暗殺嬢は轢死したい。

「今度のターゲットは……ふむ。なかなかの大物だな」

 リゾットは組織端末の画面を見ながら、チームの面々に向けてボスからの指令内容を伝えていた。読み上げられる指令はいつもシンプルだ。いついつまでに殺せ。方法は任せる。たまにターゲットの金まで奪ってこい――大体ターゲットとなる金持ち連中は税金逃れのため、自宅に現金か金銀財宝を隠し持っているパターンが多いのだ――とおまけがついていることもある。が、基本的に、なぜその人物を殺す必要があるのかという理由などは一切記されていない。しかし、ある程度ターゲットの人物像に憶測を立て、行動パターン把握のため情報収集を行うのがいつもの仕事の流れだった。

 情報収集はギアッチョとメローネが行った。素人相手であれば、スタンド能力を使うまでもなく、ターゲットの尾行、ハッキング、聞き取り調査を二、三日行うことで大体の暗殺計画が立てられる。

 リーダーに大物と呼ばれた今回の獲物は、大手建設会社の社長だった。ボスの息がかかった会社に、国の県をまたぐ大掛かりな道路工事を受注させるべくパッショーネが動いたらしい。ライバル会社に潜入させた組織の下っ端を使い、各社の入札金額をあらかじめ把握させておいたようだ。そしてここからは憶測の域を出ないが、おそらく工事を受注できた会社の社長はボスに渡すと約束していた金を持ち逃げしたのだろう。と、メローネが自分たちの調査結果を皆に伝えると、ホルマジオが口を挟む。

「よくもまあ、何の能力も持たねぇパンピー風情が、ギャングの金を持ち逃げしたよなァ」
「それはオレも思ったさ。でもよくよく調べてみると、ヤツの屋敷は郊外にあって山と立派な塀に囲まれている。それだけじゃあないぜ。どっかの民間軍事会社の傭兵まで敷地内に大勢雇っていやがった。狙われることを予見しているんだろう」

 だがしかし、彼らが遂行すべきはその民間軍事会社との戦争に打ち勝った末に、ターゲットの寝首を掻くことではない。チームの実力から察するにやれと言われても不可能では無いことだが、あくまで彼らのミッションはターゲットの暗殺だ。被害は最小限に、静かに素早くが基本だ。

「で?その傭兵軍団とドンパチやらなくて済む方法でもあるってのかよ」

 プロシュートが結論に至るまでの道程を急かす。

「それだ!それをこれから説明するぜ。ヤツは基本的に週に一度か二度、会社の社長室に、寄る、ぐらいの感覚でしか出勤しない。特に用も無くふらっと行ったり、秘書に呼ばれて行ってすぐ帰ってきたりとマチマチで、いまいち行動パターンが掴めない。が、毎週水曜の夜六時頃、都市部のシガークラブに愛車の黄色いランボで通っている」
「ランボ……ですって……」

 が皆に聞こえるか消えないかくらいの声量で呟く。何かをこらえてわなわなと震えている様子だ。

「どうした。なんかスーパーカーにトラウマでもあんのか
「ちっ……違うの。いいの。気にしないでっ……あっでも……その、ひとつ聞かせて、メローネ。ランボの、何」
「あれは……たぶん、ディアブロだな」
「いい!すごくいいわっ……ああ、もうイッちゃいそう」
「心配しなくても、お前の頭はもうじゅうぶんイッてるように見えるがな」

 もはやあの一件から、プロシュートの中ではメローネに次ぐ変態キャラだ。何を想像しているのか見当もつかないが、深追いしても無駄な時間を取ることになると踏んで軽くあしらうスタイルで行くことにした。こんな流れになるならスーパーカーにトラウマでもあんのかとか聞くんじゃなかった、と後悔しているプロシュートをよそにメローネは話を続ける。

「ディ・モールト!良い!そうゆう熱情が時に仕事を上手く転がすもんさ、。君とはやはり気が合いそうだッ。さて、それは置いておいて、いつ殺るかだが……」

 彼の計画ではこうだ。都市部の会員制クラブに行った帰り……時刻にして夜十一時頃を狙う。そして他殺と悟られないよう、事故死を装う。

「そこで、私の出番ってわけね」

 ターゲットの屋敷は郊外にあるので、道路は広くスピードが出やすい。そして、郊外であるが故の地理的条件として、帰り道――邸宅の三キロメートルほど手前のあたりだ――には切り立った崖沿いにカーブした道がある。スーパーカーに乗るような人間がスピードを出さない訳がないし、夜の視界が悪い中、絶対に歩行者なんていないと思い込んでいる道にふらっと飛び出した女を轢かない訳が無いのだ。右に曲がったカーブで右手は崖、左手には絶壁。女を避けようとするとき、そんな環境なら大抵のドライバーが心もとないガードレールに突っ込むことは選ばない。遠心力に任せ大回りで避けようとするはずだ。だが、馬力のあるあの車であれば確実に勢いあまって女も轢くし、それにハンドルを取られた車はコントロールを失って確実に切り立つ壁に激突する。普通の車であればフロント部分に積まれているエンジンだが、あの手の車は十二気筒の大きなエンジンが後方に積まれているので、運転手を守る物はほぼフレームと鈑金だけ。申し訳程度のトランクルームもあるにはあるが、エアバッグにすらならないだろう。壁に猛スピードで突っ込めば即死は免れない。もしも万が一ターゲットが死に損なったら、軽く殴って気絶でもさせて火を放てばいいだろう。とメローネは、暗殺方法の大枠を説明して見せた。

「でもよォ、。お前……痛みは感じるんだろう?」
「残念ながらね。でも、きっと一瞬で死ねるわ」
「何でそんな能力なんだよ……」
「あら、プロシュートは私のことを心配してくれてるの?優しいのね」

 そう言って微笑む彼女は美しかった。とても幸せそうに笑うのだ。美しいのに、やろうとしていることがどうにも常軌を逸しているのだ。プロシュートはこの複雑な感情をどう処理すればいいのかわからず途方に暮れていた。そして猟奇趣味を除けば、本当にイイ女なのになあ。と心の中で呟いた。

「ところで。キミが轢かれた後のことについてなんだが、君の飛び散った血やら肉片やら臓物やらは、跡形もなくキミの身体として戻るのか?つまり、キミを轢いた証拠は残るのかって話なんだが……」
「残らないわ。身体は全て元通り。私の一部だったものは私として形成され直すわ。血液の一滴たりとも残さずにね」

 なんだかとんでもない話をし始めたぞ。プロシュートは途方に暮れてギアッチョを見やるが、彼は事もなげにノートパソコンで調べ物を続けている。きっともうメローネと長く行動を共にすることで感覚が麻痺しているんだろう。プロシュートの同意を求める視線は、ギアッチョから天井へと移る。後頭部で手のひらを組み天を仰ぐプロシュートは、この日何度目かもわからない深いため息をついた。



04:WAKE UP DEAD



 は幼いころから車が大好きだった。彼女の父親は、年に何度か彼女を車でドライブに連れ出してくれた。シチリア島をオープンカーでドライブしたときは最高だった。青く輝く美しい海に父親の真っ赤なボディーの車はよく映えた。彼女の宝物と言えば、ファヴィニャーナ島まで足を伸ばした時、島の入り江と青い海をバックに彼女自慢の真っ赤なオープンカーと、その運転席に座ってお茶目にポーズを取る父の姿を収めた一枚の写真だった。

 ドライブから帰ると決まって車のメンテナンスを手伝った。彼女の腕は大人顔負けで、父にはいい修理工になれるとよく褒められていた。

 始まりはきっと、父親の誉め言葉だろう。大人になったは、遠い過去に思いを馳せる。大好きだった父はたまにしか会いに来ない。だが、彼女にときめきを与えてくれる唯一の存在だったので、一緒にいる時間の長さなどは関係無かった。父と一緒にいない間に、もっと車のことに詳しくなろう。もっと褒められたい。そんな幼心が始まりだったのだ。

 ああ、この車なんてカッコイイんだろう。車高落としたり、リアウイングやサイドスカートつけたり、バンパーをカーボン調に変えて、キャリパーの色も変えて……すごくカッコイイ!わあ、これなんて、なんて太いタイヤなんだろう。

 ――私、どうせ死ぬなら、カッコイイ車に轢かれて死にたいわ。

 これが彼女の猟奇趣味の始まりだった。程なくして、彼女の父はパッショーネによる制裁の対象となる。父親はもちろんのこと、車も、家も、同居していた母親も、そして宝物だったあの写真もすべて焼き払われた。無論彼女も制裁対象だったが、ギャングに銃口を向けられ弾が弾き出された瞬間から、彼女は長い長い走馬灯を見ることになる。

 嫌だ。いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだッ――!こんな死に方はしたくない!

 そう思っている最中も、彼女の脳天に向かってゆっくりと弾丸が近づいてくる。とても、ゆっくりと。だが、体は上手く動かない。いや、きっとミリ単位で動いてはいるのだろう。自分だけその時の流れに逆らうように、普段通りに動くことはできないのだ。

 彼女がそこまで考えたとき、弾丸が皮膚に触れたのを感じた。そして、その弾丸が額の毛細血管をぶち抜いてすぐにみしっという音を聞いた気がした。弾丸が頭蓋骨に到達したのだろう。

 嫌……嫌なのに、これ……もう、死んじゃう。

 そして弾丸は脳に到達する。その瞬間、は今まで感じたことの無い、訳の分からないほどの快感に襲われた。天にも昇る気分、とはまさにこのことなのかと錯覚するほどに、胸の中心あたりからわきおこる、苦しいような、でもそれが解放されたらどんなに気持ちがいいだろうと、その先を望むような……。なんとも形容しがたい、すさまじい快感が一気に押し寄せた。

 何……これ……。気持ちいい……。  

 彼女は永遠とも感じられる刹那に思った。

 嫌だ。やっぱり嫌だ!こんな死に方は嫌だし、それに……もう一度、いいえ、一度じゃあ足りないわ!もっと、あの快感を、味わっていたい……!!

 そう思った瞬間、唐突に彼女を囲う環境は暗転する。そして、機械的な声が空間で響いた。

『WAKE UP DEAD』 

 はハッとして飛び起き、目を開けた。ぼやける視界をはっきりさせようと目をこすると、青い空が見えた。自分は死後の世界にいるのだと、最初は思った。あまりにも空が美しいから、ここはきっと天国だと思ったのだ。だが天国ならばなぜ、こんな臭いがするのだろう。木材やらプラスチックやら、色々な物が焼けた臭いだ。彼女は不思議に思って立ち上がろうとした。そして気づいた。自分の左肩に、黒く焼け焦げた木材が重くのしかかっていることに。左肩だけではなかった。両足にも跨る様に焦げ臭い木材が乗っている。両腕、両掌はススで真っ黒だ。

 そこは、かつて家だった場所。そして不可思議なことに――

「私……生きて、る……?」

 とてもゆっくりだったから、よく覚えていた。弾丸が脳天を直撃したことを。そして、その直後に感じたあの得も言われぬ快感を。これは死ぬ前の、今まで生きてきた分のご褒美なのだと思った。だから死んでないとおかしい。

 がギャングに銃口を向けられ殺されたところも、彼女の村の中心から離れた小さな生家に火が放たれ燃え尽きるところも、目撃した者はいなかった。けれど彼女は確かに死んだ。何より、死んだと本人が自覚した。だが――

 ――どういうわけか、は確かに生き返っていた。