「幻影旅団?」
「ああ。そのうちの一人がここらをうろついてるらしい。気をつけろよ」
「気をつけろって言われてもねえ」
真剣な面持ちで話すのは、私の彼氏。一応プロハンターで、ブラックリストハントをやってるらしい。生まれ故郷であるこの街には、年に1度帰ってくるかこないかなので、いい加減他の男に乗り換えようかなんて考えもしたが、結局めぼしい男にありつけなかった私。
そんな私は生まれ故郷であるこの街で、家業をついで酒屋を切り盛りしてる凡人。何か心躍る出来事が無いものかと思ってみても、この酒屋を捨てる訳にもいかず、何も代わり映えのない毎日をただ淡々と過ごすだけだった。
「なあ、?」
「なあに?」
彼氏は、手にもっていたスコッチをことんと置き、カウンター越しに私にキスをする。
「お前きれいだから、誰かに盗られないか心配なんだよ」
「そう思うなら、ずっとここにいてよね」
「それは・・・できねー相談だな」
彼は困ったように笑ってごまかした。
「じゃ、またな」
「・・・泊まっていかないの」
「ああ、仕事あるから」
「・・・気を付けてね」
「お前もな」
そう言って、彼は店を出ていった。
「はあ・・・」
代わり映えの無い毎日。ろくに相手をしてくれない恋人。とことん平凡な人生・・・。
そう一人考えると、ため息も出てしまう。
「おい、ねーちゃん」
変に落胆していると、カウンター席の奥から私を呼ぶ声がした。
「はいよー。ご注文は?」
「この酒うめーな。もう一杯追加で」
「はーい」
01:あり得ない心
「これどこの酒だ?」
長い黒髪で、鉤鼻のサムライみたいな男だった。彼は1時間程前にひとりで店にやってきた。もうそろそろ閉店の時間だけど、帰ろうとする素振りを一向に見せないので、どうやって閉め出そうかと考えていたところで絡まれた。これは非常に厄介だ。と、同時に閉め出すチャンスを握るきっかけにも・・・。
「それ、ジャポンの清酒よ。ほのかな甘味と、スッキリとした清涼感が何とも言えないでしょ」
「ああ。こんなにうまい酒は初めてだ。いい酒置いてるんだな」
「ええ、先祖が貿易商だったみたいで、お酒のルートだけは未だに残ってるのよね。今でも世界中のお酒を手に入れられるわ」
とりあえず、答えるだけ答える。どうやら、全然酔っていないようだ。これなら安心。簡単に締め出せる。
「ところでよ・・・ここらでいい宿知らねーか」
「うーん・・・。いっぱいあるにはあるんだけど、もうこの時間じゃチェックインは難しいかもね」
「・・・そうか。いや、いいや。一番可能性がある店の名前教えてくれねーか」
「それなら・・・」
私は知り合いがやってる宿屋の名前と場所をメモに書いて、男に渡した。閉め出すも何も、彼は自分から家を出ていってくれそうだ。
「じゃあ、お会計・・・・・・・」
私がそう切り出すと、男はポケットから財布を取り出した。中身を見て、一切のモーションを見せなくなった。だいたい検討はつくが、一応問いかける。
「どうしたの?」
「いくらだ」
「えっと・・・3500ジェニーよ。結構飲んでたのね」
「・・・・・・・・・・」
「払えないの?」
「いや・・・払えるには払えるんだがよぉ・・・」
「宿代が無い・・・ってわけね?」
「・・・ご明答」
払えるなら払うだけ払ってさっさとお引き取り願いたいものだ。けど、春先と言えどここらの夜は相当冷える。それに治安もそこまで良いわけじゃないし、今はあいにく雨模様。あすの朝まで振り続けるらしい。
「はぁ・・・どうすっかなー」
「うち・・・一つだけ部屋空いてるわよ」
「いや、でも悪いだろ。どこの馬の骨とも知れん男をそうほいほい家に泊めちゃ・・・何されるかわかったもんじゃねーぞ」
「何かするつもりあるの?」
「ばっ・・・ばかかおめぇは!?何訳のわからんことを・・・」
そう言い出したのはあんたの方じゃないか、と思いながらもくすっと笑ってしまった。顔を赤くして、目をそらす姿が何だかかわいらしい。なんだ、このお兄さん、よく見るとイケメン。
「どうすんの?泊まるの?泊まらないの?」
「・・・最悪野宿でも・・・」
「雨・・朝まで降るわよ」
「・・・マジかよ・・・」
まだ残ってるお客いたっけ、と店を見回すと、客はやっぱりこの男だけ。私は男が迷ってる間に店じまいを始める。表の看板をおろし、鍵を閉め、売上を記録して・・・。
「鍵・・・何で閉めた」
「あ」
そう言えばまだこの男がいたのか・・・。ついつい何時ものノリで店じまいをしてしまっていた。
「もういいじゃん!泊まっていきなよ。宿代まで取らないよ」
「・・・すまねぇな」
男は財布から3500ジェニーを取り出して渡す。
「はい。まいどあり!じゃ、こっちついてきて」
男の荷物を持って、私は奥に案内する。壁にかかる小さな明かりが足元を照らすが、それなりに幅のある我が家の階段を隅々まで照らすものじゃない。足元に気を付けてね。と言いながら、男を部屋に通す。
その部屋は本来、私の彼氏が戻ってきた時用の部屋。今日帰ってくるって言っていたから、きれいに掃除していたのに、彼は使うことなく行ってしまった。
「空部屋なのに、キレイにしてるんだな」
男は私から荷物を受け取って、ベッドの上に置いた。
「まあ、一応先客が入る予定だったからね」
寂しい思いを胸に微笑んだら、男は心配そうに私の顔色を伺った。そう言えば、まだ仕事が残ってる。思い出した私は、涙が滲み出てきそうな瞳を見られまいと、急いで男に背を向ける。
「お手洗いは階段の下にあるから、好きに使って。何か飲みたいものがあれば、あと少し下で仕事するから言って。それじゃ、おやすみ」
「お前・・・名前は?」
「よ。あんたは?」
「ノブナガ。ノブナガ=ハザマ」
「そう。おやすみ。ノブナガ」
部屋を出て、扉を閉める。
乙女心と秋の空なんて言葉がある。今まで私にとっては無縁なものだと思っていたその慣用句。今となっては、そうきっぱりと言い切れない自分が鬱陶しい。
私はあの男・・・ノブナガに、恋をしてしまったのだろうか?で、なければなぜこんなにも胸が高鳴るんだろう?
ありえない。
そう自分に言い聞かせ、残した仕事を済ませようと、階下へとおりるのだった。