暗殺嬢は轢死したい。

「仕事だ。今回はメローネ。お前に任せる」

 暗殺者チームにほぼ休みは無い。ボスは金が欲しければ働けと言わんばかりに、暗殺の命令を次々と送ってくる。ボスは邪魔者として人を殺すことに躊躇などしない。殺してしまえばそのニュースが世界中を駆け巡るであろう超のつく有名人でも、ボスが必要と思えば暗殺者チームの人間を捨て駒の様に扱い、殺してしまうよう指示してくるだろう。

 今回のターゲットもなかなかの経歴を持つ大金持ちのようだ。

「ターゲットはフランスの最先端クチュールブランド、オプスキュリテのCEOだ」
「オプスキュリテ……?ああ、最近巷を騒がせてる、黒っぽくって角ばった服ばっかり売ってるあのブランドのことだな」
「リゾットが着たら似合いそうな服よね。私知ってるわ」

 リビングに呼び出されたメローネと、それとは関係なく、ダイニングテーブルで朝食を取っていたがリゾットから与えられたターゲットの情報に反応する。

「イタリア支店創設のセレモニーがミラノで開催されるので、その関係で三日間程度こちらに滞在するらしい。そこを突け」
「さて、そのCEOはいったい何をやらかしてボスを怒らせたんだ?」
「さあな。男のことはオレの方でも調べておく。やつがミラノに入るのは一週間後だ」

 それだけ伝えるとリゾットは自室へ戻っていった。恐らくターゲットの情報を探る算段でもつけるのだろう。リビングに残されたメローネもどのようにターゲットを殺すか計画を練るため、ラップトップPCを立ち上げてキーボードを叩き始めた。PCが起動する間、メローネは暇をつぶすために思い付きでへ話を振る。

「ファッション業界のトップに君臨する男ってのはきっと、大体がオンナ好きだよなァ」
「さあ。それはあなたの偏見かもしれないわよ」
「いや、かなり確率は高いと思うんだ。じゃなきゃ、女の服なんか作ろうと思わないだろう。男が女に服を贈る意味を知ってるかい?あれは、贈った服を自分の手で脱がすため、って話もあるくらいだ。きっと金にめがくらんだ尻軽女の服と言う服を剥ぎまくっているだろうさ。そりゃあもう百戦錬磨って具合にね。だから今回のミッションは君をお供にさせてほしいと思ってる。ギアッチョじゃあなくてさ」
「“だから”って……女好きのオジサマにハニートラップでも仕掛けろって言うの?」
「ご名答!カンがいいな!さすがだ」
「あなたに褒められると、たまに褒められてるのかけなされてるのか、どちらか分からなくなるわ」
「オレが君をけなすだって!?あり得ない」
「それはありがとう」



 メローネの下世話を極めた話はあながち間違いでは無かったようだ。セレモニー開催まであと二日を切った、ある木曜の夜のことだった。ターゲットの身辺調査をできるかぎりで行った結果、スキャンダラスな噂が次々と出てきた。と、彼は鬼の首でも取ったかのように話し始める。

 実際、イタリアの某有名モデルも彼の毒牙にかかり、ターゲットの名前は出さないまでも、国際女性デー――イタリアではミモザの日――の祭典の壇上でセクシュアルハラスメントについてスピーチした、というニュースが、マイナーなタブロイド紙の公式サイトで、検索しなければ出てこない程度のネタとして掲載されていた。ネット上で出てくるのは噂程度のスキャンダルに過ぎないのだが、その数はとても多かった。

 だが、有名な大手新聞社にはしっかりと彼の息が吹きかかっているのか、彼について書く記事はひとつも無かった。ターゲットは問題を起こすたびに金に物を言わせて揉み消すという、金持ちがやりそうなことをしっかりとやっているようだ。

「オレの言った通りだろう。

 なぜか任務実行前のブリーフィングに参加させられている彼女はメローネに反駁をこころみる。

「あくまでも噂でしょう。タブロイド紙なんて、メローネのような妄想力豊かな男たちが何の確証もなしに面白半分で書いている記事が大半よ」
「偏見は良くないぞ。火のない所に煙は立たぬって言うだろう。こいつは絶対にヤり散らかしている!」
「……それで、彼がミラノに前日入りして、宿泊するホテルとかは分かったの?」

 スキャンダルなんてどうでもいい。必要なのは、どこでどうやってターゲットとエンカウントし、どうやって殺すかだ。と、まるで今まで殺しをいくらでもやってきた手練れのように、はメローネが本題に戻るよう急かした。

「ああ。それはリサーチ済みだ。それに、ターゲットが数々のスキャンダルを打ち立てている女好きであるということは一概にどうでもいいとは言えないんだ」
「どうせ私に色仕掛けしろって言うんでしょう」
「察しがいい。オレは新進気鋭の若手デザイナー。世界で名をあげたがっている、ね。そして君はオレの美人秘書。オレがターゲット相手にゴマすりしている間に、君はウインクとか、胸の谷間を見せつけたり、太ももを撫で上げるところを見せつけたり、酒を飲んで赤くなった顔で妖艶に見つめたりしてターゲットを誑し込む。あとはターゲットが君とセックスしたいって気分になるよう仕向けて部屋に連れ込ませたら、隙だらけのターゲットの飲み物か何かに青酸カリでも入れればいい。かなり簡単なミッションだ。という訳で、君の同行を求める」

 いやに誘惑シーンが具体的で、その例も多い。それに、私がターゲットと寝るのはもう確定事項なのか。と、はメローネの色仕掛けありきな作戦に対してため息を吐いた。

「はあ……。あなたの計画に、私の貞操の保守っていう項目は無いみたいね」
「いやいや。ヤバそうになったらオレがその辺のオンナにベイビーを産ませて送り込もう。なのでオレがタイムリーに現状把握できるよう、君に盗聴器を仕掛けさせてくれっ!」

 明らかに他の何かを期待しているようだが、はもう突っ込むのも面倒だ、といった様子で肩をすくめる。自分の貞操は、自分で守るしかない。そう決意して、より詳細な暗殺計画を聞く。彼女は初めてメローネに会った時、彼の能力について詳細を聞いていたことを思い出した。

 彼のスタンド能力はターゲットの血液と、女性――性格がねじ曲がっているタイプがいいらしい――がいれば成立する。あろうことか、親スタンドと女性を交配させ子供……つまりスタンドを産ませ、その子供に養分として女性そのものを与え成長させる。ざっくりとだが思い出した。つまり、彼に出動要請すると非暗殺対象の女性をキルしてしまうことになる。そこまで考えて、は絶対に自分だけで仕事をやり遂げる。と決意した。自分はどうなってもいいが、関係ない女性まで貶めて命を奪うなどかわいそうでならない。

「それじゃあ善は急げ、ね。ところであなた、バイクしか持ってないの?」
「ああ。オレが運転するから、、君はオレに抱きついてくれ」
「……分かった。なるべく安全運転でお願いね」

 そんなの要望を忘れたのかわざと忘れたふりをしているのか、メローネは急ハンドル、急ブレーキでバイクを運転し、後ろで彼の腰に腕を回すほか無いの胸の柔らかさを存分に堪能しながらミラノへと向かった。

 およそ8時間の長旅だった。バイクというのは案外体力を使うものだ。それは後ろに乗っているだけの同乗者も然り。むしろ慣れていない分真っ向から風を受ける運転手よりも堪えるかもしれない。ミラノに着いた頃には、帰りもこうなのかとは疲れた様子でいたが、対するメローネはぴんぴんしていた。



08:It's No Crime



 フランス人の彼がイタリアを拠点に行動するボスを何故怒らせたのか。それはターゲットの真の姿にあった。クチュールブランドのCEOというのは表の顔で、その実は世界を股にかけるスパイ集団のトップ。見目麗しいモデルを世界各国の金持ちや権力者にすり寄らせては機密情報を入手させ、その情報を求める者へ法外な値段で売りさばくことで、裏社会でのし上がってきたという。金のためなら手段を選ばない彼は、それが核爆弾の発射コードだろうが、原発のメルトダウンを可能にする機密情報だろうが関係なく、軽々とセキュリティリークを引き起こす。そんなスパイ集団の活動拠点が、イタリアはミラノ、つまりボスの庭に巣食うなど許されないこと。という訳で、今回ターゲットとなってしまったようだ。

「彼、なかなかの大物みたいね。私達が付け入るスキなんてあるのかしら」

 ミラノの国際空港に降り立ったプライベートジェットからターゲットが降りた時点から彼をつけていたメローネとだったが、宿泊予定のホテルに到着した今の今まで、一度たりともターゲットが一人きりになることは無かった。少なくとも二人は常に身辺警護にあてているようで、黒スーツにサングラスといったいかにもそれらしい格好をした屈強な男に自身の前方後方を守らせている。

「もちろんこれは想定内だ、。心配するな」

 メローネによると、ターゲット主催のイタリア支店一号店出店記念のセレモニーは明日の昼から開催されるが、その前夜祭という位置づけで、非公式に今夜宿泊先のホテルを貸し切りパーティーを開くというのだ。もちろん招待制のパーティなので、招待状とそれらしい変装が必要になる。が、ミラノで招待を受けている要人の中にはボスの手先の物がおり、リゾットの伝手ですでに招待状は入手済みということだ。メローネは手元でその招待状をちらつかせ、の不安を払拭しようとする。

「……素人の心配はご無用ってことね」
「正直、イタリアはボスの独壇場だ。暗殺とは言っても、人を殺すことに抵抗を持たず、捨て駒になっても構わないって心構えさえあればとても簡単な作業なのさ。スタンド使いが敵じゃない限りだがね」
「恐れ入ったわ」

 メローネとは、ターゲットが宿泊するホテルの向かいに位置するホテルに部屋を借り、それらしく見えるよう身支度を整えはじめた。メローネは普段通りの格好がむしろ“新進気鋭のデザイナー”感があっていいのでは?と思っただったが、ドレスコードのあるホテルラウンジには適さないか、と一人納得した。辺に露出が激しいわけではない普通のタキシードを身に着け、長い髪を後ろで一つに結って、いつも身に着けている目を覆う薄いマスクを取った彼はなかなかにハンサムだ。

 化粧台でメイクを直すが鏡に映るそんな彼の姿に見入っていると、メローネが彼女の視線に気づき軽口を叩く。

「どうしたんだい。さては……オレと寝る気になったんだろう?ふふん、オレはいつでも構わないぞ。そうだ。仕事が終わったら、打ち上げついでに一発ど――」
「あなた喋らなければそれなりにイイ男なのに。もったいないって言われない?」

 そして前夜祭が始まる夜六時までの四時間程度、はあの手この手で彼女を落とそうと躍起になっているメローネのセクハラ発言を華麗にスルーしつつ、ホテルの構造、ターゲットの宿泊する部屋までのルート、青酸カリの持ち込み方など、暗殺に必要となる情報とその手段についてしっかりとイメージしていた。

 夜の帳が降り始めたころ、二人は颯爽と向かいのホテルへ向かった。簡単なボディーチェックはあったが、彼女の胸元に仕込まれた小さな小瓶の青酸カリは見つかることはなかった。ほぼ見ていないも同然だった。全くもって無意味と称してしまえるその甘さに、は拍子抜けしたような表情を見せた。

「いいか。まず、場に溶け込むことを意識するんだ。最初から殺気を出して状況把握のためにキョロキョロしていちゃあ、カンのいい連中にマークされちまう」

 メローネはそう言って、いたるところに配置された黒スーツの屈強な男たちを顎でくいっと指した。

 なるほど。今までこんなパーティーに参加したことは何度かあるけれど、目的は参加して愛想を振りまくことだけだった。けれど今回はその先にターゲットの暗殺がある。その所為で自分でも知らず知らずのうちに緊張してしまっていたのだろう。

 は先輩のアドバイスは役に立つと関心しつつ、メローネの腕が自分の腰に回されていることにも目をつぶり、きらびやかなパーティー会場に馴染めるよう振舞った。しばらくしてターゲットがスポットライトを浴びながら、ホテルの大階段をまるで大物俳優か何かの様に大手を振って降りてくるのを確認した。シャンパングラスを傾けながら、はちらりと横目でターゲットを確認する。メローネはブラボーと声を上げて拍手喝采に乗じていた。

 事前に確認していた通り、端正な顔立ちにはほうれい線や、こめかみ、額に皺が見られるが、逆にそれが彼をセクシーに見せている。そして写真で見るよりも実物の方が良い。確かに、数々のトップモデルが一夜を共にしたいと思うのも無理は無いかもしれないし、捨てられた腹いせにタブロイド紙の記者相手に当たり散らすのも無理はないかもしれない。彼は屈託ない笑顔を存分に会場へ振りまきスピーチを始める。男が偉大なるイタリアの地に支店を設けることができて光栄だとか、明日のセレモニーに向けて存分に気持ちを盛り上げてくれとか言っている間、メローネはの腰を引き寄せ耳打ちする。

「君、あのおっさんとセックスするのも悪くないって思ってるだろう」
「そうね。セクハラばかりしてくる同僚と二人きりでホテルの一室に宿泊するよりはマシかもね」
「なに!?君はあのディーラーでセクハラを受けているのか?」
「……あなた気は確か?」

 が全く話のかみ合わないメローネとの会話を強制的に終わらせたと同時に、ターゲットの長いスピーチが終わった。大勢が彼を祝福しようと取り囲む中、自分との会話を求める人物全員に愛想のいい笑顔を振りまいていた。だが、その視線にひとたびスタイルのいい美女が映ると、まるで品定めをするかのように上から下までをくまなくチェックしている。はそんなターゲットの様子を確認すると、他の女性に先を越されるのではないかと焦燥するのだが、まだ時間はたっぷりある。と心を落ち着ける。

「いいか、。あくまで暗殺は、被害最小限に、静かに素早くだ。あのおっさんの手技がどれだけ好かろうが、あのおっさんのナニがどれだけでかかろうが、長居は禁物だぞ?」
「ええ。分かってる。ところであなたの思考回路って下半身から離れられないの?何かの呪い?」

 歓談中、司会の女性の口から祝辞が述べられたり、ジャズバンドの演奏があったりと賑やかな雰囲気は続き、参加者は各々存分にパーティを楽しんでいる雰囲気だった。だがそれと同時に、主催者との歓談を望む者もまばらになりつつあった。その間にあからさまではなく、じわじわとターゲットとの距離を縮めていった2人。メローネがちら、とターゲットを見据えると、ボディラインを強調したのドレス姿に彼が釘付けになっているのを確認した。それまでの腰に添えられていたメローネの腕は自然と離れていき、とくとご覧あれとでも言うように彼女のカーブした魅惑的な体をターゲットへ見せつける。それが合図と察知したはターゲットの方を向き、微笑んで見せた。

 落ちた!ヤツはが傍に来るのを望んでいるッ!

 時刻は夜九時十五分前。パーティもそろそろお開きといった時刻だ。幸いターゲットは今夜を共にする女性を選びあぐねていた。そして目の前にいる美しい女が自身に終焉を告げる死神とも知らずに、ターゲットはを求めて熱い視線を送るのだった。