あり得ない

非日常的なあなたと私の関係




「あーああ。本当に君って、空気読めないの?タイミング悪すぎるよ。あと一時間後に戻ってきてくれない?」
「完全にに拒否られてんのがわかんねぇ程に空気読めてねぇお前に、そんなことを言われる筋合いなんざねーんだよ!」

 いつか、森の中で見た光景だ。すごいクール(カッコいいとかそういう意味合いじゃなく。)なヒソカと、がなり立ててぶちぎれたノブナガが、己の刃を相手の喉元に突き立てようとやり合あっている。今なら分かる。前見たときは彼らの手元すらよく見えなかったから、ヒソカが何やら素手でノブナガに立ち向かっているように思っていたが、それは勘違いだった。トランプだ。トランプ一枚を恐らく念で強化している。時に遠隔攻撃で、トランプを数枚飛ばすんだけど、ノブナガはそれを見事に刀で散らす。

(ああ・・・。私もいずれこんな戦いができるようになるのかなあ)

 この世の不条理は、すべて当人の力不足故。まるでどこかのスーパーヒーローのように、危機に瀕した自分を誰かが救い出してくれるなんて、そんなおとぎ話みたいなこと、期待しちゃいけないんだ。でも、これで、何度目だろう。ノブナガがまるでそんなおとぎ話のヒーローみたいに、私のことを助けにきてくれたのは。

 
「ノブ・・・ナガ・・・」

 私は己の不甲斐なさに辟易するのと同時に、ノブナガの優しさに喜びが込みあがり、たまらず声を出してしまった。意識も朦朧として、呂律も回らないけれど、それでも彼の名を呼ばずにはいられなかった。

(ああ・・・やっぱり。私はノブナガのことが、好きなんだ)

 もう決めた。この旅から帰ったら打ち明けよう。それで、もしフラれても後悔はしない。彼に出会ってから、こんなにも世界は広がって、前向きになれた。もう、誰かに依存していないと生きていられないような私じゃないから。

(愛してる。愛してるわ。ノブナガ)







あり得ないシンクロ








「もう面倒くせぇから帰れ!ヒソカ!」
「君じゃボクには勝てないもんね。ヤりづらいでしょ。すごく」
「そのねちっこい視線をオレに向けるんじゃねえ!吐き気がする」
「キミの刃は、ボクの飛ばす粘着質な念を受ける面積を増やすだけだからね。今のところキミはボクの念を上手く避けているけど・・・それがいつまで続くか、見物だなあ」
「だから!もう続けんの面倒だから!帰れって言ってんだよ!マジで!帰ってほんと!!目的は何なんだよ!しつけーんだよ!」
「やだなぁ。しつこいのがボクのイイとこなのに」

 ノブナガは最早姫を守る騎士だった。目の前で余裕をかます魔法使いとは相性が悪く、守るものを背負った彼では打ち負かすのは非常に困難だ。

「・・・キミ、をどうするつもりなの」

 急に、ヒソカはニヤつく顔を納め、真剣な面持ちをノブナガへ向けた。

「少なくとも、お前みてぇにマジで手籠めにしてやろうなんてことは思ってねえ」
「人をレイプ魔みたいに言うのやめてくれる?君が煮え切らない態度でいるから、も困っているだろうし、もうボクのものにしちゃおうかなって思っただけさ」
「調子こくのも大概にしろよ」
「最初はさあ・・・試験があまりにもつまらないもんだから、君を呼んで相手してもらおうって思っただけだったんだよ。だけど何だろうね、彼女って人知れず男を魅了する何かを持ってる気がしてならなくって。それで、今回の旅団のお仕事でキミがこの街に来るのでピンと来たんだ。君のことだから、ハンターになったばかりの彼女のことが心配でここまでわざわざ連れてくるんだろうってさ。見つからなかったら見つからなかったで、彼女のお店に行けば会えるでしょ?」
「つか、おめーなんでがハンターになったこと知ってんだよ」

 の置かれている環境について知らされたノブナガは、やはり今回を仕事に同行させるという判断は間違いではなかったと認識するとともに、その詰めの甘さを思い知ることになった。

 ノブナガはインターネットやPC、携帯電話などの電子機器に疎く、申し訳程度に携帯している端末でメッセージを送るのがやっとである。おそらくその辺の高齢者並みかそれ以下の知識しか併せ持っていないため、ハンターになった者が電脳空間でどのような扱いを受けているのかなど、ハンターでもなんでもないノブナガは知る由もなかった。

 ヒソカ曰く、ハンターライセンスを持っていない人間ですら、誰が今期にハンターになったかぐらい知ることは容易だとのことだ。そもそも、ホテル、各種公共交通機関、各国の警察、役所等々、ハンターライセンスを提示してきた者が本当にハンターかどうか、一般人がデータ照会できる端末がいたるところにある。ハンター協会は、誰がハンターであるかということについて、さほど厳重な情報管理を行っていない。むしろ、金目当てでライセンス剥脱に来た輩を凌げないくらいならば、ハンターを名乗る資格はないとの認識でいる。

「それにしたって、初めての刺客がお前じゃあ、100人中100人の新米ハンターが死ぬわ」
は殺さないよ。ボク、彼女のことがますます好きになっちゃったからね。あーああ、やっぱり失敗だったかな。邪魔が入る前に無理やり連れ去ればよかった」
「それだけは、絶対にさせねー。地の果てまで追っててめーを殺す」
「できない事彼女の前で言わない方がいいんじゃない?かっこ悪いよ。とりあえず、今日のところは帰ってあげる。でも今度はもう無いからね。ボクの前で二人でセックスできるくらいの仲になってなきゃ、本当にのこと連れ去っちゃうから」
「それどういう関係か全然わかんねーよくたばれ変態まじでさっさと帰れ」
「それじゃあね。ま・た・ね」

 もう二度と会いたくない。と心の中で吐き捨てるノブナガ。

(今度はウボォーギンとフィンクス、フェイタンあたりで囲って袋叩きにしてやる)

 そう決意して、ノブナガはヒソカの気配が完全に消えたことを確認し、の元へと向かった。彼女は腹を露わにし、胸部も少しはだけた状態でベッドに仰向けになっている。目のやりどころに困ったノブナガは、とりあえず掛け布団をの身体へかけた。

「ごめん、なさい・・・」

 喉にも力が入らないのか、の声音は普段の姿からは想像もつかないくらいに弱々しかった。

「ノブナガが・・・帰ってきたと、思って・・・何の確認もしないで、扉、開けちゃった」
「・・・ありゃどうしようもねぇよ。最悪オレが帰ってきたルートで部屋に入ってきたさ」
「私・・・このまま死んじゃうの・・・かな」
「バーカ。これからしっかり食って寝りゃ半日で治る」

 ヒソカをあれだけ変態だのなんだのと罵っておきながら、ノブナガも最近は、への思いに歯止めが利かなくなりつつある。力なくうなだれるの姿を見ている今も、顔には出さないが、どうにかしてしまいそうな衝動に駆られているのだ。ただ、それを言葉にしたり行動にしたりしない所がヒソカと一線を画すところ。声に出して、お前はオレのものだと宣言し、お互いに同意を得てからじゃないとそういうのは良くない。有耶無耶にするべきではないのだ。こういうことは、彼がと行動を共にしだしてから常に心に決めていることで、今のところ破ってはいない。

(我慢。我慢だ)

 動けない女性を、動けないことをいいことに襲い、自身の欲望を満たすなど、くそったれのゲス野郎がやることであって、オレはそうはならない。絶対に。ヒソカになり下がっては人間が終わりだ。

 だが、そもそも、付き合っているわけでも何でもないのに、同じホテルの一室で、しかもベッドを共有し寝るという行動は許されるのか。巷では添い寝フレンドという男女の関係があるらしいが、完全にアウトだとノブナガは思った。リバは仕方なくだった。部屋が空いてなかったのだ。別に望んで選んだ部屋じゃなかった。だが今回はどうだ。思いっきりダブルベッドだ。もちろん、ホテルの予約サイトで男1人、女1人、部屋のタイプお任せ、にした結果だということはから聞いている。こればっかりはホテル側の判断でどうしようもないと言えば、それまでだ。しかし、ダブルベッドだとまずいという認識が二人にあればそもそも、ダブルベッド指定もできたわけである。その辺の付かづ離れづふわふわとした関係が問題だ。

(やっぱよくねえよな。この関係。もう、オレも限界に近いし・・・)

「ノブが・・・食べさせて、くれるの?」
「お、おう。何が食いたいんだよ」
「メニュー、TVのそばに、あるから・・・取ってくれる?」

 ノブナガは、複数のクッションを並べた広いヘッドボードへの背中を預け、言われた通りにメニューを取り彼女へ手渡した。

「今夜は、ノブナガのお仕事終わりだし・・・お祝いもかねて・・・ご馳走、しようと思ってたのに。ヒソカのせいで、台無し・・・」
「ほんっと迷惑な男だな、マジで殺意湧いてきた」

 は豊富なメニューから、食べたいと思えるものを数個指さし、電話でフロントへ注文するよう伝えた。お願い、と一言添えたとき、測らずとも上目遣いになってしまっており、ノブナガは不覚にもこれまでの決意が揺らいでしまった。が、すぐに心を律し、へ背を向ける。もう何度目か分からない葛藤だ。

「ま、別に明日チェックアウトしなきゃいけねーわけじゃねーだろ。アイツがいるからあんまりこの街に長居はしたかねーってのが本心だが、オレが傍にいればまあ大丈夫だろう。お前が元気取り戻して、一日くらいは遊んで帰ろうぜ」 

 はノブナガのその言葉を聞いて、とても嬉しそうな表情を見せた。そういった表情の移り変わりすべてが、ノブナガの心を奪っていく。ノブナガの感情は、あとコイン一枚を入れてしまえば零れてしまうような、表面張力でコップの淵ギリギリのところで保たれている水のように、絶妙なバランス感覚で均整を保っていた。あとコイン一枚分。いや、コイン一枚どころか、埃ひとつで溢れかえるかもしれない。だから、この旅が最後だ。

(本当に、これが最後だからな。オレ!)

 ほぼ同時期に、己の思いを相手に伝えようと心に決めたふたり。彼等のあやふやな関係が明瞭なものになるのも、そう遠い話ではないかもしれない。