……のことを思いながら他の女を犯すなんて……。ヤってる時は気分がいいが、冷静になってみるとかなり空しいもんだな。
メローネは、
の宿泊する部屋へ赴く途中で自身の行いを振り返っていた。イルーゾォが部屋を出て1時間が経過していた。
一時間、好きでも何でもない女の身体を玩んでいた彼はその最中、
の部屋にイルーゾォが居座っているのを確認していた。その光景を目にした瞬間興ざめしてしまった彼は、モニターの電源を落とし、ターゲットの女の顔が見えないよううつ伏せにして自分が果てるまで行為を続けた。
全く……イルーゾォが
に近づくのを見ただけで萎えちまった。オレは相当
に頭をやられてるみたいだ。
メローネは
の部屋の扉を叩きながらそう思った。扉の向こうで出迎えてくれるのがだと期待しながら。しかし、彼の目の前に現れたのは憎い恋敵、イルーゾォの姿だ。
「……何でお前が顔を出すんだ。ここは
の部屋だろう?」
「の部屋になんでお前が来るんだよ」
「それはこっちのセリフだイルーゾォ。何でお前がの部屋にいる?おかげで一回中折れしただろうが」
「知ったことか!これ以上オレに身の毛のよだつような話を振るんじゃあねー!ところで、仕事はどうした?女はヤッちまったのか?」
メローネは仕事の首尾を尋ねるイルーゾォの肩を抱え込み、耳打ちする。
「そんなことより、はどんな反応だったんだ?」
「……はァ?なんの話だ」
「オレが他の女とヤッてるって話をして、どんな反応をしたんだって聞いてるんだ」
「……別に何も。普通なら嫌悪感を抱きそうなもんだが、笑ってたぞ」
メローネは、彼なりの“押してダメなら引いてみろ作戦”が失敗に終わったことに愕然とした。そして、嫉妬に狂ってオレに本心を打ち明けて欲しい、という願望が実現することは無いと分かると彼の態度は豹変する。まるでスイッチのオンオフが入れ替わるように、彼は本来の仕事についての話題へと切り替えた。
「……おや、今しがた受胎が完了したようだな。オレはこれからジュニアの育成に入る」
「あらメローネ。お疲れ様。お仕事は順調?」
部屋の入り口付近からイルーゾォとメローネが動かないので、気になって様子を見に来た
が、壁の向こうから顔を覗かせる。その姿を確認するや否や、自分の前に立ちはだかるイルーゾォの身体を押しのけ、メローネは彼女に近寄った。
「順調だ。……
。せっかくだから、オレのスタンド能力、見てみないか?」
「見る!見るわメローネ!私、ずっとあなたの“殺し方”が気になっていたの!」
瞬く間に変態の独壇場と化したシングルルームのベッドの上。
は嬉々としてメローネのラップトップのモニターを凝視していた。メローネは生み出した“ジュニア”にPCを通して指示を出しもう一人のターゲットを殺させるための教育をはじめる。彼の口から吐き出される“暗殺教育”に、熱心に耳を傾ける
。イルーゾォはそんなふたりの姿を、彼が今まで仮眠を取っていたソファーに戻って眺めていた。
ったく、ほんと仲がいいよなぁ。こいつら。
しばらくメローネによって進められる仕事の進捗を見守っていたイルーゾォだったが、ジュニアによって報告される現状がメローネの実況中継で断片的に知らされるだけで次第に面白くもなんともなくなり、自然と瞼が閉じていった。
16:Smooth Criminal
アンナ・ミラーは目を覚ますなり、即座に起き上がった。ひり、と痛む手首を見ると、赤く擦り切れて血が滲んでいる。
確か……長いラベンダー色の髪をしたラテン系の男に手錠で拘束されて……。
そこまで思い出したところで、アンナは身震いを起こす。見知らぬ男に犯されたという確かな記憶が蘇ってきたのだ。彼女はとりあえず命を奪われていないということに安堵したのも束の間、自分のハンドバックを漁って携帯電話を探す。が、どこにもそれは無かった。
「ケータイ……。ケータイはどこ!?犯人に持ち去られた……?……確か、ヌーブからの連絡でこの部屋に来たのよ。間違いなく、あいつからの連絡だったわ。あいつの嫌がらせなのっ……!?っクソ!どうして私がこんな目にっ……。今すぐにでもあの男のことをブッ殺してやりたいってのに!全部、全部ヌーブの所為よ!!」
キャンベル家の顧問弁護士として多額の報酬を受け取っている彼女は、迂闊に警察を呼ぶことができなかった。もし見ず知らずのあの男がヌーブに差し向けられた人間だとしたら、キャンベル家と法廷で争うことになりかねない。今後絶対に現れないであろう最高の金づるをむざむざ自分から手放すワケにはいかない。まずは事実確認が先決だ、とアンナは冷静すぎる判断を下した。
「もしアイツの差し金だったら、たっぷりと“非公式”に慰謝料をぶんどってやるわ!!そして、いつか……いつか絶対に、どうにかしてぶっ殺してやる!!」
彼女は乱された身なりを整え、部屋を見渡した。その結果、犯人に繋がるような物証は何も残っていないようだと分かり舌打ちをすると、彼女はヌーブのペントハウスへと向かった。アンナは自身の長い髪の内側で蠢く物の存在に気づくことなく犯行現場を後にする。
「ブッコロス……ッテ、イッタイ、ナン……ダ?ヌー……ブッテ、ダレ……だ?」
まだ小さな“ジュニア”の声は、母親には届いていないようだった。
「今、あの女は部屋を出たらしいな。かなり怒っているようだ。何故か殺意がオレじゃあなくて、もう一人のターゲットの方へ向いているらしい。積年の恨みってやつか?」
メローネは、
の部屋のベッド上でPCのモニターを見ながらつぶやいた。彼のスタンド能力で生み出された“ジュニア”より、母親の――アンナ・ミラーの様子がリアルタイムで、しかも英語で伝えられている最中だった。メローネはターゲットの女がすぐに警察を呼んで、部屋でヒステリーに泣きわめく未来を想像していたが、その予想とはかけ離れた、存外冷静なアンナの対応に驚いた。
『ブッ殺すとはいったい何ですか?』
そう打ち出されたPCのモニターを、
は興味深げに眺めていた。
「このチャットの相手が、所謂ジュニアなの?」
「そうだ。オレはこれから、殺すってことをこいつに教えなくちゃあいけないんだ。……よし、ジュニア。よく聞くんだ。……これが人間だ」
人間、と言いながらモニターに向かってメローネが見せつけているのは、ヌーブ・キャンベルの写真だった。
「人間は心臓っていうこのあたりにある臓器が動かなくなると死ぬ。例えば、AとBという人間がいたとしよう。AがBをブッ殺すと言う場合、AがBの心臓を動かなくすることを言うんだ。心臓を動かなくするために必要なのが、これだ」
次に彼がモニターに見せつけたのは、ヌーブがどこかのステージ上でスタンドマイクに手をかけて歌っている写真だった。ちょうど右手首が映るアングルで撮られたそれの、手首部分に赤いバツ印が付けられていた。
「人間はこの印が付いたあたりを深く切ると、心臓が止まるんだ」
大分説明がざっくりしてるわ……。
は教育の様子を黙って見ながら息を呑んだ。
『ブッ殺すことは理解しました。ところで、ヌーブって何ですか。いま、母さんがそれをブッ殺すと言っています』
あのざっくりな説明で理解できるなんて……。さすが優秀な弁護士の子だけあるわね。
「ヌーブってのはこの人間だ。お前の父さんだ。お前はこれから、母さんのために父さんを殺さなくっちゃあいけない」
『……急に、悲しくなってきました。どうすればいいですか?』
「どうって……泣けばいいだろう。赤ん坊ってのは四六時中泣きわめいて母さんの気を引くもんだ」
「……っ!!?何!?何なの!!?」
アンナはホテルから出た瞬間、耳元で赤ん坊の泣き声の様なものを聞いた気がして立ち止まった。その後すぐに首筋を何かが這う感覚に身の毛をよだたせる。自身のうなじからたらりと流れ落ちる液体に触れた瞬間、もぞもぞと後頭部を何か大きな虫が這うような感覚がして、アンナはひいっと声を上げながらその場にしゃがみ込んだ。
「いやっ……いや、気持ち悪いわ!一体何なの!?私、おかしくなっちゃったの!?」
周りを行き交う人々は、尋常じゃない雰囲気を醸し出す女性が歩道にうずくまる様を見ても、どうかしたのかと心配する様子も見せずに過ぎ去っていく。ここはニューヨーク。ヤク漬けの奇人、変人は珍しくもなく、それに関わるとロクなことにならないという認識が浸透しているので、彼女に助け舟を出すものなど一人も現れなかった。アンナ本人もこうなる前までは、そんな“変人”は避けて一瞥しかしてこなかったので、誰にも助けてもらえない自分が、きっとおかしくなってしまったのだと思ったのだ。
気を……気をしっかり持たなければっ!まずは……ヌーブの家に行くのよ!
アンナは駆け足でヌーブのペントハウスへと向かった。彼女はエントランスのパスコードを入力するなり、扉が開き切る前に隙間へ身体をねじ込みエレベーターホールへと向かう。落ち着かない様子でエレベーターの扉が開くのを待っていると、チンという小気味良い音が閑散としたホールに響き渡る。それと同時に、先ほどと同じようにアンナは扉の隙間に身体をねじ込んで、最上階行きを指示し、扉がすぐに閉じるよう操作パネルを連打した。
エレベーターに乗り込んで数十秒経った後、扉が開いた先に見えたのは、床に大理石が敷き詰められた天井の高いホールと、青々と茂る背の高い観葉植物に挟まれただだっ広い木製の重厚そうな扉だ。アンナはその扉の傍に駆け寄って、胸の高さに備え付けられたインターホンの呼び出しベルを鳴らした。少し待っても応答がないので、執拗に何度も鳴らすとやっと聞きなれた嗄れ声が応答する。
『……ったく誰だよ。連絡も無しに来るんじゃ――』
「アンナよ!あんた!一体なんのつもりよ!?」
『……アニーか?そりゃあこっちのセリフだぜ。朝っぱらから一体何の用だ』
「もう昼過ぎよ!!ねえ、あんたが10時に、あの2ブロック先のやっすいホテルに呼び出したんじゃない!!そこでっ……そこで私っ!!」
『ああ?何言ってんだよ。オレはお前に連絡なんかしてねーぞ。……まあいい。話は聞いてやる。入れよ』
気だるげに応答するヌーブの声がブツッという電子音を立てて途切れると、直ぐにガチャリ、ガチャリと二、三個の鍵が開けられる音がホールに響いた。アンナはその音を聞くなり扉を押しのけて邸宅内に入り込み、ヌーブの姿を確認してすぐさま胸倉につかみかかった。
「連絡なんかしてないですって!?ふざけるんじゃあないわよ!!今すぐにケータイ見せなさい!!」
「……ったくヒステリーな女だな。こちとら二日酔いで頭がガンガン鳴ってるんだよ。やかましいから怒鳴るな」
そう言いながら、ヌーブがズボンのポケットに突っ込んでいた自身のケータイを取り出すと、それをアンナに乱暴に奪い取られる。アンナが慣れた手つきでショートメッセージの送信済みボックスを開くと、今朝方……早朝四時頃に、アンナの私用ケータイ宛にメッセージを送信していた。
「ほら!これよ!!見なさいよ!!一体あんた以外の誰が私にメールするって言うの!?」
「……あれ。マジだな。覚えてねぇ……。すっげー酔っぱらってたからよォ……。でも何だ?オレ、何を“また”やっちまったって言ってんだ……?」
「私に聞かないでよ!この、あんたに指定されたホテルの部屋で!私は知らない男に犯されたのよ!?」
「はァ……!?知らねーよ。誰だよ一体」
「それを尋ねにここに来てるのよ!!ラベンダー色の長い髪したラテン系の男だったわ!変な紫色の薄いアイマスクしたやつ!!」
「……オレにそんな変態クサい格好したラテン系のダチなんていねーよ。……なあアンナ。おめーもキメちまったんだろ?隠さなくていいぜ。誰だってハイになりたい時ってのはあるもんだ」
「あんたらみたいな脳みそ沸いてるスカタン連中と一緒にしないでちょうだい!もう、訳わかんないわ!頭痛くなってきた……」
「まーまー。落ち着けよ。きっと悪い夢でも見たんだ。なーアニー?そんな悪夢オレが忘れさせてやる。お前その男に犯された後シャワー浴びたりなんてしてねぇよな?一緒にフロ入ろうぜ。オレも身体ベトベトして気持ち悪いしよォ」
ヌーブは頭に手を当てて今にも倒れ込みそうなアンナの腕を引き浴室へと招いた。無駄に広いガラス張りの浴室の前に彼女を座らせて、ヌーブはバスタブへお湯を張り始める。彼はアンナの服を脱がせようと彼女がいるはずの場所に目を向けるのだが、その姿は忽然と消えていた。浴槽の掃除は家政婦が使った後済ませていたので、栓を詰めて蛇口を捻るだけ。その、ほんの数秒のうちに、アンナは姿を消していたのだ。だが、彼女がつい先ほどまで座り込んでいた場所には、彼女の身に着けていた服だけが落ちている。
「アンナ?……全裸でどこ行きやがったあいつ」
ヌーブが不思議がって頭を掻き、浴室へと視線を戻した瞬間、彼は背後から誰かにすごい力で押される。あまりにもすごい力で、彼は勢いあまって浴槽の縁にまで追いやられてしまった。その際ヌーブはこめかみのあたりを強打してしまった所為か、軽い眩暈と激しい痛みに襲われることになった。
「ってーな!アンナか!?一体何のつも……り……」
眩暈が収まった後、自身を背後から押したアンナが立っているであろう方に視線を向けたヌーブだったが、彼が目にしたのはアンナではなかった。
「なんっ……だ!?テメー……」
それは確かに人型だったが、彼が知っているヒトとは似ても似つかない見た目をしていた。まず、服は纏っていない。肌もヒトとは全く別の質感で、薄い紫色でその体を覆っている。そして性器らしきものはどこにも見当たらない。まるでデッサン人形のように関節やパーツごとに不自然に区切れているにも関わらず、筋肉らしきものの筋は見える。目、鼻、口はあるが、その顔は宇宙人の代名詞“グレイ”にそっくりだった。髪とは違うのだろうが、まるでモヒカンのように、頭部中央に針のようなものが何本も突き刺さっている。
「う……宇宙人かてめー!?」
ヌーブは自分が混乱しすぎてアホみたいなことを言っていると分かってはいたが、今、彼に向って歩みを進める生物を形容できる名詞は、彼の持つ知識の中に限って言えばそれしか無かった。宇宙人は洗面台に置かれていたヌーブのカミソリを手にしている。恐怖におののく彼が、その手元を見て何をするつもりだと叫び終わるや否や、宇宙人はヌーブの左手首にカミソリをあてて一気に掻っ捌いた。それは、ヌーブがあまりの痛みに悶え、叫び続ける中何度も繰り返され、あたりは血だらけになる。
ヌーブが顔面蒼白になりながら震える身体をなんとか制御して傷口を押さえようとした時“ジュニア”は彼の七十kgはあるであろう身体を抱え上げて、お湯が溜まり続ける浴槽へと放り込んだ。そして、切り口がお湯にひたるように、そしてヌーブの手が傷口を押さえないように、彼の身体に馬乗りになって拘束した。
次第にヌーブは叫び声をあげることもしなくなり、身体からは完全に力が抜け虚脱状態になる。それを確認した“ジュニア”は浴槽から抜け出し、浴槽からはみ出たヌーブの右腕の先に、まるで今わの際までそれを握っていたかのように、カミソリを置いた。
「メローネ。暗殺が完了しました」
そんな肉声をヌーブは薄れゆく意識の中で聞いたような気がした。しかし、メローネと呼ばれた者が自身とアンナを殺害しようと企てた者の名前であることなど知る由も無かった。そしてヌーブは、二十七年と言う短い人生に幕を下ろしたのだった。