金品の欠片すら見当たらない小屋。そもそも小屋である。大きな豪邸だとかならまだしも、フェイタンは自分がどうしてこんなガタのきたような小屋に宝物があると思い込んでしまったのかについて考えていた。しかし、その直感があながち間違いではなかったことと、団長の望むものが目の前にあることから、次に自分が取るべき行動を決定した。
拉致。
そのためにフェイタンは、不法侵入者である彼の存在に大して驚きもしなかった、どこか抜けており危機感に疎い目の前の少女を担ぎ上げた。
「なっ・・・何を・・・」
少女の言うことなど耳に入れるつもりもなかった。とにかく、この少女を団長の元に連れていけば、団長の好奇心も物欲も満たされるのだ。しかし、おかしかった。今まで少しも恐怖心をあらわにしなかった少女が、小屋から外に出た途端に身をこわばらせたのだ。そして小さな声で言う。
「だめ・・・」
フェイタンが、少女の蚊の鳴くような声の抵抗などに聞く耳を持つはずもない。孤島の隅まで駆け出し、弾みをつけ対岸めがけて飛び上がる。そして、湖の岸に足を踏み入れた瞬間、少女が口を開いた。
「盗賊さん。あなたの望みは私の目?爪?歯?」
「・・・お前、パーゴスウェイ族ね。お前を欲しい言てる人がいるよ」
「うん。それは・・・分かって、るん・・・だけ、ど・・・」
恐怖も含んでいたのだろう。それにしてはしっかりと、冷静に言葉は紡がれていた。そして、フェイタンが来た通りの道を帰ろうと森を駆ける間に、少女の声量は次第に小さくなり、紡ぐ言葉は明瞭さを失い、息遣いもだんだんと荒くなる。不思議に思ったフェイタンが速度を落とし、抱える少女に目を落とす。
身を強ばらせる少女。
「・・・私、このままだと・・・死んじゃうよ・・・?」
「お前、さきから何が言いたいね」
「私も、あの・・・湖から、出ようとしたの・・・。そしたら、今みたいに・・・目がすごく・・・痛くなって、爪が・・・黒く濁っていって・・・そして、息苦しくって・・・」
「・・・お前助かりたくて必死か」
「もし、そうなら・・・私は今こんなに・・・落ち着いてないよ。これは、盗賊さんが狙うものが、私だから・・・警告・・・して、あげて・・・っ・・・」
身を強ばらせていた少女の体から力が抜けた。うなだれた少女の頭。目が見開かれているが、ブルーダイヤの姿が見えない。暗い、闇のようだった。フェイタンはやっと、少女の身に異変が起きていると悟り、他の部位にも目をやる。
爪・・・黒く澱んでいる。
歯・・・まるでお歯黒だ。
ここで、フェイタンはクロロが言っていたことを思い出す。
“彼らは身体の白い部分が全てブルーダイヤモンドのごとく青く、美しく輝いている。人間の身体における色素の薄い部分と言えば、眼球、つめ、歯だが、それらがすべて、透き通った美しい青色に輝いているらしい。しかしそれは生存している間だけだ。死んだ途端に輝きが消え、どす黒く濁り、どの部位よりも真っ先に朽ち果てる。ある種クルタ族とは対極にある人種だな。”
「・・・お前の言うこと、嘘じゃないみたいね」
うなだれて、生きているかどうかも分からない少女に向かって、フェイタンはつぶやいた。と、そこで彼はやっと足を止めるのだが、次に彼は「面倒くさい」と思った。
この少女、今はまだ死んではいないが、このままここに捨て置けば息を引き取るだろう。彼にとって、この少女の命を見捨てることなどいとも容易いことである。そもそも人の命などに重みを感じる感性が欠落しているため、容易い、容易くはないなどと考察することすらないままに捨て置くだろう。
しかし、今彼に課せられているパーゴスウェイ族の拉致という任務が、少女を見捨てるという選択肢を選び難くしている。
というのも、彼女は過去にあの湖から離れようと試みた際に、今回と同じような症状が出たと言っていた。症状、と言うよりも、クロロの話から考察すると、これはパーゴスウェイの民が死ぬ前の兆候である。そこから、湖を囲う例のオーラには「少女が湖から離れると死ぬ」という“念”が込められていると考えられた。また、過去に湖から脱出を試みた少女の、黒くなったと言う爪が元に戻り、先ほどまでのあの美しい青色に輝いていたことから、湖に・・・オーラの囲う領域の中に戻れば少女は回復するかもしれない。
ならば、ガードの堅いパーゴスウェイ国にわざわざ出向き、ガードの堅いパーゴスウェイ国から人一人抱えてクロロの元に運ぶよりも、湖に戻り、念の術者を捕らえて除念させ、この少女をクロロの元に届ける方が、容易なのではないか。
と、ここまで考えて、結局どちらを選択しようとも面倒に変わりはないことに気づいたのだった。ただ、目の前にお宝があるのに、わざわざ敵の本拠地からお宝を盗み出す苦労をする意味が分からないので、とりあえずは、この少女を湖に戻すことに決めた。
「・・・またく。誰か、こんな面倒くさい念仕掛けたのは・・・」
舌打ちをして、フェイタンは再び湖へと戻ったのだった。
03:鳥籠
目を覚ますと、見慣れた顔が見えた。朝日に照らされたそれは、見知った顔よりも若干若いのだが、それでもよく似ている。
(先生が5歳若返ったくらい・・・かな?)
は、なんだか嬉しくなってそっと微笑むのだが、眉をひそめてうっすらと瞳を開く男の姿に驚き、咄嗟に天井へと目線をやって瞳を閉じた。
「狸寝入りはよすね。バレバレよ」
「・・・すみません」
不法侵入者のくせに、何故この男はこんなにも態度がでかいのだろうかと解せないままに、はしぶしぶと目を開けて上体を起こした。
「驚いたね。本当に治たか」
フェイタンは少女のブルーダイヤのごとく輝く瞳を見る。彼が昨夜、月明かりが差し込むだけの薄暗い小屋の中にを連れ帰り、ベッドに寝かせた時に見た瞳は暗く濁っていた。人間の目玉をくり抜いた経験のあるアサシンが人間の目玉を気味悪がるのも変な話だが、フェイタンは目を見開いたままに意識を失った彼女の顔を見たくないと彼女のまぶたを閉じさせたことを思い出しながらそう言った。
「私はやっぱり1回死んだの?」
「死んだら目が黒く濁て、爪が黒ずんで取れそうになるて言うなら、死んでたよ」
「・・・それで、私はまた生き返ったんだ・・・」
は、この不思議な現象がなぜ起きているのかを知らない。フェイタンには、湖を覆う何者かのオーラが見えるし、これが念能力によるものだとも容易に想像がつくことだ。それをわざわざ少女に教えるのも面倒なので黙っていると、当然だろうが、は盗賊に問うのだ。
「盗賊さんは、不思議に思わないの?」
「・・・お前、検討もつかないか」
「うん。全然」
フェイタンはため息をついて、彼女が置かれている状況について説明する。
「この世には、念能力言うものがあるよ。それを誰かに仕掛けられたよ、お前」
「念能力って何?」
「それを説明するのは面倒ね。とにかく、その誰かの“念”のせいで、お前はこの湖から出ると死ぬし、湖の中にいると死ねない」
「すごい・・・世の中って広いのね。そんなことができる人がいるんだ」
間の抜けた感嘆にフェイタンは再びため息をついた。念能力について説明することが面倒だとことわっておいて何だが、言うことはそれだけなのかと突っ込んでやりたい気持ちだった。
とにかく、フェイタンはこの湖からこのお気楽な少女を連れ出して団長に献上しなければならない。そのために必要なのはまず、この煩わしい念による呪縛を解くことである。
が、その前に。団長の望むお宝が、今目の前にあるということをフェイタンは団長に告げる必要があった。と言うよりも、告げておけば今後自分が取るべき行動を明確に定めることができるし、何より、団長の命令によっては、この少女のもとから離れられるかもしれない。などという淡い期待を抱いていたのだった。
旅団員以外の人間と交わることを嫌うフェイタンにとっては至極当然な思考回路であり、少女が目覚めたのをきっかけに、彼は一度近隣の街へ戻ることにした。フェイタンは座っていたイスから腰をあげながら、少女に告げた。
「お前、ここから逃げたらただじゃおかないよ」
「ここから出て行ったら死んじゃうのに、自分から出て行ったりしないよ」
「・・・それもそうね」
「盗賊さん。どこに行くの?」
「ワタシのボスに一応報告しにいくよ」
「・・・またここに来てくれる?」
少し不可解な少女の問いにフェイタンは少しとまどった。不法侵入者でしかない自分に戻ってきてほしいと言うのか。いずれにせよ、おのが母国のことについて自身よりも知っているであろうこの少女には、調査のためいろいろと聞くことがあるのは事実だ。必ずここに戻ることにはなるだろうが、拉致される身であるにもかかわらず、さして拒絶の意をしめされないことに違和感がしたのだった。
「すぐ戻てくるよ。拉致されるの、楽しみにしてればいいね」
そう捨て台詞を残して、フェイタンは少女に背を向けて、小屋から出て行った。その後ろ姿を見つめるが微笑んでいることを、フェイタンは知らない。
(先生が戻ってきてくれたみたいで・・・嬉しいなあ)
この時、自身が悲劇に襲われることになるなどと知ることなく、少女はただフェイタンの消えゆく後ろ姿を見つめて、微笑んでいたのだった。