深夜の病室で尋問が行われていた。例の事故が起きてすぐの深夜のことだ。
メローネが目前に据えているのは、を轢き殺した男だ。浅黒いアザだらけの顔、頭を覆う包帯、腕からは点滴のチューブが伸びている。ひどく痛ましい格好だが、そんなことはメローネには関係なかった。この男よりも遥かに痛ましい姿で、は死んだままなのだ。
メローネが男に自白を迫り、その様子をリゾットが見守っている。メローネひとりに任せていては、怒りに任せて無用な殺しをやりかねないと危惧しての付き添いだった。リゾット自身も、愛する者を車に轢かれて亡くすのはもう三度目になるので、当然に怒りややるせなさを感じてはいたが、かろうじて平静を保つことができていた。――この男には少なくとも、酒に酔って無謀な運転をしていたとか、明らかな過失がある訳ではなさそうだ。
トラックの運転手は何も覚えていなかった。喋ったら殺されるので、口が裂けても、誰に金で買われたかは言えない、という事情は残念ながら汲めなかった。本当に全くそのことについての記憶が無いので何も喋りようがない、と言った風で、全く手応えのない尋問だ。男曰く、トラックに乗って街を離れてすぐ後からの記憶がすっぽり抜けているらしい。てんかんなどの既往症があるわけでも、何か眠気を促すような副作用を持つ薬を常用しているとかそんなことも全く無いと。そもそも、そんなことだとトラックの運転手など務まるはずもない。
この男が言うことに嘘偽りがないならば最もな話だとリゾットは思った。そしてよく考えてみれば、自分が死ぬかもしれないという危険を犯してまで、なんの恨みも無い赤の他人を殺したりするはずがない。明日ギャングが家に借金の取り立てに来て、最悪殺されかねないなどという逼迫した状況で、その借金を帳消しにできるような金を積まれたならば話は別かもしれないが、今ふたりが前にしている五十代後半の男は組織のブラック・リストには名を連ねていなかった。世間一般的に、善良と呼ばれて然るべき風采だ。もちろん、善良な一般市民を装ったギャングなどこの街にはいくらでもいるので断言はできないが、リゾットの直感はこの男の言うことに嘘は無いと言っていた。
「殺すか?」
何の成果も上げられなかった尋問の終盤、恨めしそうにメローネが言った。次に男が悲鳴を上げる。
「頼む、やめてくれ。オレには養わなきゃならない妻も息子もいるんだ。本当に、本当にオレは何も知らないッ!!誰かを殺した訳では無いだろう。なのにどうしてオレが殺されなくちゃならないんだ。店に突っ込んで窓ガラスを割り散らかし、車を一台パーにしたのは悪いと思っているさ。……いや、正直自分がそれをやったってことすら、まだ信じられていないんだ。でもだからって、何も命まで取ることはないだろう!? そもそも、あんたら一体何者なんだッ!?」
誰かを殺した訳では無い、という言葉を受け、メローネは目を剥いた。懐から得物を取り出そうとする手の手首をリゾットが押さえ付ける。
「落ち着け。この男は恐らく無実だ。……それに、何もおかしなことは言っていない」
救急隊員が駆けつけた時、すでにの亡骸はギアッチョとペッシのふたりに回収されていたので、現場にいたのはこの男と店のメカニック、そして野次馬たちだけだった。気を失っていたどころか、事故の一部始終の記憶が完全に吹っ飛んでいるこの男が、を轢き殺したことなど知るはずが無い。
リゾットの制止を受け、メローネはひどく不服そう自分の手首を掴む手を払い除け、リゾットとトラックの運転手に背を向け、出口に向かって歩き出した。リゾットはメローネの背中を見送ると、ベッドに背をもたれる男を見やって言った。
「脅かして済まなかったな」
「あ、あんたら、カタギじゃあないな? ああ、オレは何か、とんでもないことをやらかしてしまったんじゃ。……ギャングの店にでも突っ込んじまったってのか……?」
「今日のことは忘れてくれ」
「命を取られないってんなら、何だって忘れてやるさ。……とっとと出て行ってくれ」
言われるがまま、リゾットは男に背を向け、メローネの後を追った。
リゾットがメローネと共にアジトへ戻ったとき、はまだ目覚めていなかった。その他の皆は寝ていてもおかしくない時間だったが、事故現場に――犯人は現場に戻ってくる、というセオリーを信じる刑事のように――張り付いているイルーゾォを除く皆が、まるで葬式のような暗い面持ちでリビングに居座っている。皆、何か新しい情報が得られると期待して待っていたらしい。
「何か分かったか」
プロシュートが、リゾットの姿を見るなり間髪を入れずに聞いた。リゾットは首を横に振って言った。
「少なくとも、男にを殺すという意志は無かったな。……軽く脅かしてやったが、何も出てこなかった」
「金を掴まされてやったってワケじゃあねーってことか」
「それじゃあ、やはり――」
敵は間違いなく、スタンド使いだ。
この時、皆がそう確信していた。あれが完全に事故では無いのなら。能力も能力者の人物像も何もかもが未知だ。だが、前回が死んだときから今日までに集まった情報から、大方のあたりを付けるのは不可能なことではない。――見当が外れていれば時間の無駄遣いになりかねず、その上勇み足に下手を打てば命の危険に繋がりかねないが。
「はよォ……」
ギアッチョが言った。
「いつも帰りに窓際でコーヒーを飲むんだ。あのクソトラック運転手なら、それを知っていてもおかしくはねぇ。いつも大抵同じ日間隔で同じ時間に同じ配送ルートを走っているんだからなァ」
それにしたって、幹線道路を走る車の速度は時速七十キロメートル近くあるので、かなり注意深く店の中を見ようと思って見なければ、女が大抵店の窓際に座ってコーヒーを飲んでいる、などと気付きもしないだろう。
「だが、そいつが何も知らねーってんなら、他にの習慣を知っているヤツがいるってことだ。そしては轢かれる直前、コーヒーを飲んでいた。その後気を失ったんだ。……薬か何か盛られたんだッ。簡単なことだぜ。同僚だァ!!そいつが、を殺したがってるヤツだ!!そうに違いねーぜッ!!」
「とすると、メカニックか、受付の女か、店主か……。その内の誰かがスタンド使いで、恐らく、他人を意のままに操ることができるような能力を持っていると言うことになるのか」
プロシュートの言葉に、ペッシが反応する。
「いいや、兄貴。昨日、店主は店に来てなかった。……コーヒーに毒を入れたんなら、敵は店主じゃあないですぜ」
「なら、メカニックの内の誰かか、最近営業の男と入れ替わりで入ってきた女が、を殺したがってるってワケか」
最近、営業の男と入れ替わりで入ってきた女。その女と、その女の家で夕食を共にするはずだった日に、は例の殺人鬼に連れ攫われた。
「女の方だ」
メローネが言った。
「あの女なら、を殺人鬼に襲わせる手筈を整えることができたはずだ」
「そして同じ日に、ペッシが襲われた。どっちも、女の能力か……?」
人間かそうでないかを問わず、対象が生物であれば意のままに操ることができる。それが、女が持つスタンド能力ならば敵は一人のはず。だが、ペッシには何か釈然としなかった。
ペッシは被害に遭った時のことを思い出していた。敵のスタンド能力は、洗脳と司令とその他に、カウンターという要素――ペッシのビーチ・ボーイと同じように、糸に攻撃をするとその衝撃が攻撃を繰り出したものに返ってくるという能力特性――を持っていた。もしもあの女が自分を攻撃してきていたのなら、あの女の能力はあまりにも高機能であるように感じた。自分が操る人間などの動物が攻撃を受けたら数倍の威力でカウンターを食らわせる、なんてことは能力者が近くにいなければ不可能なはずだ。
そして、なんの根拠も無いが、彼は直感で、自分に攻撃を仕掛けてきたのはあの女では無いと感じていた。それは、ここ最近カレンという女の動向を近くで目で追って気配を感じてきたからなのかもしれない。微かだが、ネズミの襲撃を受けていた時に感じていた雰囲気とは質が違うような気がする。
「おいペッシ。何か言いてぇことがあるなら言え。おまえの直感には、一目置いているんだぜ。オレはよォ」
プロシュートが言った。ペッシは控えめにうんと頷くと、おずおずと話し始めた。
「オレを襲ったのは、あの女じゃあない。……そんな気がする」
「なら、女の他にもスタンド使いがいて、を殺そうとつけ狙っていたかもしれねーってことか。オンナ以外にもスタンド使いはいるかもしれねぇワケだから、迂闊にオンナに近付くのは得策じゃあねーな」
メローネが不服そうに舌を打った。ひどく取り乱し、落ち着きが無い彼の様子に皆が驚いた。
「それにしてもよォ、その女もスタンド使いで、他人を自分の言いなりにできるってんなら……なんでコーヒーに毒を入れるとか、そんな回りくどいことやんなきゃなんねーんだ? 死ねと命令すれば自殺させることができるんじゃねーのか」
ホルマジオが眉間に皺を寄せながら疑問を呈すると、プロシュートが答えた。
「自分がを殺そうとしていると知られたくないんじゃあねーか。一般人にスタンド能力を使っての殺しについて謎を解くなんて不可能だから、オレたちはそこまで意識しちゃあいねーが、あの女は意識している。それは、あの女にとっての敵が――オレたちがスタンド使いだと知っているからだ。だから、なるべく悟られないように、遠回しにを他人に殺させようとしているんだ。むしろ、スタンド能力など何も関係無い、全て事故だと思わせるためにな」
発生確率がひどく低いと思われるような偶然に同じような偶然が短期間のうちに重なれば、それは偶然ではなく必然で、何か裏があると――ひとりの人間の意志が働いていると考えるのは不思議なことではない。だからこそ、今暗殺者チームの皆は、の死にまつわるここ最近で起きた一連の事件の犯人――つまり彼らの敵が、新手のスタンド使いであると勘繰っているのだ。
「だが、オレたちがスタンド使いだとわかったのは、ペッシを襲撃した時が初めてのはずだろ。なら、殺人鬼なんかに殺らせるんじゃなく、あの時一回ポッキリで確実にを殺せば良かったよな。スタンド能力が――敵を洗脳できるって便利な能力があるのに、何でそれを使わなかった? 何か、やろうとしてることがチグハグじゃあねーか」
「そんなことはどうだっていい」
メローネが声を荒らげた。
「あの女が何者かとか、何でを殺そうとしているのかとか、そんなことはどうだっていいんだ。もう二度とに手出し出来ないように、オレがこの手で――」
「おい、メローネ。少し冷静になれ。らしくないぞ」
リゾットが言った。
「敵を知るのは重要なことだ。敵が誰であろうと、向かってくるヤツは片っ端から殺す、なんていう戦い方はオレたちのやり方じゃあない。相手が能力も何も持たない一般人ならともかく、敵は確実にスタンド使いだ。実際、ペッシは敵に襲われて重症を負った。ペッシの代わりにおまえがあそこにいたとしても、同じ結果だったろう。いや、もしそうなっていたらあの時、の追跡すら出来ずに彼女を見失っていただろうから、今より状況はもっと悪くなっていたはずだ。……違うか」
メローネは苦悶の表情を下げ、クソッと吐き捨てた。反駁の余地は無いと、彼も重々承知しているようだ。
「ペッシがああなったのは、敵の存在をオレたちが認知していなかったからだ。同じ状態で同じことをやれば、同じ結果になるのは言わずと知れたこと。……次は無い。確実に、敵を捕らえるんだ。が生き返った後、何も無かった風に店に戻らせる。そうすれば、女は躍起になって再度、を殺しにかかるはずだ。そこを叩く。を殺される前にだ」
次は絶対に、を死なせたりしない。リゾットはそう、自分自身に誓った。
「そんなこと……が次に生き返ればの話だ」
リゾットの言うことは希望的観測でしかないと、メローネは吐き捨てるように言った。しかし。リゾットは意に介さなかった。
「生き返る。は、戻ってくる。必ずな」
リゾットが何の迷いも無く吐き出した言葉が、皆の底深く沈んだ心に一筋の希望の光となって届く。メローネはこの時初めて、顔を上げ、前を見据えることができたのだった。
82:Enemies
自分を殺しに来るのは、何もの取り巻き連中だけじゃない。
カレンの予想は的中した。今まさにこの時、彼女は男の怒気にさらされ、命は生死の堺を彷徨っていた。
「一時前まで、まさかオレがこんなことをするなんて思いもしなかったぜ。カレン」
カレンは声にならない声を絞りだそうと、細い首に食い込む手をどかそうと懸命になったが、男の手はピクリとも動かない。
「もっと正確に言おうか。……おまえがインヴィートを裏切るなんて、思いもしなかった、となァ」
躊躇無く、男の手のひらは頚椎へと近づいていく。気道はほとんど潰されているから、酸素の供給はなくなり、ろくに機能しなくなり始めた脳が、手や腕の筋肉を制御できなくなってくる。
カレンはあと数秒で死に至る。その時になってやっと、レヴはカレンの首から手を離した。途端、カレンは大きく空気を吸い込んだあと咳き込んだ。ぜぇぜえと肩で息をする彼女を冷やかに見下ろしながら、レヴは言う。
「なあカレン。なんでトラックが店に突っ込んだ? いい加減、正直に言ったらどうなんだ」
カレンはベッドの上で半身を起こし、自分の喉を押さえながら恨めしそうにレヴを睨み付けた。愛するインヴィートに遠征のパートナーとしてあてがわれた仲間に、たった今殺されかけていたのだ。予想していたこととは言え、恨まずにはいられなかった。それにしても、勘付かれるのが早かった。今回のことでパッショーネの連中に狙われることになると覚悟はしていたカレンだったが、まさかレヴにまでその日のうちにバレるとまで予想していなかった。
レヴは、が例の連続殺人犯に攫われたことを知らないはずだからだ。そして彼は、この国へ来てから――というよりも、帰ってからというもの、もっぱら敵情視察に熱を入れていて、を捕獲することについてはカレンに任せきりだったのだ。
私に任せきりで好き勝手をやっていたのだから文句を言われる筋合いは無い、とカレンは思った。
「明日をおびき寄せて攫っちまおうって段取りつけたその直後だぜ。おかしいだろ。突拍子もない偶然が二回も続くと不自然だ」
カレンはふんと鼻を鳴らす。
「それをどうして、私のせいだと決めつけるの? 大してこっちに注力しなかったあんたがさ。……あの女の命を狙っている人間がいるとか、本当にただの偶然ってだけじゃないの」
尚も反抗的なカレンの視線に耐えかねて、レヴはベッドの上に伸びる彼女の細く長い足の真ん中を、底の硬い革靴を履いたままの足で踏みつけた。スプリングがゆるいベッドの上、支えるものなど殆ど無い関節は、通常とは逆の方に折り曲がろうと軋みを上げ始める。
「何すんの!! やめ、なさいよっ!! っ、あ……ああっ」
「そうだよな。おまえはつい最近まで、確かにインヴィートのオンナだった。オレにだってそう見えていたさ。だから、おまえにこんな酷いことをする未来なんかこれっぽっちも見えなかったと言ったんだ。インヴィートが大事に思うオンナのことは、オレにだって大事なんだからな。守ってやんなきゃならねーんだ。それを、おまえは……!!」
「クソ、その汚い足を、下ろせって言ってんのよ!!」
「おまえがやったんだろ!? 白状するのが先だぜ!! おまえにならできるよなァ!」
軋みを上げる骨へ全体重を乗せようと、レヴが床に付いた方の足でつま先立ちになった瞬間、カレンはとうとう音を上げた。
「私よ!! 私がやったわ!!」
罪を白状したのだ。だが、彼女は元々こうするつもりでいた。が死んだのなら、もう何も思い残すことは無いのだ。……いや、思い残すことはあるけれども、その思いや記憶が恨みや憎しみとなってこの先インヴィートを苛むのなら、それで良かった。
完全に自棄を起こしている。そんなことは、とうの昔からしっかり自覚していた。
「トラックを、あの店に突っ込ませたのは私よっ……!でも、あの女が確かに死んだと、まだ確認できたワケじゃないっ」
「殺意は確実にあったと認めるワケだ」
「……そうよ! 私は、・を殺すつもりでここに来た」
レヴは鼻を鳴らすと、カレンの脚の真ん中に据えた自分の足を床の上に下ろす。
「ひとつ言えることがあるとすれば……おまえを信頼してここに向かわせたインヴィートの采配ミスだったってこったな。だが、あいつがそうしなくたって、おまえはひとりでここまでやってきて、を殺そうとしただろうな。……違うか?」
カレンはただ、レヴを睨み付けたままじっとしていた。否定も肯定もしなかったが、彼女からは明らかな殺意が感じ取られた。
「アイツの夢は、オレの夢なんだ……カレン。インヴィートがやると決めたことは、何が何でもやり通す。それをおまえは邪魔した。……が本当に死んだなら、アイツの夢が、アイツの過去がすべて消えちまう。アイツは深い深い闇の奥底に向って消えたものを探しに行って、そこに囚われたままになるんだ。おまえはそれを始めたんだぜッ」
「知ったことじゃないわ。もううんざりなのよ! あんたたちの過去なんか、私達ファミリーにはなんの関係も無い!」
レヴは苦悶に満ちた表情を浮かべる。
「ああ。おまえには関係無いだろうな。オレだって、こんな国は嫌いだ。いい思い出なんか、これっぽっちも――いや、あるにはある。だが、たった一つの残酷な過去が、いい思い出も何もかも全て吹き飛ばしちまったんだ。できることなら忘れてしまいたいぜ」
レヴは震える手のひらをじっと見つめ、震えを抑えるためにぎゅっと握りしめた。
「インヴィートも同じだ。アイツも、オレと同じで過去に……この国での記憶に縛られてる。アイツの過去に決着を付け、過去から開放させてやるために……あの女は……は必要だったんだ。それを知りたくもないと突っぱねたおまえは、あろうことか、を殺した! アイツを開放させるための唯一の手段を奪った! アイツを裏切ったんだ! それがオレには許せねぇ!!」
「別に、あんたに許されたいなんて思っちゃいないわよ!!」
カレンは涙を流しながら続けた。
「あの女は、私からすべてを奪ったの。だから、あの女から私がすべてを奪ってやるの。……そして、私が裏切ったんじゃあないわ。インヴィートが先に、私を裏切ったのよ。彼はその報いを受ける。それだけよ」
「まるで、自分に否は全く無いって言いたげだな? 誰がオレたちをバラバラにしたと思ってる。そしておまえはどこに辿り着けると思った? ……おまえが望むものなんか、何も手に入りはしない。オレやインヴィートの敵意以外にはな。だからおまえは、早く逃げた方がいい」
レヴはドアノブに手を掛けると、憂いすら見て取れる悲壮な表情をカレンへ向け、吐き捨てるように言った。
「だが、逃げ果せやしねぇ。……パンテラはどこまでもおまえを追いかける。……おまえを殺すためにな」
「彼に殺されるなら、願ったり叶ったりよ」
レヴは眉根を寄せて顔を二往復ほど横に振った後、カレンの仮住まいを後にした。
カレンは止めることのできないことを始めてしまった。レヴはそう思った。
憎しみの連鎖。それはどこまでも派生して、延々と続いていく。心の広い誰かが何処かで辛抱して、自身の中で際限なく沸き起こる敵意を鎮め続けない限り、止むことのない反応だ。
だが、それは昔から始まっていたことだった。根源はカレンではない。彼女の憎しみもまた、反応のひとつでしかないのだ。過去から連鎖し続けた結果のひとつでしかなく、自身もまたその反応を形作るひとつの因子でしかないのだと、レヴは後に知ることになる。