・そうなると、お前ら気まずいよな。つか、よく団長の誘い断らなかったな。お前。ウボォーが来ること、わかっててわざと来たのか?」
よかった。変なことを口走らないで。でも、いやだな。ウボォーと気まずいカンジになるの。喧嘩別れって、友達として・・・?それとも、まさか、そんな夢のような・・・。え、ガチで私ウボォ―の嫁だったの?最高か・・・。と、思いテンションが上がりつつ、ここでを出すわけにはいかない。そう心を強く持って、さんとしての言葉を紡いだ。
「今回ここに来たのは不可抗力だよ。密輸業者にここまで連れてこられたんだぞ!ひどくね!?」
「へえ。でも、おとなしくここに居るままなんだな」
「・・・会いたくなったんだよ。そこは、あんまり深く突っ込まないで欲しい。ふっ・・・二人の、問題、だからさ・・・」
きゃああああ言っちゃった言っちゃった!ふたりの問題て!
私のその返答を聞いて、おかしい、と異を唱える者はいないので、これはもうウボォ―嫁確定でしょうか!?夢みたいだ!ウボォーと恋人(だった)同士になれるなんて!ここにきて初めて、私は死んでよかったと思うのであった。
「それにしても、まさか、アンタとまた口がきけるとは思わなかったよ」
マチがしみじみと言う。
「初めて旅団として大きな盗みやったときから、ホームに戻っても口利いてくれなかったからね」
「それでその後でもお前と付き合ってるウボォーを、マチもパクも恨めしそうな目で見てたよな」
「ちょっと。何それ」
ふむ。フランクリンの発言から、さんとウボォーギンが付き合っていたことが判明。そして今、さんの身体に入っているのは、ウボォーギンとの恋愛を夢見てやまなかった、異世界の夢女子だ!!最高だ!死んでよかった。それにしても、この人たちと会話をすると頭が痛くなる。何でって、会うたびに、彼らの知るとしてのキャラや過去を捏造と思われない範囲で捏造しないといけないのだから。たかが会話でこんなにも頭をフル回転させなきゃいけないことなんて、過去にあっただろうかと思わせるほどだ。ああ。次何て言おう。
「まあ、アタシにもいろいろとあったんだよ」
かなりテキトーな相槌だ。皆が変に思わないかすごく気を使うし何より反応が怖い。
「ま、お前はお前だしな」
「はやく来ねぇかなぁウボォーのヤツ!」
にやにやしたノブナガが嬉しそうにそんなことを言うので、すかさず突っ込みを入れてみる。
「何でノブがいちばん嬉しそうなんだよ!」
「何でって、アイツがお前の顔見てどんな反応するか、すげぇ気になるだろうが!」
「ノブナガ。他人の色恋沙汰に首つこむなんて、どこの女子高校生か」
「あ!?」
というか、旅団のメンバーってこんなにフレンドリーだったんだなあ。なんて改めて思ってみる。彼らのこんな一面を見れるって、改めてよくよく考えてみると、ファンとしてはかなり幸せだ。ノブナガがいじられてるのかわいいなぁ。
「」
すると突然、後ろで本を読んでいた団長が私を呼んだ。こういうときに良かったと思うのは、さんと私の名前の読みが一緒だったってこと。もし名前の読みが違っていたら私は即座に反応することができない。あと、私の性格とさんの性格が似てたこともよかったかな。
「ちょっとこっちに来てくれ」
「・・・ああ。何だよ?」
団長はポケットから手帳とペンを取り出して、なにやら地図のようなものをさらさらと書き始めた。そして目的地と思われる場所をぐるぐると丸で囲む。
「ここにウボォーがいるはずだ。アイツのでかい体で街中歩かれたんじゃ目立ってしょうがないから、街はずれのこの場所に集合と言っておいた。ここまで、アイツを迎えに行ってきてくれ。頼んだぞ」
相手が団長だから、芝居をするのはなんとなく恥ずかしかったが、他のメンバーは私がさんではないことを知らない。ここはすかさず言うべきだろう。
「・・・ふ、ふざけんな!何でアタシが・・・」
「頼んだぞ」
「う・・・有無も言わせねぇってのかこの・・・」
「頼んだぞ」
「・・・わかったよ・・・」
団長からメモを預かりそこに向かわんと踵を返したとたん、ノブナガが元気よく言った。
「おい!団長!オレも行きてェ!」
「ダメだ。大人しくここで待ってろ」
「だ・・・だってよう・・・ウボォーの反応を・・・」
「ダメだ」
団長の言うことは絶対だ。団員同士のもめごとはコインで解決されるが、団長対団員のもめごとは必ず団長に決定権がある。さすがのノブナガも押し黙ってしまった。
「バカだねノブナガ。そーゆーことに第三者が首を突っ込むべきじゃないんだよ。さ、行ってきな。」
「あ・・・ああ」
マチに軽くなだめられたノブナガが不服そうな顔で私を見つめる。いかにも、連れて行けと言わんばかりの眼光だ。そんなノブナガを小突いたのがフェイタンだった。
「ってぇ!何しやがる」
「ちょと小突いてみただけよ」
彼は雰囲気に乗って、ただ単にノブナガを小突きたかっただけらしい。そんな彼らのやり取りが微笑ましくて、つい微笑んでしまった。
「それじゃ、行ってくる!」
そう言って私はアジトを後にした。
それにしても、団長は人が悪すぎる。何でわざわざ私とウボォーを会わせようとするのか。ただでさえ二人の仲は気まずくなっている(らしい)というのに。さん本人でない私がさんの体に憑依しているという意味の分からない状況で、彼に会わせようなんていう団長の意図とは一体なんなのだろう。もちろん、団長が私という未知の存在をはかりかねていることは分かっているけれど、それにしても、さんにフラれたウボォーが発狂して私を殺そうと襲い掛かってきたらどうする。そのときは成す術なし。私は死ぬしかない。
そんなことを考えながら、重い足取りで、ウボォーの待つ場所へと歩を進めたのだった。