「……君は、酒とかタバコとか経験あるのか?」
メローネは一度興奮を抑え、そんな質問をへ投げかけてベッドから離れた。部屋の床に据え置いた小さな冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、再びベッドへと戻っていく。はそんなメローネの姿を、とろんとした表情で眺めていた。逃げようとして鎖を軋ませ、自身の手首を拘束する革紐から逃れようと無駄な足掻きをすることもしなかった。
「……タバコは臭くて嫌い。お酒もあまり好きじゃない」
メローネはの返答を聞いて思った。失敗した。と。彼女がカトリック信徒の処女という時点で大体想像はついていたことだったが、これで確信できた。彼女は母体には全く適さない。
「オレは殺し屋なんだ。パッショーネっていうギャング組織に雇われてる。オレが人を殺すとき、酒とかタバコとかコカインだとか……その辺の良くない物を常習的に摂取してる良くない女のカラダが必要になる。あと、そういう女って基本的に性格が歪んでるんだ。それが、ディ・モールトいい。いい“子供”を生めるんだ。女は子供を生んだ後、その子供の養分になって死ぬ。まあ、キミに言ったって分からないだろうから詳しい説明は省くが、それで、オレはここによくそう言った女を捕らえてストックしてる。仕事ですぐに使えるようにね」
メローネはベッドの傍に設置している小さなチェストの上にボトルを置き、の拘束を解いた。少しだけ皮膚が赤くなって革紐の跡が残っているだけの手首をさすりながら、はメローネを見つめた。彼女はは黙ってメローネの話を聞いた。殺し屋なんて、フィクション上の生き物だと思っていた。と、はぼんやりと思った。メローネは自由に動かせるようになったの手に、キャップを開けたボトルを差し出した。
「喉乾いてるだろう?脱水症状ってのは良くない。その所為で頭も痛いんじゃあないか?」
はボトルを受け取り水をごくごくと飲み下して一息ついた。気のすむだけ飲み終えたボトルをメローネへ渡し返す。素直なの反応に顔を綻ばせたメローネが、中断していた話を続けた。
「キミはクスリどころか酒もたばこもからっきし。加えて男性経験もない。君からじゃあ、いい“子供”は生まれない。……だから、ここに囲っておく意味も無い。逃げたきゃ逃げていい。警察に言うつもりならそう言ってくれ。オレはしばらくここを離れてアジトに身を隠しておくから。キミの荷物なら、ダイニングテーブルの上にまとめてある」
メローネはそう言って、ベッドへ腰を降ろした。彼は黙って、がベッドから降りて出口に向かって歩き出すのを待っていた。だが、は一向に動こうとしなかった。それが何故なのか、皆目見当もつかないメローネはの顔をじっと見つめ、彼女の憂を帯びた表情に答えを探した。だが彼の求めるものは見つからなかった。
「……逃げないのか?」
は尚も黙ったままだった。やはり彼女は、波打つシーツに視線を投げたまま、少しも動こうとしない。どうやら彼女に逃げる意思は無いらしい。そう結論付けたメローネは、彼女の両肩に手をかけて、ゆっくりとベッドへと押し倒した。結局のところ彼女がこの牢獄から逃げ出そうとしない理由は分からないままだったが、彼の忍耐が臨界に達した結果、そうしてしまった。
02: And she had a name
メローネはの首筋に顔を埋めた。何度か音を立てて首筋を軽く啄んで、鎖骨のあたりから耳の裏側までを舌で舐め上げる。ぞわぞわとした初めての感覚には肌を粟立たせ、眉根を寄せてシーツを掴んでいた手に力を込めた。その握りこぶしにメローネは自分の手のひらを重ねる。不意に与えられた優しい熱にが驚いて力を緩めると、メローネはその隙を逃さず、シーツと彼女の手の間に指を滑り込ませた。その間、彼は名前も知らない目の前の処女を愛おし気に眺めていた。
「なあ、キミが悪いんだ。逃げないから」
はメローネに掬い取られた手をじっと見ていた。彼の親指が、手の甲を撫でている。手を開くように誘導されたは、指と指の間に彼の指が入り込む様を見届けた。そうして組み合わさった手は、彼女の手の甲を下にベッドへと沈み込む。メローネの瞳がの瞳を捕らえた。
「綺麗な目をしてる」
恍惚とした表情で囁かれ、の心臓が一度大きく高鳴った。そして彼女は、ゆっくりと近づいてくる男の唇を拒めなかった。何度も繰り返される、触れるだけの優しいキスがの緊張を解いていく。食いしばられた彼女の唇からは徐々に力が抜けていき、開いた隙間にメローネの舌が入り込む。入り込んだそれは歯列をなぞった後、置き場に困ったように奥で潜んでいたの舌を探し当てた。下から持ち上げるように舐め上げられ、はそれに応えるようにメローネの舌先を自身のそれで追う。追ううちに、舌と舌が密接に絡み合う。いつの間にか大きく開いていたの口の端から、どちらのものとも断定できない唾液が垂れ流れていく。メローネは名残惜しそうに一度唇を離すと、の後頭部に添えていた手の親指で唾液を拭い取った。
のぼせ上がったように顔を赤くして、メローネの顔をぼうっと眺めるの表情がメローネの欲を煽る。だが、急いではいけない。もっとゆっくり味わいたい。はやる気持ちを押さえつけて、メローネは再び彼女に口づけを落とした。その間にゆっくりと胸のふくらみに手を運ぶ。指の腹で掴んだそれから人差し指だけを離し、先端をつつき、沈め、揺らす。は、ん、と短く息を漏らした。一度玩ばれた時は感じまいと抗っていて、全く心地よく感じられなかったその刺激が、今は甘く切ない快感となってを襲う。
「気持ちいいかい?」
メローネのそんな問いに、はぎこちなく首を縦に振って答えた。そして恥ずかしそうに目を逸らして目を瞑る。閉じた瞼にキスを落とされて、ちゃんと見ているようにと耳元で囁かれる。言われてゆっくりと瞼を開くと、メローネの手が胸から離されていくところだった。薄皮一枚にだけ圧力をかけるように這う彼の指先が、胸の中央から臍を通り、恥丘へと乗り上げた。男を知らないの中心は、少しだけ湿り気を帯びていた。
メローネは何度かショーツの上から割れ目をなぞった。は嫌だと拒絶するような素振りは見せない。そんな彼女の様子を確認すると、メローネは鼠径からショーツの中へと手を滑り込ませた。
「っ……!」
「力を抜いて。舌、出して」
差し向けられた舌を食むメローネの唇。キスで気を逸らしている間に、骨ばった指がの秘部へと入り込む。だが、力を抜けと言われても、慣れない異物の感覚に身をよじる内に自然とそこに力が入ってしまう。その所為で、メローネの指がゆっくりと奥へ進んでいくのを如実に感じ、こそばゆいような、気持ちのいいような、何とも言えない気持ちが喉の奥からこみ上げてくる。のくぐもった嬌声は、鼻孔から小刻みな吐息となって抜けていった。
今まで感じたことの無い快感に困惑した様子のの表情をしばらく見つめると、メローネはゆっくりと起き上がり、彼女から顔を離していく。彼が掻き出した体液で濡れたショーツを剥ぎ取って、四つん這いになっての体を跨いだ。おもむろに反り立ったペニスを取り出すと、自分の手でそれをしごきながら、メローネはの股座に顔を埋める。長い舌が蜜壺に突き入れられ、くちくちと中をまさぐりはじめた。
「あっ……そんなところ、舐めちゃ……」
は上体を起こし、メローネの頭に手を添えた。だが彼の舌先は制止の声などものともせずに動き続ける。中をまさぐっていたそれは表に出ると一度陰唇もろとも秘部を下からべろりと撫で上げて、クリトリスを弄りはじめた。はたまらず仰け反った。つい先ほど起こした上半身は再びベッドへと沈み込み、腰は意図せず浮き上がってしまう。痺れるような強い快感が背筋を走る。時折クリトリスが吸い上げられると、それ以上の、電撃でも走っているんじゃないかと言うほどの快感が彼女を襲う。
「ああっ、んっ、ん、んあっ……やぁっ」
舌先で陰核をいじられながら、指で内側の上っ面を掻き乱される。逃げるように足掻くと、メローネのペニスを扱いていた手が動かないようにとの膝を押さえつけた。
「だめ、なに……なんか、あっ……あ、いやっ、へんに……ああっ!!」
追い立てられ、は果てる。頭の中が真っ白になるような感覚。それは彼女が初めて得た絶頂だった。がぴくぴく体を振るわせる様子を見ると、メローネは余裕の無さそうな表情を見せた。
「オレももう……我慢できそうにない」
性的快感を知らなかった彼女が自分の愛撫で果てたという達成感と、何よりもそんな彼女の恍惚とした表情が、メローネの男根を怒張させきっていた。入り口に先端があてがわれると、はひっと息を呑む。そんな彼女を安心させようと、メローネは悲愴感を纏う悩まし気な表情でを見つめた。
「痛くない。激しく動かしたりも、しない……だから、オレを……オレを受け入れてくれ」
「あっ――!」
肉を押しのけながら自分の奥へとゆっくり進んでいく、固く熱い何か。まざまざと見たことすらない、形も何も分からないそれを埋め込まれ、は窒息してしまいそうな息苦しさに襲われる。だが、十分に慣らされたからなのか、彼女が予想して恐怖していたほどの痛みは感じられなかった。
「痛いか?」
は痛くないと首を横に振ると、たまらずメローネの首に腕を回してしがみついた。顔を見られたくなかった。恥ずかしくて、でも気持ちよくて、初めてだというのに離れがたくて……。彼女は自身に男根を埋め、優しく気遣うような言葉を吐く目の前の男が、当初自分に薬を盛り檻に閉じ込めて、殺人の道具として使い殺そうとした人殺しだということを完全に忘れきっていた。
メローネもまた、彼女を殺そうとしていた事を忘れていた。そして今の彼に沸き起こるのは、途方もない、名前も知らない処女だった女に対する愛しさだった。男を知らなかった彼女の、最初の男になれた。そして彼女は今、自分を放すまいとしがみついている。
「そんな可愛らしいことされたら、歯止めが利かなくなるッ……っはぁ、あっ、優しくしてやろうって、思ってるんだ……っあ、キミが、痛くないようにって……でも、こんなことされたら――」
メローネは、一度の最奥まで自身を突き入れると、ゆっくりと腰を動かし始めた。彼の耳元をの甘い吐息が擽る。肩回りに広がる彼女の熱が、メローネの脳髄を侵していく。
「んっ、メ、ローネっ」
「……っ、名前、呼んでくれたのか?」
「あっ、メローネ、気持ち……いいっ。あったかいので、いっぱいで……こんなの、初めてで、わたし……」
「――っ!!キミの、名前も……教えてくれ」
普通は“母体”に名前は聞かない。この地下室に捕らえた女性に、名前を尋ねたことなどこれまで一度も無かった。だが、最早はメローネにとって、殺しの道具などでは無くなっていた。愛しいこの女を、名前で呼んでやりたい。メローネは心底そう思った。
「。私の名前は、・」
「。ああ、っ……何て綺麗な名前なんだ。。もっと、オレを感じてくれ……」
「んっ、うん……気持ち、いいっ……あっ、ああ、んっ」
破瓜を遂げたばかりのの陰裂は躊躇なくメローネを締め付ける。普段彼が欲を吐き出すまでにかかる時間の半分もまだ経過していないというのに、メローネは既に果ててしまいそうだった。
メローネはしがみつくの腕に手を這わせ、片腕を掴んでベッドへと押し付ける。もう片方もマットレスへ沈め、手指を交差させて握った。快感に耐えるようにしっかりと。もそれに応えるように握り返した。泣きそうな顔だとは思った。自分を見下ろすメローネの表情が、たまらなく艶めいて見えた。
「……も、ダメだ、出る……っ」
「んっ」
最後に激しく打ち込まれ、それが一瞬のうちにずるりと抜け出た後、の腹部に精液が吐き出された。は息を荒げながら、肌に纏わりつく粘液を指に絡めた。それを興味深げに眺めている内に、メローネはの隣に身を投げ突っ伏した。
は突然切り出した。それは、ピロートークにしては事務的だとメローネが思うような話だった。
「……私、帰る場所が無いの。良かったらこの部屋をしばらく貸してほしい」
「せっかく逃がしてやるって言ってるのに。逃げないから、こんな良く知りもしない人殺しの男に処女を捧げることになったんだぞ」
「……友達は、初めてなんてろくなもんじゃないって言ってたけど……私はそうじゃなかったみたい」
はメローネに顔を向けて言った。恥ずかしそうに笑っている。早くも平常心を取り戻しつつあるメローネには、この異常とも言える状況に対する疑問が再び沸き起こりつつあった。
何故、殺そうとして捕らえていた女が、オレに犯されたってのに平気な顔して満足げに話しかけてきてるんだ。
やはり、何故彼女が拘束を解いた時に逃げなかったのか。という当初思い浮かべていた疑問に、メローネは立ち戻ることになった。確かに彼は溢れんばかりの愛情を持って彼女を犯した……と言うよりも抱いたのだが、そうやってを抱けること自体がそもそもおかしいことだった。
「なあ、オレには分からないんだ。人殺しの男の家から出ていかないキミの気持ちが」
「……私にもよく分からない。ただ……あなたにならって、思ったの」
は下唇を噛み締め頬を染め、恥ずかし気にメローネから顔を逸らした。そんな彼女の表情をじっとみつめて、メローネもまた頬を染めた。
「人のことを言える立場じゃあないのは重々承知しているんだが、。キミ、変だぞ」
「そうよね。私もそう思う。……それで、部屋、貸してくれる?」
「ああ。と言うかここじゃなくて、普通に上の階で過ごしてくれて構わない」
「ありがとう」
「……マジにおかしいよな。キミのこと殺そうとしてここに捕らえていたのに、なんでオレは礼を言われてるんだ。調子狂うな……」
メローネは体を起こし身なりを軽く整えてベッドから離れると、部屋の扉へと向かって歩いていく。扉を開けての方を見ると、来ないのか、と彼女へ問いかけた。ショーツに足を通し引き上げて床に落ちていたスウェットパンツを拾い上げると、はメローネに追従した。
――は死に場所を探してあてどなく放浪していた。
目を覚ました後、一時は恐ろしかった。自分には覚悟が足りなかったのだと、拘束され檻に閉じ込められていた時に思い知った。死を直前にして、怖気づいてしまった。ベッドに括り付けられて、ひどい痛みを伴う凌辱を受け、やがて無残に殺されて死ぬのだと思ったからだった。
だが、男はそれをしなかった。あろうことか、自由を与え、慈愛に満ちた眼差しを向け、壊れ物を扱うかのように、処女であった彼女を抱いた。彼女もまた、そうしてメローネに愛された結果、メローネを愛してしまった。ふたりは、恋に落ちてしまっていた。
はメローネに出会い、愛を知り、死にたくないと思ってしまった。