共同生活とは名ばかりで、男女が同じ屋根の下で寝食を共にしてるんだから、これはもう同棲と言っても過言ではない。ということを、は理解しているのか甚だ疑問ではあるが、そんな生活を始めて一ヶ月が経っていた。少しだけたくましくなったの体を見て思うのは・・・。
「抱くなら1ヶ月前のぽよんとした・・・あのふくよかな体がよかったな・・・」
「あ?なんか言った??」
いかん。つい口に出してしまった。腹筋300回を越して顔が赤くなりはじめているが眉を顰めてオレを睨みつけてくる。
「無駄口叩いてねーでほら。あと200回」
「無駄口叩いてんのノブじゃん!!」
文句をタレながらも、大人しく腹筋トレーニングを再開するあたり従順でいいな。本人には口が裂けても言えないが、筋トレの最中はまじまじとの体を見ている。もうそれは、嘗め回すようにくまなくだ。腹には余分な肉がなくなりかけているし、腕や足はメリハリがつきはじめてとても美しい。これこそ健康的な女性の体なのだろうな。と言った具合。
ただ、男のオレからすると、あのたわわに実って柔らかそうだった乳房が引き締まりはじめており、大変遺憾である。こんなことなら早いトコ襲っておくんだった。なんて、不埒な思いが最近脳裏を掠める。いや、今ならまだ間に合うかもしれない。ていうかもうラッキースケベでもなんでもいいから偶然にでもの胸を揉みしだきたい。偶然に揉みしだけるかどうかそんな理屈を考える余地も与えず妄想が好き勝手にどんどん膨らんで、いつも半開きなオレの目も更に半分閉じかけて、開いてるのか開いてないのか判断がつかないほどだ。幸いなことに、は筋トレ中にオレの顔を見る余裕なんてない。
「ふううう終わったあ!」
のそんな声で妄想の世界から現実に引き戻される。オレは慌てて顔を普段通りに戻しての次なる言動を見守った。
「ノブナガ!ちょっとは褒めてくれていいんじゃない?」
「は?何をだよ」
褒めるとこなんて何もねーよ。むしろ男のオレにとって、ムキムキの体はマイナスポイントだわ。こんなことならやすやすとトレーニングに付き合うなんて言うんじゃなかったぜ。だがしかし、トレーニングに付き添うことを条件に、ここに居候できてるんだよなぁ・・・。
「1ヶ月前は連続50回が限界だったのに、10倍の回数を連続でこなしてるんだよ!すごいじゃん!!」
「そうやって自画自賛してろ。つか目標1000回だからな」
「私褒められると伸びる子なんだけどなあ!」
そう言って上目遣いで口を膨らまし、ぷんぷん怒っている姿がまたなんとも可愛くて、褒めてしまいたくなる。ちょいちょいドツボをついてくるの行動には面食らう。というか、あざとい。自分がかわいいの知ってやってるだろこいつ・・・。
「よしよし。よくやったー。次は腕立てなー」
たまらなくなって頭を撫でながらそう言ってやると、より一層顔を赤くして、嬉しそうな顔をしやがるからもう・・・。オレはと付き合ってるんじゃないか?と錯覚させるシチュエーションだが、決してそうではない。それがまたもどかしい。そして、腕立て伏せのおかげで上下するの胸の谷間をぼうっと眺めながらオレは思うのだった。
(オレはいったいいつまで据え膳を前におあずけくらったままでいるつもりなんだ・・・)
あり得ない下心
筋トレの後の走りこみが終わって、は言う。
「おかしい!!はぁ、はぁ・・・おか、おかしいよ、ノブは!!」
「なんだよ突然。失礼だぞ」
「何で、1時間半も、走り続けて・・・ぜぇ、ぜぇ・・・息ひとつ、乱れないの!?」
オレはがサボらないように、ちんたらと走る彼女に後続する形でランニングをしている。ちんたら走るって言っても、一般人からすれば普通にランニング時の速度ではあるが、オレにとっては朝のお散歩感覚だ。もう楽勝過ぎて、目の前を走るのケツにしか目がいかない。これがまたいいケツで、もともと引き締まってはいたが、連日の筋トレとランニングでちょうどいい肉感に仕上がっている。正直今の状態がベストなので、これ以上本当に筋トレをさせたくなんて、ない。
「あのな。オレにとってはお前のランニングとか朝のお散歩同然なんだよ。これくらいで息切れててどうする」
「ふぁーっ!ノブナガと同じ境地にまで立たないとダメなの!!?そんなの無理だよ・・・!」
それより何より。汗での額やシャツが濡れてなんかエロいかんじになって・・・。
「ぬぁあああああああ!!!!!!!」
「突然なに!?」
オレは煩悩を掻き消そうと奇声をあげる。突然なんだじゃない。お前は、自分の無防備さを、すこしは、自覚しろ!!!オレ一応男なんだよ!
「なーんかよくわかんないけど、私、シャワー浴びてくるねー」
シャワー!?ついていきます。
なんて口が裂けても言えないが、ジャポンの芋焼酎一升瓶を一気に飲み干せば、ほろ酔いのテンションで風呂まで同行できそうだ。・・・いや、無理だな。
とにかく、オレの脳みそはに対する下心で溢れてる。こんなことを四六時中考えてること自体異常だとは分かってるし、もううんざりなんだ。けど、トレーニングに徹するにつきまとっていると、こんな妄想に浸るしかない。あとはの作るうまいメシをかっくらい、出されるうまい酒を飲み干して寝るだけだ。
ハンター試験が行われるまでの約半年、ずっとこんな生活を続けろって言うのか!?冗談じゃねえ!!・・・だが、物事には順序ってもんがある。下心が先行して、正式に交際を開始する前に手を出すわけにはいかない。今までまともに恋なんてする機会と暇に恵まれなかったオレは、性欲の捌け口としてテキトーに女を食ってきたが・・・はそんなどうでもいい女じゃない。大切にしたい。でも、の思い人とやらがわからないが故に告白すらできない。そもそもオレは根無し草だ。オレがいくらとの永遠を願ったとしても、がオレに本気になってくれない限り、絶対に将来なんか望めない。盗賊のオレが将来なんて望んでいいもんじゃないってのは分かってる。けど、となら、世間一般に言う幸せな家庭ってもんを築いてみたい。
「はぁ・・・」
ため息が漏れちまう。オレも相当、焼きが回ったな・・・。若い時分じゃ到底理解し得ない感情だ。どれもこれも全部、のせいだ。
「ふうーっ!さっぱりしたーっ!」
が伸びをしながらリビングに戻ってくる。シャワー浴びたてのもまた艶やかでたまらない。・・・誰かオレのオヤジみてーな下心を滅してくれ・・・。いい加減自分にうんざりだ。
「今日はお店お休みだし・・・何しよっか!ノブ!」
毎週月曜火曜は店休日。これで7度目の休日。先週は僻地に赴いて、珍味探しに深い森の探求に付き合わされたが、今日はそんな気分ではないらしい。正直な話、娯楽なんて酒か女でしかないオレにとっては、家の中で女とすることなんて限られてるし、何をしようかとたずねられてもマトモな答えなんて返せない。
「・・・お前は何してーんだよ」
「ホラー映画が見たいの!」
なんだよ・・・。もうカップルじゃねーかよ。休日にふたりっきりでホラー映画見るとか完璧カップルがやる常套手段じゃねーかよ。
「まあ、別になんでもいいよ。あ、酒とつまみ用意しろよ」
「ノブは本当にお酒好きだね!今日はジャポン酒にする?」
「おう。辛口のやつな」
「あのね!最近“静かなる丘”ってホラーゲームの実況動画にはまってて!それが実写化されたやつが見たくてさ!」
最近風呂に入ったあとそそくさと自室に戻ってるのはそのためか。同棲・・・もとい共同生活始めたては寝酒に付き合ってくれてたのに。機械の操作に明るくないオレは、ただただの携えるスマートフォンとかいう多機能携帯電話を憎むだけだ。いや・・・待てよ。今日映画を一緒に見ることによって、おもしろいとかテキトーに言っておいて、実況も見せろとかノリで言ってしまえば、毎晩のごとくと時間を共有できるわけで・・・。
そんなこんなで迎えた映画鑑賞会。怖いものなんて無いオレは鼻でもほじりながら見ようかと思うくらい屁でもない内容なんだが、は顔を手で被って、指の隙間から恐々と画面を見ている。
「おい・・・。何こわがってんだよ」
「ぴぎゃあああああああ怖いからやめて直視できないんだってば!!!!!」
の嫌がる姿が面白い。S心に火がついて、オレは片手での両手を拘束する。
「ちょ!!マジで無理!ノブ!離して!!」
「いやだ」
「この!鬼畜ドS野朗!!」
ゴアとかスプラッタが目立つ作品だが、正直な話オレにとってはゴアもスプラッタもリアルで日常茶飯事なので、つくりもののデキに鼻で笑ってしまう。一方は、隣で痛い痛い痛いと壊れたラジオのごとく繰り返し、画面から顔を背ける。オレはもう片方の手での顎を掴み、無理やり正面を向かせる。そしてが悲鳴をあげる。そんなことの繰り返し。が涙目で怖がる姿がかわいらしいし、そんな彼女をいじめるのも楽しい。そんな素晴らしいひと時もあっという間に過ぎていく。この映画はホラーのわりに(曰く)感動するエンドだったらしく、感涙するをよそに、オレは用意された酒を一気に飲み干した。
「ああ、感動した・・・!見てて痛かったけどっ・・・!超絶怖かったけどっ!!感動的なラストだったわ・・・」
「・・・おもしろかったな」
自分でも白々しいとは思うが、心にも無い感想を棒読みと思われないように口にする。するとちょろいもんで、はばっとオレのほうを見て目を輝かせた。
「ノブもそう思う!?ホラーなのに、ただ視聴者を驚かすだけの薄っぺらい映画じゃなくて、ストーリーがちゃんとできてたよね!」
「お、おう。それもそうだが・・・ゲームに忠実に再現されてたのか?オレはゲームの方を知らんから何とも言えんが・・・」
「それよそれ!超忠実でっ!特に大量のゲジゲジ引き連れてピラミッド様が出てくるシーンなんて、ゲームそのもので胸アツだった!!あ、そうだ!ノブナガもゲーム実況一緒に見ようよ!」
ちょろい、ちょろすぎる。自ら切り出してきやがった。
「それはいいな。気になる」
「やりぃ!じゃあ、明日見よう!実はさ、ゲーム実況も怖くてひとりじゃまともに見れてないんだー」
「じゃあ尚更だな。つきあってやんよ」
そうゆうワケで、オレは明日からと“静かなる丘”とかいうゲームの実況動画を見ることになった。約束を取り付けて、オレがある種の達成感に浸っている間に、は眠たげな様子で目をこすっていた。すると驚くことに、うとうととし始めオレの肩に頭を預けてきやがった!
「ねむ~」
「お、おい」
「なに~」
頭からシャンプーのいい香りが漂ってくるわ、寝息が至近距離から聞こえてくるわ、体が密着するわでオレの中のオスが目覚め、牙をむきそうになる。それを抑えるのに必死で慌てふためいている間に、はあろうことかオレの膝を枕にして眠り始めた。今にもオレの中心が熱を持ちそうなのに、なぜこのタイミングでそこに頭を置くんだ空気を読め。いやな汗がオレの額を濡らす。いかん、歯止めが利かない。
オレはの肩にそっと手を添えた。これだけだ。ここから手を下にやっていやらしいことをしようなどと思ってはいても行動にだけは絶対に移さない。絶対にだ。そんな誓いを立てて無心になろうとしているうちに、オレも睡魔に襲われていつの間にか眠ってしまっていた。酒が入って眠りが浅かったせいか、普段めったに夢なんか見ないのだが、その日は久方ぶりに夢を見た。
目の前に並べられた豪華絢爛な料理と、より取り見取りの酒。そんな素晴らしい光景を遮る。彼女はまるで飼い犬をしつけるかのように言った。「待て」と。オレが口答えをしても、頑なに目の前からどけることを拒み、延々と待てと言う。一向に「よし」と言う気配がない。そんな夢。結局オレは「待て」の言葉で、うなされながら目を覚ました。
夢は深層心理をうつすというが・・・これただのオレの現状じゃねーか!!