人質を取られたノブナガは、移動中の飛行船の中でイメージトレーニングにはげんでいた。
着の身着のままに(の)家を飛び出し3時間が経っていた。もちろんノブナガには、急いで家を出てきてしまったが家の施錠はしただろうか・・・などといった心配をするような一般人的思考回路は無い。
飛行船を降りてからはおそらく1時間程度陸路を行き港へ向かい、ハンター試験の4次試験会場となっている孤島へと向かうことになるだろう。ちなみにその孤島は通常一般客に公開されているが、ハンター試験の会場ということもあって島へ向かう船は、ハンター協会のハンターによって押さえられているという情報もしいれたが、そこは彼にとって大した問題ではなかった。
そもそも、彼のイメージトレーニングはこれから先の行動計画などではない。どのようにヒソカを倒すか。その一点のみに尽きる。
同じ幻影旅団の仲間と言えども、念能力のすべてをあけっぴろげにするわけではない。ことヒソカの能力に関して判明していることは、彼が変化系の念能力者であること、粘性のあるように見えるオーラが凝で見えて、モノをひっつけたり放ったりする能力。その程度である。それだけの情報でも、イメージトレーニングを事前にするのとしないのでは、大きく異なる。
一見猪突猛進なように見える強化系のノブナガだが、わりと頭で考え、足りない部分を勘や感覚で補うタイプだった。ヒソカがこう出たらこう動く。こう動けばヤツはこう動く。パターンを幾通りも思い浮かべ、つなぎ合わせ動かしてみたり・・・。
そうこうしているうちに船は飛行場へと到着しており、スーツケースを棚から下ろそうと客がわらわらと席から立ちあがり始めていた。ノブナガのイメージトレーニングは一旦終了し、その瞬間思い浮かぶのはヒソカに玩ばれるの姿で。もちろん、妄想の産物でしかないが、それが現実となる可能性は非常に高い。ミネラルウォーターの入ったペットボトルが、ノブナガの手のひらによってメキメキと音を立ててひしゃげられていく。
(アイツ・・・マジで殺す!!!)
とてつもない殺気を感じた近くの乗客は身を強張らせてたどたどしく、まだ座ったままのノブナガから離れていった。
あり得ないキス
「キミ、とことん運が悪いって思ってるでしょ」
私がヒソカにスマホを奪われるおよそ3時間前のことだ。
3次試験の合格者は会場となっている孤島の港に集められていた。2人1組でのバトルロイヤルだと聞かされ、会長との面談の末に決められたらしいパートナーを聞かされ、私が絶望するまでの間は短かった。とことんクジ運が良いな、と自身のクジ運の悪さを憂いていると、ニコニコしながら私の元へ寄ってくる変態奇術師・ヒソカ。
「なんで分かるの。超能力者?」
「残念。ボクは奇術師だよ」
できた組は全部で12組。この中で最終試験に進めるのは3組。正直な話、パートナーがヒソカで心強いと思っている自分がいることは否めない。3次試験まで見てきた限りでも、ヒソカの戦闘能力は尋常ではない。実力はノブナガと同程度か、もしくはそれ以上。そんなヒソカと戦って勝てる気など微塵もおきない。そもそも私は、ノブナガだって完全に打ち負かしたわけじゃないんだ。現時点でヒソカに実戦で勝てる確立は0%。こればっかりは、勝てると思って勝てるような実力差ではないことは自他共に明白だ。それに、ヒソカよりも上手の受験生は今のところ存在しないように感じる。つまり、ヒソカと組む以上、4次試験は楽勝ということ。
ただ、今回の試験では一組に一人試験官が付き、戦闘能力、判断力、協調性など、ハンターとして必要とされるありとあらゆる素養を試される。試験官の話によると、期限内に合格する組が絞られなかった場合、各試験官の評価によって各組の平均点が割り出され、その点数を元に上位3組が合格するようだ。
あまりにも怠けていると、ヒソカに見限られ、最悪私のせいで平均点が下がり合格できない可能性もあるということ。だから楽できるかというとそうではないわけで。
「やりづらいけど、心強くはあるかな」
「ふふっ。嬉しいね。こんな美女と3日間共に行動できるなんて」
ヒソカのアヤシイ目線はともかく、孤島というフィールドに一番早く乗り込める組はあらかじめ決まっているようで。おそらく、成績順だろう。私自身の成績は、残っている者の中で良い方ではないだろう。下から数えて早いくらい。そんな私が一番乗りできるのは、ひとえにヒソカの成績のおかげ。そんな実力差が歯がゆく感じるが、今のところは感謝するしかない。
「ヒソカ・班!どうぞ!」
試験のアシスタントを務めるハンターの声が響く中でそんな思いを抱きながら、私はヒソカの後に続き森の中へと足を踏み出した。
「さて、作戦会議だ。キミはどうしたい?」
「私に聞く意味ある?血気さかんなあなたのことだから、積極的に狩りにいく。それは決まってるんでしょ」
「まあ、それもそうだねぇ」
「作戦もなにもないじゃない」
ヒソカとの会話はそれっきりで、スマホを奪われるまでに言葉は交さなかった。鳴りを潜めて他の組をつけてはみたものの、ヒソカ曰く、簡単に尾行できるってことはそれだけ狩るのも簡単。ということらしく、開始から30分と経たないうちに1組壊滅させてしまった。一応ひとり倒すことを任されたもののさくっと倒せずにいたところ、ヒソカのトランプ一枚でとどめをさされてしまった。
「はずれだね。楽しくないなあ」
「・・・・・・」
どうにも先ほどから劣等感しか感じられない。が、私個人に課せられた課題は、この劣等感にどう打ち勝ち、チームメイトとしてヒソカと共闘しつつハンターとしての素質をどう試験官に示せるか。なのだろう。こんなところで精神的に負けるわけにはいかないんだ。
「ところで、キミはどうしてハンターを目指してるんだい?」
「それ知ってどうするの」
「やだなぁ、ただのコミュニケーションだよ。そんなよそよそしい態度とらないでほしいな。キミとボクはチームメイトなんだよ?仲良くしようよ」
「・・・別に。ただ単に強くなって、自営業充実させたいだけよ」
「自営業って?」
「・・・バーだよ。ただの」
どうにも腑に落ちないという表情で私の顔を覗き込むヒソカ。こらえられずに顔を背けると、ふふっと笑って私の先を歩く。
「普通の人ならハンターになろうなんて思わないだろうね。キミの真意は強くなってってところにある気がするけど、違う?」
「・・・・・・」
すべてを見透かされているようで非常に居心地が悪い。まあ、普通の人間ならハンターになるというリスキーな行動を取ってまで酒場を繁盛させようなんて考えないだろうから、ヒソカの言うことは最もと言えば最もだけど・・・。
「どうして強くなりたいんだい?」
「・・・愛してた人を、亡くしたから」
「愛してた・・・?過去形なんだね」
「なんやかんやでいろいろあって、殺された彼に罪悪感があるだけ。だから、贖罪のつもりでハンター試験受けてるのかも」
「ふーん。でもキミ、ただのバーテンなんだよね?誰に戦闘教わったの?筋はありそうだけど、試験を受けようとするなら並大抵の努力じゃ足りないんじゃないの」
こんな調子で、次のターゲットとなる組を探す過程で会話はどんどん進んでいく。普段から隠し事ができない性格(恋心は除く。とは言っても口にしないだけで行動にはモロ現れていると思うのだが、ノブナガのヤツは鈍感にもほどがある。)なために、聞かれたら純粋に何も考えずにペラペラと喋ってしまう。
どういった流れでそこまで話が進んだのか忘れたが、果てには誰に稽古をつけられたのかまで喋ってしまっていて。ノブナガの話をした瞬間にヒソカは目を見開いた。
「・・・どうしたのよ。突然黙って」
その場に留まるヒソカにそう問いかけると、クツクツと笑い始める。非常に不気味だ。不気味極まりない。
「世界って・・・狭いもんだねぇ」
「・・・は?」
「キミ、その人の電話番号は?」
「登録してるけど・・・なん」
何故だと問いかけるや否や、ヒソカは私のポケットからスマホを抜き取り、慣れた手つきで電話帳を開く。
「か・・・勝手に何すんのよ!返しなさい!」
私の申し立てなど聞こえていないかのように、彼は平然とスマホを耳に当てる。
「ノブナガかい?」
待て、なぜそうもノブナガと親しげなのか。そう呼び合える仲・・・?意味が分からない。いったいどういう・・・。話を黙って聞いていれば、私を気に入っただのさらうだの、訳のわからないことをのたまった挙句の果てに、シャルナークなどという知らない人物の名前まで出てきた。
電話が終わったらしいヒソカからスマホを返してもらうまでポカンとしていると、気の利いた彼は微笑みながらひとこと。
「ボクもね、幻影旅団の一員なんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
夕刻。オレは港で船を奪って目前に迫る孤島を目指していた。もちろん、船の舵なんぞ取ったことはないので、喉元に刃を添えられてがくがくしている船員におまかせである。
「お・・・お前、何者か知らねぇが、こんなことしてハンター協会が黙ってると思うなよ」
「そのハンターさまがこのザマなんだ。たいしたことねーだろ。てめーは黙って舵とってろ」
もちろん、追手もなしに悠々自適にヒソカをぶちのめせるなどとは考えていない。こいつらのような優秀なハンター(笑)さまが何人も追ってくるまで、持って1時間というところか。いや、テキトーだが。とにかく、追手の相手までして戦うにはヒソカは強すぎる。限られた時間内でを見つけ、ヒソカをぶちのめさなければ。
ああそうだ。なにも追手は本土側のハンターだけだとは限らないんだ。そう気づいたのは孤島を目前にしたときだった。大き目の船舶が目に入った。おそらく、試験官の総本部だ。とっくの昔に、部外者が一名船を奪って島を目指しているという情報は届いているだろう。しかし様子がおかしい。孤島に降り立ったにもかかわらず周りを無数のプロハンターに囲われるなどといったことにはなっていない。ふと、オレが乗ってきた船はどうなったのかと後ろを振り返ると、そそくさと元の場所へ戻ろうと舵を切ろうとする誘導員。
「おいてめぇ。何勝手に帰ろうとしてんだ?」
「ひい!!」
「ひいじゃねぇ。殺すぞ」
「すみません!ごめんなさい!殺さないでください!」
「一応告げておくが、てめぇの尻ポケットから財布掏ってるからオレ。運転免許証やら保険証やらありとあらゆるお前を特定できそうなものが入ってるわけで。もしもオレがここに戻って来たときにいなかったらどうなるか・・・わかるな?あとついでにクレジットカードも入ってるし、オレの思うがままだ。わかるな?」
「はい!ここに、おります!アナタ様が戻ってこられるまで!!永遠に!」
ああ。オレ様ぬかりねぇ。ぬかりなさすぎて震えるレベルの完璧さに自分でも驚く。そこまで恐喝しておけば、帰りに困ることはないな。やっとのことでオレは孤島の奥へと一歩すすむことができた。ケータイを取り出して、に電話をかける。
『ノブナガ!?来てくれたの!?』
「ああ!ヒソカ殺しにな!お前今どこにいる?」
『島の中心に大きな湖があって、湖の真ん中にちっさな島が浮かんでるの。そこで落ち合おうってヒソカが』
「分かった!待ってろ。今助けに行く!」
オレはそう言って電話を切った。一応空間把握能力には長けているつもりだし、降り立った場所からどの方角を目指せば島の中心部に着けるかは分かる。進行方向を決定して駆け出し、自身が出せる最高の速度で走った。湖に着くまでに試験官とおぼしきハンターが追ってくることもなかった。大変スムーズに湖に辿り着くことができた。そして湖の中心に見える二人の姿。愛しいと、憎っきヒソカ。
「殺しにきたぞ!ヒソカ!!」
「ふふっ・・・楽しみだなあ。けど、戦いを始める前に・・・」
そう言うヒソカの口が、人質よろしく拘束されたの口元に運ばれる。その瞬間、ヒソカの意図を汲み取った。
「・・・・・・・・・・!!!て、てめぇ!!!!!!!!!」
そう言ってヒソカの元へ駆け出すうちに、の唇はヒソカに奪われてしまった。
「キミを本気でヤル気にさせるのに、一番効果的だろ?っふふ・・・言うまでもないみたいだね」
オレより先に・・・の唇を・・・・・・・・・・・。
「ありえねぇ・・・・・・・ありえねぇぞヒソカああああああああああああああ殺おおおおおおおおおおおすっ!!!!!!!!!!!!!!」
「あんまり冷静さは欠かないでほしいもんだねぇ」