「」
男の優しい囁き声に応じるように、はゆっくりと瞼を持ち上げた。
朝の優しい日差しに目を細める。カーテンが開けられた窓から差し込む光の中に愛する男が立っていた。それは、もう二度と会えないはずの男。まだ起き抜けで明瞭になっていない視界と逆光のせいで姿はよく見えないが、聞こえてきた男の声と突き合わせてみると確かにそうだった。
「チョコラータ……?」
「久しぶりだな、」
チョコラータは微笑みを浮かべてを見やった。
「待って……私、あなたにはもう――」
会えないんじゃなかったのか。そう思って絶望したのはそう昔のことじゃない。確かにそうだった。別れ際に愛していると言ってくれた、もう二度と会えないはずの、私が欲しがったものをこれでもかと与えてくれた男が、確かに今、目の前にいる。
それに、この部屋は知っている。チョコラータの寝室だ。そして今自分が横たわっているのは、チョコラータのベッドだ。人生で最高の夜を彼と共に過ごしたキングサイズのだだっ広いベッドだ。
は戸惑い部屋を見回しながらゆっくりと体を起こした。チョコラータはゆっくりとに歩み寄りベッドに腰掛けた。
「私が、お前を諦めたと思ったか?」
「……え?」
「お前と別れたのは――いいや、別れたふりをしたのは、ボスに私がお前を求めていると割れると厄介だからだ」
チョコラータの胸の内を唐突に聞かされての頭は混乱していた。沈黙の間、チョコラータの言葉を繰り返してみて、胸はゆっくりと高鳴りはじめる。真か否かはさておき、単に嬉しく思えた。じわりと胸が温もりを帯びていく。
チョコラータは体をよじりに手を伸ばした。手は優しく彼女の頬を撫でる。
「おいで」
そう言われて、は縁に向ってベッドを這った。チョコラータの手は彼に近づくにつれて髪をすき取るように側頭を撫で項をおりて、やがて背中に回された。引き寄せられ彼の胸にもたれると、ぎゅっと抱きしめられる。
「愛しているよ、。お前を、心から」
「チョコラータ……」
が心の底から欲していた体温と言葉だった。また聞けるとは思いもしなかったチョコラータの鼓動が、彼の胸板に押し付けた耳の向こうから優しく鼓膜を揺らす。は目に涙を浮かべ、チョコラータの背に手を回してぎゅっと抱きしめ返した。もう離れたくない。――でも、どうして?
はどこか心の底から安心できない、不安定な気持ちを抱きながらチョコラータを見上げた。
「。私はボスを裏切るつもりでいる」
「……そんなことをしたら、殺されちゃうんじゃないの?そうならないように、私と別れたんじゃ」
「それはさっき伝えたはずだ。お前を諦めきれないんだよ、。お前がそばにいない間、お前のことが頭から離れないんだ」
チョコラータは彼を見上げると視線を合わせた。月明かりがふたりを照らす中で見た、優しい眼差しだ。の胸はより一層に高鳴った。
「セッコと三人で、どこか遠いところに行こうか。そうだな、地球の反対側――オーストラリアのあたりならボスも追ってこないだろう。それか、ネパールあたりの山岳地帯とかもいいかもしれないな。あそこまで行くのはきっと一苦労だろう」
「どこでもいい。私、あなたとならどこへでも行くわ」
「その言葉が聞けて嬉しいよ、。……そして全てここに置いて、全て忘れて、幸せになろう」
ここまで話をしては自覚した。これは夢だ。チョコラータがこんなに優しい言葉を私にかけるはずがない。こんなに優しく抱きしめて、優しく頭を撫でながら愛を囁くなんてありえない。私はこんなチョコラータを知らない。最後の最後でその片鱗を見た気はしたが、それでも、これは空想の中のチョコラータだ。私の願望が作り出した偽物だ。
だが、離れ難かった。偽物でも、今彼女が感じているすべてのものが過去の記憶に基づいている。とてもリアルだった。――彼の発言を除いては。
「そして、幸せになった暁に、お前をこの手で殺してやる。それまで絶対に誰にも心を開くな。お前を殺すのは、この私だ」
そして願ってしまった。現実世界のチョコラータが、この夢の中の彼と同じ気持ちであることを。
「わかった。私、待ってるわ。あなたにまた会える日を、待ってる」
そしてキスをした。刹那とも永遠とも取れる間、ふたりの唇が触れ合っていた。
次に目を開けたとき、の目の前には闇が広がっていた。
真の闇だ。絶対の精度で隙間なく作られた照明の無い部屋に、は今浮かんでいる。自分の胴体や四肢は視認できないし、動かそうと意識して動かしたと思っても動かした気がしない。床に足が触れている感覚もしないが、浮力とかが自分の体に働いている感覚もない。だから、ここを部屋と言うのは恐らく正しくないのだろう。
そんなよくわからない空間。ここには度々訪れている。死ぬと必ずここにいる。他でも何度か来ている気はするが、それがいつか、何度目かといったことは少しも思い出せなかった。
「……あなた、なんのつもり」
自分の声が聞こえた。酷く憔悴した生気のない声だった。わずかながらに震えている。泣いているのだろうか?
もちろん、が喋った訳ではない。これはもう一人の自分――彼女はメガデスと自称した――の声だ。は彼女の声しか知らなかった。どんな見た目をしているのかは分からない。もう一人の自分と彼女が言っていたからもしかすると自分と瓜二つなのかもしれない。だが、私が死んでも生き返るのは彼女のおかげで、同じような特殊能力を持つチームメイトたちは能力を提供する――普通の人間には見えないその幽霊みたいな――存在のことをスタンドと呼んでいる。
ホルマジオのリトル・フィートやギアッチョのホワイト・アルバム、プロシュートのザ・グレイトフル・デッドの姿は見たことがあったが、主には似ても似つかない見た目をしていた。というか、完全に人ではなかった。ギアッチョに至っては人型ですらなく全身を覆うスーツだった。もしかすると、メガデスもそうなのかもしれない。そんなことをぼうっと考えていると、メガデスが喋り出した。
「死なないでって言ったの、覚えてないのね」
恨みがましさが滲み出ているような声だった。前にそんな話をしただろうか。は少しも思い出せなかった。
「私は死にたいの。死んで、気持ちよくなりたい。気持ちよくなって――」
死なずに、一緒にいたい人がかつてはいた。母が死んで、父が死んで、継父が死んで、そして誰もいなくなった。頼れるのは店長だけで、死んだことになっている私はまともに外にも出られなかった。――孤独だった。
「全部忘れたいの」
忘れたかった。孤独を紛らわせたかった。最近ではそう意識する前に体が疼いてくるが確かに最初はそうだった。
ホルマジオに言われた。何か抱えているからお前は死にたがるんだと。もしそれが真実なら、私が抱えていた問題は“孤独”なのかもしれない。ひどくありきたりな話だ。承認欲求を満たせず鬱屈した自分を忘れるためにハイになってる人間なんてそこらじゅうにいる。ハイになる手段と、死神に魂を売るのが先か後かという違いしかない。――なるほど、私はやはり中毒者だ。依存症患者。さすが元お医者様。チョコラータの言うことはやはり正解だったのだ。
「全部忘れる?そんなこと絶対にさせないわ。いいえ。あなたが忘れていても、私が絶対に忘れない。この――は、絶対にね。――の根源は、私にあるのよ」
ラジオ放送のノイズのように、たまにメガデスの話は聞こえなくなる。よく聞こえない、とが言いだす間もなく彼女は話を続けた。
「あなた、私が怖くないの?」
「……そうね。いつも怒っているような喋り方をするから怖いわ」
「ああ、そうだった。あなたには、私の声しか聴こえないのよね。見せてあげたいわ。あなたの分身の――私の姿をね。きっとぞっとするわよ」
そう言われると、メガデスの見た目がどうなのかと気になった。彼女が働いている間、の視覚は機能していない。だからこの先会うことは無いし、彼女がぞっとすると言っている見た目がどんなかと知ることはきっとないのだろう。そう考えながら黙っているとメガデスが続ける。
「聞いて」
話を聞かない子供にきつく言って聞かせる母親のようだった。何度も同じことを言わせないでと、疲れ果てて、自分の鬱憤もついでに晴らそうとするような、そんな意思をぶつけんと気を溜めているような沈黙。その後、メガデスは続けた。
「。チョコラータのことは忘れて」
「……どうして?」
「ろくな男じゃないからよ。あの男の傍にいたって、あなたは幸せになれないわ」
「決めつけるのね」
「分かりきったことだけどって断って、あなた最近ホルマジオに諭されたでしょう。覚えてないの?あなたって生きるために必要なことじゃないと覚えていられない鳥くらいの記憶力しかないワケ?そう、あなたがつい最近寝たあの男よ。あのプレイボーイですらただ気持ちよくなりたいってだけじゃなくて少しは常識ってものを弁えてるのにあなたときたら」
「覚えてるわ。……でも、チョコラータが待ってるって」
「バカね。あんなの信じるんじゃないわよ。言ったでしょう。あれはまがいものよ」
確かに、もそう感じていた。だが、真偽はともかくとして、そうであってほしいという思いに満たされて、それが一筋の希望の光に思えてしまうのだ。その希望を、そうであるはずだと信じていたい。チョコラータが世間一般でいうろくでなし――ろくでなしと一般に称される人間の数百倍はイかれている男だ――だとしても、にとっては唯一無二の愛しい男なのだ。例え自分の分身にまで止めろと言われても、彼を求める気持ちを止められる訳はない。
「……私に何を求めてるの?どうして私から離れないの?いつもいつも、私のこと監視してるのね。なんで私を気に掛けたりするの?何を考えてるの?あなたが一体、私の何を知ってるって言うの?」
「全部よ。全部、知ってるのよ」
「じゃあ教えて」
「それができたら……苦労しないわ。それにね、ここで今言ったってあなたが覚えてないってことはよく分かったわ。ハイになりたいって、それだけで死にまくってる中毒者だものね。頭なんてまともに働いてないんだわ。バカになってるのよ。いい加減にして……!」
「待ってよ。あなたが私を生き返らせてるんじゃない。嫌なら、私が生き返りたいって言っても聞かなきゃいいんだわ」
「どうしてそんなこと言うのよ!?もう二度とそんなこと言わないで!!そうやって私の存在を否定しないで!!いい!?この際だからいっておくけれど、あなたが生き返りたくないって言ったって、絶対に私が生き返らせるわ!!永遠に死なせたりなんて絶対しない!!……ああ、。ごめんなさい。……。私、疲れているのよ。休みたいの。嫌なこと――いいえ、嫌なこと、なんてレベルの話じゃあないんだけれど、思いだしちゃったの。いや、思い出したって言うのは間違いかしらね。あなたは少しも覚えていないのかもしれないけれど、あの日から私は一度だって忘れたことなんてないから。……あなたは少しも悪くないのよ。あなたがそうなってしまったのは、あなたのせいじゃないんだもの。あなたにあたるのは間違っていたわ。……ごめんなさい」
今日のメガデスはひどく情緒不安定だ。怒り、恨み、悲嘆といった感情のネガティブな部分が勢ぞろい。その感情のせいで始終声は震えていて、話に脈絡なんてものはない。相手に理解してもらおうという配慮もない。はただ、メガデスの気迫に気圧されて黙るしかなかった。そして恐ろしくなった。
――私は一体、何を抱えているのだろう。
「気を付けて。今のあなたは、本当のあなたじゃないわ」
「……どういうこと?」
「はやく、私を助けて。ひとつになりましょう。私と。そしたらきっと全て思い出すわ。そして、今までの自分が間違っていたって、気づけるはず」
「……間違い……?」
孤独でいたくないと思うことが、間違いだと?
「嫌……嫌よ」
「私は死にたくなんかない。あなたに死んでほしくなんかないのよ。分かって――」
もう、ひとりでいたくなんかない。幸せになりたい。全部忘れてしまいたい。いいえ、待って。私はきっと忘れられている。だって、メガデスが感情をむき出しにして怒るようなことは何も覚えていない。お母さんのこと?お父さんのこと?それとも、ウリーヴォさんのこと?殺されてしまったことは覚えているし、悲しいとは思う。それとも、それ以上のことが他に何かあるの?でも、どんなに思い出そうとしたって、思い出せない。それはきっと、思い出してはいけないからなんだ。
それを、メガデスが――もうひとりの自分が――思い出させようとしている。今のままでいいのに。
「待って、お願い、目を覚まして、」
「あなたの好きなようにはならないわ」
「!!待って!!お願い!!あなたは――」
もう彼女と話をしたくない。そう思った。死ななければ会わなくて済むんだろう。死ねない……それはそれで嫌だ。とりあえず、ほとぼりが冷めるまで自重はしよう。時が経てば彼女も少しは落ち着いているかもしれない。
今ははやく、現実世界に戻りたい。
驚くことに、がもう話はしたくないと思ったとき、そこでメガデスの声は聞こえなくなった。それが願いの力か、ただの偶然かは分からない。
45:bury a fiend
夢か……。
目を開けると、そこに眩い光は無かった。両腕を枕にして寝ていて、腕は痺れている。起きて背を伸ばし、辺りを見回した。――職場の事務室だった。
チョコラータ。彼の夢を見た。思い出すと嬉しいんだか悲しいんだか、よく分からなかった。あれが彼の抱く真意であろうが無かろうが、会えないことに変わりは無いのだ。
「……あ!ちょっと、待って私……!」
悲しくも愛しい夢の世界に浸っている場合では無いと気付く。休暇を取っているが今職場にいるのは、ファジョリーノが残した仕事を店長の代わりに片付けるためだ。
はひやっとしてあたりを見回した。どうして私はこんなところで惰眠を貪っているのか。見るとデスクの上には処理しかけの書類があって、デスクトップパソコンではスクリーンセーバーが起動していた。どうやら仕事の途中で眠ってしまったらしい。だが、パソコンを操作していた覚えも、書類を打ち出した覚えも、そもそもこの事務室に来た覚えもない。は首をかしげて記憶を辿った。
やはり、店長に仕事を頼まれたことだけは確かだった。
「ああもう私ったら」
そうやって狼狽えていると、がちゃりと事務室の扉が開いた。
「ねぼすけさん、おはよう」
「店長!ごめんなさい!私――」
「ああ、いいんだ。いいんだよ。ほら、起き抜けにコーヒーでもいかがかな?」
リコルドは少しも怒っておらず優しい微笑みを浮かべていた。そんな上司に差し向けられたコーヒーカップを、は申し訳無さそうに受け取った。適度に温められたブラックコーヒーが喉を潤す。ひやっとした時に完全に目は覚めていたが、よりしゃっきりとした気分になった。
「あ、そうだ。君の友達がホールで待っているよ」
「友達……?」
「ほら、あの、ロードスターの」
「あ、ああ!今日仕上がったんですね!良かった。でも、お仕事が」
リコルドはデスクの上に乗せてあるA4の書類を手にとってペラペラとめくった。
「これだけやってもらえていれば十分だよ、。ほら早く、立った立った。友達をまたせちゃあいけない」
手拍子で追いたてられ、は慌てて事務室を後にした。振り返ると、リコルドは扉の向こうからひらひらと手を振っていた。
「店長、本当にごめんなさい!」
「いいって言ってるだろう。気をつけて帰るんだよ。また事故に合わないようにね」
「はい。店長も、いい休暇を!」
はて。店長の言う事故とは何のことだろう。ホールに向かう間は考えた。
ギアッチョと一緒にロードスターに乗っていた時にぶつけて修理に出すように言ったのは確かだけれど、事故と言うにはいささか大袈裟だ。そもそも、その話を店長にした覚えは無かった。もちろん、それ以前に事故にあったことは無かったし、自殺しようなんて思ったこともない。もとい、思ったことはあるが、ニュースで取り上げられてしまいそうで怖いので、試してみたことはないのだ。初仕事以外では。
それにまさか、ギャングの、しかも殺し屋のギアッチョと一緒に殺しの仕事に向かっていた、なんて言えるわけもないし、ボロが出そうだったのでその話自体言わないでいたはずだ。きっと店長は、ロードスターの顔面が潰れた時に私が乗り合わせていたと思い込んでいるのだろう。
そう結論づけて、例の接客用テーブルに突っ伏して眠っていたギアッチョの肩に手を乗せた。
「ギアッチョ。起きて、ギアッチョ」
「んん……」
寝起きの悪いギアッチョ。起き抜けの機嫌が悪いだけに留まらず、すこぶる機嫌が悪いと起こした者に親の敵かと言うほど当たり散らす彼の悪癖を知っていれば、誰も彼を起こしたがらないだろう。ただ一人、を除いては。彼女はそういった警戒心が希薄なのだ。決して普通ではない彼に普通に接する。
「ん?……オレ、なんでこんなとこで寝てんだ」
に肩を揺らされて目を覚ましたギアッチョは体を起こして辺りを見回した。ショーウィンドウの向こうに見えたのは夕刻の、少し交通量の増した国道。ホール内に展示されたピカピカのスポーツカー。それに、。ギアッチョは自分を微笑みを浮べて見ている彼女を見上げてまた疑問に思う。
「なんでお前がここにいるんだよ。休みだろ」
「ファジョリーノが無断欠勤したのよ。それで店長に呼ばれて裏でお仕事してたの」
「ふーん……」
どこかぼうっとしたギアッチョの横顔を見て、もまた疑問に思っていた。
今日のギアッチョ、ひどくおとなしいわ。人が変わったみたい。
別にギアッチョに怒鳴られたいと思っていた訳ではない――警戒心は薄くとも人は怒ると手を出してくる可能性がある、つまり自分が死ねる可能性があるという認識のある彼女なので、怒鳴られたいと思っていないと言うのは語弊があるかもしれない――だったが、拍子抜けした。いつもならとっくの昔に眉根を寄せてブチ切れている頃なのに。今のギアッチョと言ったら、怒るどころか眉間に皺の一本さえ無い。その皺は彼の眉間に染みついたデフォルト仕様だとすら思っていたのに、それが綺麗サッパリ消え失せているのだ。
「どうしたのギアッチョ。体調でも悪い?」
「いいや。でも、腹減ったな。メシ食って帰ろうぜ」
「あ!そうだった!ホルマジオとごはん食べるって約束してたんだったわ!ホルマジオ一緒でもいいわよね?」
「ああ。あっちはどうか知らねーけどな」
はハンドバッグから携帯電話を取り出して着信履歴を確認した。1時間ほど前にアジトの固定電話から着信が入っていた。ついでに留守録も。
が折返し電話をかけている間、ギアッチョは再び窓の向こうを見やった。特に何か見たいものがあったわけではない。
なんか、久しぶりな気がするな。この感覚。
何故自分がの職場の接客スペースで寝ていたのか、とか、どういう経緯でここにいるのか、といったことは気にならなかった。ただ漠然と、どこか懐かしい落ち着いた今の自分の心持ちに意識をたゆたわせて、ただただ漠然と、車が右へ左へと行き交い過ぎ去っていく様を眺めていた。