「――驚いたか?ギアッチョ。オレが囲ってる女って、のことだったんだぜ」
メローネはギアッチョを見据え、の首に舌を這わせながら言った。敏感な所を舌でなぞられて、は小さくうめき声を漏らす。目の前のそんな光景を、ギアッチョはただただ呆然と眺めていた。
ここはメローネの家だ。だがオレは今が自分の家だと言った場所に招かれてここにいるはずだ。なるほど、メローネの言うことが本当なら辻褄は合うよな。けど、はオレのことが好きだって言ってたのにどうしてメローネと一緒に住んでるんだ?どうしては今、メローネに体を好きにさせてるんだ?そもそもなんだってオレはこんな場面を見せつけられてるんだ?
ギアッチョの現状把握はそれ以上進まなかった。何故だ、どうして、と頭は疑問符のついた考えを浮かべることしかできず、目の前の光景と自分の認識との溝は開き深まるばかり。超が付くほど直情的だと度々揶揄される彼だったが、彼の感情を代表する怒りすらも沸き起こらないほどの混沌がそこにあった。
「。どうしてそう悲しそうに泣くんだよ。キミはよろこぶべきだ。ギアッチョに見てもらえて興奮してるんだろ?」
「いや……いやよ、見ないで……」
背後から回されたメローネの手はトップスを胸の上までたくし上げ、ブラジャーのカップをずらしてそそり立った乳首を摘み上げた。快感の伴わないその刺激が今はただただ不快だった。はメローネの腕を掴んで退けようとするが、掴んだのと同時に乳首をひどくつねり上げられる。痛みに悲鳴をあげ背を丸めてかがみ込んだがすぐに抱き寄せられ、耳元で囁かれる。
「命令してるんだ。よろこべって。逐一言わないと分からねーのか?それに誰も抵抗していいなんて言ってねぇだろうが」
鋭く尖った氷柱で突かれたように胸が痛み、それで壁に打ち付けられたように動けなくなった。抗う手は力なくぶらりと垂れて、抱かれた人形のように項垂れた。いよいよ完全に無抵抗となったの体の表面をメローネの手が好きに這いはじめる。胸の膨らみと固くなった突端をもてあそんでいたメローネの片方の手は露わになったの腹を滑り降り、タイトスカートの布地に覆われた部分を撫でつけた後、裾から中へと潜り込んでいった。行き詰まると苛ついた様子でメローネが命令する。
「何やってる。股、開けよ」
はすすり泣きながらゆっくりと足を動かした。すると途中で止まっていたメローネの手はすぐに彼女の中心に向かって動き出す。目指していた場所に指先が到達するとショーツをずらして指の腹で陰唇を撫で、乾いたそこに乱暴に指を突き入れた。
いくら気分が乗っていないとは言え、膣内が傷付かないようにと防衛本能で濡れるようにはなっている。そんな彼の認識通り、内側を撫でている内に指の出し入れは容易になってくる。のすすり泣く声にも喘ぎ声が混ざり始めた。濡れた指で表の小さな芽を撫でてやると、彼女の喘ぎがより一層大きく静かなリビングに響き渡った。
それにしてもおかしい。どうしてこうも静かなんだ。メローネはギアッチョのいる方を見やった。彼は目を剥いたまま呆然とこちらを眺めている。いつもの彼ならばとっくに怒鳴り散らしている頃なのに。
「驚き過ぎて声も出ないって感じだな、ギアッチョ」
そう声をかけられて、ギアッチョは体をぴくりと揺らした。思考の渦に囚われていた彼の意識は、メローネの声で現在に連れ戻された。
「やめろ……」
気づかない内にそんな声が出ていた。声に出して初めてギアッチョが思ったのは、やめろという権利も筋合いも、自分には無いのではないかということだった。
が泣いている。嫌がっている。だからやめろと口を突いて出た。だが、メローネに耳元で何か囁かれた途端、スイッチでも押して電源をオフにでもしたように、完全に制御されたロボットのように、は抵抗をしなくなった。そうして今、自分の目の前でメローネに体をいいようにさせている。オレを好きだと言ったが。好きなら、好きな男の前で別の男にいいようにされたままでなんかいられないはずだ。
そもそも、彼女がこの家に自分を誘ったのだ。メローネと一緒に住んでいるらしい、この家に。オレに好きだと言ったくせに、その前から一緒にこいつと住んでいる?金欠故のただのルームシェアだとでも言うつもりだろうか。いや、あり得ない。男とふたりきりで同じ屋根の下にいるのだ。肉体関係に無いわけがない。相手がメローネなら尚の事。今こいつらがこんなことやってんのは、そういうことだからだ。――じゃあ好きって、何だ?
ここまで考えてやっと怒りが沸々とこみ上げてきた。ギアッチョは眉間から額にかけて皺を寄せて血が出そうな程に唇を噛んだ。
「あいにく――」
メローネはの背を押してローテーブルに手をつかせた。腰を掴んで尻を突きださせ、カチャカチャと音を鳴らしながらベルトを解き、ズボンのジッパーを下ろしはじめる。
「はオレの物なんだ、ギアッチョ。君に止めろって言われて、こうやってのこと犯すのを止めてやる筋合いなんか、無いんだよッ!」
「っあぁッ!」
「ああ、いい……。今日も最高に、締まってる。ははっ、何本咥え込んだか、覚えてないってくらいの淫乱のくせに……締りはひどくいいんだよなァ」
テーブルに頬を押し付けるは、喘ぎながらさめざめと泣いている。涙と汗と水ばなでぐちゃぐちゃになった顔を、ギアッチョは憎々しげに睨みつけていた。
彼は最早、何故と考えることもやめていた。沸々と沸き起こる底の知れない怒りは、彼が好きなを犯し泣かせているメローネではなく、自分の心をもてあそび自尊心を踏みにじったに向けられていた。何故彼女が泣いているのかなどどうでもよかった。泣いている姿などもう見たくないと思ったはずなのに今はその真逆で、彼女が犯されて辛そうに泣きべそをかいているのを見ているとまだ怒りが抑えられるようだった。
ギアッチョは酩酊の末に痛む頭を押さえながらゆっくりと立ち上がりふたりのそばに移動した。ソファーに腰を据え、の髪をむしり取る様に掴み上げテーブルに伏せていた頭を吊し上げた。痛みに眉根を寄せて息を呑んだは、怒りに打ち震えるギアッチョの顔を見て恐怖した。
「お前言ったよなァ?」
今にもはち切れんばかりの怒りを必死に押し止めようとするような、唸るような声。ブチ切れる前のいつもの彼らしいと言えばそうだ。だが、訳が分からないことにキレ散らかし、物に当たり散らかそうとしているのではない。彼が怒るのは当然で、照準はに絞られている。つまり、いつもとは違う。より高純度で濃厚な怒りが襲い来る。はギアッチョの目を見て一瞬の内に死すら覚悟した。
「オレのことが好きだと、確かに言った。ありゃあ何だったんだ?遊びのつもりか?オレを手玉に取って、裏でくすくす笑ってやがったってのか?……コケにしやがって!!」
「ごめん、なさい……ゆるして……」
「許せ、だと……?つまり、認めるわけだ。嘘だったって、認めるわけだな!?」
「っい、痛っ」
ギアッチョの手で鷲掴みにされた髪の束はさらに天井に向ってじりじりと引き上げられる。は焼け付くような頭皮の痛みを和らげようと掌をテーブルについて腕を立て頭をもたげた。大粒の涙をぽとぽとと卓上に落とし泣きながら喘ぐをギアッチョは唇を噛み締めて睨みつけていた。
メローネはたまらなくなった。心の底から求めていた光景が、今目の前にある。散々に打ちのめされ、陵辱を受けながら苦しんでぐちゃぐちゃになったの顔。そんなに怒りをぶつけるギアッチョ。
いいぞ、その調子だ。幻滅しろ。全て幻想だったと自覚して、またふたりの世界に戻ろう。オレの求めるものが、喉から手が出るほどに欲しかったものが、すぐそこにあるんだ。――だが、まだ何か足りない。
釈然としなかった。だが、そのわだかまりにはとりあえず目をつむり、をただの淫乱に仕立て上げるためにと彼の予定していたシナリオを終わりへ向けて押し進めた。
「はオレにもそう言った。オレのことが好きだってさ。だからこうやって家に囲ってやってたのに。ほんと、節操ってもんがないよな」
――メローネっ……!
律動は絶え間なく続いていた。そのうちに吐かれたメローネの言葉。それは嘘では無かった。だが、肝心なことが抜けている。明らかに、誤解を生むべくして吐き出されている。
ギアッチョに気がある素振りを見せて寝てこいと言ったのは他でもないメローネだ。彼さえそんな命令をしてこなければ、ギアッチョをたらしこんだりなんかしなかった。
だが、弁明の余地など与えられそうには無い。弁明したところで、ギアッチョは聞き入れないだろう。それに許してもらえる訳は無いし、許さないでほしい。例え愛するメローネの命令で彼との関係を持続させるためとは言えども、許されざる過ちを犯したのだ。最悪殺されたって文句は言えない。
はやはり、ただメローネの慰み物になりながら涙を流すしかなかった。だが、一向にギアッチョが怒り狂って手を出してくる気配がない。やがて彼女の髪を握りしめていた彼の手が震えはじめ、そこからしだいに力が抜けていく。
「……オレはお前のことが、本気で……」
ただ怒るだけではいられなかった。久しく流していなかった涙が、目からこぼれ落ちていく。ギアッチョはふらりと立ち上がり、出口に向って歩み始めた。
「お、おい。どこ行くんだよ、ギアッチョ」
メローネは焦り身を翻した。ここで決着を付けられると思っていた。こんな、ただの淫乱に恋をしていたのかと絶望し、への思いを断ち切ってほしかったのだ。だが、その決定打となるような言葉を吐かず、彼女に幻滅したというあからさまな態度も見せないまま、ギアッチョは家を出ようとしている。
そもそも、ギアッチョはが好きだとメローネに伝えていた。だがら、彼の怒りは自分に向けられてもおかしくなかった。親友の好きな女と黙って同居してコントロールしながら犯しまくっていたのだ。全て打ち明けてはいないものの、察することくらいはできるはず。だというのに、ギアッチョは一度もメローネに怒りを見せなかった。――一度もオレを見据えて感情をぶつけなかった。
「なんで」
ギアッチョは扉の向うに消えて、その扉は控えめな音を立てて閉じられた。同時にの中からメローネは出ていった。掴まれていた腰が突然自由になって、は腕をついていたテーブルに這いつくばった。
「なんでだ」
メローネの声は震えていた。きっとまた、堪えきれなくなった感情が溢れ出しているのだろう、とは思った。散々貶められ、打ちのめされても尚、彼女はメローネを思っていた。
「ごめん」
は呟いた。謝る以外に、自分がするべきことが何か全くわからなかった。邪魔だと思われていて、それでも死ぬことは許されなくて、辛くて死んでしまいたいのに、メローネに会えなくなると思うと怖くて自分で死ぬこともできない。
「使えないって、思ってるよね」
「黙れ……」
「役立たずだから、いらないって……」
「黙れよ……!」
「私、どうしたら、いい?次は、何をすれば――」
メローネはうつ伏せのの肩を掴んで引き起こし、テーブルの上で仰向けにさせた。顔の横に掌を突いて彼女に覆いかぶさると、ひどく取り乱した様子のメローネが、大粒の涙をの頬にぼとぼとと落としながらうめいた。
「オレだって……どうすりゃいいかわかんねーんだよ!!」
「……メローネ、泣かないで、メローネ」
はメローネの頬に手を当てて、こぼれ落ちる涙を親指の腹で拭った。
「私、メローネのことが好き」
「オレはお前のことなんか嫌いだ……!お前さえいなければ、オレは」
「分かってる。分かってるよ、でも、それでも
――死ぬことすら許されないのなら、せめて物言わぬ物のまま――
私があなたのことを好きでいることだけは許して」
そして慰めさせてほしい。あなたの気が晴れるまで、私をどうしてくれてもいい。私は黙ってあなたの鬱憤を晴らすための道具でいる。
は体を起こしながら、メローネを抱きしめた。
「私が好きなのは、後にも先にも、あなただけ。あなただけよ、メローネ」
ギアッチョに与えられた温もりを思い出した。ひどく心地よくて、幸せな気分だった。だが、それは忘れよう。自分の物にしないで、メローネに譲ろう。そんなことを考えているなんて言うつもりもないし、メローネに知れたらきっとそうじゃないと言われるだろうけど。
ギアッチョが好きなあなたが好きだから。
06:失くした愛に救いの手を
「どうしたギアッチョ。えらく機嫌が悪いじゃねーか」
リビングでたむろしていたチームメイトのひとり、ホルマジオの声掛けをスルーしてギアッチョは自室へと向かう。いつもならばせめて「うるせー」と一言くらいどくづきそうなものだが、今日の彼はそれすら疎ましいというほど、ただ怒っているだけでなく生気をなくしていた。そんな彼の異変に早々に気づいたホルマジオが、おい、と声をかけるのだが、同時にバタンと扉は閉まった。
クソ……クソクソクソ――。
リビングから出て暗い廊下を行って、2階へ向って階段を上る。その間、出かける前にホルマジオにはと夕食を共にするのだと言ってしまったことを思い出した。今頃、ああ、何かやらかしたんだな、とかそんなことを思われているのかもしれない。ここを出る前は確かに、とのデートだと楽しみにして浮かれていた。そんな自分が情けない。過去の自分を思い返すとむかっ腹が立ったが、自室の扉を前にする頃には不思議とそれもおさまっていた。
扉を開け、靴を脱いで、ベッドに横たわる。天井を眺めて、眠れそうにない夜の間また思考の渦に呑まれることになるのだろうと嫌な予感がして眉根を寄せた。案の定、いくら目をつむって寝ようとしても眠れない。こんなことなら、あいつらの家から酒瓶の一本でもかっぱらってくるんだったと後悔した。
――あいつらの家。
結局聞きそびれて確証を得ないまま帰ってきてしまったが、は恐らくメローネのことが好きだ。それはギアッチョが前々から薄々気づいてはいたことだった。
の目にはいつも、メローネが映っていたから。
雨でも降らなければ彼女はギアッチョの車に乗りたがらなかったし、仕事の間なんかも披露頻度の少なそうなうんちくを得意げに話して知性をひけらかすメローネに羨望の眼差しを向けていた。食事の間もメローネににこにこ笑いかけて楽しそうにしていた。
だがギアッチョには、これだけは確かだと思えることが一つだけあった。それは長年彼と公私苦楽を共にして得た情報だ。それによると、絶対にメローネがの思いを受け入れることはない。
だから、余裕の心構えでいたのだ。がメローネのものになるわけがない。そんな確信があったから安心していられた。それは今でも変わらない。メローネはが自分のものだとうそぶいていたが、あれは絶対に嘘だ。少なくとも、一般的に男性が女性に向けて言う“オレのもの”とは質が全く違う。
だからただ単に、に嘘をつかれたことが辛かった。せめて、好きだなんて言わないでほしかった。喉から手が出るほどほしかった物が、完全に自分のものになったと思わせないでほしかった。そして手放すのが死ぬほどイヤだと、思わせないでほしかった。
諦められるわけがない。
キレやすく、すぐに手が出てしまう性格――治療しようにも時期を逸し、芯に根付いてしまったヒステリー――のギアッチョと普通に接することは、にとって難しいことではなかったのかもしれない。それでもは、ありのままの彼を恐れず、歯に衣着せぬ物言いで、時にたしなめ、時に冗談を言って笑わせ、いつも優しく接していた。そんな彼女にもう2度と会えないかもしれない。ギアッチョはそんな不安に押しつぶされそうになった。
今夜はいつも彼女の前で働かせていた自制心が利かなかった。髪を掴んで顔を上げさせて、乱暴してしまった。ただでさえメローネにオレの前で犯されて泣いて辛そうにしていたのに、助けてやれなかった。大丈夫だろうか。今頃メローネに乱暴されていないだろうか。また、いつも通りの彼女に会えるだろうか。
――ああ、でもきっともう、無理なんだろうな。
唯一の心が落ち着ける場所を失った気がした。胸が締め付けられて苦しかった。いつも頭に血が登って、自分が自分でないように感じるくらいの怒りに身を任せるのだが、今夜はそうならなかった。怒りよりも、絶望からくる悲しみが勝っていたからだ。
ったく、こんなもん、まだ出たのかよ……!
堰き止めていた涙が溢れてきた。泣くなんてみっともない、情けない。そう意識することすらなく、幼い頃に流し尽くしたと認識していた涙がぼろぼろと目尻から下に向って流れていく。手の甲を目元に当てて、ギアッチョはひとり、暗い室内でしばらくの間泣いていた。
やっぱりイヤだ。諦められる訳がない。オレには、が必要なんだ。はもちろん、このままあの3人でもうつるめないなんて。楽しかった、心地よかった日常が無くなってしまうなんて。
でも、じゃあどうすればいい?どうすれば、元に戻れるんだ。どうすれば――
答えを見出せないまま、ギアッチョは眠りに落ちた。そして夢を見た。まだ三人で笑いあっていた頃の幸せな日常風景。過去の記憶に基づいて作り上げられた空想世界だ。その世界で束の間の幸せに浸った後――翌朝九時頃――目が醒めて、ギアッチョはしばらくそのまま天井をぼうっと眺めた。そして夢か、と寂しげに呟いた。