あり得ない

非日常的なあなたと私の関係




 雨はひどくなる一方だった。

 店の看板をしまった頃はまだ小雨程度だったそれも、今では風を伴う大粒の雨。閉じたカーテンを開けて外を伺っていると、雨粒が窓を叩きつけ、風がガラスをがたがたと揺らす。

「やな天気ね」

 暗雲が立ち込めた星一つ見えない空は、まるで私の心のようだった。

 ガタガタ!

 カウンターとテーブル席の拭きあげをしていたときだった。店の入口から大きな音がした。一瞬風の所為かと思ったけど、それは確実に違った。ほどなくして、何名かの男のしゃべり声が、外からもれてくる。そしてドアノブががちゃがちゃと激しく音を立てて回り始めたのだ。

『幻影旅団・・・。そのうちの一人がここらをうろついてるらしい。気をつけろよ』

 ブラックリストハントを生業としている、ボーイフレンドの言葉が脳裏をよぎる。血の気が引いていくのを感じた。そして頭は真白。私はどうすることもできず、カウンターの下に隠れ、音が止むのを必死に待っていた。心臓がけたたましく動いて、自分の耳に届くほどにまで鳴っている。ああ、どうかばれませんように。

 すると、音が突然止んだ。少し待ってみても、そのあとから音がすることは無かった。

(・・・ああ、怖かった。さっさと寝て、さっきのことは忘れちゃいましょ)

 そう思ってドアに背を向けた瞬間。

 バンッ!!!!

「こんばんわ~!!どなたかいらっしゃいますか~!!?うおっ!!イイ女発見!!」

 下卑た声と、その周りを囲むかのように、ケラケラと品の無い笑い声が背後からしてきた。おそるおそる振り向くと、そこにいたのは大小、太細様々ななりをした男たち計8人。

「あ・・・あの・さ・・・。もう、店じまい・・・しちゃったんだけど」

 悲鳴ぐらいあげればいいものを、こんな言葉しか出てこなかった自分にうんざりしたい気分だった。







あり得ない心
中編








 その後、ずかずかと店内に押しいられ、いくら閉店だ!だの、出て行け!だののたまっても一向に引く気がないらしい男たち。果てには酒をふるまえなんて言ってきた。とうとう堪忍袋の緒が切れた私は勇敢にも・・・。

「ちょっとアンタら・・・いい加減にしなさいよ!!」

 なんて叫んでしまっていた。それが運のつきだったのか。一番大柄の男に身を羽交い締めにされてしまった。一切身動きがとれず、私はリーダー格らしい男に顔を近づけられる。

「俺たちこの雨の中で身動き取れなくて困ってんのよ。なあねーちゃん、今晩ここに泊めちゃくれねーか?」
「ふざけんな・・・誰がてめーらみたいなゴロツキ!!金払われてもごめんだね!!」

 自分でも恐ろしいくらい勇敢な言葉がぺらぺらと出てくる。しかしそれは自分の身を護るというより、むしろ良くない方向に状態を追いやるものなのだから、できることなら今すぐにでも口を塞ぎたい。けれどそれすら出来ない様に、体はきつく拘束されていた。

「中々口が達者なねーちゃんだな」
「よりによって、何でアタシの店なんだよ!?」
「いやねぇ・・・美人がひとりでやってる酒屋があるって聞いてな。あわよくば、酒盛り頼もうかと思ったんだよ。けど、仕方ねぇ・・・。ご本人様があんまり乗り気じゃねーみてーだ」
「当たり前っ・・・」
「そこでだ」

 男は更に私の顔との距離を縮めて、やっぱり下卑たニヤケ顔でぺらぺらとしゃべる。

「オレたちこの雨で濡れちまってよぉ・・・。寒いわけよ」

 私は目の前の男の言わんとすることが何かわからなかった。眉をひそめて黙っていると、シャツの襟元に男の指がかかった。その指は着ているシャツのボタンを器用に外していく。

「ちょっ・・・何を・・・!!」
「酒で暖まれねーなら、ねーちゃんの体、借りてあったまるしかねぇなぁ?」

 鈍感過ぎる自分にいよいよ嫌気が指した。そう。最初に乙女らしく悲鳴を上げるべきだったのだ。けれど、今となっては恐怖のあまり声すら出ない。身動き一つ、取れないのだ。8人の男の眼光が突き刺さる様。連中の笑い声も、私の意識も遠くなっていく。

 そのまま意識を手放してしまえば楽だったのに、無骨な手の与える刺激が、それをさせなかった。

「いっ・・・いやぁっ・・・!!」
「恥じらってる姿がかわいいぜねーちゃん。最初からそう、しおらしくしてればよかったのになぁ?」

 男のねっとりとした吐息がみみにかかり、舌先で耳をいじられる。あつい吐息と卑猥な音で、身の毛がよだつ。更にミニスカートに手を突っ込まれ、中をまさぐられる。その上、はだけた上半身は別の男の手でいじられていた。

(やだ・・・やだやだやだ!このまま私・・・犯され・・・)

 もはや神頼みしかない。もしもこの男たちが幻影旅団だというのならば、彼氏が追ってるはず。だとすれば、もうそろそろ、助けに来てくれるかもしれないし・・・。けれど、望み薄だ。そもそもこいつらが幻影旅団とは限らない。

 朦朧とする意識の中で、私はふと、何かを口走っていた。

「ノブ・・・ナガァっ・・・」

それは、今夜一文無しになって、それ故に私の家に泊まることになった男の名前だった。本来その部屋にいるはずの彼氏ではなく、出会ったばかりのその男の名。何故か知らないけど、出会ったばかりなのに、家に泊めてしまった・・・。

「たす・・・けて・・・」

 知らないうちに涙がボロボロと溢れてしまう。まともに声も出せない。けれど、これが最後だ。そう思って、私はひと思いに、全力をもってして叫んだ。その、男の名を。

「ノブナガあああ!!!!」
「おいおい。何だ?彼氏の名前かぁ?やってる最中に他の男のこと考えるなんて、野暮ってもんだぜ?ねーちゃん」

 カチャッ・・・。

 ふと私の耳に届いたのは、刀身を鞘から抜く音と、愛しい(?)人の声。

「オレを呼んだか?

 そして、目に鮮やかな血飛沫と、男たちの断末魔。それらは一瞬にして、ほぼ同時におこった。私を羽交い締めにしていた男の体から自然と力が抜け、がらがらと音を立てて、カウンター席にくずおれる。そして男の頭だけが私の足元に転がった。何が起こったのかを理解する発端が、それだったのだ。

「・・・?は、はあ!!?」

 残されたのは、リーダー格らしき男一人。それ以外は、胴と頭を切り離されたり、胸をばっさり斬られていたりなど、とりあえず血だまりに伏していた。

「女ひとりに男8人がかりでレイプたぁ、ゲスが過ぎるんじゃねーのか」

 かたわらにはノブナガが、血にまみれた刀を持って立っていた。

「お・・・お前・・・。オレ達が誰か知って・・・」
「誰だよ?言ってみろ。遺言として聞いてやるぜ」
「なっ・・・泣く子も黙るA級首の幻影旅だ」

 幻影旅団。そう男が言おうとした寸前でノブナガは刀を振るった。喉をかっさばかれた男は、ひゅごっひゅごっ・・・と言葉にならない言葉を喉から吐きながら、床に倒れた。

「寝言は寝て言え。カス野郎が・・・」

 男がこときれたとどうじに、私の緊張もほどけたのか急に足元が覚束無くなった。ノブナガは、床にへたり込んだ私の頭を撫でてくれた。

「すまなかったな。オレがもうちょっと、早く起きてれば・・・」
「う・・・ううん。大丈夫、肝心なことまで、されてないし・・・」
「肝心なこと・・・ねぇ・・・」

 ノブナガはそう言って頬をかきながら、はだけていた私の上半身を自分の羽織で隠してくれた。

「自分で立てるか?」
「・・・う、うん。頑張ってみる」

 そう言ってはみたものの、やっぱり足はまだ震えていて、力が全然入らない。

「ほら。おぶってやるよ」

 ノブナガはしゃがんで、私をおんぶしてくれた。その背中がすごくあったかくて、無性に泣きたくなった。

「ノブ、ナガ・・・ほんとに、ほんとうに、ありがとう・・・!」
「ああ。いいってことよ」

 とりあえず、店のテーブル席に腰掛けて、足の震えが収まるのを待った。汚されて、血しぶきを浴びた体を清めたいし・・・シャワーを浴びるのは必須事項。けどこのままじゃ、風呂場で足を滑らせてしまう。そう思って、必死に精神統一しようとするのだが、中々体が震えをとめてくれない。果てには歯までがちがちと鳴り始める。

 すると突然。ノブナガに抱きしめられた。最初はびっくりとしたけれど、丁度私の耳のところにある彼の心臓の音が、ここちよく響く。そしてやっぱりあったかくて、何よりすごく安心できた。

「落ち着いたか?」

 もしノブナガが彼氏だったら。私はそんなばかなことを考える。ばかなことだと、自分では分かっているけれど、思うことをやめられない。

 もし、ノブナガが私の彼氏なら、一生添い遂げられる気がする・・・と。

「ノブナガが・・・彼氏だったらよかったのに」
「・・・?何か言ったか?」
「ううん。なんにも。あと少しだけ、このままでいさせて」

 これが、私とノブナガの出会いだった。