チョコラータの住む屋敷の裏側には木が生い茂っていた。木々が根を張る丘陵の中腹、ちょうど二階にあるの部屋が見える位置の繁みの中に身を隠していたスクアーロとティッツァーノ。ふたりは今、楽し気に覗きに興じている。
中指を突き立てて不服の意を示した後すっかりふたりのことなど意識の外に追いやってしまったチョコラータは、帰ったはずの客人が外から自分と厄介な同居人の様子を覗き見ているなど考えもつかない。そしてその客人のうちの一人にスタンド能力を使われていて、結果思ってもいない言動を強いられているなどとパニックの最中に思い付くはずもなかった。
「普段は撹乱のために使う能力だが、こんな使い方もあるとはな。まるで恋のキューピッドだな、ティッツァ」
「私も驚いているんですよスクアーロ。なんだかいいことをしている様で不思議な気分だ」
ティッツァーノは去り際にチョコラータのコーヒーカップに自身のスタンド“トーキング・ヘッド”を仕込んでいた。魂が抜けた様に項垂れていたチョコラータはまるでスキだらけだったので、仕掛けるのは思いの外容易だった。しかも彼らが屋敷を出てすぐにチョコラータの舌にスタンドが張り付いた。さらに、まさか自分たちが家を出てすぐにボスが殺したがっているという女の元に行くとは思わなかったふたりは、仕事――と言うよりも、その延長の戯れに近かったが――が案外早く済みそうだと嬉々として裏山に向かったのだった。
「もしチョコラータが言っていたことが本当ならば、テープを回収しに来る都度こうやって悪戯……もとい、ふたりの仲を取り持ってあげるのもいいかもしれませんね。だって彼、絶対自分から女性に愛してるなんて言わないタイプですよ」
「確かにな。まあ中身が伴っているかどうかは別の話として、チョコラータがあの女を愛しているフリさえできればいいんだろ。あとはあの女が完全にあのゲス医者に落ちたタイミングで殺してやればいい」
「……ああ、でも……人の心って思い通りにはならないものですよね。特に女性は他人の表情や声音なんかの些細な変化によく気づきますから。恋愛慣れしてないサイコパスにはかなりハードルが高い仕事かもしれません。しかも三か月で結果を出せるかどうか……」
「だから言ったんだぜ。長引くかもなってさ」
もしもスクアーロの言うとおり、が死ぬまで彼女との奇妙な共同生活を強いられたなら、チョコラータはどうするだろうか。
ティッツァーノにはチョコラータの腹の内が見え透いていた。あの医者崩れのサイコパスはボスに恩義など少しも感じていない。忠誠心など皆無。ただ好きに殺しに興じられるので黙ってボスの言う事を聞いている。だが、今回の仕事に関しては既に我慢の限界を迎えているようにも見えた。
そんな彼を下手に刺激しては良くない。もしも遠くない未来に彼の堪忍袋の緒が切れたならば、腹を立てて謀反を企てたり、身をどこかにくらませたりするかもしれない。その際、・を人質に取られるとまずい。彼女を"管理"できない状態になることだけは何としても避けなければならない。そんな最悪の状況を招かないようにチョコラータを監視すること。それもスクアーロとティッツァーノに任された仕事だった。
詳しい事情についてはチョコラータに告げた通り知らなかった。ただ、ボスの弱みになるような何かをは握っている。だから彼女はこれまでどうやっても死なないが故に組織に管理されてきた。それは彼女が死ぬまで、これからも続けられなければならない。
「もしそうなるとしても、今チョコラータを下手に刺激するのは良くないですよ」
「それを言うなら、次はきっと気づかれるぜティッツァ。あいつは曲がりなりにも医者だったんだ。医者になれるだけの頭を持ってる」
「……それもそうですね。残念です。これが見納めなんて……えいッ!」
「おーおーお熱いこった。ディープキスまでさせられんのか?」
「トーキング・ヘッドは得意なんですよ。彼女きっと、とろけてもうその気になっちゃってるでしょうね」
「……スタンドってのは飼い主に似るんだな」
「さて、名残惜しくはありますが、気づかれる前に帰りましょう」
突如現れた恋のキューピッド。彼らはやや強引にチョコラータとを――無理やり物理的に――結びつけた後、幾分清々しい気持ちで帰っていった。次訪れた時にふたりの関係がどうなっているかと少しだけ楽しみに思いながら。
スクアーロとティッツァーノのふたりが乗ったポルシェは大きなエンジン音を立てて動き出す。車は広い庭を周ってゆっくりと方向転換をすると、さして慌てた様子もなく本道へ向かう小道へと消えていった。
"トーキング・ヘッド"の射程距離から屋敷が外れると同時に、チョコラータとの唇は離れた。余韻も何も無い荒々しさで勢い良くから離れたじろいだチョコラータは、袖で口元を拭った後はあはあと息を荒げて部屋の壁に頭を打ち付けた。
「先生、キスがすごく上手だわ。私こんなの初めて……」
顔を赤らめ目をとろんとさせたの声が背後から聞こえてくる。もう勘弁してくれ。柄にもなく誰ともなく許しを乞うたチョコラータは、喋る気力すら失くしていた。
拘束衣を纏った隔離病棟の精神病患者のように、チョコラータは壁に頭を打ち付けた。何度も何度も。このような自傷行為による怪我を防止するため、通常隔離病棟の個室は壁も床も柔らかい材質でできている。だがここは普通の家で壁は硬い。チョコラータの額にはのちのち青あざになりそうな内出血の痕ができていた。
突然部屋に来て何を言い出すかと思えば、家を出ていけというニュアンスを含ませ突き放し、かと思えばお前のことを気にせずにはいられない。などと言い出し、愛してはくれないのかと問いただせばそんなことは無いと言う。結婚する気もあると宣言したし、まるで誓いのキスのように荒々しく唇を奪っていった。チョコラータの舌はまるで生き物の様にの口内をまさぐり、彼女に性的な興奮すら植え付けた。
は完全にセックスを始めるムードが出来上がった物と思った。だが唐突に突き放され、愛を誓ったはずの男は今まさに精神病患者の様に壁に頭を打ち付けて一言も喋らない。拍子抜けだ。ディープキスで散々に気分を高めておいて、服を脱がすこともせずに離れて行くなんて。は少し冷めた気分になって、唇を突き出して残念そうに眉根を寄せた。
そうして冷静になった彼女は、チョコラータが普通ではないと思った。何度も言うようだが、チョコラータもも元々普通では無い。だが、通常運転のチョコラータを普通と定義すれば、今日の彼は確かに普通では無かった。言うことも態度もコロコロと変わってひどく落ち着きがない。
少し心配になったは、そっとチョコラータのそばに近寄って壁に当てられた彼の手の甲に触れた。
「先生、大丈夫?」
逆の事を言ってしまうなら、自分が思ってることとは逆の事を言えば、自分が思ってることが言えるんじゃないか?
額の痛みで何とか正気を取り戻したチョコラータは、また何か意思に反することを言ってしまうのではないかと一抹の不安を覚えながらおずおずと口を開いてみた。
ちなみに彼にもう喋って大丈夫だと言ってやれる人間はいない。
「さっきのは全部私がしたくてやったことだ」
ひどく自信なさげな、小さな声。それが自分の耳に届いた瞬間、チョコラータは目を大きく見開いた。
「え……ええ。私も、あなたとキスがしたかったわ。ところでチョコラータ、おでこが大変なことになってる」
そう言ってがチョコラータの額に触れようとした瞬間、彼はの細い手首を掴み彼女の体を翻すと、乱暴に肩を壁に押し付けた。
「直った!!!」
「え?」
「一時はずっとこのままだとどうしようかと絶望しかけたが、良かったぞ!」
精神病患者さながらに壁に頭を打ち付けていたかと思えば、一転してこのはしゃぎ様だ。には彼が何故はしゃいでいるのかも分からない。今日のチョコラータはひどく情緒不安定だ。だが、彼の元気な姿や彼の笑顔を久方ぶりに見ることができた。はそれが嬉しかった。もっとも、その笑顔は一般人が見れば恐らくぞっとする表情なのだが、にとっては喜ばしいものだった。
サイコパスの浮かべる笑顔。すなわち、殺しを前に興奮した歪んだ笑顔。それはをエクスタシーへと導く合図のようなものなのだ。
対するチョコラータは、自身の意思と発言が一致していると分かった瞬間に正気を取り戻した。よくよく考えると、先程の意図しない発言でが気を良くしたなら好都合だ。あの変な引力か磁力か何かが働いたかのように感じられたキスもまた然り。かなりプライドは傷ついたが、仕事だから仕方がないと思うことにした。とりあえず、何故あんなことが起こったのかと考えるのは後にとっておいて、さっそく仕事にとりかかろう。
「。今日お前を殺してやる。……気は進まんが、仕事だからな……」
チョコラータが部屋に入ってきた時と真逆の事を言い始めたこと、そして"仕事"というワードには頭の中で疑問符を浮かべた。きょとんとした顔で、やはり今日のチョコラータの言うことは理解できない。と思う。だが、あの快楽に浸らせてくれるならもう何でもいい。期待に満ちた薄い涙のヴェールを纏った瞳で目の前のサイコパスを見やる。
「お前にとってはセックスみたいなもんなんだ。ちょうど気分は高まってるだろうから文句無いだろう?どうやって殺してほしい?お前の言う通りにしてやる」
言っている内容にそぐわない笑顔を浮かべるチョコラータ。ちょうど、セッコに角砂糖を投げてやる前に見せるような笑顔だった。
「私、先生の好きにしてほしい。先生がいいと思う方法で私のことイかせてほしい」
もっと他の言い方は無いのか。チョコラータは性交渉を想起させるの発言に不快感を覚えた。
彼はサイコパスだがサイコパスである前に男だ。人間の三大欲求のうちの一つである性欲が、底知れない殺人衝動にとって変わっている訳ではない。なので彼にも当然性欲は湧いた。と出会う前の話だが、彼は気が向いた時に殺すために捕らえた女を犯して欲を満たすこともあった。犯すと言うよりも、完全に金持ちの医者とのデートだと勘違いしている女を、今生との別れが後に控えていると知らせる前に愛してやった。欲を吐き出しスッキリとした後、ピロートークの代わりに女に絶望を植え付け殺す。自分のセックスがすこぶる上手いと驕る訳では無いが、天国から一気に地獄に叩き落される女の姿を見るのは最高に気持ちが良かった。
という女が意味の分からない願望を押し付けて、期待に満ち溢れた目で見つめてこなければ――嫌だ、触るなと抵抗するなど、捕らえられて殺されそうになっている女性が普通であれば取るであろう態度を見せていれば――殺す前に性処理の道具として使ってやっていたかもしれない。彼女は、蹂躙し性欲に根差した嗜虐心や征服欲を満たすのに不足がある見た目をしている訳では無い。絹の様にしなやかで柔らかな肌。女性らしく丸みを帯びつつも、メリハリを持った魅力的な体型。陶器のように艶のある頬やぷっくりと膨らんだ唇。普通の男なら、この女の体にわき目も振らず指を這わせて食らいつくことだろう。ただは、チョコラータのありとあらゆる欲求を煽るどころか減退させるのが上手かった。
視覚情報で煽られた性欲を上回る違和感と不快感。
絶望しない人間など、最早人間ですらない。人間は死ぬからこそ希望と絶望の間で揺れ動き、そして最期を迎える前に死にたくないと足掻く。その運動の根源になっている物こそがまさに生命エネルギーだ。エネルギーを得た人間は黄金の様に輝いて見える。まるで星が流れて消滅するときの様に、凄まじいエネルギーを生み出して消えていく。それが美しい。チョコラータが求めているのはまさに、その始まりと終わりを結ぶ煌めきなのだ。
だが、死なないにはそれが無い。故に彼女は煌めかないし、美しくもなんとも無い。顔がどうの、スタイルがどうのという話ではなかった。チョコラータにとって彼女は最早死体と変わらなかった。防腐処理を施された肉人形とでも形容するとしっくりときた。殺してやると言って喜ぶの笑顔は眩しいと言うよりも、ヤク中がへらへら笑っているのと変わらない。料理をはじめとする家事全般をこなせなかったら家の庭に檻でも置いて放置するところだった。
彼女に煽られる感情と言えば、自分の思い通りにならないという歯痒さだけだ。別に彼は好きでをこの屋敷に囲っているわけではないし、好きにしたいなんて思ってもいない。何なら、気持ちよくしてやりたいなんて思って女を抱いたことも、無論殺したことなど一度たりとも無いのだ。全ては自身の欲求を満たすため。自分と気の合うセッコ以外の人間など、そのためだけに存在している。その欲求をひとつも満たせない女とはさっさとおさらばしてしまいたい。
「。私はお前が最高に感じられるように殺してやりたいんだ。だからまたどうすればいいか教えてくれないか」
思ってもないことを話すのは得意だった。にんまり笑うチョコラータ。さっさと死ね。そんな思いを抱きながら、この医者崩れのサイコパスは笑っていた。
「そうね……」
は顎に人差し指を当てて空を見つめた。んーっと唸って少し考えた後、彼女は妖艶な笑みを浮かべて言い放った。
「痛くしないで?今のところ思い付くのは、それだけ」
だが、もバカでは無い。確かに自身の欲求を前に猛進することはあった。その精神構造は薬物中毒者と何ら変わりは無いが、彼らと違って身体も脳も至って健康だ。人体に悪影響を及ぼす化学物質で脳細胞が破壊されているわけでも何でもない。したがって、目の前の男の取って貼りつけたような笑顔の裏に、早く死ねという気持ちが隠れている――最高に感じて欲しいと言っていることから、の穿りに穿った願望を正確に理解している彼が彼女と早く別れたがっている――ということを察知するだけの冷静さと洞察力は持ち合わせていた。
先程はどうしてディープキスなんてしてきたのか。キスのおかげで女の性を煽られ一時的に酷く興奮してしまったが、その熱が急速に冷めて行った後だから余計にチョコラータの思いが見え透いた。
彼女が放ったチョコラータのことが好きだという言葉は、自分の願望を叶えてくれる男性はこの人しかいないと思い込んでいるから、自分に言い聞かせるように放ったものだ。普通の恋愛で得られるようなときめきや安らぎ、信頼関係、その他もろもろの心温まる類のものはまだ何も生まれていない。の言葉は全て上っ面。ひとりでいることに慣れている彼女もまた、猫を被りそれとなく他人を遠ざける術には長けている。今回はそれと逆のことをすればいいだけ。猫を被ってすり寄って愛を勝ち取り、至上の快楽を与えられたい。可能性にかけてふたりの間に愛を見出そうと懸命になっているだけだった。
愛されるだけでなく、自分からも愛して初めて気持ちよくなれる。そんな美学があるので、自分もチョコラータを愛さなければならない。だが、現状ではとてもこのチョコラータという男と本気の恋に落ちられる気はしなかった。だからは長期戦を覚悟していた。まさか、三か月などという酷く短い限られた期間で、ふたりの間に真実の愛など生まれるはずも無いのだ。
だが彼女は三か月という期限を知らない。未だに何故自分がチョコラータに囲われているのかすら分からない。チョコラータがパッショーネに管理される危険人物だということも、自分もまたそうであることも知らない。そしてパッショーネという組織の存在すら、今の彼女は遠い過去に置き忘れたままでいる。
今のは、至上の快感を得て死ぬためだけに、ただそれだけの為に生きていた。きっと長引くだろうと思っていたから、チョコラータとはずっと一緒にいられるだろうと思っていたから、彼女は急ぎも焦りもしなかった。
『〇〇年一月十五日午後八時四八分、これからに投薬する。まず睡眠薬で眠らせ、後に筋肉への神経伝達を遮断するこの薬を注射して心肺機能を停止させる。今回検証するのは、彼女のスタンド能力の発動条件が何か、ということだ。眠っている、つまり精神エネルギーが働かない状態で殺した場合、スタンド能力は発現するのかどうかを――』
はセッコが掲げるビデオカメラに向かって喋るチョコラータの後姿を寝台に腰掛けて黙って眺めていた。これから殺されると言うのに、拘束も何もされない状態でニコニコと笑顔を浮かべている。医学的見地に立って彼女を“永遠に”殺そうとぺちゃくちゃと喋っている彼が微笑ましかった。
そんなに私のこと殺したいのね、先生。ああ……そんなに必死になられたら、私あなたのこともっと煩わせたくなっちゃう。
答えは最初に伝えているし、変わらない。至ってシンプルだ。彼女が満足すれば自ら死ぬ。今生に未練が無ければ彼女は自ら死を選ぶのだ。医学的にどう検証を重ねようとも、その事実は変わらない。もちろん、彼女自身が知り得ない何かしらの条件はあるかもしれないが、には死なない自信があった。そもそも、スタンド能力という人智を超えた超常現象に、真っ向から理詰めで挑もうというのがナンセンスなのだ。彼女が抱く自信こそ、強いスタンドのパワーの源、精神エネルギーに他ならない。
だからチョコラータはそうやって、ずっと、どうやったら死んでくれるだろうかと悩んで、頭の中を私のことでいっぱいにして、何度も何度も私を絶頂に追いやってくれればいい――。
チョコラータがを殺すのは大抵が夜だった。まるで男女が肉欲を交わすために寝室のベッドに潜りこむように、例の地下室へと降りて行った。その傍らでは仕事にも出ていた。最初は渋っていたように見えたチョコラータだったが、スクアーロとティッツァーノという客人が訪れた後、すんなりとあのメルセデス・ベンツのクーペで出勤することを許可された。そして頻繁に男に殺されるという悍ましい日常にどっぷりと浸かりながら、そんなことはおくびにも出さず笑顔で店長に朝の挨拶をし、同僚と仕事をして、またチョコラータの屋敷へと戻って一通りの家事をこなすと、ご褒美と言わんばかりに殺される。
――毒殺、刺殺、凍死、感電死、腐敗、エトセトラ。
これまで短期間に頻繁に死ぬことは無かった。たまに湯を張ったバスタブで手首を深く切ってみたりしたことはあったが、あれは酷く気分が悪くなるので好きでは無かった。何より手首がひりひりと痛いし、血が抜け出る感覚が長く続くし悪寒や吐き気もして気分は最悪だ。死ぬ瞬間の快感は素晴らしかったが、死ぬまでの精神的苦痛が長く続くのは良くなかった。だから彼女は自殺は控えていた。チョコラータに出会う前まで、年に一度か二度自殺する程度に留めていたのだ。
そんなは最初こそ、あの快感はたまに得られるから良かったのかもしれないと頭の片隅で思ったが、身体は次第に慣れていった。そのうち脳もぐずぐずに蕩けたように感じるようになってきた。これまで自分はヤク中なんかではないと思っていたも、流石にヤク中と同じかもしれないと思うようになった。だが巷のヤク中のように非合法なことをしているわけでも、体に何か悪影響があるわけでも何でもない。医者のチョコラータが言うから確かだ。の体は脳も含めて健康そのものだった。だから歯止めなど効かなかった。
は自身が掲げていた人生の最終目標すら忘れかけて、チョコラータとの甘美な夜を楽しむようになっていた。それでも仕事には行きたいと思うし、食事も用意して食べたいと思う。風呂にも入りたいし、おしゃれも楽しみたい。そんな風に思うあたりが、やはり重度の薬物中毒者と一線を画すところである。倒錯的な夜の戯れを除けば、彼女のライフスタイルはいたって普通に見えた。