フェイタンは死体の始末をどうつけるかに困っていた。いつもならば殺りっぱなしで、自分の手で死体にした人間のことなど考えもしないのだが、さすがにこの孤島で大の大人5人分の人体を放置しておく気にもなれないのだ。
(・・・面倒なことになたね。こんなことなら、こいつらが向こう岸に着くまで殺すの待てばよかたよ・・・)
フェイタンはため息をついた。そして決意した。
(よし。投げるか)
見た目に寄らず怪力なフェイタンは、頭の無い黒づくめの人体をよいしょと持ち上げては、投射角度45度で対岸のはるか彼方へと投げ飛ばす。何とも罰当たりな行為だが、罰も何も彼は盗賊だ。生業そのものが罰当たりなのだから、お話にすらならない。
残るは連中の生首だけである。こちらはハンドボール投げと大差無い。フェイタンは半ばどこまで遠くに投げられるか楽しんですらいた。
ふと、生首投げの途中に少女のことが頭をよぎる。わき腹を刺されたらしく、ひどく出血していたので、今はベッドに寝かせている彼女だが、どうにも1日前と様子が違う。危機感のかけらも無く陽気な性格だったはずの彼女の表情には、暗い影が射していた。
おおよそのことならば、フェイタンにも検討はつく。パーゴスウェイ人が隔離された囚われの民であることを考えれば、違法にも国外へ出てしまっているを壁の中に連れ戻そうと赴いたであろうと。
しかし、それだけの理由であれほどにも人が変わるだろうか。
そんな思考に至った瞬間、嫌な予感がした。
(あいつの言てた先生が・・・死んだか・・・?)
もしそれが本当なら、非常にまずい。をこの湖に囲った張本人が、きっと“先生”である。術者である“先生”が、念をかけたまま死んで、尚もその念能力が持続しているのだ。事実、フェイタンがを黒づくめの男から奪い取った時、すでに刺されたのわき腹から血は流れていなかった。今戻れば、残るのは服に付着した血液だけで、傷跡などきれいさっぱり無くなっていることだろう。
“除念”というものが存在する。最悪、術者がみつからなければ、除念師を探し出して除念させ、を連れ去ろうと企てていたのだが、術者が死んでいるとなると話は別である。死んで念能力による効果が無くなればいいが、の場合、より威力を増している。死んだ者の念能力は怨念と化し、最悪除念すらできなくなるという話も聞く。
(・・・これ、普通に壁破て別のヤツ連れ去た方が簡単ね・・・)
とにかく、真実を確かめなければ。フェイタンはそう思って、小屋の中へと入っていった。
05:依存
1日前、団長・クロロと連絡をとるために、フェイタンは湖からもっとも近い小さな町へ赴いた。幸い電話が通じるだけのインフラは整備されており、かと言ってさほど治安がいいような町でもなく、盗賊であるフェイタンにとっては居心地のいい町だ。彼は今、町の中心からすこし離れた、町のゴロツキが占拠する家屋でホテル同様にくつろいでいる。かわいそうだが、もちろんのこと、冷酷なアサシンに狙われてしまったごろつき共に命は無い。
『何・・・?国外にパーゴスウェイ人がいるのか?・・・それにしても、どういった風の吹き回しだフェイタン。いやに仕事が早いじゃないか』
クククっとクロロが含み笑いまじりにそう告げた。
「そう言う団長は仕事はかどてるか」
『そうだな。図書館に置いてある文献には一通り目を通したが、盗みに役立てられそうなものは無かったな』
予想はしていたが・・・とクロロは付け足す。フェイタンも予想はしていた。団長は図書館でそんな文献を読み漁っていたら、もっともっとパーゴスウェイ人が欲しくなるだけだと。
「・・・そもそも、団長は連中を手に入れて、その後どうするね」
『ははは、確かに、そう言われると困るな。とりあえず、今は欲しいだけだな』
「見るだけなら、今からでもできるよ」
『それじゃダメだ』
なんでも、お宝は自分の一番落ち着く場所で、ひとしきり愛でないと気がすまない性質なんだと彼は自称する。まるでねずみや鳥を捕らえた猫が家に持ち帰ってくるのと同じ様な性質だ。
『と、言うか。国の外にいるなら早く連れて帰れフェイタン』
もっともなツッコミであるが、そうは行かない理由がある。何とも面倒な話だが、と前置きをし、という少女の存在についてフェイタンは語る。
『なるほど。それは面倒だな』
「どうするね。当初の予定通り、壁を破るか?それとも・・・」
『その少女がいい。カワイイんだろ?』
「・・・何間の抜けたこと言てるね団長」
『いや、これは結構重要な問題だぞ。いくらブルーダイヤを瞳に称えているからといって、お年を召したばあさんだとか、増してやきったないおっさんなんて、傍に置いておきたくない』
・・・まあ、確かに。フェイタンはクロロの主張に納得する。そして、確かにはかわいい。電話越しであるためクロロに気づかれないのをいいことに、うんうんとフェイタンはうなずく。人形のように傍に置いておくなら、はベストな容姿をしている。
『今、シャルにパーゴスウェイ国のことについて調べてもらってる。一応、壁を破る方針で計画は進めよう。しかし、その少女のこともキープはしておきたい。そこでお前に頼みたいことがある』
「あいつのお守りか」
『冴えてるな、フェイタン。その通りだ。できれば術者探しも平行してお願いしたい』
「・・・わかたね」
『情報が入り次第、鷹を飛ばす』
「アイアイサー」
彼の持つ携帯電話のGPSだかなんだかで、彼の大方の居場所が分かるらしく、情報は鷹を使って飛ばすのだとか。何とも古臭い手法だが、電波も何も届かない森の中じゃ文句など言っていられない。
時刻は少し日の傾いた昼の4時。湖に戻るにはまだ少し早いと、フェイタンは眠りについたのだった。
そして現在,彼は5人の死体を片付け、部屋に戻った。するとは静かに寝息を立てていた。窓から差し込む日の光が彼女の寝顔を照らしている。目尻から流れた涙の後がキラキラと光って見える。
そしてやはり思うのだった。はかわいい。美しいブルーダイヤのあるはずの瞳が閉じられていても、十分に美しいかんばせである。フェイタンは無意識に彼女の傍へ寄り、小さな木製の丸椅子へ腰掛け、の様子をうかがった。
別段息苦しそうにしているわけでは無いので、例のごとく傷口は完治しているのだろうが、彼女の身に着けている白いワンピースは、赤黒く変色した血液で汚れたままだ。まるで死んだように眠っているので、この情景を他人が見れば、は本当に死んでいるのだと見まがうだろう。
「お前・・・今すごくキレイね」
感性の捻じ曲がったフェイタンは口走る。
彼女の涙の跡と、まるで人形のようなかんばせ、白いワンピースに映える赤黒い血。それら全てが揃ったからなのだろうが、一般的に考えると不謹慎な発言であるとしか言えない。どちらにせよ、フェイタンが旅団員以外の何者かを評価するような発言をするのは非常に珍しいことで、ことさら女子に向かってかわいいだとかキレイだと感じるのは非常に稀なことだった。
しばらくして、は目を覚ました。
開かれた瞳は虚ろだった。キラキラと輝いていたいつもの彼女のそれではない。そして、傍にフェイタンがたたずんでいるにもかかわらず、彼女の視線は天井に向けられたままで、一向にフェイタンの方を向こうとはしなかった。しかし、次に彼女の口からつむがれる言葉はフェイタンに向けられたものだった。
「私ね、先生と約束したの。病気や怪我で苦しむ全ての人のために、絶対に泣かないって。絶対に、命をないがしろにするような言葉は思い浮かべないし、口にもしないって。絶対に、絶対に笑顔は絶やさないって。それが医者になるための、最低条件だって・・・。でもね、私、できなかったよ。・・・先生との、約束・・・守れなかったっ・・・!」
涙をボロボロと零しながら、は言った。
「だって、大好きな先生を殺されたんだよ・・・?敵討ちしてやるって・・・殺してやるって・・・!悲しくて、泣くよ・・・、笑ってなんて、いられないよっ・・・!」
笑顔でいることも、涙を流すことも、他人の命をないがしろにするべきではないという信条も、フェイタンには全てわからなかった。医者とは対極にある仕事を生業としているのだから、当然と言えば当然だった。そして、今自分は不用意に口を開くべきではないと判断した。人を慰めるなど柄ではないし、そもそもそんなスキルは持ち合わせていない。そして、追い討ちをかけるような発言をしてしまえば、彼女は先生の後を追いかねない。は大事なターゲットである。死なせてしまっては、遠路はるばるここまで来た意味がなくなってしまう。クロロからの命令もある。
もっとも、後を追ったとしても、この孤島に彼女の体を連れ戻しさえすれば息は吹き返すのだろうが、どんなにひどいダメージを身体に与えても(例えば、頭と胴体を切り離しても)必ず生き返るという保証はどこにも無い。そして、に精神的に深いダメージを与えたところで、フェイタンにとってまったくメリットがない。
そんな思考を巡らせながらも、特にかわいそうに、などといった同情も抱かず、ただ静かにさめざめと泣くの姿を眺めていた。はゆっくりと彼の方へ視線を移した。
「でも、おかしいな・・・。まるで、ここに先生がいるみたい。盗賊さん?お願いがあるの」
まるで途方もなく続く暗闇の中で一筋の光を見た迷子のような表情だった。フェイタンは何だと聞き返す。
「マスクを取って・・・素顔を見せてくれない・・・?」
何のために?フェイタンは思ったが、特に抗う理由も無いのでマスクを外す。すると彼女の顔がほころぶのだった。
「やっぱり、先生に・・・そっくりだなぁ・・・」
他人の面影と重ねられるのは非常に不本意だったが、今は仕方が無い。仕事のためだと割り切って、彼はに問う。
「・・・なら、ワタシが傍にいれば、お前は生きていけるか?」
すると彼女は静かにうなずいた。そして、儚げに微笑みながら言うのだった。
「私のことはって呼んでくれたら嬉しいな」
彼女はフェイタンの名前を聞こうとはしなかった。それを複雑に思う自分がいることにフェイタンは気づくが、気にするのも変な話だと、その理由について考えることはやめた。
こうして、二人のおかしな関係は始まったのだった。