祖国発遊侠青春珍道中

 明くる朝、は失った力を取り戻すべく、リビングへ降り立つなり朝食も取らずにチームメイトへ訊ねた。
 
「どうしたら、スタンド出せマスか?」

 ダイニングテーブルでは、プロシュートとホルマジオのふたりが向かい合って座っていた。
 
「力んで踏ん張ってみたらどうだ」

 プロシュートがそう言ったので、はなるほど、と頷くと超サイヤ人のように構え唸り声を上げたが、すかさずホルマジオがプロシュートに意見した。
 
「うんこじゃねーんだぞ」

 は顔を真っ赤にして構えて唸るのをやめた。ホルマジオは別にを辱めようなどと思って言った訳では無かったのだが、結果としてそうなってしまったようだ。プロシュートは利き手に握っていたフォークの先端でにやけたホルマジオの顔を急襲した。ホルマジオは軽く後ろに仰け反りその襲撃を回避して、なんともないような顔でさらににたにたと笑みを浮かべる。こうなることを予見して面白がっているようだ。

「食事中だ。見てわかんねーのか」
「おいおいやめろよおっかねーな。てか、さっきのはおまえが悪いだろ。どう考えてもうんこ出ないって悩んでるヤツに告げるアドバイスだったろ」
「思ったことをそのまま口にすんじゃあねえよ。レディの前だぞ。あと、オレは悪くない。おまえの思考回路が小学生くらいからアップデートされてねぇだけだ」
「例えそうだとしても、顔を真っ赤にしたのはじらうカワイイ顔を見られたんでオレは満足だ」
「言葉を選べ。下手くそか」

 そんなやり取りがあってすぐ、誰かがドタドタと慌ただしく階段を駆け下りるような音が部屋に響いた。そしてバタンとひときわ大きな音を立てて扉が開き、戸口からは慌てた様子のメローネが飛び出した。寝癖で頭の後ろ斜め右上あたりの髪が不自然に盛り上がっている。あまり見かけないメローネの姿を見て、ホルマジオは間抜けに見えるな、と思った。

がいな――」
「落ち着けよ。ちゃんならここでいきんでる」
「生まれるのか!? でかした!!」
「いや何が?」

 とにかく下世話な反応しか示さない男陣(プロシュートを除く)に辟易したは腕組みをして、頭を左右に振りはあーっとため息を吐いた。

「ね、メローネ」

 とにかく、この流れを断ち切らなければ。彼女にはとある計画があったので、そのためにもとりあえず発言することにした。無謀な発案と罵られる未来も見えたが、はとりあえずこの環境から脱したかった。もちろん、抜け出したいのはアジトの男連中が創出するこの生活空間のことだけではない。力を失くしたままでいることへの辟易だ。そんな自分からの脱却を果たしたくてたまらなかったのだ。なので彼女は続けた。

「ダルベルティス城って知ってる?」
「ん……? 聞いたことないな。その城がどうした?」

 これはが、杜王町からジェノヴァへと向かう船旅の間に観光パンフレットか雑誌か、それに類する紙面で知り得た情報だった。

「航海士で民俗学者の船長ダルベルティスが 自分で建てたお城に、航海中に世界各国から集めてきた品を置いてるらしいの。今はそれが博物館になってるみたい」

 ダルベルティス城。観光客のほとんどが、ジェノヴァ港を臨む眺望を求めて訪れる場所だ。それはエンリコ・アルベルト・ダルベルティスによって、1886年に築城された個人の邸宅である。が言った通り彼は生前、航海先で御当地の品々を手に入れては家へ持ち帰るというコレクションに没頭していた。おかげで城内には古今東西様々の品々がためこまれており、今ではそれらが邸宅内共々一般公開され、観光客が集まり、地元民が憩う場ともなっているという訳だ。

「ああ! ジェノヴァ港にある、あの城のことか」

 メローネが言った。

「観光にでも行きたいのか?」

 との観光ならいつでもどこまででも大歓迎だ。メローネは夢に見るだけ見て未だ実現しないベッドシーンを思い浮かべ、股間を熱くしながら愛する者の返答を待ったのだが、メローネの思いも虚しく、は首を横に振って続けた。

「日本刀が欲しいの」

 これまでの話の流れとはまるで関係のないことのように聞こえ、その場にいた皆は一瞬フリーズして小首をかしげたのだが、よくよく考えてみたメローネには、の意図することを何となく汲み取ることができた。
 
「……まさか、その……展示物に日本刀があって……それをくすねようって気でいるつもりか?」

 はこくんと頷いた。
 
「まあ、くすねるって言うか、黙ってちょっと借りるだけだよ」
「それ、ホルマジオがよくやるやつだぞ。借りるとか言うが、実際それがもとの持ち主の手元に戻ることは無いんだ」
「私はちゃんと返すよ」
「なるほど。それが日本人の道義というやつか」
「日本人のっていうか……フツー借りたら返すでしょ」
。その考え方はとても危険だ。日本人のフツーがこの国で通用すると思うな」
 
 ちなみに、そもそもフツーであれば人様の物を黙って借りる――つまるところ窃盗だ――なんてことはしない、などという常識的な指摘はついぞなされなかった。

「とにかく、武器になるものが必要なの。日本刀であれば、人様の物でもなんとか扱えると思うんだ」
「とはいえ、もしかすると100年も200年も前の年代物かもしれないんだ。到底武器として使えるとは……」
「写真で見た限りだと、状態はそこまで悪くなかったよ。ちゃんとケースに入れられてたし、日本と違って湿気が少なくて、保存環境もそこそこ良さそうだし」
「研げるのか」
「日本刀を扱う人間が日本刀研げなくてどうするのさ」
「そんなもんか」

 自慢げな顔で頷くをただただカワイイ抱きしめたい。と、もはや彼女の言う事を却下する気など一切無くなってしまったメローネだ。そうだ、観光であろうが無かろうが関係無い。とふたりきりで遠征できるのだから、結局彼女とふたりきりでホテルに泊まることになるんだ! 彼の妄想はすでにジェノヴァの港に臨むホテルのスウィートルームにまで及んでいた。

 ふたりして、手を繋いで……。何を話そう。2時の電車に乗って、どこまでも。生まれた時からずっと、この時を待っていたんだ! こんなにも時間を無駄に過ごしてしまった。何もせずに。今旅発つんだ!

 だがしかし、彼のそんな喜びには、すぐさま邪魔者に水を差されることとなった。

「なら、オレが一緒について行ったほうが良いな」

 メローネはひん剥いた目をホルマジオへ向けた。まさしく天国から地獄だった。しかしとホルマジオのふたりは、メローネを他所に話を進めてしまう。

「どうして?」
「あれ、言ってなかったか? オレの能力」

 そう言って、ホルマジオはスタンド、リトル・フィートを出現させた。はとっさに身を小さくして後ずさる。そんな猫のような反応を見せる彼女を大丈夫大丈夫となだめて、手近のかごの中にあったりんごを手に取ると、リトル・フィートの長い鉤爪がそれを引っ掻いた。

「わっ――」

 は目をまん丸にして、両手で口元を覆った。ホルマジオの手の上に乗るりんごはみるみるうちに小さくなっていき、いよいよの立ち位置から見えないサイズにまで縮んでしまった。ホルマジオはに手招きをし、は彼のそばまで駆け寄って手のひらを覗き込んだ。そこにあったのは、直径3mmほどにまで縮んで、掌の皺の谷間に挟まりとどまったりんごだった。

「すごい!」

 に褒められて嬉しくなったホルマジオは得意げに続けた。

「小さくなったもんはこのように――」
「わっ!」
「――オレが指示すれば瞬時に元の大きさに元通り。同じことが、ちゃんにも、もちろんオレ自身にもできちまう」
「ホルマジオ! おまえまさかを小さくしてあんなことやこんなことを」
「んなこと考えてんのはメローネ、てめぇだけだ」
「すごい! それじゃあ……」
「ああ。お察しの通り、オレを一緒に連れて行ってくれれば、盗みなんか超絶簡単にやってのけるぜ!」
「返しにも行ってくだサイ!」
「あーそうだったな。もちろん、それも任せとけ」
「ならん!!」

 メローネが叫んだ。眉をひそめたホルマジオとのふたりは、ああ? と声を上げてメローネを睨めつけた。メローネは構わずとの距離を詰め、彼女の両肩をがっしりと掴んで顔を寄せ、沈痛な面持ちで声を荒げた。

! ホルマジオと一緒に行くってのか!?」
「え? だって、めちゃくちゃ便利じゃん」
「オレは……オレは君と旅がしたかった! 君と二人で!!」
「えー。じゃあ、あなたのスタンドは使えるの?」
「う……。そ、そりゃ、ホルマジオの能力に比べたら、盗みに関しては……劣るが」
「いや、比べもんにもならねぇな。そもそも、性格悪い女一人殺さなきゃこいつの能力使えないんだぜ。しかも、スタンドが実体を持ってるから一般人にも見えちまうし」
「……ダメじゃん」
「ひい!」

 のダメじゃん、という一言が、メローネの頭の中でこだまして、彼はショックのあまり頭を抱え膝から崩れ落ちた。

「いくらイヤな女でも、ただの盗みのために命を奪うなんて私のポリシーに反する」
「わかったかメローネ。今回はおとなしくお留守番してろ?」

 勝ち誇ったかのような顔でホルマジオはメローネを見下ろして言った。するとメローネはホルマジオの襟元を掴んで顔を寄せると、ガンを飛ばしながら反論した。
 
「おまえみたいなスケコマシとを一緒にしていられるか! ディ・モールト危険だ!」

 好いた女の食うメシにレイプドラッグを仕込んだ男が何を言ってる。そんな顔でホルマジオはメローネをねめつけた。当の本人は自分を危険人物だなどと一切認識していないようだ。の脚にすがって懇願する。気分は姫を護衛する騎士だ。

「オレも行く! それなら構わんだろう、!!」
「まあ、それなら」
「チッ……せっかくまたちゃんと二人でデートができると思ったのに」

 そんなこんなで、とメローネ、そしてホルマジオの3人は、準備もそこそこにナポリ中央駅から高速鉄道にてジェノヴァへと向かったのだった。



14: 君と二人で



 が目当てにしていたものはすぐに見つかった。それは高速鉄道での6時間超の旅が終わって約1時間後のことだった。

 観光客を装って城内へ侵入した3人はまず、城内の警備体制をつぶさに観察した。時価何千億というダイヤが眠る場所でも無いので、警備員は入り口で入場料を徴収する係も兼ねた者がひとりいるだけらしい。一応、待機室に監視カメラの映像を映すモニターがあったが、警備員はそれらに背を向けたままちらとうかがいもせずテレビ番組に熱中していた。その合間に、訪問客から入場料を徴収している風だった。要は警備員や監視カメラはお飾りというわけだ。

 そして、それほど流行っている観光地でも無いのか観光客もまばら。これなら白昼堂々でも盗みがはたらけそうだな。とホルマジオは考えた。極めつけに、が欲しがっていたものは一応強化プラスチックのケースに入れられてはいるものの南京錠で施錠されているのみ――南京錠の開錠など、ホルマジオには朝飯前だった。――で、映画でよく見る赤いレーザー光線――つまり光電センサーが作動しているはずもなかった。そこまでせずとも、接触式の変異センサをケースに仕込んで、故意にケースを持ち上げようとしたときに警報が鳴る、くらいの仕掛けをしておけばいいのにそれすら無かった。これは、メローネが実際に箱に触れて確認済みである。ガタガタと音を立て施錠されたケースを揺さぶってみても、警報が鳴るでも警備員が駆けつけてくるでもなかった。

 ここまでザルだとすぐに盗んでしまえそうで物騒と言えば物騒なのだが、刀はのスタンドと異なり実体を伴っているから、背負って街に繰り出し人斬りに興じようとする人間がいれば間違いなく即お縄だろうし、そもそも日本刀など訓練していないイタリア人をはじめとする西洋人が簡単に扱えるような代物でもない。日本刀とは見た目の割にかなり重く、人を斬ろうと思っても素人が簡単に振り回せるようなものではないのだ。に言わせてみれば、日本人ですら現代で刀をまともに扱える人間などほんの一握り。変な気を起こしてこの辺りで無差別殺傷事件を企てた者がいたとしても、キッチンからナイフを持ってきた方がはるかに効率がいいというわけである。
 
 要するに、この場所から日本刀を盗もうと思う人間など以外には存在しなかったから、これほどのザル警備であっても非常に良い保管状態のまま、今も尚ここにあるのだった。

 監視カメラは部屋の隅1箇所に、隠すでもなく堂々と天井からぶら下がっているのみ。カメラのレンズは部屋の対角線上を睨んでいて、その視線の先に例の日本刀が存していた。しかしお粗末なことに、カメラが取り付けられているのは部屋の入口からすぐの場所だった。つまり、カメラに映ることなくカメラの視界を塞ぐことができる。その間にホルマジオがピッキングし、リトルフィートで日本刀を縮めポケットに収納。空になったケースへ元通り南京鍵をかけて城から脱出。――とてもシンプルな作戦だ。

 メローネの提言により、城へ着いたその日は下見にとどめた。作戦決行は翌日となった。

 ヤマト襲来のことがあるので、なるべく早く得物を入手し身体に馴染ませておきたかっただが、急いては事を仕損じるという言葉を頭に思い浮かべて焦る気持ちをなんとか抑え込み、3人で夕食を済ませた後おとなしく日没時に宿へ向かった。

 ジェノヴァ港の夕景は美しかった。は、確かに自分の心がその美しさに震えるのを感じた。

 けれどそれ以上に彼女は、夕暮れ時が嫌いだった。

「あ、そうだ。手芸屋さんとか無いかな。刀を仕舞うケースを作っておきたいんだ」

 美しい夕景に、名残惜しそうにゆっくりと背を向けるメローネとホルマジオの間に割って入りながら、は言った。そして焦燥を隠そうとするように、足早に市場の方へと向かったのだった。