純真なる思いに報いるときが過ぎても


 流星街の者が流星街を出てからの末路を知る者はそういない。流星街出身の者自体、闇の世界で生きる場合が多いからである。そして、その闇の中で生きながらも自身を襲う障害に抵抗する力を持たない者に、人権という二文字は与えられない。

 流星街の者が虐待を受けたことが、流星街に住む者に知れれば彼らは必ず報復のため使者を送るが、そのほとんどは公にならず本人が死ぬまでその残虐非道な行いは続く。

 はその外見故に、さほどひどい扱いを受けたことは無い。しかし、それもそう長くは続かないことになる。

「なあ、ねーちゃん。アンタ、流星街出身なんだってなぁ?」
「・・・だから、何だって言うの?」

 ステージ裏から楽屋へ向かう途中、ドン・マッチーニとその子分たちがの周りを固めた。彼女のオーナーは半殺しにあったのか、ひどく顔を腫らしている。マフィアに引きずられたそんなオーナーが、どさっとの前に放り投げられた。はさして狼狽える様子もなく応答する。

「・・・その人いないと、アタシ仕事できないんだけど」
「仕事なんざしなくていいさ。オレが死ぬまでおめーの面倒見てやるぜ」
「・・・それ、本当なの?でも、アタシ・・・このクラブで歌うのだけが、生きがいなの。お断りするわ」

 マッチーニはそれを聞いた途端、の細い首を掴んで壁に叩きつける。ぐっと短い喘ぎ声を漏らしただけで、舞台表に聞こえないように配慮してのその攻撃は、誰かに助けてもらえるかもしれないという淡い希望をも摘み取った。もっとも、このクラブ内にマフィアに対抗できる力を持ったものがいればの話だが。

「グッ・・・あぁっ・・・」
「ねーちゃん。さっきの話の続きだ。流星街出身のアンタに人権なんて与えられねーんだぜ?つまり、拒否権もねえってことだ。きょひけんって言って分かるかぁ?それくらい知ってるよなぁ?おい、口ん中に布詰めろ」
「はい!」
「なぁ、楽屋はどっちだ?ああ、あそこか。よし、みんなで楽しいことしような。お前が一番得意なことだろ?」

 マフィアたちの下衆な笑い声が廊下に響く。は涙ながらにできる限りの抵抗をするが、大男3人がかりで拘束されては意味もなかった。






中編







「案外裏は手薄だな」
「ま、マフィアと関わりたい一般人なんてそうはいないよ」
「人払いなんかもされてんだろーな」

 舞台裏に通じる扉の前に立っていたガードマンを人知れず即死させ、楽屋やVIP部屋に通じる薄暗い廊下を二人は歩いていた。すると、楽屋への道の途中で人が倒れているのを目にする。うつぶせでいたそれを足で表に返したフィンクスは、その男の顔を覗き込んだ。

「何でこんなもんが転がってんだ?」
「女のマネージャーか何かね。こいつまだ息あるよ。殺すか?」
「ほっとけ。こんなもんが転がってるってこたぁ、歌姫がマフィア連中に強奪されたと考えるのが普通だろ。まずいな・・・」
「何がまずいか」
「オレの初恋の女が穢されちまう」
「はあ・・・あれ売女よ。とっくの昔に処女は捨ててるね。夢見てないでささと殺るよ」

 フェイタンがため息を吐きながら、一歩前に踏み出した途端動きを止めた。不思議に思ったフィンクスが先に進みながら尚も留まったままのフィンクスを振り返る。

「行かねぇのか」
「・・・聞こえないか。ワタシあまり気が進まないよ」
「何だ。案外初心なんだな」
「お前何か。怒らないのか」

 二人には部屋の数百メートル前から聞こえていたのだ。女が男に輪姦され、息も絶え絶えに喘いでいる声が。

「怒ってるさ」

(あいつをマフィアから守れなかった幼い頃の自分にな)

「とりあえず、楽な死に方はさせねぇさ」
「苦しませて殺すならワタシに任せるよ」

 この仕事を初めて初めてフェイタンが上機嫌になった瞬間だった。





「・・・うっ・・・んぅっ・・・」
「ちょっとでも歯ぁ当てたら、どうなるか分かってんな?ん?瞬間頭吹き飛ぶぜ」

 カチ、と拳銃のハンマーを上げられる音が、の額の間近で聞こえた。あまりの恐怖で歯を噛み締めてしまいそうになるのを必死にこらえ、マッチーニへの奉仕を続ける。後方からは男のモノで突かれ、媚薬でも盛られたのか、いつも以上に感じてしまう。

「さすが、売女なだけにうまいな。ますます欲しくなっちまったぜ。

 拳銃の先でコツコツと額を突かれながら、ふわふわと覚束無い思考の中、ただ涙だけはとめどなく頬を滑っていく。恐怖、悲しみ、苦しみ、全てが涙となって表に出てきても、それを見てかわいそうだなどと同情してくれる者もいなければ、とろけてしまいそうな愛情をもって優しく抱きしめてくれるものもいない。この空間に存在するのは、下衆な笑みを浮かべて野性剥き出しに彼女の体をまさぐる男たちだけ。

(もう、いいかな・・・そもそも私には、生きる目的も希望も何も無いんだった。何妙な意地張って、歌いたいなんて、言っちゃったんだろ・・・)

 生きる意味など疾うの昔に見失っている。何を意固地になって、自分がただ好きなだけの歌を盾にして自己を守ろうとしているのか。それを捨てれば、この男の玩具になって、それで済むんじゃないか?とにかくこの状況から脱することができるなら、なんだってする。自分を守って死ぬ覚悟を持てるほど、私は強い人間でも、それをするだけの価値ある人間じゃないから・・・。

 そう思い、がマッチーニのモノを吐き出し、キスをして擦り寄ることを決意した途端、楽屋の扉が開く。

「何だ・・・!?」

 ズルっと、の奥を付いていたモノが抜けていった。彼女が驚いて後ろを振り向くと、頭部があらぬ方向に捻じ曲がっている男の姿があった。その見たことの無い光景を目の当たりにして、彼女を更なる恐怖が襲う。

(何・・・何が起きてるの・・・誰がこんな・・・)

「・・・」
「ほう・・・この状況で驚かねーとは、流石ファミリーのボスだな」
「・・・!?」

 が正面を振り返ると、首を絞められ拘束されているマッチーニの姿があった。背後に立っているのは、どこかで見たことのあるような、眉の無い金髪オールバックの男。

「テメーら、こんなことしてタダで済むと思うなよ」
「ワタシたち今まで、マフィアに喧嘩売て、そう言われてタダで済まなかたこと一度もないよ」

 コツコツとマッチーニに近寄るのは、身長の低い黒髪の男。喋る言葉は少しなまり気味だった。気づけば4、5人いたはずのマッチーニの子分たちが床に横たわっている。各々の体の下方からは鮮血が流れ出ている。死んでいるのだ。この侵入者2人が部屋に入ってきて、きっと10秒とかかっていない。その間に・・・。

 はやっと事態を把握して慌てて後方に後ずさる。

「きゃっ・・・・!」

 後ずさったところで、そこにあったのは頭部が変に捻じ曲がった男の死体。首からにじむようにして出てきている血液が、どろっとの体にまとわりつく。

「こいつ、とりあえず嬲り殺し確定なフェイタン」
「分かたね。やと退屈な仕事に楽しみができたよ」
「・・・お前ら・・・何が目的だ。金か?」
「・・・強いて言えば、復讐かね」
「オレは誰のカタキだ」
と、流星街の人間だよ。ま、後者はオレにとっちゃオマケみてーなもんだがな」

 は不思議に思った。眉無しの男がなぜ自分の名前を知っているのかを。その男と自分が、過去に知り合ったのだとすれば、自分の客だった男か、流星街にいた者・・・。

 そう考えついて、は思い出したのだ。はこの二人を知っている。間違いなく、男の口から流星街という単語も聞こえた。確信して、は二人の名前を口にする。

「フィンクス・・・と・・・フェイタン・・・?」
「驚いたよ。ワタシのことまで覚えてたか」
「・・・忘れられちゃいねぇ様だな」

 は瞳に涙を浮かべて言う。

「・・・余計なこと・・・しないでよ!!」

 死臭ただよう澱んだ楽屋の中に、彼女の悲痛な叫びが響き渡った。