自らを幻影旅団と名乗る男たち。それは、今亡骸となって床に転がっている。街の警察がせわしなく店内をうろつき、死体を次々と外へ運び出す。そして床に残ったおびただしい量の血は、昨夜の惨劇を思い出させた。私は尚も震える肩を、ノブナガに抱いてもらいながら、事情聴取を受けていた。
「それで?何があったんです」
警官のひとりが、ぶっきらぼうにそう聞いてきた。私はしゃべろうにも口がうまく回らない。そして頭もうまく働かない。その様子を見かねた警官は、私の肩を抱くノブナガに目線をやった。
「あなたは?」
「この店のバイトです」
「あなたなら話せそうですね」
ノブナガの様子を少しおかしく思ったのか、警官は疑り深い目でノブナガを舐めるように見る。恐怖体験をしたというのに、何だこの落ち着きは・・・。そう思わせるほどにノブナガは冷静だった。それもそのはず、昨日連中8人を斬って命を奪ったのがノブナガだからだ。
私は、彼のことを何も知らない。刀を持つ理由も、惜しげなく人を殺せる理由も、私を助けてくれた理由も、身元も何もかもすべて・・・。
けれど確かなことがひとつだけあった。
私は・・・ノブナガに惹かれている。
あり得ない心
後編
「店じまい中に、突然押し入ってきたんですね」
「はい。オレは店長と固唾を飲んでカウンターの下に隠れてたんです」
「・・・それで?」
「連中が店の酒を好き勝手に飲もうとカウンターに近寄ってきたとき、突然ひとりの男が店に入ってきて、全員殺してそのまま出ていったんですよ」
警官はこの嘘の供述を信じきっている様子だった。
「男の風貌はわかりますか?」
「・・・わかりませんね。カウンターに隠れてましたから。それに店内も暗かったし、声しか聞いてない」
もちろん、8人の男たちを斬ったのはノブナガだ。いくら強盗相手でも、一方的に殺害してしまえば悪いのはこちら側になってしまう。そういう理由でついた嘘だった。
「ふむ・・・ご協力ありがとうございます。・・・後で清掃員をよこします」
警官は、床の血だまりを一瞥し、そう言って引き上げた。
表には人だかりができていた。それをかきわけ、「見せ物じゃない」と叫びながら警官は帰っていく。そのひとだかりも、店の中にまで入ってくることはなかった。少しのざわつきが私たちを取り囲んではいたものの、店内に残っていたのは私とノブナガの二人だけで閑散としている。
私はホットミルクをすすりながら、ノブナガに話しかけた。
「ノブナガ・・・。あんた、一体なにものなの?」
「・・・。オレはただの放浪人だよ」
「・・・ただの放浪人にできる芸当じゃないと思うんだけど」
「まあ、その道の達人とでも思えばいいだろ」
「すごく、感謝してる。そして、すごく・・・」
言い出そうとしたものの、恥ずかしくて止まってしまう。けれど、この男・・・今のうちに自分の思いを伝えておかないと、いつふらりといなくなってしまうかわからない。それがとても恐ろしくて、目だけはしっかりとこの潤んだ瞳で見つめていた。
「すごく・・・あんたのこと、知りたいの」
ノブナガは少したじろいだ。私の瞳がよほど強い意思を伝えたのだろう。彼は頭をかいて、私から目をそらして・・・。
「オレは・・・」
その時だった。
「・・・!!!」
誰も入ってこようとはしないものの、人だかりは依然とあって、それをかき分けながら必死にこっちに向って発される私の名前。ドタドタっと音を立てて店の中に入ってきたのは私の「ブラックリストハントが生業の」彼氏だった。
「大丈夫か・・・!?」
「・・・遅いよ・・・」
私は知らない間にそうつぶやいていた。彼氏は何も悪くない。けど、でも・・・。私が助けを求めてるときに、私が愛を求めてるときに、それを与えてくれない彼氏なんて・・・・・・・。そう思ってしまった。
「何がブラックリストハンターよ!!?私・・・私連中に犯されそうになったのよ!!?」
「・・・落ち着け」
彼氏は憤る私を抱きしめてくれたけど、両手で彼の胸を押しのける。
「あいつら・・・幻影旅団って言ってた・・・!ああゆう野蛮な連中を狩るのがあんたの仕事でしょ?そうじゃなくても、私・・・あんたの彼女よね?どうして・・・どうして傍にいて守ってくれなかったの・・・!!?」
自分でも、理不尽なことを言っていると痛感していた。けど、付き合いはじめてから今までに積もりに積もった寂しさや怒りが溢れ出てくる。
「・・・おかしいな・・・」
彼氏はあくまで冷静だった。私はその冷静さにまで怒りを覚えてしまう。
「おかしいって、何の話よ・・・?」
突然意味のわからないことを口走るな。そんな思いを込めて、鋭い目付きで彼氏を睨みつける。
「いや・・・。幻影旅団は13人組のはず・・・」
「え?」
昨夜店に押し入ってきたのは8人・・・。後援がくることもなく、8人を斬って事は収束した。
「連中の体のどこかに蜘蛛の刺青があったか?」
機密情報なのか、彼氏は私の耳元でぼそぼそとそう聞いてきた。
そして思い出してみたものの、めぼしい場所にそんな刺青はなかった。もしそんな刺青をしているのなら、男が幻影旅団だと脅すときに刺青も一緒に見せていたはず。つまり、昨夜店に押し入ってきた連中は・・・。
「幻影旅団じゃ・・・ない?」
「幻影旅団と名乗って悪さをする連中は多いからな。模倣犯・・・というか、成りすましだろうな」
「そうだったの・・・」
「だが、この街に幻影旅団の団員がいるってのは、確かな筋の情報だったんだがな・・・。もしかすると、連中を殺したのが・・・」
ノブナガが・・・幻影旅団の一員・・・?
彼氏はそう言いたいのだろうか。確かに、8人の大男を一瞬にして殺してしまう技を持っていれば、A級首になれてもおかしくはない。私はひやっとした。そして、あたりを見回した。
店内のどこにも・・・2階に駆け上がり、昨夜彼を泊めた部屋を見ても、そこにノブナガの姿は無かった。自然と溢れ出てくる涙を抑えることができなくなって、くずおれた。
「・・・!突然どうした・・・?」
彼氏が後ろから追ってきた。そして私を後ろから抱きしめる。
ああ・・・後ろから抱いてくれてるのが、ノブナガだったら・・・。
私はそんなあり得ない思いに苛まれる。けれど、それは本心で、わたしが今一番求めているのは、彼氏のあたたかな抱擁よりも、ノブナガのそれ・・・。
(まだ・・・ちゃんと、お礼言ってないのに・・・)
「怖かったよ・・・」
泣きながら、この感情には気づかれまいと、嘘を言って彼氏の胸にしがみつく。
やっぱり予感は当たっていた。ふらりと現れたかと思うと、何の形跡ものこさずにふらっと出ていった。もっと早くに、思いを伝えていれば。・・・そう後悔しても、遅かった。
何分かたって、先ほど警官が言っていた清掃員が店に来た。
床に染み付く血痕が洗われ、消えていくにつれて、私はまた平凡で何の代わり映えもない、平和な日常へと戻されていったのだった。
「ご苦労だったな」
ホームに戻ったノブナガを出迎えたのは幻影旅団の団長。クロロ=ルシルフルだった。彼が今回のノブナガに与えた任務は、「幻影旅団」という名を借りて悪さをする団体の殲滅だった。と言っても、そういったことをする連中は世界中に点在するわけで、全てをかたずけていては、殲滅自体に時間は取られずとも、移動時間が恐ろしいことになってしまう。と、言うわけで今回ノブナガは、がいた街をねぐらにする、(巷では最も幻影旅団と信じられていた)あの8人組の抹殺に赴かされたのだった。
クロロは本を読みながらも、そう言ってノブナガをねぎらうのだが、当人はどうもバツが悪そうな顔をしている。
「何か、忘れ物でもしたような顔だな」
警官を呼ぶ前に、の家の地下にしまっておいた刀はもちろん、持って行った荷物という荷物は全て持ち帰ってきている。けれど、クロロの言うことは図星だった。
「・・・忘れ物・・・ねえ」
(案外間違いじゃねーかもしれねぇな)
「オレは疲れたから寝るぜ団長」
「・・・ああ。おつかれ」
これは、ノブナガがの家にちょくちょく行くようになる前のお話。そしてそれまでに、実に3年という月日が経つことになった。