暗殺嬢は轢死したい。

 ギアッチョとは定刻通り、朝の六時半頃にパレルモの船着き場へと到着した。熟睡できたと、あまりよく眠れなかったらしいギアッチョはフェリーの車両甲板に停車していた車へと乗り込んだ。ギアッチョがハンドルを握りながら大あくびをかますと、はすかさず運転を代わりましょうか?と嬉々として申し出る。が、すかさずギアッチョが大丈夫だと突き放す。が諦めてしょんぼりしてしばらくたつと、ハッチがゆっくりと開かれ、眩しい朝日が差し込み、徐々に甲板内を照らし始めた。

「なんかワクワクするわ!ドライブ楽しみ!」
「お前完璧お出かけ気分だよな?仕事だっつってんだよ。邪魔したら許さんからな」
「許さないって具体的に何をどうするの?」
「……マジで車のキーの置き場所を考え直す」
「それはやめて!貴方の車でドライブするのがささやかな私の楽しみなの!」
「いー加減オレの車を勝手に乗り回すのを止めやがれ!!!」

 開け放たれたハッチの向こうに広がる空模様を見るに、天気は良好だ。はそれを確認するなり幌に手をかけ、キャビンを露わにする。シチリアの海岸沿いをオープンカーでドライブできるとあっては気分上々だ。ギアッチョも、相変わらずにペースを崩されつつ都度イラついてはいるものの、ことのほか機嫌は悪くなさそうだった。



 パッショーネの密輸船は州都パレルモから西に向かって車で一時間半のトラーパニの港から、夜半過ぎに出るらしい。ギアッチョたちは別で小回りの利く船――スポーツクルーザーあたりが好ましい――を手に入れ密輸船に後続する。そして、襲い来る賊の船に近づき船体ごとギアッチョのスタンド能力で凍らせ、あとは爆弾をセットし海に沈める、という段取りを予定している。ちなみに、リゾットの言っていたC4爆弾は密漁船の方に積むよう手回ししてあるという。

 遅く見積もっても朝の九時ごろにはトラーパニに着いてしまうわけだが、ビーチで日光浴や海水浴をしている暇があるわけではない。ふたりはまず船を手に入れなければならなかった。レンタルでもいいんじゃないかとが提案する。が、基本的に24時以降まで船を貸してくれる店など無い。となると、店から強奪するか、クルーザーを持っている観光客から強奪するか、しかなくなるわけだ。

 メローネは、ふたりがアジトを発つ前に、に例の“レイプドラッグ”ロヒプノール錠を小分けにしたものを持たせていた。何かに使えるかもしれないから持っておけ、と言うので、はそれをバッグに忍ばせていた。そういう訳で、の頭の中ではすでに船をどうやって入手するか考えられていた。それは、クルーザー持ちの金持ち男を誑かし、クルーザーで人気のない所に行って二人きりになりたいとでも言って飲み物に薬を混入させ、男が気を失っている間に船を強奪するというものだ。計画を聞いた時ギアッチョは、女ってこえーな。気を付けよう。と思った。



 ふたりを乗せた車は高速道路を走っていた。進行方向に向かって右手に海があり、助手席に座るはずっと海を見ようとしていた。市街地から遠ざかるにつれ海沿いに立ち並ぶ建物も減り、青く美しい海が見えるようになってくると、はわあ。と言って、感嘆の溜息を吐く。ギアッチョは、特段キレイだなんだとはしゃぎたてる様子も無く、静かに海を眺めるの様子を横目でちらりと見た。彼は、彼女は今どんな表情でいるのか。また涙でもこぼしているんじゃないかなどと少し気にしたが、すぐに目線を前方へと戻した。

 静かだったのも束の間、高速道路が内陸に入り込み海が見えなくなったのを皮切りに、は景色がつまらんだの何だのと言い始める。ギアッチョのハンドルを握る手に力が入る。そして帰りは時間があるし下道の海岸沿いを走ろう。そして運転させろ。などといったコメントで、は話を締めくくった。

「だあかあら!これはオレの車だッ!!何回言わせる気だ!?」
「ああギアッチョギアッチョちゃんと前見て。車間距離車間距離」
「うるせえ!お前がオレをイラつかせるからいけねーんだよ!!」
「――っ!」

 前方を走っていた大型トラックが目前に迫る。ギアッチョは見事なハンドル捌きで、尻を舐めるようにしてぶつかる寸前でトラックを交わし、走行車線へと移動した。は死に対する恐怖心は無いが、痛みに対する恐怖心があるので、一瞬ヒヤッと肝を冷やした。ギアッチョはまるでいつものこととでも言うように涼しい顔をしているが、運転中に彼に話しかけるのは良くないかもしれない。そう思い、は口をできるだけ噤む決心をした。

 それに、事故なんか起こしてこのロードスターちゃんがダメになったらかわいそうだものね。

 ひとり頷き、彼女は黙って進行方向に顔を向けた。そして、対向車や自分たちを追い越していく車で好みの物が走り去っていくと、あれはどこの国のなんという車で、排気量がいくらでエンジンが何気筒で……などという話をし始め、ギアッチョは珍しくそんな話に耳を傾け、へえ。と相槌を打つ。ドライブ中のBGMはレッド・ツェッペリンやディープ・パープルなどといった、七十年代のイギリスのロックミュージックだった。ふたりが好んで聴くそれのおかげか、不思議と絶え間なく続いた会話のキャッチボールのおかげか、1時間半という時間もあっと言う間に過ぎ去り、ふたりはトラーパニに到着した。

 まずはパッショーネの船が出ると言う、市街地から少し離れた港の倉庫を確認することにした。目的地に到着すると、埠頭のキワに潮風でさび付いたような見た目の古びた倉庫が、いかにも、という雰囲気を醸し出して建っていた。倉庫のすぐそばに個人の漁師が使うくらいの小さな漁船が停泊している。おそらくこの船に良からぬ品――麻薬や武器等――を積んで、コルシカ島へと向かうのだろう。大きな旅客船が何隻か停泊しているのが近場に確認できる見通しのいい埠頭だったが、暗くなってしまえば何を積んで港を出ようと誰も何も文句を言わないだろう。と言えるほどに周辺は閑散としていた。



 昼過ぎ、宿泊予定の安いホテルには時間が早すぎてチェックインができず、なくなく荷物だけを預けた後のことだ。ホテルの近場で朝食を取った後に向かったビーチで、は獲物を狙っていた。ギアッチョはまるで釣りでもするように、の様子をぼうっと遠目で見守っていた。

 が身を横たえるビーチの近くには、モーターボートやクルーザーを係留する桟橋があった。まるで自分の財力をひけらかすようにビーチの前を横切るクルーザーはまだ現れない。彼女はそれを待ちつつ、ぼんやりと浜辺で日光浴を楽しんでいた。

 そんな彼女の様子が、ギアッチョの目にはただバカンスを楽しんでいるようにしか映らない。険しい表情を浮かべた彼はビーチ付近に建てられたレストランのテラス席から、激しい貧乏ゆすりをしながらの動向を監視していた。しばらくして、ビーチの前を横切る白いスポーツクルーザーを確認する。それが近くの桟橋に留まる。一人の男が、水着に白シャツを羽織ってサングラスをかけた格好で降り立ち、ビーチへと足を向けた。なかなかに引き締まった良い身体をした、二十代後半と思しき男だ。

 まさか、一人目がを誘う訳ねーよな。

 せっかちなギアッチョは早々に決着がつくことを望みながらも、内心でそう思った。の他にも水着姿の美女が何人か、男を誘うように浜辺に身を横たえているのだ。まさか桟橋に降り立った一人目の王子様――金ヅル――がを目ざとく見つけ、クルージングデートに誘うわけがない。

 そんなギアッチョの予想は見事に外れる。まるで、クルーザーでビーチを横切った時から彼女に目をつけていたかのように、脇目もふらず、男はの傍へと近づいて行った。

 ……ウソだろ……。

 さすがのギアッチョも息を呑んで様子を見守るしかなかった。黒のビキニに、南国を彷彿とさせる大きめのリーフ柄をあしらったパレオを纏うが、男に見事にナンパされ、数分でクルーザーまで誘われていく。

 のやつ……何かチートでも使ってんじゃねーか?

 内心で身も蓋も無い言いがかりをつけながら、ギアッチョはテーブルの上にラップトップPCを置いた。彼女の持つショルダーバッグの中に仕掛けたGPSの発信器。その位置を探知するアプリケーションを開く。これで、がどこに男を誘おうとも彼女の現在地が把握できる。ギアッチョは、を乗せた船が人目につかない入り江に入り込んだ所まで車で追いかけ、彼女と合流することになっていた。ギアッチョがと合流する頃には、が得意げに船のキーを手にしていて、ナンパ男は気を失って船上に放置されていることだろう。

 ギアッチョはの姿をずっと目で追っていた。桟橋からクルーザーに乗り移ったところでさっそく、ナンパ男はを引き寄せてキスをしようと顔を近づける。

 手が早すぎるだろーが!!

 ギアッチョはふたりの様子を遠目に見ながらキレ始める。なぜ自分がこんなに憤りを覚えているのかギアッチョには分からなかった。だが、がこれから男に何をされることになるのかと想像すると無性に腹が立った。もちろん、はそんなことにならないように未然に薬を盛る予定でいるはずだ。しかし、男ととの距離が近いことだとか、彼女を抱ける気満々でいる男の自信に満ち溢れた顔だとかがギアッチョの怒りのボルテージをぶち上げていく。漏れ出る怒気に気付いた他の客が、怪訝な表情を浮かべソワソワしながらギアッチョをちらちらと見ていた。

 さっさと終わらせろ!っつーか何かムカつくからその男もうそこで殺しちまえ!!!オレが許す!!!

 だが、そんなギアッチョの願望に反して、を乗せたクルーザーは桟橋から離れて行った。それを確認するや否や、ギアッチョはテーブルに運ばれてきてまだ一度も手を付けていなかったアイスコーヒーを乱暴に手に取って一気に飲み干し、怒り心頭に立ちあがった。そして、開いたままのラップトップPCを抱え、足早に店の出入り口へと向かう。

 まだ勘定をするように訴えられた覚えのない客に前を横切られ、それを無銭飲食と思い焦ったウェイターが、奇抜な頭髪――カラーは水色。キツめのパーマをあてている――の客の後を追いかけ、お客さん、代金は……と控えめに声かける。すると、ひどく不機嫌なその客は、金ならテーブルに置いてる。と言い放ち、外の駐車場に停車していた赤いスポーツカーに乗り込んだ。慌てて客が座っていた席に駆け寄ったウェイターは、コーヒーの代金よりも若干多めの金がテーブル上に残されていることを確認し、ほっと胸を撫でおろした。



33:Absolute Zero



 気を失ったナンパ男は入り江にあった桟橋の麓に建てられた――おそらく地元の漁師が使っていると思われる――倉庫内に拘束して、身の回りの物は海へ放った。起きた時、すぐに誰かに連絡して公共交通機関を使って街まで辿りつけないように、携帯電話も財布も何もかもだ。きっと朝方には漁師にでも気づいてもらえるだろう。は申し訳ないと思いつつ、ギアッチョと倉庫を後にした。

 時刻は午後三時。仕事まであと十時間ほど時間がある。は強奪した船をどうするべきか、とギアッチョに意見を求めた。すると、パッショーネの倉庫そばに係留されていた漁船の後ろにでもつけておけばいいと言われる。

「……オレが船を離れてる間にあのクルーザーの舵を取るのはお前だ。ここで少し練習しとけ」
「そっか……そうよね!じゃあギアッチョ先生、教えてくれる?」

 ナンパ男から強奪したクルーザーはそれほど大きなものでは無かった。運転席は狭く、その後方に広がるキャビンも運転手の他に四人が乗り込める程度の規模でしかない。そして天井も低い。そんな狭い空間に、ビキニ姿で露出の多いとふたりきり。自分で言ったはいいものの、フェリーの客室で感じた以上の焦燥感がギアッチョを襲った。目の前に立つの胸元が気になるお年頃の彼は、ごくりと固唾を飲み込んだ。

 はそんなギアッチョのことなど気にも留めず、キーをくるくると手元で回しながらクルーザーへと乗り込む。ギアッチョは軽く舌打ちをして、の後を追いかけた。

 その後一時間程度で、前進、後退、旋回、停止をマスターしたが、パッショーネの所有する港近くの倉庫までクルーザーを操縦し、密輸船の後方に停泊させた。ギアッチョは車での後を追うと、鼻高々に笑みを浮かべた彼女を助手席に乗せ、宿泊先のホテルへと向かった。



 こうして迎えた深夜一時半。漁船にブツを積み込んだ三人の運び屋のうち、リーダー格と思しき男がギアッチョに出港を伝えた。ギアッチョとはクルーザーに乗り込み、運転席に身を埋めたがキーを回し船にエンジンをかける。ゆっくりと前進する密輸船の後ろにつき、四十分程ティレニア海上に船を走らせた。

 は三十メートル程後方で密輸船に後続していた。点灯する照明は必要最低限にとどめ、敵に存在を感づかれないよう配慮した。ギアッチョはクルーザーのキャビンから出て辺りを見回す。賊は全長二十メートル、全幅四メートル程度のモーター駆動式の漁船で襲って来るらしい。闇討ちするかのようにこの真っ暗闇の中で明かりも付けずに近寄ってくると言うので、なかなか気も抜けない。眉間に皺を寄せて目を凝らしながら、辺りを見回す。すると、船の進行方向に向かって左手から、けたたましいエンジン音が聞こえてきた。

「おい、。左手から賊が来てる」

 はそう言われてアクセルを弱めた。クルーザーの駆動音を抑えることで、より鮮明になる敵の船の音。音の聞こえてくる方向に目を向ければ確かに、前方の密輸船に向かって黒い影が近づくのを確認できた。事前に聞かされていた賊の船と同じ特徴を持っているように見える。もっとも、激突すら辞さないスピードで明かりもともさず他所の船に近づくなどという非常識極まりない航行をする船に乗るのが、賊でないわけがなかった。

「ギアッチョ。準備はいい?」

 は操縦席からギアッチョに問うた。直後、ギアッチョが装甲の様に、自身の体にスタンドを纏う。

「ホワイト・アルバム!!」

 瞬間、の背後から凄まじい冷気が襲い来る。一応ギアッチョの能力については話を聞いていて、寒くないようにと配慮した格好ではいたが、それにしたって寒い。と、厚手のダウンジャケットを持ってこなかったことをは後悔した。しかしその冷気は、ギアッチョがクルーザーから離れたのと同時に和らいだ。とはいっても、凍えるくらいにはまだ寒かった。

 海に飛び込んだと思われたギアッチョの足元には、氷の床が形成されていた。触れた瞬間、物質の振動を強制的に抑えつける彼の能力がそれを可能としていた。ギアッチョが装甲の足元に備えているスケート靴を駆使して前進すると、それにつられて恐ろしい速さで氷の床も広がっていく。はそんな幻想的な景色を眺めながら、感嘆の溜息を吐いていた。

 あと三十メートル程でパッショーネの密輸船に賊の漁船が船首を突っ込むといったところで、ギアッチョの氷が船を強制的に停止させた。ピシピシと音を立てながら、賊の船の船底から甲板へと氷が伝っていく。その間に賊の船の甲板に敵がわらわらと姿を現して喚き始めた。イタリア語でもフランス語でもない、どこか他の国の言葉が開けた海上に響き渡る。何故突然船が動かなくなったのかと確認するためか、さすがに賊の方も船の照明を点灯させた。ふたつのサーチライトの明かりが動きながら、賊の船の周囲をまんべんなく照らしはじめる。

 ギアッチョは自身の姿が見られないようにとなるべく身を低くして、賊の船へと近づいて行った。近づけば近づく程、船は海水や空気中の水分を氷として纏っていく。ひとり、ふたり……徐々に氷に足を取られ、敵が凍らせられていった。それを眺めている間、ギアッチョは信じられない物を目の当たりにする。尚も何が起こっているのか把握できず、やけっぱちになっている賊のうちの一人が、重火器と思しき形状の物を抱えて自分の後方に狙いを付けているのだ。

 ……RPGだと!?

 ギアッチョはとっさに振り返った。敵の船のサーチライトが、の乗るクルーザーを照らしている。は眩しそうに眉を顰め、腕で顔を覆っていた。五十メートル程後方にいる彼女に向かって逃げろと声を張り上げようとした瞬間、ギアッチョの背後で発砲音が響く。直後、響き渡る男の断末魔。それを最後に、賊の船からは何も音が聞こえなくなった。完全に氷が船を覆い、船員の全員が無力化されたのと同時に、ギアッチョはの乗っているクルーザーが凄まじい爆音と共に火炎を上げながら砕け散るのを目の当たりにすることになった。遅れて暖かい爆風がギアッチョを襲う。

「――っ!!!!!」

 火薬の臭いが鼻をついた。暗い水面に、船の残骸が浮かんでいる。木っ端みじんだ。の姿――の肉片と言った方が正しいかもしれない――など、どこにも見当たらない。ギアッチョの思考は一時的に停止する。

 が、死んだ……?

 違う。彼女はどんなにめちゃくちゃになったって生き返る。思い出せ。ランボルギーニに轢かれてぐちゃぐちゃになったってのに、オレが車で迎えに行ったときは既に、はぴんぴんしていた。だから大丈夫だ。絶対、は死なない。いくらロケット弾ぶっ放されて木っ端みじんになったって、大丈夫なはずだ。大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫――。



「――てんのか!?おい!!!ギアッチョ!!!お前は平気か!?」

 密輸船の甲板から、パッショーネの運び屋の声が聞こえた。ギアッチョは茫然自失としたままクルーザーの残骸の浮かんだ海面をじっと眺めていたが、しばらくして、巨大な氷の塊と化した船を指さしながら声を張り上げた。

「うるせえ!!!他人の心配なんざする暇あんなら、さっさとこのクソ海賊共のクソ船に爆弾仕掛けて沈めやがれ!!!!!」 
「お、おう!!」

 ギアッチョの能力を目の当たりにし、彼の凄まじい怒気と共に命の危険を感じ取った運び屋たちは言われるがまま、凍った船に密輸船を横づけし、C4爆弾を五個ほど船体へ均等に設置した。そして船に戻り大きな氷の塊と化した賊の船から距離を取ると、能力を解除して海面に浮かんでいたギアッチョを拾って手元の爆破スイッチを押す。再び爆音と爆風と熱気が一行を襲った。賊の船もまた、粉々に砕け散って、ティレニア海沖に沈んでいく。――任務完了だ。

 だがギアッチョは、まったく晴れやかな気分になれなかった。が一向に姿を現さないのだ。クルーザーが爆破され、もう二十分近く経過しているというのに、元に戻ったの姿が現れない。

「おいギアッチョ……あの綺麗なねーちゃん、死んじまったんじゃあねーのか?」

 いつまでたっても船を走らせることを許可しないギアッチョに痺れを切らし、運び屋の男が恐る恐る声をかける。すると、存外落ち着いた様子でギアッチョは返答した。

「……あいつは死なねーんだよ。……絶対にな。待ってりゃその内、声を上げるはずだ。だからオレがいいと言うまで、船を動かすんじゃあねー。絶対にだ」

 運び屋の男たちは、クルーザーに乗ったがロケット弾を真正面から受け、爆ぜ飛ぶのを目撃していた。きっとこのギアッチョという男は、大切な仲間がもう戻らないことを受け止められずにいるのだ。と、信じて疑わなかった。