目を覚ますと、夢なら醒めないでと願うくらい、ただし現実でない場合に限ると、おぼろげな頭でそう考えるようなシチュエーションが自身の目前に広がっていた。
ノブナガの無骨で、男らしいセクシーな寝顔を、カーテンの隙間から差込む朝日が照らしている。その距離目測にして約20cm程。目と鼻の先だ。これは何て乙女ゲームですかと誰かに問いたい、叫びたい。そんなシチュエーション。
一方の私はと言うと、波打つ白いシーツと、シルクの掛け布団の感触をほぼ全身素肌で感じていた。
・・・・・・・・・素肌、だと・・・・?
いやいやいや待て待て待て。何故だ。いや、覚えてない。何で私はブラとショーツしか身につけていない?マジで覚えてない。思い出せない。かろうじて思い出せるのは、リバの地酒めっちゃ美味い。
(・・・・やらかした・・・。)
いや、やらかしたって、そんな、これなに、乙女ゲームでも少女マンガでも恋愛小説でも無いのにセルフ朝チュン!?朝チュンって自分でできるもんだったの!?ダメだ、パニくってきた。そもそもまだ事後とは確定していないし、私が普段からベッドでは下着姿かパンイチで寝る習性が悪さをしてこんなことになってるだけかもしれないし。他に部屋の空きが無くて、仕方なくセミダブルの部屋に泊まっていたわけだから、大人一人寝転べるサイズのソファーがあるにも関わらず、ノブナガが隣で、私のすぐ傍で寝ていることに文句を言うのは、あまりにも理不尽な話だし?これはきっと、仕方なく、こうなってしまったんだ。別に付き合ってもいないのに、あんなことやこんなことを・・・ノブナガと・・・。
(あああああああああああああああああああああああああっ・・・・!!!)
考えるだけで頭が熱を持って爆発しそうで、もう無理。あ、でももういいかな?もう二人ともいい大人だし?このまま私が寝ぼけたふりして大胆にノブナガに抱きついて・・・ノブナガが「もうどうなっても知らないからな」とか言ってそういう感じになって・・・このじれったい関係が解消しちゃえばいい・・・。
いやでも、それは私のプライドが許さないと言うか、どうしても、ノブナガから告白させたいし、そんな簡単に自分の体を安売りしたらダメなんじゃないか。女として。女としての価値を下げるんじゃないか?でももうヤッてたら?このプライドもう無駄じゃない???
私が目を瞑って、たぶんイヤな汗もかいて、あれやこれやと思考を巡らせている時、ふと思った。ノブナガはまだ起きないのかと。私はうっすらと片目を開けて、目の前の様子を伺った。ノブナガは・・・。
めっちゃ目を開けて私のことをガン見していた。
あり得ない朝
「おい。何狸寝入りかましてやがる」
ノブナガは、明らかに焦った様子で眉を顰めながら、一度片目を開けたところを目撃されたにも関わらず、尚も寝たふりを続けようとするにツッコミを入れた。
「・・・起きてません」
「いや、起きてるだろ」
「何で私ほぼ全裸なの」
「自分で脱ぎだしたぞ」
はカッと目を開き、ベッドから飛び起きる。
「信じない。そんなの」
「オレが脱がしたとでも言いたいのか」
「その方がまだいくらかマシよ・・・」
「そりゃどういう意味だ」
「まさか私たち、一線を・・・」
「越えてねぇから安心しろ。あと、風呂入って服着ろバカ」
はベッドのシーツを手繰り寄せ、体を覆うと、気力無く風呂場へと向かう。そんなに、ノブナガは声をかけた。
「おいお前・・・昨日、オレが話したこと、覚えてるか」
「・・・何のことよ。覚えてないわよ。ヤッたかヤッてないかすら覚えてないのよ。ああ・・・・私としたことが。酒に溺れて付き合ってもいない男とベッドインするなんて・・・」
頭を抱え、ブツブツと小言を言いながら、はそのままレストルームへと向かう。
何て勝手なヤツ。ノブナガはもやもやとしながら、昨日の夜のことを思い出していた。
『ノブさ・・・。アタシのこと、嫌いなの?』
その問いに、嫌いだったら同じ部屋で寝たり・・・そもそも、お前の旅について来たりしないと答えた。そしてそんな返答を聞いて安堵した様子のは、掴んだノブナガの手首を離さないまま、眠りに落ちたのだ。
(本当に、覚えてないんだよな。もちろん、オレがお前にキスしたことも。全部)
彼は今更になってやっと気づいた。はもう、ノブナガの気持ちに気づいてる。気づいてるのに、気づかないふりをして意固地になってるだけだ。そしてそれは自分も同じことだと。そして、自分が今もやもやとしているのも、全部、その所為だと。
(そろそろ、もう面倒になってきたな。この状況。)
ヒソカがノブナガと戦うため、を人質に取った時、彼をハンター試験会場へ乱入させる程までに突き動かした原因。それは、明らかにに対する“愛”だった。最初は、には男がいると言って、彼女の元を離れた。だがしかし結局、彼は彼女の元に戻って来た。
彼の仲間ががいつも言っていた言葉を思い出す。欲しいものは全部盗る。それが盗賊が盗賊である証だと。自分もそのセオリーに基づいて、最初から彼女を奪ってしまえば良かったんだ。・・・彼女の気持ちなど関係なく。そうしておけば、今のこの究極に面倒なモヤモヤとした感情は生まれなかった。
(そろそろ、。お前をオレのものに・・・)
彼がそう決意したそのとき、がバスローブに身を包み、レストルームから出てきた。そしてこう言い放つ。
「ノブナガ、ごめん!」
「・・・・・は?何が」
「私が悪かった!やっぱり何も覚えてないんだけど、全部酒に酔って醜態晒した私が悪い!迷惑かけてごめんね!」
(いや・・・待て待て。違う。いや、違わないが、そういうスッキリのさせかたじゃ逆に・・・)
「さ!チェックアウトまであんま時間無いし、朝ごはん食べてお店戻ろう!」
「お・・・おう」
はスーツケースから洋服を取出し、メイク道具を持って再びレストルームへと向かう。完全に帰り支度を進めている。そして完全に告白のタイミングを逃したノブナガ。呆気にとられたまま、ノブナガも帰り支度を進める。とは言っても、さほど荷物を持ってきていたわけでも、散らかしたわけでもないので、服を着替え、荷物をまとめ、が風呂場から出てきたところで顔を洗っておしまいだ。
彼はおもむろにベッドから離れ、電気ケトルを手に取り、ペットボトルのミネラルウォーターを注いで湯を沸かす。二人分のマグカップにインスタントコーヒーのパックをセットし、お湯を注ぐ。窓際のサイドテーブルにコーヒーを置き、カーテンと窓を開ける。
窓の外に見える景色は最高だった。晴れた空と青い海。美しく手入れされた朝露を纏う芝生。囀る小鳥たち。南国の朝は事のほか涼しく、過ごしやすい。テーブルについたノブナガはコーヒーを飲みながら、ぼうっと景色を眺めていた。
「お!さすが南国って感じのイイ景色だね!そのコーヒーアタシの?」
「おう」
「ありがと」
身支度を整えたが、ノブナガの向かいに座りコーヒーを飲む。
「ね。ノブナガ?」
「なんだ」
「私のワガママに付き合ってくれて、ありがとう」
「何だよ。藪から棒に」
「いや、お仕事がお休みの間、私に付きっきりでいてくれてるし。一人じゃ寂しいからって旅行にまでついて来てもらっちゃってさ。迷惑じゃない?」
(だから・・・)
「迷惑なんかじゃねぇよ。お前で暇つぶしてるだけだ」
「私でって」
は無邪気に笑いながら、ノブナガの返答に納得した様子だった。
「お前こそ、オレなんかが付き添いでいいのか。他に相手いねーのかよ」
「いたらノブナガのことなんか誘ってないってば。それに、ノブナガがいいの」
「そんな思わせぶりなことばっか言ってたら、しまいにはマジで襲うぞ」
「やってみなさいよ。出来なかったくせに」
そう言ってイタズラっぽく笑う彼女には、さすがのノブナガも歯が立たないようで。
「うるせぇ」
(この女・・・マジで自分からハッキリ言うつもりは無いらしいな)
このとき、ノブナガは確信した。自分から動かない限り、彼女は絶対に手に入らないと。どれだけ態度で示しても、言葉を伝えない限り、彼女は認めない。自分が、ノブナガのことを好きだと。だったらもう、奪うしかない。盗賊らしく。
「あ、そうだ!ここのお酒、お店に並べられるようにしとかないと!帰りの飛行船、何時発だったっけ?」
「夕方だろ。17時くらいじゃなかったか?」
「それまでに輸入ルート確立しなきゃね。さ、仕事仕事!ノブも顔洗っておいでよ。ごはん食べたらすぐ出発だよ」
「へいへい」
(今は言われるまま動いてやろう。戻ったらお前まじで・・・アレだから。)
コーヒーを一気に飲み干し、テーブルから離れたノブナガの後姿を見送って、窓の外の景色に目を移した。
(私も、こんな状況をずっと楽しんでるのかも)
彼女はそう考えて、困ったように笑っていた。