あり得ない

非日常的なあなたと私の関係




 3年間。オレがこの店を訪れなかったのにはワケがある。・・・には男がいるということを知ったからだ。二人の仲を裂くわけにはいかない。それが自分の思いに反する理想だとしても・・・。根無し草で、A級首のオレなんかと一緒にいるよりも、まっとうな男と一緒にいたほうが幸せだから・・・。

 出会った当初のことだ。まさか、見ず知らずのオレを何も疑いもせずに、この酒場に置いてくれるとは思いもしなかった。それだけ見れば、ただの警戒心の薄いバカ女かもしれない。けれど、彼女はとても一途だった。帰ってこない男を思う健気な姿はオレを完全に魅了した。

 だが、そんな彼女を寝取るなんてことはできなかった。だから忘れるために、二度とこの場所を訪れないようにと距離を置いたんだ。

 ・・・まあ、それができたのはたったの3年だが。

 たまたま通りがかりに(なのか、それとも会いたいと思って自然と足が向いたからなのかは追求されたくないところだが)彼女ひとりで切り盛りする酒場に寄るとどうだ。店に入るや否や、男に斬りかかられる。見たことのある顔・・・。

 男は明らかに敵意をむき出しにしていたが、おれはそれを無視して男の刃を受けた。しかし、力の差に気づいたのか、襲いかかってきた男が勝手に刃を収めて店を出て行く。

 確か、あれはの男だったはず。そう思ってに顔を向けるが、彼女は男の名前を小さく呟いただけで、追いかけようとはしなかった。







あり得ない葛藤








「・・・何かあったのか?」

 そんなお粗末な問いかけしかできないオレは、カウンター越しにと向き合っていた。今日はおごりだと言って与えられた酒を飲みながら、彼女の表情を伺う。嬉しいのか悲しいのか・・・そのどちらも同居したような・・・複雑そうな表情だった。
何かあったから、がこんな表情をしているというのに、オレとしたことが。そんな思いに苛まれ、オレはため息をついた。もちろん、彼女はごにょごにょと口ごもって、何があったのかを打ち明けようとはしない。

 こうして二人の間でのコミュニケーションが滞りを見せた頃、あまり口を開こうとしなかったが再開して初めてオレに問いかけてきた。

「ノブナガ・・・どうして来たの?」
「・・・やっぱり、来ちゃ悪かったか?」
「ちっ・・・違うの!私、すごく嬉しくて・・・ホント・・・ほんとに・・・もう二度と会えないんじゃないかって・・・あのとき、お礼もろくに言えなかったし・・・」

 驚いた。ただ雑魚何匹かをぶっ殺して彼女の貞操を守ってやっただけの根無し草にここまで感謝してもらえるとは思ってもいなかった。オレが、何をそんな大げさな。なんて言えば、彼女はとんでもない!と言う。

「もしあの時ノブナガがいてくれなかったら、私下手に抵抗して殺されてたかもしれないもの。ノブナガは命の恩人なんだよ。その命の恩人にお礼もできないなんて、一生の心残りだわ。ノブナガ・・・本当にありがとう。そして、またここに来てくれてありがとう」

 そう言いながら、はグラスを掴んだままのオレの右手を両手で優しく包んだ。手を覆うぬくもり。今まで一度も感じたことのないそれに、オレは違和感を覚えた。普段行うのはほとんどが悪行で、他人に感謝などされたことなど無いに等しい。そんなオレが、今、ひとりの女に心の底から感謝されている。その現実を如実につきつけてくる。そんなぬくもりだった。

 オレは当然恥ずかしくなって、顔をそらす。だが、右手に添えられたの両の手のひらを払うことはできなかった。この暖かい感触を、もっと感じていたい。にもっと触れられていたい。そう思ったからだった。

 けれどそんな心地よい感触も、すぐに手元を去っていく。オレが顔をそらしたと同時に。彼女なりに気をつかってくれたのだろうか。それとも、自分でも知らないうちにオレの手を取ってしまっていて、我に返っただけなのだろうか。どちらにせよ恥ずかしい状況だったことに変わりは無いし、その後ふたりの間で変な空気が流れたのは言うまでもない。
 
「ねぇ・・・ノブナガ?」

 変な空気をぶち壊してくれたのはやはりだった。オレは口ベタだから、他人とのコミュニケーションはうまくはかれない。はそんなオレでも、しっかりと話しかけてくれるからありがたい。

「前、私に言いかけたこと・・・無い?」

 言いかけたこと・・・?オレはそれを思い出すために3年前の記憶を頭のすみから引っ張り出そうとしたが、申し訳ないことに思い出すことができなかった。オレは首をかしげたまま、なんだっけか。と一言つぶやく。

「私が、あなたが何者かを聞いたの・・・覚えてる?」

 ・・・そう言えば、オレがあの場を離れようと決めたのは、の前にの彼氏が現れてから・・・で、その寸前までのとの会話は若干覚えている。確か、大なり小なり武装した大男数名を一瞬で殺害するなど一般人のできることじゃない。ならばお前は何者だ。そんなふうにに問われたはずだ。そしてオレが自身のことを話そうとした瞬間、彼氏がオレととの間を遮った・・・。

「ああ。・・・つまり、お前・・・オレが何者かを知りたいのか?」

 は真剣な面持ちで大きく頷いた。目をそらすこともかなわない程、強い意志が感じられる視線に囚われたまま、オレはひと呼吸置く。

 そもそも、あの時なぜを置いてその場を去ろうと決心したのか。先にも述べた通り、オレは幻影旅団の特攻・・・。そんな人間であることを恐れられ、避けられるのが怖かったからだ。ならば正体を明かさないまま、自分から距離を置いたほうが今後のためにも自分の気が楽。

 あの時の一大決心(もちろんあのときは二度とに合わない覚悟でいたからな。)を思い出してオレは口ごもる。けれど相変わらずの眼光はオレを逃さない。こうなることは大体予測していたが、それでもオレはに会いたいと思ってここに来たんだ。今更拒絶されても自業自得か。

「お前・・・驚くと思うぜ」
「・・・大丈夫よ。大方の検討はついてるから」
「なら聞かなくてもいいだろ」
「本人の口から聞きたいのよ。はっきりさせたいの」

 オレは腹を括ってに告げた。自分は幻影旅団の一員だと。はごくりと喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。

「あの時この店にいたのは、旅団の仕事に行き詰まってたからだ」
「仕事って?」
「旅団の名を勝手に借りて悪さしてる連中を狩る仕事だ。で、ここに泊まってたら目的の連中が現れたってワケだ。おかげで手間が省けたぜ。むしろ礼を言わなきゃならねぇのはこっちだ」
「・・・そう、だったのね。それで、仕事終えたから・・・あの後、何も言わずに帰っちゃったのね」
「・・・まあ、目的達したらそんな長居はできねぇしなぁ。こっちも盗賊だ。少しでも足がついちまったら頭に迷惑かけちまう。まあ、そんじょそこらの連中に襲撃受ける程やわな集団じゃねぇけどなぁ」

 オレがぺらぺらとくっちゃべって、ひと段落ついたので彼女の顔を伺うと、何やら悲しそうな顔をしていた。やはり、A級首のオレを前にして萎縮してしまっているのか。オレは頭を掻いて、後に懐をあさって財布を取り出す。飲んだ量よりだいぶ多い金をカウンターに置いて、オレは席を立った。

「・・・!?ど、どうしたの突然!」
「悪ぃな。出て行くぜ」
「待って!お願い!」

 カウンター越しに、オレの手首を彼女の手が捕らえた。涙を浮かべた瞳。下唇が噛み締められ、より一層手首を握る彼女の手に力がこもる。

「もう、突然私の前から消えたりしないで・・・!」
「?お前、オレが怖いんじゃねーのか」
「少しも・・・怖くなんかない。むしろ・・・」

 彼女はそう言いかけて押し黙る。

「むしろ・・・なんだ」
「・・・もう3年もひとりでいるのはイヤなの」

 オレの問いかけは無視され、何の脈絡もない言葉が帰ってきた。そして彼女の言っていることがイマイチ理解できないオレは、彼女が一体何をオレに伝えたいのかを察するのに時間がかかった。だが、この時点でうっすらと理解できたことがある。

 はオレを必要としている・・・?

 若干思い上がったような検討だと嘲笑されても仕方ないくらいの思い込みだが、これを前提とした葛藤がオレの中で繰り広げられていた。

 オレはから手を引くべきか否か。

 なんて・・・あり得ない葛藤なんだ。少なくとも、旅団の一員であるおれがすべき葛藤じゃあ・・・ねぇだろ。