暗殺嬢は轢死したい。

 さあ、明日の仕事に備えて今日はもう寝よう。

 そんな折に、イルーゾォはドライヤーで乾かしたばかりの長い髪を一纏めにし、顔の横に流しながらベッドを見やった。は当然のようにキングサイズベッドの片側を陣取っている。

 まあ、中央に大の字になっているよりはいくらかマシだが、反対側の空間は何のために空けているのか。イルーゾォにとってはそれが問題だった。

 彼女なりの気遣いだ。せっかくリゾートホテルに来ているのに、相方に狭いソファー――一般的な成人男性がひとり寝転がることができる程度の幅と長さはあるのだが――で眠れと言うわけにはいかない。とは言え、自分だってキングサイズのベッドで安らかな眠りにつきたい。恐らくこれらの折衷案を採用した結果が、イルーゾォが今目にしている光景だ。

「おい。お前何我が物顔でベッドで寝ようとしていやがる」
「我が物とは思ってないわ。あなたのためのスペースを空けているんじゃない」

 はにっこり笑いながら腕をうんと伸ばし、ぽんぽんと手のひらで空いたスペースを叩いてみせた。対するイルーゾォは顔をしかめた。

「お前な。襲われるとか、そういう危機感はねーのか」
「だってあなたはメローネじゃないもの。今ここに一緒にいるのがメローネなら、手錠でどこかに拘束して寝るわ。でも、あなたならその辺の常識はあるでしょう?」
「そう言うお前には付き合っているわけでもなんでもない男とベッドを共にするべきではないっていう常識はねぇのか!?」
「うーん。……一緒のベッドで寝るのがどうしてダメなの?こんなに広いベッドなら、気にする必要無いと思うんだけど」

 男の手が届く範囲に寝ている無防備な状態の体を置くのがダメなのだ。しかも男の理性と良心に委ねきった考え方をしている。男は狼なのよ、と母親に教わらなかったのか。

「オレをどこぞの聖人君子か何かと間違えてるんじゃあねーのか。オレはギャングで殺し屋だぞ。お前の期待する理性も良心も、持ち合わせちゃいねぇ」
「いいえ、イルーゾォ。あなたはそんな人じゃないわ」
「お前はオレの何を知ってるって言うんだ!?」

 確かに、ホルマジオのように誰彼構わず抱くような手の早い軽い男とは思われたくないし、メローネのような変態――とセックスをしていると妄想しながらターゲットの女を犯すような性犯罪者――そもそも殺人を生業にしている彼が性犯罪者を軽蔑できるのかという問題は抜きにして――と思われたくはない。だから自分から手を出すつもりなど無い。

 だが、そうと高をくくって完全に安心されるのも癪だった。

 イルーゾォのプライドはぼろぼろだ。無意識の内にが彼のプライドを傷つけている。意地悪でそうしている訳では無いのは分かっているが、イルーゾォにとっては看過できる限度を超えていた。

 とは言えここで怒りをぶつけるのも格好が悪い。ソファーで寝ろと言うか、自らソファーに向ってくれれば良かったのだ。そうすればお前はベッドで寝ろと紳士らしいところを見せられたのに。

 そんなことを考えているうちには寝息を立てはじめた。自分をさらおうとした男がそばにいたあのニューヨークで過ごした夜だって、彼女の寝付きの良さは遊び疲れた子供さながらで、危機感のかけらもなかった。

 不死身だと危機感などなくても問題は無いのだろうが、死という身の危険と貞操の危機とかいったものはまた種類が違うんじゃないのか。

 結局イルーゾォはをねめつけながらソファーに向かった。ハネムーンスイートと言えどもソファーはソファーでしかない。一般的な成人男性よりも図体のでかい彼は、肘掛けに頭を置いて座面に背をつけ仰向けになると、途端にその寝心地の悪さに眉根を寄せた。

 座り心地は悪くなかったが、寝心地は良くない。そもそもこのソファーは寝るために置かれているわけではないし、結婚ないしは婚約しているカップルが別々に寝ることなどこのホテルのオーナーが考えているはずもない。

 悶々としながらもぞもぞと体を動かして、すわりのいい寝方を模索しているうちに眠気が襲ってきて、イルーゾォは深い眠りに落ちていった。

 そして朝を迎えた。沸かした湯がぽこぽこと音を立ててケトルの中で弾ける音がする。意地を張ってソファーでなんか寝るんじゃあなかったと後悔しながら、イルーゾォは軋みをあげながら上体を起こした。寝ぼけまなこをこすり音の鳴る方へ目を向けると、彼よりも一足先に起きていたがドリップコーヒーバッグの外袋を開けてマグカップにセットするところだった。

「おはよう、イルーゾォ。結局ソファーで寝たのね」
「ああ。今度はお前がソファーで寝ろ。首筋が痛くてたまらねぇ」
「そんなの嫌よ。あなたがベッドを譲らないって言ったって聞かないんだから」
「ベッドに入ってきたら蹴飛ばしてやるからな」
「そんなつれないこと言わないでよ」

 は困ったように笑いながらマグカップに挽かれたコーヒー豆が入ったフィルターを通して湯を注いだ。しばらくすると、フィルターをゴミ箱に入れた後マグカップを持ち上げイルーゾォに歩み寄った。

「はい、イルーゾォ。コーヒーどうぞ」
「お……おお」

 ソファーの前にあるローテーブルの上に置かれたマグカップ。独特な香りを放つそれに顔だけを寄せて、イルーゾォは少し眉根を寄せた。

「なんだ、このニオイ……本当にコーヒーか?」
「ええ。ジャコウネコのふんから取った豆を挽いてコーヒーにしてるんですって」
「は……排泄物じゃあねーか!猫畜生の!」
「猫畜生はひどい物言いだわ!ジャコウネコちゃんかわいいわよ。ほら」

 は自分の分のコーヒーを持ってイルーゾォの隣に腰掛けた。そして一緒に携えてきたコーヒーの外袋を見せる。かわいいかかわいくないかと言うとかわいくない。見せつけられた外袋にはイルーゾォの審美眼にかなわない野性味あふれるネコの姿が描かれていた。

 だが例えかわいくったって排泄物までかわいい訳じゃない。仮に排泄物まで可愛く思えたとしても排泄物はどこまでいっても排泄物でしかないのだ。排泄物の成分を抽出したものを飲むなど狂気の沙汰としか思えない。イルーゾォは首を横に振った。可愛くないし、やっぱりジャコウネコのふんから取った豆を使ったコーヒーなんて飲みたくない。そんな意思表示をする。

「お前が今持ってきたのはまだ普通な香りがしてるな」
「こっちはキリマンジャロよ」
「何お前だけフツーの飲もうとしてんだ」
「ちょっと毒味してもらおうかと」
「お前な!」
「ああ、怒らないで。ジャコウネコの方が高価なのよ!イタリアで飲もうと思ったら一杯二万はするらしいんだから!」
「二万も払って排泄物飲まされんのか!?なんてひでー話だ。おい、そっちをよこせ」
「イルーゾォ、たまには冒険も必要よ?」
「冒険はしねー主義だ」

 安全・安心第一である。イルーゾォはのマグカップをぶん取った。はやれやれといった顔でコピ・ルアクが淹れられたマグカップを取って一口すする。

「こういうものだと思えば美味しいかも」
「嘘だろ……」

 の一言で猫糞コーヒーの味が少し気になったイルーゾォだった。



48:Darkest Part




 齢五十近い男はひとりでバリを訪れていた。夕方頃にホテルへ到着しチェックインを済ませると、荷物を客室へ運ぶようフロントに言って足早にレストランへと向かった。

「アイツだな」

 イルーゾォは遠目でターゲットを確認するなり呟いた。向かいに座るはそのまま頷いた。――彼女はただの付添いで仕事をする予定もないし、報酬も受け取るつもりもない。ただ監視対象なのでイルーゾォの目の届くところにいなければならない。つまり、仕事の邪魔にならないようイルーゾォに同行しなければならないわけだ。

 はどういう段取りでターゲットを始末するか、立てた計画をそらで再確認した。

 簡単な仕事だ。レストランから男の宿泊する客室へ向かう途中にエレベーターホールがある。エレベーターの扉の横には大きな姿見があり、その鏡は監視カメラの取り付けられた側の壁にあるので死角となっている。そこから、イルーゾォのマン・イン・ザ・ミラーで鏡の中の世界に入るのだ。あとは客室に向かう男の足音を追い、現実世界でターゲットによって扉が開けられたタイミングで客室に侵入する。後は客室内の鏡にターゲットがうつった時鏡中の平行世界に連れ込み、枕か何かを使って窒息死でもさせればいい。仕上げに客室の外扉に例の札を下げて帰るだけ。

 対するイルーゾォもまた、計画を頭の中で反復していた。ついでに、のあのスタンドのことも。仕事が上手くいくかどうか――仕事はあくびが出るほど簡単だ。イルーゾォには失敗してしまうかもしれないなどという心配は少しもなかった――よりも、のスタンドを引き込んでしまって大丈夫かどうかの方が気になった。そもそもそんな心配をするのは今さらだ。メガデスは彼女が仲間となったその日からチームと共にあるのだから。

 イルーゾォにとってはやはり恐ろしかった。昨晩決意したはずなのに、今になってまた足がすくむようだった。あのスタンドには会いたくも無いし、自分の世界の中に招き入れるのも気が進まない。見るのが嫌か、に内在する状態で招き入れるのが嫌か。――目で見て恐怖するより、見ないでいる方がマシだった。見なければ恐ろしくも何ともない、無限の治癒能力を持った復活の天使のようなものだ。メガデスに会わないようにするにはと一緒にスタンドが鏡の中に入ることを許可しなければならない。

 あの死神のような姿のスタンドは印象深い。忘れたくても忘れられないような見た目をしている。スタンドがどこにいるのか、どんな姿をしているのか。それさえイメージできていれば間違いなく鏡の中の世界に引き込める。

 やがてターゲットは食事を済ませ、レストランの席を立った。ターゲットの姿が消えて少し経ってからふたりも席を立ち、ターゲットの後を追った。

 男はゆっくりとした足取りだった。狩られる物という自覚は少しも無く、――気を張っていたとしてもイルーゾォが相手なら一般人に成す術などないのだが――完全に気を抜いている。やがて件のエレベーターホールを横切って、このホテル最上級のスイート・ルー厶へと向うのが確実と思われた時、イルーゾォはスタンドを呼び起こした。

 と一緒に、メガデスが鏡の世界に入ることを許可しろ。そう念じながら彼女の腕を引いて鏡の中の世界へと足を踏み入れた。

「どうしたのイルーゾォ。ターゲット、追わないの?」

 イルーゾォは入口とした鏡をじっと見つめて足を止めたままでいる。そんな彼の方へ振り向いて、が声をかけた。

「ああ。今行く」

 鏡の向こうに例の死神の姿は確認できなかった。きっとメガデスはと共にこの世界にいるはずだ。何はともあれ、まずは任務達成を優先させなければ。イルーゾォは足を踏み出して鏡から離れた。

 ターゲットの足音を追ってふたりはスイートルームまでの回廊を行った。やがて足音が止みピッと音がして、ターゲットの客室の扉がまるで自動ドアのように開く。ふたりは部屋へ侵入すると寝室の姿見へと向かった。

 客室には広いリビング、広い寝室、広いバスルーム、そしてベノア湾に臨む広いプールがあった。ターゲットの男はリビングに明かりを灯した状態で、フロントに預けておいた荷物が間違いなく届いていることを確認するために辺りを見回した。リビングには目当ての物はない。ホテルスタッフが気を利かせたのか、クローゼットのある寝室の方にまでスーツケースを持ち込んでいるのだろう。そうあたりをつけて男は寝室に向かった。

 その時、鏡に自分では無い、他の誰かの姿を見た気がした。まさか、そんなはずはない。そうは思ってもただの見間違いだと確信を得たかったので、ベッドの際にある大きな姿見に足を向けた。男は恐る恐る鏡へと歩み寄った。

「――!!」

 すると背後に長身の男が立っていた。見間違いなどでは無かった!男はそう思った。だが時すでに遅し。彼は鏡の中の世界に連れ込まれてしまっていた。

 イルーゾォは男が後ろを振り向く前に肩を掴み体をベッドの上へとなぎ倒した。男はすぐに体を翻し、薄闇に浮かび上がった見知らぬ男に向かって声を震わせる。

「お……!お前、一体何者だッ!?な、な、なに、何が望みだ!?金か!?た……頼むから、命は……命だけは助けてくれ」
「おっさん。あんたを殺すのがオレの仕事だ」

 イルーゾォは物を見るような冷めた目で男を見下ろした。そして後ずさろうとする男の足を捕らえ引きずり寄せ、両腕の関節を押さえるように両ひざを乗せ身動きが取れないようにすると、すぐそばにあった枕を掴んだ。

「や……やめろ、私には娘も、妻だっているんだ……!」
「そんなことはオレの知ったことじゃあねーんだ。悪いがな」

 悪いとは少しも思っていないような顔をしたイルーゾォに枕で顔面を押さえ付けられる。鼻孔と口を塞がれ、パニックに陥った男は足をばたばたと動かし、腕を何とか動かそうとしながら叫び声を上げた。こうやって窒息死させるのには結構体力と根気が必要になるのだが、暴れて声を荒げれば荒げるほどターゲットが死ぬまでの時間は短くなる。体格と体力に差があれば――ナイフで致命傷を負わせたりするよりも――他殺と悟られるまでに時間が稼げるという点で都合がいい。

 しばらくの間、男の抵抗を受けながらイルーゾォは枕をターゲットの顔面に押し付け続けた。しだいに男の抵抗は弱まっていき、果てに腕と両足はベッドに投げ出される。男が少しも抵抗をしなくなったところで、イルーゾォは枕から手を離しベッドから下りた。完全に死んだかどうか確認するまで、しばらくこの世界に留まろう。そう言えば、は一体どこにいるのだろうか。イルーゾォは辺りを見回して彼女の姿を探した。

 はプールサイドのデッキチェアに腰を下ろして、静かに海を眺めていた。イルーゾォは彼女に近づいて、開け放たれた窓の枠に背中を預けると腕を組んで声をかけた。

「おい。あまりオレから離れるんじゃあねー」
「……ごめんなさい」
「何だ。怖気づいたか?」
「いいえ。まあでも、人を殺すのって……やっぱり自分を殺すのとは違うから、あまりいい気分にはなれないものよね」

 自分を殺していい気分、というのが全く理解できないイルーゾォは眉根を寄せて、彼女にかけてやるべき言葉を探した。

 は鏡の中の世界の暗い海を見つめる間、もやもやとした思いの正体を探っていた。初仕事ではターゲットと一緒に自分も死ぬことができて、結果快楽の海に溺れることができた。その次のメローネとの仕事では、仕事をすればまたあの快楽を得られるという期待から盲目的にターゲットを暗殺することができた。だが今は、人が死ぬところを見るのが辛かった。何故だろう。あの、死から得られる快楽を麻薬と同等と思い、それを断つとリゾットに宣言したからだろうか。今までに平然とふたりの命を奪い、ひとりの命を奪わせようと先導した自分が恐ろしい。

 イルーゾォはのちょっとした変化を感じ取った。ニューヨークでターゲットの女をメローネが犯していると話した時、欲望に忠実な彼のことは嫌いじゃないと言い放った彼女では無いような気がした。恐らく彼女は、自分の異常性に少しずつ気づき始めている。

。仕事ってのは気分でするもんじゃあねーんだぜ。仕事をしなければ文字通り自分の首が飛ぶんだ。やらなきゃやられる。オレたちの世界ではそれが常識だ。考えることじゃあねぇ」

 そう言った後、イルーゾォは思った。ああ、は首を飛ばされたって死にはしないんだったか。そんな風に反論されると身構えていたが、彼女は予想とは違うことを言いだした。

「そうよね。……分かってるのよ。皆、やりたくてやってるわけじゃあないってことくらい。それに、あなたたちには絶対に死んでほしくない。だからやらなくちゃいけないのよね」

 は膝を抱え込んで俯くと、自分に言い聞かせるように呟いた。

「仕方ないのよ」

 イルーゾォはどこかすっとしない気分だった。だが、これ以上なんと声をかけてやればいいのかわからず黙るしかなくなった彼は、の後姿を眺め呆然と立ち尽くした。

 さて、ターゲットは確実に死んでいるだろうか。彼が動かなくなって10分程度が経過した。イルーゾォはおもむろにベッドへと近づいて、顔の上に乗ったままになっていた枕を拾い上げて投げ捨てた。

 眠ったように横たわる男の顔に自分の顔を近づけて、呼吸があるかどうかを確かめる。鼻孔や口から抜けてくる息の音も風圧も感じなかった。そして首、腕の脈を確かめる。動いていない。最後に胸に耳を当てた。拍動も聞こえない。――ターゲットの男は、完全に死んでいた。

「おい、。外に出るぞ」

 は頷いてゆっくりと立ち上がると、ターゲットの死体をあまり視界に入れないようにしてリビングへと向かった。デスク上に“Do Not Disturb”と書かれたプラスチックのプレートが置かれているのを確認すると一度ふたりで近場の鏡から現実世界へと戻り、プレートをハンカチ越しに手に取って再び鏡の中の世界へ足を踏み入れ客室を後にした。

「手鏡は持ってるな?」

 部屋を出るなりイルーゾォにそう言われ、は掌サイズの手鏡をパンツの後ろポケットから取り出し鏡面を扉のドアノブに向けた。そして部屋から持ち出したハンカチで包んだままのプレートをイルーゾォに手渡すと、彼は鏡面の後ろ側に手を突っ込んで現実世界のドアノブにそれを引っ掛ける。そしてすぐに手を引っ込めた。

 もし監視カメラがあったら手だけが空間ににょきっと現れて札を掛けているところが映るのだろうが、事前調査で入り口の近くに監視カメラの類が無いことは確認済みである。それでも鏡の中から出ないのは、慎重に慎重を期したイルーゾォの安全策だ。そう言えばこの間この部屋の前に誰かいましたと、後々証言できるような人間を作るべきではない。

 こうして仕事を終えたふたりはしばらく鏡の中の世界を歩き、自分たちの客室へ戻った。シンクの前にある鏡から現実世界へと戻る。イルーゾォは能力を解除すると、の後に続いて暗い客室を奥へと進む。

 薄闇に、何かがいる。ふたりはほぼ同じタイミングでそれを察知した。気配のする方を見やる。大開口の窓の前に大きな影――月明かりに背後を照らされる漆黒――が浮かんでいた。

 イルーゾォはその既視感にぞっとして、とっさに後ずさった。

「……何故だ!?」

 ついそう口にしてしまう。影の正体に大方の検討はついている。ヤツだ。に内在しているはずの“死神”が今、目の前にいる。

「誰、なの……?」

 誰?いや、何、と呼びかける方が正しい気がした。およそ人とは言えそうにない大きさと、月明かりで縁取られた輪郭が確認できる。今目の前にいるのが何なのか皆目検討もつかないは、ただただ不安に体を震わせた。壁に手を這わせて照明のスイッチを探り、部屋に明かりをともす。

「ッ――!!!」

 イルーゾォはとっさに背後から手をまわし、の口を押さえざまに抱きしめた。

「大声を出すな、……!」

 ここで騒ぎを起こす訳にはいかない。このホテルからは、予定通り、目立たないように朝一番で去らねばならないのだ。

 ――こうして、イルーゾォはメガデスと再会した。それが自分のスタンドと知らないの体の震えはしばらくの間収まらなかった。