「ディ・モールトッ!素晴らしい!君みたいな美しい女性を我がチームへ迎え入れることができて光栄だッ」
リビングへ入っての後姿を確認するなりズカズカと彼女の傍まで近寄り、振り向かせた途端に彼女の手を取ったメローネは食い入るように新人を見つめ快活な口調でそう言い放った。
「……あなた、メローネね。よろしく」
「ところで君の普段の健康状態は……」
一変して、かなり真剣な面持ちでさらにの顔面へ自分の顔面を近づけたメローネを、プロシュートは牽制するように睨みつける。
「おいメローネ。少しは自重しろ。節操なくオンナに手ェつけようとしやがって」
ただのオンナったらしにからまれただけか、と腑に落ちそうになったところで、なぜ健康状態を確認するのか、という疑問がの頭を過った。
「。この男には気をつけろよ。詳しく説明する気も起きねェ程にこいつのスタンド能力は下衆だからマジに説明はしたくはねぇ。が、こいつに能力使われると、賽の目状に肉片にされて殺されるのが落ちだからよォ」
「……やだ。詳しく話を聞きたくなっちゃった。どういうことなの?」
まただ。プロシュートは思った。自分が死ぬとか殺されるとかっていう話を聞くと、は嬉々とした表情になる。そして興奮しているようにさえ見える。
なんだこの女……。真正のマゾヒストなのか?
もしそうだとしたら、メローネとは変態趣味である点ではかなり相性がいいと言えるかもしれない。プロシュートはとても興味深そうにメローネの話に耳を傾ける、とても奇異な精神を持つの姿を見て思った。そうこうしているうちに、ペッシ、ホルマジオ、イルーゾォの三人が続々とリビングへ入ってくる。
「よう、ねーちゃん。昨日は話す間もなく部屋に行っちまって、寂しかったんだぜ」
ホルマジオはへ屈託の無い笑顔を向けて気さくに声をかけた。この暗殺者チームの中で最も一般的な社交性を持つ男だ。物静かでとっつきにくかったり、逆にすごい勢いで怒気まじりにまくしたててきたり、ただのマンモーニでマンマ以外の女性と話す気概の無い根性なし、ドのつく変態、そして卑怯な下衆野郎であったりしない、気のいいやつ。という自負の念がある、自信に満ち溢れた態度だ。
はメローネに手を取られたまま顔だけをホルマジオへと向けた。
「あなたはホルマジオね。まともに挨拶もしないままごめんなさい。無礼を許してね」
「気にすんな気にすんな。無礼者なら他に一杯いるからよォ。なあ?イルーゾォ」
「……何故そこでオレに話を振りやがる」
イルーゾォはよくホルマジオの能力を使えないだとかただの小人だとかと言ってバカにしていた。そのことを根に持ったホルマジオが、暗に「オレが言ってる無礼者ってのはお前のことだぞ」と含ませていることに気づいたイルーゾォだったが、特に厭味ったらしい同僚につっかかることも無くダイニングテーブルのビスコッティを手に取って食べる。
「イルーゾォ。私って言うの。よろしく」
の細く美しい手が握手を求めて差し出される。おう。と小さな声で答え、ビスコッティを取ったのとは逆の手を差し伸べるイルーゾォ。握手を交わす二人を憎らし気に見て、プッツンと頭の血管が切れた勢いではじかれたかのように、ギアッチョは急にスツールから立ち上がった。
「おめーらよォ……さっきから、ちけぇんだよ距離がよォ~~~~!!!女一人に群がりすぎだろうがッ!ここ一帯だけ人口密度やべぇだろ!暑っ苦しいったらねぇんだよクソが!!!オンナに飢え過ぎて溜まっとるんかこのクソボケチンカスどもがァああああああああ!」
「うるせェえええええ!!!耳元で大音声で喚き散らすんじゃあねェよ!!」
あわや乱闘勃発かと思われたその時、リビングの扉が再び開く。
「またお前かギアッチョ。落ち着け」
低く落ち着き払った声がリビングに響き渡る。
「……皆集まったようだな。ソファーに着け。話がある」
リーダーのリゾットはまっすぐ、ローテーブルを囲うように置いてあるソファーの上座に向かい腰掛けた。いままでワイワイやっていた面々は即座に静かになり、リーダーに続いて暗黙の内に定着した各々の定位置へと向かった。自分は最後に、と先輩たち全員がソファーへ腰を下ろすのを待っていたペッシをは呼び止める。
「ペッシ。これから、お世話になるわ。よろしくね」
「おっ……おう!よろしく……」
握手を求められたペッシは頬を赤らめてと握手を交わし、照れ隠しのためにそそくさと自分の定位置へと向かった。
03:Jekyll And Hyde
さて、自分はどこに座ろうかとが迷って目を泳がせていると、リゾットと彼女の視線がかち合った。リゾットはすぐにローテーブルを挟んだ向かい側の空いている一人掛け用ソファーに視線を移し、そこに座れとを促した。彼女がソファーに腰掛けた途端、リゾットは口を開いた。
「突然ではあるが、我がチームに新しくメンバーが加わることになった。ボスからの命令だ。オレも詳しい事情は知らない。ただ一言、監視しろと言われただけだ。監視に関しては、月極で報酬が入ることになっている」
「監視?……一体誰を監視しろって言うんだよ」
「をだ」
以外、状況を上手く呑み込めていない様子だった。命令を受けたリゾットでさえボスの真意は理解できていない。同じ組織のメンバーをなぜ監視する必要があるのか。
「そしてそのことについて詮索するなとも言われてはいない。なので本人に話してもらう」
全員の視線が一斉にへと注がれた。皆が一斉に、そして一様に怪訝な顔を向けるのでは思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえてゆっくりと口を開く。
「……ボスは、私を殺し損ねたのよ」
時は十年以上前に遡る。まだ発足したてであったパッショーネの、主な対抗勢力となっていたギャンググループがあった。しかし、破竹の勢いで勢力を増すパッショーネに対抗するだけの人員、麻薬ルート、金を維持することができなくなり、グループはやがて崩壊する。自ずから手を下すことのなかったグループのボスと幹部たちは、パッショーネの人員や内部の裏切り者によって捕らえられた。そしてグループの下っ端たちが二度と歯向かうことの無いようにと、ボス、幹部連中の肉親は女子供関係なく皆殺しにするという制裁が下された。自分はその幹部の隠し子だと、事もなげには語る。
「なるほどな。隠し子だったから、難を逃れたってわけか?」
「いいえ。パッショーネの情報収集能力ってすごいのよ。もちろん、殺されたわ」
「あぁ?」
今、目の前にある現実と相反する発言に、皆の表情は増々訝しげに歪む。すかさず超の付く短気さを誇るギアッチョが怒気交じりに、そして唸るように疑問を呈した。
「それじゃあよォ、おめーなんでまだ生きてんだよ?死んでなきゃあおかしいよなァ……」
「こればっかりは一度私を使ってもらわないと分かってもらえないと思うの」
「質問にはしっかり答えろやこのアマァあああ!」
リゾットはぶちぎれて再び弾かれた様にソファーから立ち上がったギアッチョを制し、冷静にどういう意味だと聞きなおす。は不自然に上気しかけた顔を皆に見えないように下げて言った。
「きっとボスは私が変な気を起こさないように、監視しろって言ってるのね。でも監視なんかしなくたって、私はボスに歯向かえるような能力は持ってない。恨んでないと言ったらウソになるんでしょうけれど、でも、私にはもうどうしようもないことだもの。歯向かう気なんて少しも無いのよ」
「おい。リーダーの質問には適切に答えろ、。今お前にしているのは、なぜ一度殺されたのにまだ生きているんだって質問だぜ」
さっきから言っていることが支離滅裂だぞ。と、プロシュートは若干の焦燥感を交えながら要求した。するとは恍惚とした表情を浮かべた顔面を静かにもたげた。皆は彼女の表情にぎょっとする。それは、人当たりの良い美人という彼女の第一印象をいっぺんに覆すような、得体の知れない妖艶さに満ち溢れた表情だった。
「ああごめんなさい……。私興奮すると、ペラペラ思ったこと喋っちゃうところがあって……。ふう……。私を使ってって言ったのは、私は何度でも死ねるから、ターゲット相手に陽動を行うにはちょうどいいんじゃないかしらって話よ。私が何度でも死ねるってことは言葉で説明するのが面倒だから、実際にミッションを遂行するときに確認してほしいの」
「不死身?不老不死?それがお前のスタンド能力か?」
「うーん。ちょっと違うかな。でも……それも見れば分かる。だから……」
はローテーブルに片膝を乗せ、リゾットに向かって身を乗り出した。そして男を誘惑するように乞う。
「だから、早く私を使って。私、何度だって死ねるのよ。……死にたいの。早く、死にたい」
殺されても生き返る、というところは、おそらくスタンド能力ということで片が付く。問題は彼女の猟奇趣味だ。メローネに負けず劣らず変態。いや、もしかするとそれ以上かもしれない。ただの死にたがりという言葉で片づけるには、彼女はあまりにも常軌を逸した衝動に取りつかれている。
輪切りにされた同僚を額物に飾った“作品”だとか、死にたがりの変態オンナだとか……うちのボスはまともなもんよこしゃあしねェ。
暗殺者チーム一同、そう思って固唾を呑んだ。