ホルマジオはリモートでメローネのサポートを受けつつ、アタッシュケースに入った大金をボスに示された指定口座に振り込むと、すぐにの現在位置を確認するようにと声を荒げた。ホルマジオはもちろんのこと愛するが敵の元にいるとあってはメローネも気が気では無い。彼は携帯電話を耳に当てながら手元のラップトップPCを食い入るように眺めていたので、言われなくても分かってると怒気を滲ませてホルマジオに応答した。やがては一所に留まり動かなくなる。
『やはりな。そう遠くない。……地図は今手元にあるか?』
メローネにそう言われ、ホルマジオは観光用の市街地図を取り出して現在位置を確認する。そしてメローネに告げられた場所にバツ印を付けるや否や、銀行から外に出て辺りを見回した。
「切るぜ。これからの元に向かう」
『ああちょっと待てホルマジオ。目的地まで車で乗りつけたりなんかするなよ』
「ああ!?何でだ!?」
『ファヴェーラの住人はみんな敵だと思った方がいい。明らかに地元民じゃないお前の姿を怪しんで、とりあえずギャング連中に報告して点数稼ごうって輩が大勢いるはずだ。なんたって、普通はファヴェーラに観光客なんて入り込んだりしないからな。自殺願望があれば話は別だが……』
ホルマジオは携帯電話を耳に当てメローネと会話をしながら盗めそうな車は無いかと目を凝らした。すぐに戻ると道路際に車を横付けした男が、銀行をちらと見て車を降りようとしているのが見えた。ホルマジオはそれとなく男に近づいていく。
「そうかよ。なら車ごと小さくなって近づきゃいい話だ。小さいと移動に時間がかかっちまって面倒なんだよ」
『それもそうだな。くれぐれも注意しろ。絶対にを助け出せ』
「もしのいる場所にターゲットがいなかったらどうすりゃいい」
ホルマジオは車の所有者がズボンのバックポケットに車のキーを突っ込み手を離した瞬間、まだポケットから顔を覗かせていたキーホルダーのリングを指に掛けて引き抜いた。実にシンプルかつ鮮やかな手つきで車のキーをスリ取ったホルマジオは、男の乗っていた車へと乗り込みエンジンをかける。
『ターゲットが顔を出すまでが捕らえられている所に留まっているんだ。今のところ男が同じイタリア人を引き連れて足抜けしたって情報は入ってない。それに金を奪った相手がイタリア語しか喋らない女で、奪われたのが自分の金となれば、遅かれ早かれを拷問しに訪れるだろう。……これはさっき情報管理チームのヤツから聞いた話だが、ターゲットの男は大の拷問好きらしい』
「マジかよ……」
『そもそも拷問されることくらい予期しておくべきだったんだ。オレの所為だ……。だから、早く行ってやってくれ。もしかしたらもう』
ホルマジオはメローネの話を最後まで聞かずに通話を終了し、携帯電話をポケットに仕舞って目的地へと車を走らせた。
ターゲットの男が拷問好きのサディストと知っていればを敵地に送り込まなかったか、という問いに対する答えはNOだ。恐らくが絶対にイヤだと拒否しない限り索敵のためギャングに誘拐させただろう。金は奪い返し送金も済ませたが、あくまで本来の目的はターゲットの暗殺だ。ターゲットがどこにいるか分からない以上、敵をおびき寄せるのに最も効率的な手段がそれだったのだ。おびき出す対象が拷問好きか否かなど、意思決定に何の影響も及ぼさない。
もちろん最も理想的なのは、ホルマジオが金を奪ってすぐにの身に付ける衣服か何かに隠れそのまま敵の隠れ家までついていくというものだ。だが、彼が先程メローネに主張したように、小さくなると当然ながらホルマジオの歩幅も小さくなるので、相対的に移動距離は原寸時の何十倍にも伸びてしまう。普通のサイズならば十数歩での立ち位置まで届く距離でも、敵に見えない程小さくなった彼にとってはたちまち果てしなく遠い距離となってしまうのだ。金が敵と共に忽然と姿を消してパニックを起こしたギャング達は、数名をその場に残し早々とを誘拐して去っていった。金を奪った状態でホルマジオが敵に気付かれずにに短時間で近寄るのは不可能だった。
なのでメローネの“予期しておくべきだった”とか“オレの所為だ”というコメントは、を思うあまり感傷に浸った末の的外れな発言でしかない。彼女が単身敵地に乗り込むことは拷問の有無関係無く必然であり、責められるべき人間など人格の破綻したターゲット以外にはいないのだ。
そうと分かっていてもホルマジオは焦燥した。は死なない。手ひどい拷問を受けたとしても一度死んでしまえば身体は元通り。とは言っても、殺された方がマシだという程の苦痛を与えられる彼女の姿など、ホルマジオは想像すらしたくなかった。彼もサディスティックな一面は有しているものの、仲間がいたぶられるのを見て嘲るほど人格は破綻していない。それが意中の女なら尚更のこと。ホルマジオはアクセルを踏み込み荒々しい運転で市街を駆け抜け、が囚われているであろう目的地までの道のりを急いだ。
バツ印を付けた場所に建つのは打ちっ放しのコンクリートの外壁を有する三階建てのアパートだった。小高い丘に建つそれを今、ホルマジオは下方から見上げている。現在地から直線距離で八十メートル足らずの所にあるそれに近づくには、今いる大通りから外れた狭い生活道路を行かなければならなそうだ。ギリギリ車一台通れそうな道幅はあるにはあるが、まるで見張りでもするかのように住民が道端にたむろしている。こんなところを正々堂々車で通過していたのではターゲットに逃げられかねない。現地を見て改めて、ホルマジオはメローネの言ったことに納得した。
クソ……面倒だな。
ホルマジオはスタンド能力を発動させ、車もろとも瞬時に体積を縮ませた。幸い狭い生活道路は清掃が行き届いておらず、回収されていないゴミ袋や不法投棄と思われる大型の家具家電がぽつぽつと点在している。身を隠せる場所は多分にあった。もとより、わずか三センチメートル程の大きさになった車を車と思って見る人間などいるはずがない。彼はアクセル全開で目的地までの坂道を駆け上っていった。
40:Painkiller
が囚われている建物の前に到着したホルマジオはまず、を連れ去った車が近くに無いかとあたりを見回した。同じような黒いバンが数台、マンションの前に駐車違反など気にしない様子で雑多に停められている。車のナンバーは覚えている。彼は心の中でそれを唱えながら該当する車を探した。
……あった。この建物で間違いなさそうだな。
ホルマジオは次に身を隠せる場所を探そうと、車が突如として現れても誰にも気づかれないような空き地を探した。彼はマンションの裏側へ車を走らせる。開発途中で占拠されてしまった所為か、かつて資材置き場として利用していたであろう空き地がそこにあった。今では立派な不法投棄専用のごみ捨て場だ。周辺の建物から見えない位置にある堆く積もった廃材や廃タイヤの山の麓で、ホルマジオは能力を解除した。突如として車が出現したように見えるが、それに気づき騒ぎ立てる人間はいないようだ。ホルマジオは周りに人がいないことを確認した後一息ついて車から抜け出すと、ゴミの影に隠れながら再びマンションへと近寄った。
が捕らえられていて、尚且つ拷問されるとしたらどこだろうか。ホルマジオは考えた。窓という窓は全て窓らしからない。開け放たれているか、トタンか廃木材を日よけにしているかのどちらかだ。そんな場所で拷問でもしようものなら叫び声が外に響き渡ってしょうがないだろう。地下から探すのがいい。そして次に彼は近くの電柱に視線を投げた。アパートのいたるところから近くの電柱に向かって盗電目的と思しき電線が伸びてきている。地下から電柱まで伸びる電線の元を辿れば、恐らくそこに人がいる。
ホルマジオは目星を付けて足を踏み出した。瞬間、女の悲鳴がホルマジオの耳に届いた。
っ!?
の悲鳴など、ホルマジオは一度も聞いたことが無かった。彼女は彼の前では少々取り乱すことはあったが、基本的にいつも落ち着いていて声を荒げることもあまり無い。だが直感が、今しがた聞こえた悲鳴の主がであると彼に訴えた。彼ははすかさず悲鳴の発生源と思しき場所に視線を投げる。彼の目に飛び込んできたのは二十×四十センチメートルほどの鉄柵が付いた換気口だ。先程目星を付けた電線が、五つほど等間隔で並ぶそれの一番端に伸びている。やはり、が囚われているのは地下室だったのだ。
ホルマジオは確信を持って駆け出した。換気口に向かって走りながらスタンド能力を発動させ体を縮ませる。そして鉄柵の間から部屋の中の様子を伺った。彼がいる場所から下方に見えたのは、テレビ、ローテーブル、ソファー、左手にキッチン、そして右手に別の部屋へと通じるドア。何を話しているのかまでは聞き取れなかったが、その扉の向こうからイタリア語と思しき言語ででたらたらと文句を垂れる男の声が聞こえてくる。幸い彼が今目にしている部屋には誰もいない。ホルマジオは換気口から飛び降りて扉の前へと急いだ。
扉はひどく建付けが悪い。素人仕事で気密性も何もあったものではない。床と扉の間には、なんとか掻い潜れるだけの隙間がある。ホルマジオは扉の前で一呼吸ついて、中の様子を把握するために耳をすませた。
「……ああ、暴れんな暴れんな。ペンチが滑る」
そんな男の声の後、再びの叫び声が轟いた。ホルマジオは状況確認のため部屋に入るのを躊躇ったことを後悔した。暗殺者としての用心深さが仇となった。額から汗が噴き出す。聞いているこちらまで辛くなるような、耳を劈く凄まじい叫び声。外で聞いたものとは比べ物にならないほどの、苦痛を訴える声だった。ホルマジオは慌てて扉の隙間に体をねじ込み、ターゲットの男と思われる足元に近寄った。
まだ鮮やかな赤色をした血液が、ベッドに敷かれたビニールシートを伝って垂れ流れている。が何をされたのか確認はできなかったが、恐らくか歯でも抜かれたのだろう。口を閉じたまま、あまりの痛みに耐えきれず、はうめき声を上げている。
こんなことを他の誰でも無いにしているのがターゲットであろうがなかろうが最早関係無い。ぶち殺してやる。頭に血が上ったホルマジオは、能力を解除し男の背後に立った。すかさず腰のベルトに装備していたダガーナイフを引き抜いて、男の頭頂部を鷲掴みにして項から脳天を貫くようにそれを突き刺した。
絶命した男が床に倒れ込む。その向こう側に現れたの姿を見て、ホルマジオは絶句した。目のやり場を失った彼はとっさに身をかがめ、放心状態で男の後頭部に突き立てたナイフを引き抜いた。
「……ホル、マジオ……?」
ゆっくりと立ち上がる間、嗚咽交じりに吐き出された弱々しいの声を聞いて、ホルマジオは胸がちくりと痛むのを感じた。そしてその悲しみは、床に突っ伏す男への怒りへと変貌を遂げる。彼は足を使って仰向けにした男の顔を何度も踏みつけた。だが、それで彼の怒りが静まることは無かった。
「……ホルマジオ……」
「何だよッ……!?」
「……お願いがあるの……」
彼には彼女が今渇望する物が何かなど、容易に想像がついた。
やめろ……オレにそんなことをさせるな。違う。違うんだ。お前を殺してやりたいなんて、思ったことなんて無い。お前は勘違いしてる。オレは好きな女まで簡単に殺せるような……そんなわけ分かんねーサディストじゃあねーんだよ……!
「やめろ……言うな……」」
まだ言われてもいないのに、彼は思いを先走らせた。
は死んでも蘇る。それは彼も一度目の当たりにしているし、前回ギアッチョとの仕事で海賊に爆撃を受けてミンチにされた時も、時間はかかったが彼女は何も無かったかのように生き返ったとの話も聞いている。だから彼女が足の爪を4枚ほど剥がされ、上あごの犬歯を麻酔も無しに抜かれた凄まじい痛みから逃れ、元通りの姿に戻りたいと考えるのは至極当然のことだ。だが、彼は彼女が求める物を、素直に、尚且つ速やかに与えてやる気にはなれなかった。
「私を、殺して……」
の力ない訴えが、改めてホルマジオを打ちのめす。
ホルマジオはこれまで、人を殺すということに躊躇いなど持ったことは無かった。それは仕事だからであって、その仕事を全うしなければ自分が死ぬからだ。だが、今に殺せと言われているのは仕事でも何でもない。を殺さなかったからと言って、自分が死ぬわけでは無い。そもそも、好意を抱く女相手にナイフを突き立てるなど、自分が人間でなくなるような気がしてならなかった。自分に殺せと懇願してくる女がいくら凄まじい蘇生能力を有していて、どんなに粉微塵にされようとも恐らく生き返ってしまえる女だとしても、彼女の柔肌にナイフを突き立てるなんてことはしたくなかった。
確かに彼は過去に、に向かって自分の能力で殺してやるかもしれないと言ったことはある。だがそれは彼女の気を引くために吐いた虚言でしかなかった。もちろん、はそれを真に受けてホルマジオに向けて懇願しているという訳ではない。ここにいるのが他の誰であっても、彼女はきっと自分を可及的速やかに殺してくれと懇願したはずだ。そして懇願されるのがチームメイトの誰であっても、ホルマジオと考えることは大して変わらないだろう。
いくら暗殺者の集まりとは言えども、彼女を進んで殺してやりたいなどと思う人間はいないのだ。
「……お願い、ホルマジオ……痛いの……苦しいの……お願いよ……私を、助けて……」
は口から血を垂れ流し、涙をぼろぼろと零しながら言った。抱きしめて慰めたいと思わせる弱々しい姿。だが抱きしめようにも、体に触れることで少しでも振動を与えてしまえばひどく痛がるのではないか。そう思えるほど彼女はボロボロだ。きっと彼女は、そんな風に慰める前にさっさと殺してくれと思っているに違いない。ホルマジオは半ば諦めながら、の顔をじっと見つめた。
「さっきその人を殺したみたいに……してくれたらいいの……ねえホルマジオ、考えすぎないで……私にとっては、セックスみたいなものなのよ……。相手があなたなら……不足なんてないわ……だから早く……して……?」
「……クソ……何でよりにもよってオレなんだよッ……!!」
ホルマジオはベッドの傍にあるチェストの上に、複数のペンチやハサミ等の拷問器具が並べられているのを見つけた。その隣のスペースに手錠の鍵が置かれている。彼はそれを乱暴に手に取っての手錠を外すと、壊れ物を扱うような手つきで彼女の上半身を抱き上げた。右手には血濡れのダガーナイフ。自分の服の裾で男の血液を拭うと、ホルマジオはの項にナイフの切っ先を宛がった。
「……ありがとう、ホルマジオ……。私なんだか……幸せだわ」
「オレの気も知らないでお前って女は……!。お前はどうかしてる」
「大丈夫……絶対に帰ってくるから……心配しないで」
「……絶対だぞ……」
彼女を殺すことに抵抗を覚えるのは自分のエゴだ。彼女の前で人間の皮を被ったモンスターになどなり下がりたくないという見栄を張っているにすぎない。そんな自分の勝手な感情で、を苦しませ続けるのか?
ホルマジオはそう自分に言い聞かせた。彼女を殺すのは正しいことなのだと自分に納得させる。そして右手に構えたナイフを一度引いて、勢いを付けての後頭部に突き刺した。刃は頭蓋骨をかわす角度で脳を貫いた。直後、ホルマジオは男を殺した時には微塵も感じなかった不快感に苛まれる。彼女の生暖かい血液が、ナイフの刃から柄を伝って親指の付け根にまで垂れ流れてくる。その感覚にぞっとして、ホルマジオはの後頭部からナイフを一気に引き抜いた。そしてゆっくりと、の上体をベッドへと寝かせた。
ホルマジオは背後の壁に背中を預けたまま力なく頽れた。しばらく放心状態で、の亡骸が横たわるベッドを見つめていた。五分ほど経ったところで彼はようやく自我を取り戻すが、目の前の光景が彼女の体をベッドへ寝かせた直後と少しも変わっていないことに気付く。
ホルマジオはごくりと固唾を呑んで、コンクリートで囲まれた狭い部屋の壁に背を預けたまま、床にできた小さな血だまりを見つめた。それは彼女の足元から垂れた血液でつくられたものだ。男の血液では無い。だが5分を過ぎた今も、血は元の場所に戻ろうとしない。
ホルマジオは彼女が初めて自分の前で死んだときのことを思いだした。
以前、が轢死することでターゲットの男を事故死させた際、彼女の無残な轢死体が普段通りに戻るまでに要した時間は十分程度だった。血やら臓物やらが方々に散ったあの時ですら、生き返るまでに十分しか要しなかった。今はもうその半分時間が過ぎているというのに、血液も爪も何も動き出さないとはどういうことだ?
「……おい。冗談はよせよな……」
ギアッチョの話によると、RPGから射出されたロケット弾を受けた彼女が生き返るまでに要した時間は三十分程度だったという。爆撃で海面に飛び散った体の一部ををかき集めるのに時間がかかったと考えれば妥当とも思える時間だ。だが一回目の死よりもだいぶ時間が開いているようにも感じられる。そして今、彼女の身体の一部だったものは蠢くこともなくその場に鎮座している。
「おい!」
彼女を殺して十分が経過した時、ホルマジオはたまらず声を上げた。ランボルギーニで轢死した時よりも、体の損傷は少ないはずだ。だというのに何故生き返らない?彼はたまらず床から立ち上がり、に覆いかぶさった。
「お前、絶対に帰ってくるって言ったよな……?心配すんなって言ったよな……!?帰って来いよ!心配なんかさせるんじゃあねーよ!おい!!!」
すると彼の必死の叫びに応えるように、床に垂れ流れた血液に本来の鮮やかな赤が戻り始めた。ホルマジオの右手に付着した血液も同様だ。やがてそれらは立体的な粒立ちを見せ始め、ゆっくりと元の場所へと戻っていった。爪もカサカサと音を立ててベッド上を這い、天井を向いたのつま先をよじ登っていく。顔の傍に放られていた犬歯も、蟻のように列を成して元へ戻っていく血液に続いて口の中へと潜り込んでいった。血まみれだったベッドも床も――男の死体と頭部周辺に広がる血だまりを除いて――、いつの間にか元の状態に戻っている。見開かれたの瞳には本来の色が戻る。そして十五分ほど経ったころ、彼女は突如として息を吹き返した。
「――っ!」
「!!」
ホルマジオはの肩を掴み、顔を覗き込んだ。何度か深い呼吸を繰り返した後、はゆっくりと瞬きをして面を上げる。そして恍惚とした表情を浮かべ、彼女はホルマジオの瞳を見つめた。
「あなたが助けに来てくれるって信じてたから、私生きてられたの……。仕事終わりにあなたに殺してもらえるなんて……これ以上ないご褒美ね」
はホルマジオの耳元に唇を寄せ、扇情的な口ぶりで囁いた。
「殺してくれてありがとう」
普通ではあり得ない謝辞を吐き出した唇は、ゆっくりとホルマジオの口元に移動していく。ふたりはどちらからともなく瞼を下ろした。それを合図にの唇がホルマジオの口を塞ぐ。言いたいことは色々とあるだろうが、今は黙っていろとでも言うような、有無を言わさぬキスだった。ホルマジオは複雑な心情に蓋をして、彼女から贈られてきた唐突なキスに応じた。そして中々離れて行こうとしない彼女の薄く開かれた唇に舌を割り入れ、奥深くまでまさぐった。
ついさきほどまでが散々垂れ流していたはずの血の味は少しもしなかった。だが、涙の味がした。