囚われの青い鳥


 その男は消息を絶った同僚たちの行方を探しつつも、壁の中の監獄からどうやってか抜け出した罪人兼モルモットを檻へ戻すよう、命を受けていた。彼は、もともと失踪した同僚たちが受け持っていた命令をひとりで引き継ぐことになったのだが、まずは何故彼らが何の成果も無しにただ失踪することになったのかを解明することにしていた。

(消えた女を探すって、一人でかよ。そもそも、もう国の近くにいるなんて保証すらねぇってのに、とんだ無茶振りをしやがる)

 もう幾度思ったかも分からない不満が募る中、彼は薄暗い森の中で手がかりと思しき物を足元に発見した。発見したというよりも、その存在に気付かせる原因は臭いだった。湿り気を帯びた森林。その地を覆う草の青々とした匂いの中に突如として現れた腐臭。その元をたどると、まだ野生動物や微生物に分解されきるまでの時間が立っていないのか、原型をとどめた・・・ところどころ変色した人間の皮膚や頭髪が恐らく生前のままの、人間の頭部が落ちていたのだ。彼はその辺に落ちていた木の枝を使い、地面に突っ伏した状態の頭部を転がし、その顔を確認する。

(・・・この顔は、見覚えがある)

 そう。彼の探していた同僚の頭部だ。通りで連絡も何も無いわけだ、と彼は納得した。そして、彼は近辺で同様の状態の頭部を3個ほど見ることになった。頭は分かった。ところで身体はどこだ。と彼は疑問に思う。その3個の頭部を持ち帰り、埋葬してやる気も特段起きなかったので、落ちた場所にそのまま放置してきた頭部。それはまるで、砲丸投げの要領で投げられたかのように落ちていた。無暗に広い森の中を探し回るよりもいいと、男は人間の頭部という悍ましい“点”を太い線で結んだ先を探索することにした。

 しばらくして、彼は予想通り、同僚の身体を探し当てる。頭部が落下していたところよりは500m程離れていたが、今度は5体全て、見覚えのある黒い外套を纏った頭部の無い人間の身体が転がっていた。もし、この付近で同僚たちが殺されたとして、何故頭部だけ投げ飛ばす必要があったのか。

 だが、身体もあの3つの頭部と同じように、砲丸投げで投げられた後の鉄球のように配置している。今度は5体とサンプル数も多かったので、彼は身体も投げられたのだ、と確信した。そして、発射地点も絞られる。頭部よりも重い身体が落ちているこの地点から見て、頭部が落ちていたのとは逆の方向に、すごい怪力を持つ人殺しがいたのだ。

(あんま気が進まねぇが、行くしかねーか)

 目星を付けた方向に2km程進んだところに、その幻想的な景観はあった。美しく澄んだ水を湛えた湖の真ん中に、島がぽかんと浮かんでいる。島には木造のコテージのような建物がぽつんと建っていた。朝日に照らされたそれはとても神秘的で、男はごくりと息を飲む。だが、彼は他の気配も察知していた。念能力だ。その湖に蝿帳でもかけるかのように、誰かの念が被さっているのを凝で確認した。恐る恐る近づき、その薄い壁の向こうに手を通すも、特段何か変化が起きるわけではなかった。そして、同僚たちを無残な姿にしたらしい人間の存在も、現時点では感じられなかったので、男は建物に近づいていった。






14:只の鬱憤晴らし







「こんな場所で、一人で置いておかれるなんてよォ・・・っ、リュービもヒドイことするよなぁ?お前が、こんな目に合うかもって・・・少しも考えなかったんだろうな?」
「やめてっ・・・。もう十分でしょっ・・・っあぅ・・・っ、っああ、やめっ・・・」

 男はまず最初に、以前を攫いに来た黒ずくめの男たちと同じで、嫌がる彼女の身体を抱え島を出ようとした。しかし、湖から出た瞬間から彼女の身体が黒朽化し始めたので、その訳を聞いた。すると、彼女は念で守られているのだと知った。彼女を守っているのが先程彼が視認した、念でできた“蝿帳”だったのだ。死なないなら、一時放っておいても逃げ出しはしまいと、一度組織の本部へ連絡するため島を離れる。森を抜け、電波の通じる最寄りの町で報告を済ませた彼は、その日のうちにの住む家へ戻った。

 何故戻ってきたのだと言いたげな目を向ける彼女。その挑戦的な目が男は気に入らなかったが、それと同時に、彼女の美しさに囚われてしまった。そもそも、彼がプロハンターとしてパーゴスウェイ国を訪れたのは、そこに住む民族の美しさに惹かれ、一度訪れてみたいと思ったのが始まりだった。改めて見ると、やはり美しい。こんなに美しいのに、殺して目玉だけにする研究に使うなんて狂ってる。

「美しいお前に、こんなひどいことできるのも、今のうちだろう?」

 そう言って、男はの両手首を拘束し、彼女をベッドの上で犯しはじめた。それも今日で2日目になる。もうそろそろ3日目に突入だ。もちろん、ずっとでは無かった。自分が果てたら、5、6時間程度の休憩を挟んでいた。その間、の拘束も解いたし、彼女は食事を用意して食べていたし、口では嫌だと言いつつも、逃げ出すことも、力で圧し勝つこともできないことを分かっているからか、案外従順に男に抱かれていた。男は、報告したこの場所に仲間が到着するまで、彼女を見張っていたと説明するつもりで快楽に興じていたのだ。

「なあ、お前、まだ二十歳も超えてねぇだろ?やらしいよなぁ。一体誰に、教わったんだ?リュービか?・・・なあ。リュービなんだろ?アイツ・・・驚くことによぉっ・・・っ、まだ生きてるんだぜ?」
「・・・え?先生、が・・・!?嘘、死んだって、聞いたっ」
「ああ、殺されたアイツらがそう言ったのか?ああ、そう言やぁ・・・リュービが生かされたのは、あいつらが出てった後すぐだったからなぁ・・・知らねぇのも無理はねーか」

 は頭が真っ白になった。自身が犯されていることは変わらないのに、それ以外のことが考えられなくなった。

「おいおいおい。白けちまったな。でもなぁ、期待なんてしない方がいいぜ」
「なんで・・・、お願い、あなたの言うこと、何でも聞く。だから、お願い、先生を・・・先生を助けて?」
「うーん。何でも・・・ねぇ。悪い条件じゃねーが、お前ができる“何でも”程度じゃあ無理な相談だな。期待しない方が良いってのは、ほぼ死んだ状態で生かされてるからだ。よしんば実験室から連れ出せても、結局死ぬしかねーだろうしな。むしろそうやって殺してやった方が、ヤツのためかもしれねー」
「・・・っ、でも先生は、異国の人でしょう?どうして実験なんかに・・・?」
「何だ、お前にも隠し通せてたのかよ。アイツ、ほんと顔に表情出ないよなぁ。お前にだけは笑顔も見せたし、イく時の情けねー顔も見せてたってのか?ほんと笑えるな。アイツ、クルタの人間だったんだよ。最後の最後に、目を悪魔みてぇに赤く光らせやがったんだ」

 クルタ。壁が築かれた原因でもある凄惨な事件を、は知っていた。だからこそ、国を守ると言って造られた壁の意義を信じ、今まで安穏と生きてきたのだ。そう、つい最近まで、壁に守られているという幻想を見せられて、安穏と生きてきた。

「なあ。続けていいか?そろそろ萎えちまう」

 男がそう言っての乳房に口づけた瞬間、薄暗い寝室に、赤い血液が飛び散った。

「お前らなにやてるか」

 背中を切り付けられた組織の男は、致命傷とは言わないまでも、焼きつくような痛みにのけぞり、ベッドから転げ落ちる。は、暗闇から顔を出したフェイタンから露わになった自分の上半身を隠すように、ベッドのシーツを慌ててたくし上げた。

「おっと。オレ、外に出て待ってるね」

 シャルナークは、寝室内の状況をフェイタンの背後から覗いてすぐに引き返す。そして、フェイタンはに目もくれず、床にころがる情けない姿の優男を足蹴にし始めた。鳩尾に何発か入れてやったあと、顔面を踏んだり蹴ったり。ふがふがと切れた唇で何か言っているが、フェイタンはその男の頭髪を鷲掴みにして言う。

「お前、他人の女に何してるか。・・・殺すだけじゃ気が済まないよ」

 そう言って、男の両踝から下を仕込み刀で切り離した。

 シャルナークは、男の悲鳴を聞いて、ああ、また始まった。とため息をつき、相方の拷問癖に辟易する。さっさと、団長の求める“お宝”を湖から連れ出して、本当に死なないか確かめたかったが、これは長くなりそうだと思った。

(ところで、どうしてフェイタンは、彼女が恐らく犯されていたであろうことに腹を立ててるんだろう)

 納車寸前の車を泥だらけにされたディーラーの気持ちだろうか?大事な顧客に示しがつかない、あるいは新しい車を用意しなければいけない。そんな風に思っているのか?いや、それにしても、怒りすぎだろう。別に黙っていれば、納品寸前に男に犯されていたことなんてバレないだろうし。まあ、子供ができてたら嫌だけど、生まれるまで団長の手元に置かれることはないだろうしなあ。

 シャルナークがそんな下世話なことを考えてぼうっとしている間に、フェイタンの気が済んだのか、もう男の悲鳴は聞こえてこなくなった。程なくして、血まみれのフェイタンと、身支度を整えたが家を出てくる。

「気は済んだ?」
「・・・・・・・・・・・黙るよ」
「何で怒ってんのさ。さ、ちゃんが、死んじゃわないか確認しましょ」

 フェイタンはを抱きかかえ、地面をひと蹴りして岸辺めがけて飛び上がった。だが、確認するまでも無いとフェイタンは思っていた。が死なないであろうことを、フェイタンは確信していた。この小屋に着いたとき、リュービの念が消えていることを凝で確認していたからだ。

 以前、彼女を抱きかかえ連れ去ろうとした時、彼女が死にだしたあたりに降り立った。

 フェイタンはを優しく降ろし、彼女の瞳を覗き込む。放心状態でいる彼女は、目の前にあるフェイタンの顔を見ていない。死んでないとか、ここから出られて嬉しいとか、普段の彼女であれば言ってはしゃいでいそうなものなのに。

 そう言えば、フェイタンが“間男”をじわじわと死へ追いやるため、男ののいろいろな体のパーツを血しぶきを上げて切り刻んでいる間、は悲鳴を上げるでも何でもなく、ただ茫然としていた。それをフェイタンは今になって不思議に思った。

「お前を、団長のところへ連れてくよ」
「フェイタン・・・お願い。先生、・・・先生が、生きてるって・・・国に、戻らなきゃ。その後に、絶対に、ついていくから・・・だから、国に戻りたい。先生を、助けなきゃ・・・」

 やっと喋ったかと思うと、みるみる内に瞳を涙でいっぱいにして、震える声でフェイタンにそう懇願する。

(・・・また、先生、か・・・)

 彼の頭部を粉々にすることで収めたはずの怒りが、またふつふつと沸き起こる。そして、その事実をに知らしめた男を、もっと時間をかけて苦しめて殺してやるんだった。と後悔した。

「お前、自分の立場まだわかてないみたいだから、言ておくよ。お前は、この瞬間から団長の“物”よ。お前の言うことなんて、聞く道理ないね」
「フェイタン、お願い。私、無理。先生のこと、置いていけない・・・。あいつが言ってたこと、確かめなきゃ。先生ね、実験台に使われてて、もう、死んだ方がマシって状態だって言われたの。それが・・・それが本当か確かめなきゃ」
「本当のことね。そして先生は、ワタシが殺してきたよ」

 は、え、とか細い声を発して、また時が止まったかのように呆然とした。そして、絶望が故の虚無に満ちた彼女の瞳からは、堪えきれなくなった涙がぽろぽろと零れ落ち始めた。