祖国発遊侠青春珍道中

 私、どうしてキレてんだろ。

 女に斬りかかる間に、はそんなことを考えていた。人は交通事故に遭うなどして命の危機に瀕したとき、時がゆっくりと流れているように感じ、まるで走馬灯のように過去の記憶が頭の中を駆け巡るという。別には命の危機に瀕してはいない――少なくとも、彼女はそう思っていた――が、走馬灯のようにという比喩が実際に起こるなら、こんなような感じなんだろうと漠然と思った。

 それにしても、どうして女は倒れたんだろう。どうしてメローネと一緒にいたんだろう。どうしてこんなにも冷静でいられなくなってしまったんだろう。

 ふと、愛する人の面影が頭に浮かんだ。夏の終わり。夕暮れ。ヒグラシの声。縁側に腰掛けて、夕日に焼かれる山々を眺める人。――愛する、死んでしまった人。

。こっちに来んしゃい」

 記憶の中で、は恩人の背中に歩み寄った。

「ほら。こいばあんたにやる。あんたがこの世界で生き抜くために、必要になるやろう。大切にするとよ」

 そう言って渡された、日本刀。家に代々伝わる宝刀だ。相当な値打ちものだと、彼女は言っていた。それが形見に変わって、今ここにある。

 それが溶かされた。だから、ますます自制が効かなくなった。体はひどく熱を持ち、迸るようだった。命が燃え尽きるような感覚だ。――ああ、だからか。これは、命の危機なんだ。

 は確かに、そうかもしれないと思った。武器は使い物にならなくされてしまったし、得体の知れない、幽霊のような何かが目の前にいるのが分かる。女が反撃してこないとも限らない状況で丸腰になってしまったのに、幽霊相手にどう対処すればいいのか全く分からない。これを命の危機と言わずして、なんと言おう。

 使い物にならない、だと? 聞き捨てならないな。

 刹那に、あるいは永遠の間に、そんな声が聞こえた。は反響するその声に耳を澄ました。

 誰なの。

 声に出していないはずの思いは、その声に伝わっていた。

 私はずっと、そばにいた。。私は、おまえが守りたいものを守るもの。おまえと共に戦うもの。おまえが命尽きるその時まで、おまえが願うことを止めるそのときまで、何度でも蘇るもの。

 どこにいるの。

 すぐそばにいる。

 はあたりを見回した。けれど、その声の主と思われる者はいなかった。手元を見つめてみても、あるのは刃先を溶かされた刀だけ。その無惨な姿を見るだけで、怒りが腹の底からふつふつと湧き上がってくる。

 案ずるな。何度でも蘇ると言ったはずだ。おまえが望むのならな。

 どういうこと。

 トリヴィアム。それが、私の――おまえの力の名だ。敵を見ろ。まずは許せ。誰しも皆、一度は誤るものだ。同時におまえ自身も省みて、冷静になれ。怒りこそ力の源ではあるが、過ぎれば道を見誤る。

 は敵を見据えた。誰か知らない、同じ日本人らしい謎のオンナだ。頭の中に響いた声に言われた通りにする。私は、あのオンナにどうして欲しいんだろう。……そうだ。横取りされたくなかった。消えて欲しい。死ねとは言わない。目の前から消えて、メローネに関わらないでいてくれたらそれでいい。

 時は動き出した。は深く息を吸い、女に向けて言った。

「“メローネから離れて、私の目の前から今すぐ消えて。そしたら、あんたの無礼には目をつぶって、見逃してあげる”」

 の忠告を受けて、女は嘲るように言った。

「”随分威勢がいいのね。そのぶよぶよの刀で私をどうしようっていうの?“」

 おまえは、機会を与えた。逃れるための機会を敵に与えた。だが、敵は尚も立ちはだかった。ならば切り捨てよ。己が名誉の名のもとに。道を切り拓け。進み続けよ。
 
 は声に従い、引き下がらなかった。いや、仮に声が聞こえなくてもそうしていただろう。
 
「“……忠告はしたよ”」

 は刀の柄を握り、構え、鋒だった所を女に向けた。の目は、ただ敵を見据えていた。

「”やっぱり、そうなのね。それ、もとに戻るんだわ。でもね、何度やったって一緒よ“」

 刀は元の姿に戻っていた。けれど、はそのことには無頓着だった。そして瞬時に間合いを詰め、女の背後を取った。女を羽交い締めにすると、またもみるみるうちに柔らかく変質していく刀を鋒から女の口の中へと突っ込んだ。

「“柔らかいものでだって、人は殺せる。あんたが人間なら、窒息はするでしょ”」
「”ふ、がッ……!“」

 シリコン製の柔らかい何かになった刀だったものを、喉の奥へ向かって押し込んでいく。と同時に、は手のひらで女の鼻孔を塞いだ。オンナは何とか羽交い締めを解こうと足掻くのだが、自分より華奢な身なりの女のそれのはずなのに逃れられない。

 は勝利を悟った。要は、この女を倒せると確信したのだ。ここが人通りの少ない閑散とした通りにある喫茶店前とは言えども、一般人の目は一応あるワケで。メローネは呆然と様子を見ることしか出来なかったが、ホルマジオは冷静にマズいと思っていた。

 は今や暗殺者チームの仲間である。あまり目立たれては困る。

 ホルマジオは使い物にならなくなっているメローネを他所に周囲を見渡した。カウンターの影から不思議そうに外の様子を伺う喫茶店の店員がふたりと、日本人女性が路傍で取っ組み合いのようなことを始める前に通り過ぎたが、背後で騒ぎが起こりはじめたので何事かと振り返ってこっちを見ているカップル一組。通りの反対には、今まさにこちらへ向かってきているが、騒ぎが起こっているならこの道を通るのをやめようかとオロオロしている老人がひとり。

 これ以上はまずい。人目が多すぎる。今に収拾がつかなくなる!

ちゃん! とりあえず、落ち着こうぜ」

 ホルマジオは言いながら日本人女性ふたりに近づくのだが、悲しいかな、頭に血が上ったには聞こえないどころか、ホルマジオの姿すら見えていなかった。ホルマジオがそうしてあたふたしている内に、事態は急展開を見せ始めた。

「"っ、あ、な……なん、なのっ!?”」

 今度はが悶え始めたのだ。見ると、の下肢から股、腰、胸にかけて、ひも状のものがまるで蔓のように絡みついていた。――ガンズ・アンド・ローゼズだ。どろどろに溶けた半液状のような姿かたちをしたスタンドが、形状を変えての体に巻き付いているのだ。触手のようにうごめくそれは、のふとももに纏わる肉を絞り上げながら、履いているスカートを下からたくし上げる。そして蔓の先端は今にも、の下着の際から中へ潜り込もうとしていた。

「“んっ、あっ、あんっ……!!”」

 が声を上げた。メローネの息子は、のあられもない姿を見て声を聞き、再度勃ち上がった。同時に、の体から力が抜け、エツコは彼女の拘束から逃れた。胸を押さえ、頭を下にやってごほごほと咳込めば、に押し込まれた半液体の物質が地面に吐き出される。そうしている間に、例の下肢に絡む蔓はさらに侵攻し、ついにの秘部へと到達した。上体に絡む蔓は胸の中心で交差しながら乳房を囲い、その頂きを目指している。

「“よくも、よくもよくも、この私を殺そうとしてくれたわねッ!”」
「“い……いや、いややめて、ダメっ、それ以上はっ、あ、あああっ”」
「“あんたの大好きな、メローネの前でっ……私があんたを犯してあげるわ!”」
「やめろ、やめろやめてくれ……いや、もっとやれ!!」

 メローネが叫んだ。するとホルマジオが、鼻血を垂らしながら興奮するメローネの後頭部に足蹴りを食らわせた。

「何がもっとやれだッ! 止めろや!!」
「え……なんで?」
「はァ!?」
 
 メローネが夢に見ていた妄想が実現したからなのだろうか。ホルマジオも確かに興奮してはいたが、やっぱりこのまま公衆の面前で騒ぎを大きくするわけにはいかないという冷静な部分が、現状に警鐘を鳴らしていた。
 
「目立ちすぎなんだよ! ここ、アジトの近所だぞッ!! 騒ぎを起こしたらリゾットにドヤされる!!」

 リゾットのメタリカは絶対に食らいたくない!
 
 かくなる上は、自分のスタンド、リトル・フィートでともう一人の日本人女性(ダイナマイトボディーの持ち主)を攻撃し、人の目に映らない程の小人にするしかないのだろうか。けれど、それだと時間がかかりすぎるし、既に彼女らを見ている人間をさらなる混乱に陥れ、結果今起きていることが記憶に深く刻まれてしまう! と、思ったその時だった。

「おい、これ持ってろ」

 聞きなれた憎たらしい声。押し付けられる、そこそこ大きな鏡。後に、男は唱えた。

「マン・イン・ザ・ミラーッ!! 日本人の女二人と、ギアッチョ、メローネが鏡の中に入ることを許可しろッ!! ただし、スタンドが鏡の中に入ることは許可しないッ!!」
「え、ちょ、まッ……オレは!?」

 こうして、5人が現実世界から忽然と姿を消した。ひとり取り残されたホルマジオは気まずそうに鏡の裏側に顔を隠し、これからどうしようかと考えた。

 一部始終を見ていた人々は、皆一様に目を擦り、一変して静かになった通りを眺めて頭を掻いた。

 はて。自分たちは一体、何を見ていたのか……? というか、あのデカい鏡はなんなんだ。

 すると鏡――を抱えた坊主頭のお兄さん――は、そそくさと大通りから離れ、人目につかない裏通りへと向かっていった。



07:Kirisute Gomen



 イルーゾォの鏡の中の世界に捕らわれると、スタンド使いはスタンドを使えない。

 エツコはを締め上げていた己のスタンドの気配が突如として消えたことに驚きを隠せず、あたふたと辺りを見回していた。一方のは、手のひらを見つめて、その後背後に手を回し刀を探った。それでも目当てのものが見つからないので、彼女もまた失くしたものを探すために辺りをキョロキョロと見ていた。

 銃や刃物の類――要は、イルーゾォに危害を加えられるようなものも、基本的に持ち込み禁止なので、鏡の外の世界に置いてけぼりになる。

 ふたりの得物を取り上げた張本人――イルーゾォはパンパンと手を打ち鳴らし、二人の意識を自分の方へ向けようと試みて言った。

「おい、おまえら。公衆の面前で殺し合いをおっ始めてんじゃあねーッ」

 だが、イルーゾォの方へ意識を向けたのはメローネだけだった。
 
「おい……イルーゾォ、おまえ、何てことをッ……!!」

 メローネが言った。

「ああん?」

 メローネの思っていることがギアッチョには手に取るように分かった。故に、彼は嫌悪感に顔を歪めた。

「あのままで良かったのに! まさかの胸熱な百合展開だったのにッッッ」
「おおいメローネッ! きめえええんだよおめーはよォオオオッ! つーか、その股間は何だァッ!? 事あるごとにナニをビンビンおっ立てやがってクソがッ!! 童貞かてめーは!! あと、なんかイカくせーぞ変態死ねッ今すぐ自決しろクズ!!」
「おまえの鼻の性能良すぎないか」

 はぁ、と溜め息をひとつ落とすと、イルーゾォは言った。 
 
「何にせよ、公衆の面前でやることじゃあねー」
「え、ならの体に纏わりついてたスタンドは連れてきて欲しかったな。公衆の面前にあのけしからんスタンドを置いたままにするのは良くないと思う」
「単体ではとくにけしからんものでもないし、そもそも一般人にスタンドなんか見えねーから安心しろ。つーか、おまえはバカか。性欲に目をくらませやがって。がどうなってもいいのか」

 メローネははっと我に返った。そうだ、愛するは大丈夫だろうか。見ず知らずの女に凌辱を受けたのだ。かなり精神的なダメージを負ったに違いない。ああ、。それにしても、かなり可愛かったな。最高にムラついてしまった。オレが彼女のありとあらゆるところをいやらしく触っても、あんな顔をしてくれるんだろうか。

 心配しているのかいないのか、変態の考えることは良くわからないものだ。とにかく、は今混乱し、取り乱している。しかし、見ず知らずの女に凌辱を受けたからとか、そんなことではないようだ。

「“無い、無いわ。私の……宝物……どこ、どこなの!? ばっちゃん、ばっちゃん……!!”」

 イルーゾォはメローネに聞いた。

は何て言ってるんだ」
「……宝物が無いって言ってる。たぶん、あの刀のことだろう。それで取り乱しているんだ」

 の刀。彼女が箱の中から出てきたときからずっと、肌身離さず携帯していた日本刀だ。メローネは形見だと言っていたそれが、の手や背中から離れたところを一度も見たことが無かった。は毎夜刀を抱きかかえ、本当に睡眠で日々の疲労を回復できているのかと心配になるような寝方をしていた。まるで、モンキー・パンチ著「ルパン三世」に出てくるゴエモンのように、壁に背中を預けて座り目を瞑っているだけなのだ。ベッドの上で大の字になって寝ているところなど見たこともない。おかげで、メローネが彼女の寝込みを襲おうと思っても、その試みはことごとく失敗に終わった。

「”。安心して下さい。刀は、外にあります“」
「“外!? ここは外でしょう?”」
「”いいえ。ここは、あなたが思っているような外の世界じゃない。説明は後でしマス。だから、まずは落ち着いて“」
「”無理、無理無理無理、無理よ! お願い、どこにあるか知っているなら、返して! 今すぐ返して!!“」

 メローネはを宥めようと試みるのだが、半ば狂乱状態の彼女は聞く耳を持たなかった。

 そしてエツコも、黙ったままでいるつもりは無いようだ。けれど彼女はスタンドについてわかっているスタンド使いなので、物わかりが良かった。

「これは、誰かの能力なの……? 周りにいた人たちが、消えているわ。なんだか、景色にも違和感が……左右逆? というか、あなた達は何者なの?」
「ほう。イタリア語が上手いんだな。……オンナ、お前こそ何者だ?」

 イルーゾォはエツコに歩み寄り、人差し指を突き出しながら問う。

「イタリアでは、人に面と向かって指差しするのって普通のことなの?」

 エツコは自ら歩み寄り、豊満な乳房を前に突き出して答えた。イルーゾォの指の先端が乳房に埋まる。

「郷に入っては郷に従えと言うから、良くわからない慣習でも批難はしないわ。ところで、私には守秘義務がある。だから、あなたの質問には答えられない。……そうね、名前だけなら教えてあげる。私はエツコ。日本から来たわ。詳しいことは、メローニさんに聞いてもらえるかしら?」
「ふむ。……メローニさん。教えてくれねーか。このでけー乳したけしからんオンナは一体何者だ。おまえの何なんだ」

 イルーゾォがメローネを問いただす。彼は本来、このことを明らかにしたくてギアッチョを連れてお散歩に出たのである。ちなみに、指はそのままだ。エツコも引かない。何だこの光景は。オレは何を見せられているんだ。とギアッチョは思いながら内側で怒りの炎を燃やしていた。

「……オレが買った人形を作った会社の社長だ。日本製だったから、日本人なんだ」
「はあ? ……なんでそんなヤツがワザワザ、たかが客ひとりの前に出向いて来るんだ? 人形の股間の使用感がどうだったかっていう調査のためか?」

 イルーゾォは、羞恥を煽る、嘲るような顔でエツコを見下していた。恥辱ともとらえられそうな言い方をしたのだが、エツコは彼の悪意に一切屈さなかった。

「いいえ。そもそも、使ってもらえていないのよ。だから、どうして使ってくれないのかを聞きに来たの」

 なんで日本にいた人間が、ラブドールを買ったイタリア人がイタリアでそれを使っていないと分かるのか? エツコは答えた。

「私の分身が――要は、ガンズ・アンド・ローゼズの一部が、ドールに取り憑いているのよ。ガンズ・アンド・ローゼズと私は一心同体だから、ドールがどこにいるかが分かるし、ドールが受けた感覚は直に私に伝わってくる。……楽しみにしていたのよ、メローネさん。あなたの硬いのが、私の中に入ってくるのを……私、ずっと心待ちにしていたの」

 エツコは右手で左の太ももを撫で上げ、左手の人差し指を口にくわえながら言った。熱い視線がメローネを捕らえる。
 
「なっ……! なんて破廉恥なオンナなんだッ」

 イルーゾォは顔を真っ赤に染め上げて指を引っ込め退いた。聞くに、日本人はかなりの潔癖症で、日本人カップルの実に半数以上がセックスレスという統計がありながらも、その事実に何ら不満を抱かないという、まるで国民の半数以上が修道士のような民族らしい。そんな民族に、こんなにも積極的で、羞恥心のかけらも持たないスケベな女がいるなんて考えられない! しかも、そんな女がスタンド使いで、メローネの元に押しかけてくるなんて……今目の前で起きていることは、天文学的確率の上に成り立っているッ!

「何とでも言って! 私は、私が好きなことのために生きているの! 別にあなた達にどう思われようと、知ったことじゃあないわ」

 エツコはゆっくりとメローネに近寄りながら続けた。

「あなたが、こんなにハンサムだなんて思わなかったわ、メローニさん。ドールのことはもういいの。私の作ったドールを選んでくれたという、立派な審美眼を持つあなたのセンスにも、私は惹かれている。あなたがどんな風によがるのか、あなたのものが、どんな風に脈打つのか、あなたのものがどれだけアツくて太くて硬――」
「おいこのクソイロボケ女! それ以上喋ったら、このオレ、ギアッチョが、テメーの体を氷漬けにして、二度と気持ちの悪いことを言えないようにしてやるッ!」
「んふ。あなたも、とってもステキね。その激しい感情をこの体にぶつけられてみたいと思う私って、マゾなのかしら」
「――ッ、このアマああぁぁぁぁぁッ! ホワイト・アルバム!!」
「あー、ギアッチョ。ここじゃおまえのスタンドは使えねーぞ。一般人が季節外れに凍え死ぬから、やめとけ。リゾットに血祭りに上げられる」
「なら、ホワイト・アルバムが鏡の中へ入ることを、許可しろおおおおッ」
「イヤだ」
「クソがああぁぁぁぁぁッ!! オレは一体何しに来たんだッ!?」

 ところで、はどうしただろう。

 さっきから、エツコの周りで賑やかにやっているのだが、肝心のは黙ったままだ。メローネは、エツコからの熱いラブコールに後ろ髪を引かれながらもの姿を探した。

 すると、方々探しものを探し回り、途方に暮れ、地べたに崩れ落ちて静かに涙を流すの姿を見つけた。



 メローネは呼びかけた。すかさず、エツコが言った。

「ねえ、メローニさん待って。私と彼女、どっちを選ぶの?」

 ヤりたくてドールを買った。寂しくてとか、そんな動機ではない。大の大人が寂しくてドールに頼って性欲を解消しようなんて、正直末期だとも思う。そもそも、見てもいないドールに思い入れなんかない。

 そのドールと、手違いで届けられたのがだった。ドールなんかより――そう言うとエツコが発狂しそうだが――人間らしく――当たり前だが――愛らしく、思い通りにはならないが、彼女の見せるいろいろな表情が、色々な声音が、近くで感じる体温が――人形では到底表現できないようなそれら全てが――愛しかった。放しがたかった。

 オレはもっと、のことが知りたい。今となってはもう、ヤりたいだけじゃない。それ以上の何か――美しい愛を、消して解けない固い絆を、オレはに求め始めている。

 が泣いている。彼女を慰めなければ。

「悪いが、エツコさん。オレの気持ちはやっぱり変わらないみたいだ」

 メローネはに歩み寄ると、恐る恐るに手を伸ばした。顔を手で覆い、まるで子供のように泣く彼女の揺れる肩に、指先で触れた。触れた瞬間、ピタリと動きは止まった。緊張しているらしい。これまで、触れた瞬間に振り払われ、酷い時には足蹴までくらわされていたのだが、今はそんな気勢が殺がれているのだろうか。はメローネの手が自分の体に触れることを、彼の腕が彼女の体を引き寄せ、抱きしめることを許した。

 かくして、メローネはエツコを切り捨てた。は言った。

「なんか……イカ臭い」