暗殺嬢は轢死したい。

 は、いやに静まり返ったリビングへ足を踏み入れた。途端、まるで死人でも見るかのような目が一挙に集中し、彼女は居心地の悪さを覚える。それであって、いつもの定位置に座るように促されているような気もしたので、おずおずと、リゾットの向かいにある一人がけ用のソファに腰掛けた。

 同席していないのはペッシだけだ。そう気づくなり、身体的な落ち着きは取り戻したものの、精神的に安定するのはまだ先のことになりそうだとは思った。

 まず知っておくべきは、彼に何があったのかということ。つぎに、自分の身に何が起きたのか――あの男は何者だったのか――ということ。けれど口を開こうとしても、うまく言葉は出てこなかった。

 恐らく疑われている。自分がペッシを誰かに攻撃させたのだと、そう疑われている。ずきりと胸が痛んだ。喉が縮み上がり、ますます声を出せなくなる。



 さして咎めるような口ぶりでもなく、リゾットが名を呼んでくれた。だから一瞬安心したのだが、その優しさに甘えてはならないと、は身を引き締める。

「おまえが生き返ってくれてよかった」

 本心だろうか。ここのところ、仲間を危険にさらし通しの私の帰還を、本当に心から良かったと思っているんだろうか。――私がリゾットの立場なら、そうは思えない。

 ひとまず、自分のことはいい。どう思われようとかまわない。そう自分に嘘をついて、は言った。

「ペッシは……?」
「今は自室で休んでいる」
「生きているのよね?」
「ああ。ネズミに噛まれて、熱病におかされてはいるが……まあ、死にはしないだろう」
「……苦しんでいない? 私のせいで、私のせいで彼は……」
「そのことなんだが」

 リゾットはやや躊躇いがちに言葉を切って、じっと手元を見つめたあと、続けた。

「ペッシを襲った人間に、心当たりは無いか。いや……ペッシを実際に襲ったのは、数えきれないくらいのドブネズミらしいんだが……ネズミを……或いはその他生物の類を意のままに操ることができる、そんな能力者を知らないか」

 は自分が知っている限りで、所謂“スタンド能力を持つ者”を思い浮かべてみる。チョコラータ、セッコ、インヴィート――そんなに昔ではないはずなのに、出会ってから随分と時間が経ったように感じる人々だ――、そして暗殺者チームの皆。それだけだ。

 はもともと、外界に広い交友関係など持っていなかった。孤独に押しつぶされそうになりながら、仕事だけで社会との接点を持ってなんとか生きてきた中で、広い交友関係など持ち得なかった。そんな話をして情に訴えかけたところで、真実だと信じてもらえるはずもない。もっと言えば、自分ですらそれが真実だと断言出来ないということが、最近になって判明した。そんな自分に弁明の余地などあるはずもないと、は思った。

 とにかく、聞かれたことに嘘偽りなく答える。それ以外のことを考えるべきではない。

「……クロヒョウを操る人なら知ってる。けど、あのクロヒョウは……自然界に生きている動物のようには見えなかった。あれは、恐らく……彼が作り上げた実在しない、架空の動物……動物の形をしたスタンドだわ。ペッシを襲ったのが実物のネズミじゃないなら……その人ではないと言えないかもしれない。けど、その人はアメリカに住んでいて、イタリアに来たら殺すってメローネが脅しているから……その脅しが効いているなら、こっちには来ないはずよ。……他には知らないわ。……私にスタンド使いのお友達がたくさんできたのって、ここに来てからなのよ。パッショーネに入るまで、自分がスタンド能力って呼ばれるものを持っているという認識すらなかったわ」
「そうか。分かった。……ならもうひとつ、聞かせてくれるか」

 リゾットはまた躊躇いを見せた。前に言葉を切ったときよりも、間が長くなった。きっとこれからが本題なのだと予見させるような間に、は押し潰されそうになる。

「おまえが……いや、おまえの中のもう一人のおまえが、意図的に誰かにペッシを襲わせ、逃亡を企てた可能性はあるか?」
「無いとは言えない」

 即答したの言葉に、皆が緊張した。それが彼女には良くわかった。残念ながら、これが事実だ。真実を語ると決めたに、迷いは無かった。真実を語らずに、またもチームの皆の命を危険にさらすよりもいい。これを機に、一日中身を拘束され、監禁されることになっても仕方がない。それが彼らの意志ならば、私はそれに従うしかない。

 は、自分がチームの悩みのタネであることを自覚していた。けれどそもそも“捕虜”と言っても差し支えのない現状に鑑みれば、暗殺者チームに、ひいてはパッショーネに「迷惑をかけている」などと彼女が負い目を感じるのはおかしな話だ。これはチームにが入ったときから、彼女以外の皆が疑問に思っていたことであるし、ただ器量が良く美しく優しいだけの女を、ボスがチームに預けるはずが無いというのは重々承知していた。

 は自分がパッショーネという組織に何を奪われてきたかは知っているが、そのことに対しての怒りや恨みという感情が欠落している。――否、それは欠落しているのではなく、恐らく、もう一人の自分が記憶もろとも抱え込んでいるのだと最近になって気付き始めた。だが、だからといって、孤独の二文字を頭から消し去ってくれたチームの皆に対する親愛を捨て去り、再び孤独という檻に自らを閉じ込めることなど絶対に望めない。

 だから彼女は、もう一人の自分とチームとの間の板挟みに合って、苦悶する道を選んだのだ。けれど、それは想像以上に難しいことらしい。何の犠牲も払わずにはいられないようだ。

 それに、チームに監視のみならず監禁されることをもう一人の自分が望むはずもないが、現状、そうするしか他に手立てが無いように思える。それとは別に何か、危機が差し迫ってきているような予感もする。ペッシが何者か――本当に、心当たりがない。一体誰がペッシを……?――に襲われたのは、そのほんの序章に過ぎないのではないだろうか。どうすればいい? これから何が起きようとしているのだろう。そんな恐怖心に囚われてしまう。

 ――お前はすべてを失うことになる。

 血溜まりに浮かぶ呪いのメッセージが、脳裏を過る。



 プロシュートが言った。ははっとして顔を上げ、チームの皆の顔を見渡した。彼らの表情は、彼女を責め立てるようなものではなかった。

「安心して、話を続けろ。……誰もおまえを責めちゃいない」

 プロシュートは、イビサの海からを引き上げ救った時と同じ表情をしていた。愛する弟分を傷付けられて、一番悔しいのは彼のはずなのに。

 けれど彼は一切、を責めてはいなかった。がペッシにそんなことをするはずがないと、一番に信じていたのはプロシュートだった。彼は他の誰よりも、ペッシづてにの優しさについて聞いていて、知っていたのだ。

 プロシュートの眼差しに、は胸を締め付けられる。涙を零しそうになるのを必死に堪えて、彼女は続けた。

「もう一人の私が、そうした可能性は……無いとは言えないわ。けれど、イビサから帰ってからは……彼女と意識が入れ代わった覚えはない。ただし、寝ているときのことは分からない。……こんな答えしか、今の私にはできない」
「なあ、リゾット」

 メローネが口を挟む。

「仮に彼女が逃亡を企てたとして、その助っ人に例の連続殺人犯を選ぶ訳が無い。逃げようと企てる人間がわざわざ殺されるかもしれないリスクなんか負うはずがないからな」

 連続殺人犯。は我が耳を疑った。今巷を騒がせている連続殺人犯といえば、娼婦を十人近く短期間で殺した、通称“シェイプ・シフター”しかいない。娼婦――他の子たち……。あの男の口から飛び出してきた、理解できなかった言葉の数々の意味を、は今になって理解することができた。すべて、自分を娼婦と勘違いしていたと仮定すれば。けれど何故、娼婦との待ち合わせ場所が完全に一致して、その上、犯人は私の名前を知っていたのだろう。

 話はを一人置いて進んでいく。
 
「ああ。それはそうだろうな。だが、アイツがを連れ去ったのは、ペッシを攻撃した人物――つまりは、に協力する誰かが予想だにしなかったアクシデントだった。……そういう可能性は無いとは言えないだろう」
「アクシデントか……。にしては、あまりにも出来すぎていると思わないか」

 確かにそうだ。たまたまあの男と約束をしていた娼婦と名前が同じで、たまたま顔が瓜二つで、たまたま待ち合わせ場所と時間が同じだったなんて……そんな偶然があるはずはない。

 リゾットが付言する。

「あいつは――シェイプ・シフターは、のことはダークウェブで知ったと言った。つまり、ダークウェブにの情報を載せたヤツがいるということだ」
をあのターゲットに殺させようとしたってことか? つまり、の命を狙う人間の仕業だったってワケだ。……とすると、組織の上層部の人間以外に、誰がの死を望むって言うんだ?」

 と、イルーゾォ。リゾットは彼の鋭い洞察に身をこわばらせた。確かに、ボスを含む組織の上層部は、の永遠なる死を望んでいる。その上層部――つまりボスに、リゾットだけがを暗殺する命を無期限で受けている。彼はそのことを何故、イルーゾォを含む周りの皆に言ってはならないのかが、何となく分かりはじめていた。

 の中に隠れるもう一人のに、殺意を悟られぬように、だろう。もしも悟られれば、の第二人格が表に出てくるのはもう少し前だったかもしれない。つまり、例の死神を飼い馴らすことが出来ず、最悪――もちろん、これはメローネやプロシュートから聞いたメガデスの見た目からの想像でしかないが――皆が死に、チームは早々に壊滅していたかもしれない。

 だから、イルーゾォの言うことに間違いはないのだが、これ以上進めさせてはならない。せめて喋るのは、やギアッチョがこの場にいないときがいい。

 リゾットが口を開こうとした途端、メローネが言った。

「いや……。をあのクソにも劣る汚らわしいレイプ殺人狂に襲わせたのは組織の人間じゃない。組織はが何度殺しても何度も生き返ることを知っているはずだからな。そんなことをしても意味は無いと知っているはずなんだ」

 だから、をこのチームに置いて、オレたちに監視をさせている。メガデスという悪魔――恐らく、最恐の殺人兵器――を、彼女の怒りを――ギアッチョにそうしていたように――誰かの鎖で縛り上げ、組織に牙を剥かないように飼い馴らしながら。現状、そうするしか無いと組織は諦めている。そんな組織が寝た子を起こすような真似をするはずがない。メローネはそう確信していた。

 ともすれば、を襲わせたのは一体何者だ? インヴィートについてはがさっき説明した通りで、本人は恐らくイタリアには来ないはずだ。何としてもをパッショーネから取り返そうと考えるにしても、本人ではなく、他に人間を寄越すだろう。だがを殺す、危険にさらすというのは、ヤツの意志に反するはず。

 に死んでほしいと願いながら、彼女が不死身であると知らない人間とは?

 メローネには想像もつかなかった。考えれば考えるだけ、謎は深まっていく。やはり当面の間は、と四六時中生活を共にしながら、彼女に害を成す者を片っ端から叩く他にやりようは無い。少なくとも、を二十四時間体制で絶え間なく監視していれば、彼女が生きていることはじきに知られ、首謀者はいずれ尻尾を出すはずだ。

 メローネは続けた。
 
「ペッシを攻撃しての追跡ができないようにしたことと、をシェイプ・シフターに殺させようとしたことが繋がっているのかいないのか。……順当に考えれば、繋がっているとするのが筋だろう。追跡を振り切り、確実に殺そうと考えた結果ならな。だが、リゾットが言ったようにあれはアクシデントで、本当はペッシの追跡だけ振り切ってどこか遠くへを逃がすはずだったのが、失敗に終わったという可能性もある。前者なら首謀者は一人。後者なら二人。つまり、それがオレたちの敵の数というわけだ」

 リゾットは静かに頷いた。

「異論は無い。一人にせよ、二人にせよ……炙り出さなければな。……

 はほとんどパニック状態に陥っていた。目に見えて取り乱しはしていない。けれど伏せた顔は眉根を寄せ、口を横一文字に引き結んでいた。ぎゅっと握りしめた拳を膝の上に乗せ、どうすればいい、どうすればいい、と自問する。



 はまたもはっとして顔を上げる。リゾットはまっすぐにの目を見つめていた。
 
「な、なに、リゾット」
「こんなことをおまえに言うのは、恐らく見当違いも甚だしいんだろう。少なくとも、おまえの中にいるもう一人のおまえは、きっとそう思うだろうな。だが、頼む。……協力してくれ」
「もちろんよ。私はあなたに忠誠を誓っている。……今はもう、信用ならないでしょうけど」
「いいや、。オレはおまえを信じる」

 鏡の中の世界で交わした約束がある。の内に秘める復讐の意志を尊重する。いずれ必ず、その復讐を果たす。この言葉で、彼女の怒れる魂を鎮めただけのつもりはない。この言葉が信じられているなら、恐らく、はチームを裏切りはしない。リゾットはそう信じていた。

「……ありがとう。なんだってやるわ。あなたたちの為なら、なんだってやる。だから、許して。……ごめんなさい、ごめんなさい、みんな……」

 そばに座っていたメローネが、泣き崩れるの肩に手を乗せ、なだめにかかった。他の皆はしばらくその様子を、もの思わしげにじっと見つめていた。



78:Snow (Hey Oh)



 ペッシは自室のベッドに横たわり、氷の入った水嚢を首筋に当てて天井を見つめていた。視界は全体的におぼろげで、ろくに見えてもいなかったが、彼には他にすることが無かった。寝ようにも、恐らく熱はピークに達していてとても寝付けなかったし、ぼやけた天井を見ながらあれこれ考える以外のことは何もできなかった。少し喉が乾いていたが、サイドテーブルに載せたミネラルウォーターのボトルを取ることすら億劫だった。

 と、そこに、誰かが扉をノックする音が部屋に響いた。

「ペッシ。……私。よ。……入ってもいい?」

 ああ、嫌だな。ネズミに噛まれてから丸一日以上風呂に入ってないんだ。臭ったらどうしよう。というか、病気が伝染ったりしないだろうか。

 ペッシはそんな心配をしたが、彼の全身は消毒液に塗れていた。一日放置した体臭などその臭いにかき消されてにおうはずもない。だが何かまだ躊躇いがあって彼が黙ったままでいると、が扉の向こうで続けた。
 
「ペッシ。私……どうしても、どうしてもあなたに言っておきたいことがあって……体がきついかもしれないけれど……。少し、私の話を聞いてくれるだけでいいのよ。お願い、ペッシ。あなたが確かに生きてるって、確かめたいの……」

 声が震えているように聞こえた。ペッシは、まるで告解部屋に入った司祭にでもなった気分だと思った。とは言っても、オレは司祭と違って、姉貴に気の利いた話なんか少しもしてやれない。だけど、姉貴の望みはできるだけ叶えてやりたい。――一昨日の夜は、それができなかったから。

「いいよ。入って……くれ」

 できる限り、大きな声を絞り出してペッシは言った。ベッドから出入り口まで大して距離も無いので、熱病におかされた彼の声でも聞こえたようだ。控えめに音を立てて、が部屋に入ってきた。その後に続いて、プロシュートも。彼は部屋に入ってすぐ扉を閉めると、戸口の隣の壁に背中を預けて腕組みをした。はペッシの眠るベッドへ歩み寄り、簡素なスツール――プロシュートがペッシの看病をしていた時に使用していたもの――に腰掛けた。

「ごめんなさい。ペッシ……私」
「いいんだ。姉貴。……あれは、姉貴の所為じゃない」
「いいえ。私の所為よ。私が……私が友達と夕食に行くことになんてなっていなかったら、あなたは今苦しんでなんかいないわ」
「……姉貴がそう言うなら、そうなのかもな」

 否定はしなかった。そうじゃないと言っても、きっとの中ではすでに答えは決まっている。懺悔をしにきただけなのだ。だからペッシは彼女の言葉を受け止めることにした。けれど、彼も自分の気持ちを誤魔化すつもりはなかった。

「けど、少なくとも……オレは姉貴の所為じゃないって、思っているから」

 は涙をこぼしながら、ペッシの手を握った。ペッシはどきりとした。これ以上熱が上がったらたまったもんじゃない。

「ごめんなさい。私……あなたたちから、離れたくない。もう、一人でいたくないの。でも、そうすればそうするほど、私、あなた達を失いそうで怖いの。私、死んだほうがいいのかもしれない。けど私、ようやく最近、死にたくないって……皆と一緒にいたいって思えるように、なってきたのよ」

 は困ったように微笑んでみせたが、細まった瞳からは涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。

「死にたくないの。でも、私のせいであなた達が危険にさらされるなら、もう私は……死んでしまいたい。生きていたくな――」
「なあ、姉貴」

 今、言わなければ。ペッシはの言葉に言葉を被せた。
 
「……死ぬなんて、言わないでくれよ。死にたくないんだろう? それに、オレも姉貴に死んでほしくない。絶対にだ。姉貴のことが……」

 今、愛を伝えなければ。が、自ら永遠の死を選ばないように。自分がそうしたところで、彼女が思いとどまってくれるかは分からないが、できる限りのことがしたいとペッシは思った。

「姉貴のことが好きだから。……み、みんな、そうなんだ。皆、姉貴のことを大切に思っているんだ。……だから、そんな、死にたいなんて言って、皆の気持ちを蔑ろにしないでくれよ」
「ペッシ。……あなたはいつも、そうやって私に優しく言ってくれるのよね」
「姉貴がオレに……チームの皆に優しいからだよ」

 は一度目をつむって瞼で涙を削ぎ落とすと、潤んだ瞳を見開いて、今度はしっかりと笑ってみせた。

「私も、あなた達のことが大好きだから」

 そう言うの笑顔に、ペッシはまた胸を高鳴らせた。熱に浮かされていなければ、きっと顔が真っ赤になっていることがバレてしまっていただろうから、今この時だけはあのドブネズミたちに感謝した。

「……時間を取らせてごめんなさい。何か欲しい物はある?」
「水もあるし、氷枕もまだ氷が残ってる。だから大丈夫」
「わかった。……ペッシの体調が、早く良くなりますように」

 は握り通しだったペッシの手を最後にぎゅっと握りしめると、ゆっくりと手を離し、プロシュートに背中を押されながら部屋を出ていった。彼女の悲しげな後ろ姿を見つめながら、ペッシはサイドテーブルの上に乗ったミネラルウォーターが入ったボトルに手を伸ばした。



 階段を一段一段ゆっくりと下りる。考えることは山ほどあって、そのどれにも答えは見いだせない。ぼうっとして、床を踏み外しそうになる。
 
 積もり積もった快楽の中。雪のように真っ白で、世界から隔離された、ただただ静かな別世界から、私はやはり声を上げることしか出来なかった。辿ってきた道のりも、この先の行き先も何もかも、降りしきる雪に覆われて分からなくなった人が、助かるはずもないと知りながら泣き叫ぶように。静まり返った雪原に私ひとり。

 完全な虚構に覆われた深淵だ。けれど一人ではない。仲間の助けがあれば、いずれそこから、きっと抜け出せる。その方法はまだ分からない。きっと抜け出せる。そう信じていたい。でも、信じられる? だって、一度死ねば生き返ることのできない人が、死の元凶を愛せるはずがない。
 
 私はもう、どこにも行けないのかもしれない。

 は半ば、そう思いはじめていた。