祖国発遊侠青春珍道中

 チーム一非力なメローネは、チームメイトにいとも容易に捕縛され、事実を吐かざるを得ない状況に陥った。一体何をどうしたら、日本から生きた人間が木箱に詰められてここに来るのか、ということを、彼は話さなければならなくなったわけだ。

 しかし、何故こうなったのかを最も知りたいのはメローネ本人だった。

 彼はラヴドールを買った。

 日本製のバカ高いやつだ。衣装などもオプションで特注にして、乳房の大きさや、乳輪の色と形、陰毛の有無や毛量、ホールの形状――極上の名器と銘打たれた最高級のものをチョイスした――、そしてドールの顔も髪の色も、何もかもすべて彼好みにカスタマイズした、永遠の伴侶を購入したはずだった。価格にして一千万リラを超えるドールだ。その代わりに本物の人間が送られてきたのだ。

 いや、代わりじゃない。代わりになってくれるならその方がいいとメローネは思い始めていたが、おそらく何かの手違いで偶然ここに送られてきた可能性の方が高い。とにかく、今の段階で確かに言えるのは、彼の一千万リラ――仕事四、五回分の報酬に相当する金――は水泡に帰したということだけだ。

 メローネは渋々言った。

「オレが日本のウェブサイトで購入したのは人形だ。それがどうして生身の人間なのかは、オレにも分からない」
「人形だと? なんだ、おままごとでもやるつもりだったのか? シルバニアファミリーか?」
「シルバニアファミリーって何だ、ホルマジオ」
「かわいいウサギさんとかリスさんとかのちっちゃな人形とドールハウスが一緒になってる日本のおもちゃだよ」

 何故ホルマジオがシルバニアファミリーなる日本の幼児向け玩具について知っているのかということに突っ込もうとする者はいなかった。

 しかし、メローネは思った。シルバニアファミリーを買ったのだと思われるならまだマシだ、と。彼が、そうだ、シルバニアファミリーでおままごとして遊びたかったんだ。と口にしようと思ったその時、イルーゾォが言った。

「おもちゃ……。大人のおもちゃの類か? おいおいおいまさか、ラブドールってやつを買ったんじゃあねーだろうな?」

 憐憫の目が一斉にメローネに向けられた。メローネはイルーゾォに白目を向け歯をむき出しにした。

「ラグドール?」
「ホルマジオは黙ってろ」
「ラブドールって……あれか? 股間にオナホがついた人形」
「キメェ!! 死ね! メローネッ!!」
「こいつモテねーだろうしな。捌け口にするつもりだったんだろ」

 モテないワケじゃない。本番にこぎつける前に本性が露呈して逃げられるだけだ、とメローネは心の中で反駁した。もう幾度となく寸前で逃げられてきていて、オレはきっと一生そうなんだと絶望した末の選択だったのだ。
 
「ご無沙汰だったんだな。可哀想に」

 ホルマジオが心底同情したような顔で言うのがこの上なく腹立たしい。メローネは今にも泣きそうな顔での様子をうかがった。幸い、には話の内容がほとんど理解できていないようだった。もはや彼には唯一それだけが救いだった。

「とにかく」

 リゾットが言った。彼は問題解決のための実のある話をしたいのだ。メローネの性癖がどうと、彼の男としての沽券が地に落ちようと知ったことでは無い。そんなものがおよそ議論するに絶えないものであることなど、考えるまでも無く分かりきったことだからだ。

「これはおまえが引き起こした問題だ。おまえがネットショッピングをやって日本から何か買わなかったら、こうはならなかったわけだからな」
「それはその通りだと思いますすみませんでした」

 珍しくしおらしいメローネの様子を見ていると皆が何かすっとする気分になって、にたにたと笑みを浮かべていた。

「だから、おまえが責任を持ってすぐにその女を祖国へ還せ」
「ま、待ってくれ。それじゃあ、オレの一千万リラはどうなる!?」

 皆の憐憫の目は瞬く間に悍ましいものを見る目に変わる。だけは小首をかしげて不安げにメローネを見つめていた。
 
「おいおまえまさか、その子を人形の代わりにできるとでも思ってんのか!?」
「なんて破廉恥な……」
「女の敵だな。元からそのきらいはあったが、まさかそこまでの外道だとは」
「いや、こいつがそうなのは分かりきったことだろう。スタンド能力があんななんだしよ」
「つまりメローネはやっぱりメローネでしかなかったということだね」

 きめぇ。最低だ。鬼畜め。男の風上にも置けない。などなど、皆はここぞとばかりにメローネを口撃した。彼らは本気でそう思っているし、罵詈雑言を浴びせかけることでストレスを発散している。もはや精神的なサンドバッグと成り果てたメローネに、言葉を発する権利など与えられず、彼自身にはそうする余力も無かった。

 まったく。こいつらときたら、すぐに話を脱線させる。問題解決に漕ぎ出したいのに、これじゃあいつまでたってもこの女を祖国に還せない。いや、そもそも、オレ以外の皆がこのことを大して問題だと認識していないのかもしれない。

「話を元に戻すとだ」

 リゾットはいささか眉間に皺を寄せながら言った。皆にことの重大さを分からせるため、彼が何故という日本人の女を日本へ返したいのか端的に述べることにした。

「ウチにもう一人の人間を養うだけの余力は無い。それに、今まで裏社会で生きてきたわけでもなんでもない一般人を、安易にこの世界に引き込むべきじゃない。それが、イタリア語も十分に理解できないか弱い女ともなれば尚更だ。だから、還すんだ。今すぐに」

 そう。情が移る前に。メローネは既に何か勘違いをし始めている。自分がこの女を買ったのだとか、所有権が自分にあるとか、そんなことを考えてはいないまでも感じはじめてはいる。リゾットにはそう思えてならなかった。

 メローネがどうにも納得いかなそうに口ごもっていると、今まで大人しくしていたがリゾットに向かって唐突に言った。

「あの」

 ケツ穴野郎だと!?

 リゾットは我が耳を疑った。は今確かに“ano”――イタリア語で尻の穴を意味する語――と言った。リゾットは今まで一度たりとも対峙する人間にそんな言葉を吐かせたことはなかった――吐くまでもなく敵対する人間は大抵死ぬからだ――し、女性にそんなことを言われるほど素行も悪くないつもりでいたので、悪口には慣れていないのである。

「あ、これ言っちゃいけないって言われてたんだった。イタリア語で話さなきゃイタリア語で……えーっと……」

 リゾットが不意をつかれ閉口している間に、は日本語でもごもごと何か言ったあと、自分が収まっていた木箱の中から小さなノートを取り出してパラパラとページをめくりはじめた。目当てのページを見つけ出すと、そこに書いた文を棒読みする。

「すみまセン。わたし、ヤクザに追われているんデス。だから、日本には帰れナイ」

 タケシ……。

 世界のタケシ・キタノ――日本の俳優兼映画監督。主に任侠映画で世界にその名を馳せる男の名――を、プロシュートは咄嗟の間に思い浮かべた。義理や人情、男の中の男。それらの美しさへの憧れから、劇中に出てくるヒーローを、彼は理想のあるべき男の姿と思っていた。日本人特有とも言える、ことさら集団の和を重んじるような、利他的な精神のあり方には少なからず感銘を受けていたのだ。ヤクザに追われた女を助けてやらずに、何が男か。万が一日本から追手が来たとして、それらと対峙できる力を持つ者などオレたち以外にはいないはずだ。というところまでプロシュートの想像は飛躍した。

 そうなる前までプロシュートは、を祖国へ還すべきだと考えていた。何と言っても、ここは女がいて良いところではないからだ。このアジトがある地域という単位で見てもすこぶる治安は悪い――聞くに、日本という国では電車の中で居眠りをしても荷物がひったくられたりしないほど治安のいい国らしい。国民が全員聖人なのだとしか思えない。そんな危機意識がバグっている国からやってきた、何も知らない女を匿い守り通す自信は無い――し、さらに縮尺を小さくしてアジト単位で見ると、メローネがいるという時点でその治安の悪さは一気に地の底に堕ちる。ついでに言えば、女癖の悪い坊主もいるし、そもそもここは殺し屋の吹き溜まりである。

 しかしだからと言って日本に還してしまえば、ヤクザに何をされるか分かったものではない。一転して、プロシュートはを当アジトにて匿うべきだと思い始めた。毒を以て毒を制すというが、悪を滅ぼすための力を持つのもまた悪を働く者であることは儘ある話だ。

「ヤクザってのは……日本のギャングのことだよな?」

 ホルマジオがメローネに訊ねた。メローネはすぐに、ああ、と答えた。

「それでわざわざこんな遠いところまで命からがら逃げてきたんだ……。追い返すなんてちっと可哀想じゃあねーの?」

 ホルマジオが女に甘いのは今に始まったことではない。メローネ同様、完全に鼻の下が伸び切っているし、男臭いアジトに花を添えられるならそうするに越したことは無いとでも言わんばかりだ。イルーゾォはイルーゾォで、を上から下までなめるように見たあと彼女を指差し、家事全般やらせりゃいい、などと言い始める。確かに殺しをやらせるより倫理的には適うが、世の働く女性を敵に回す物言いである。ペッシは端から、自分は何か言う立場には無いと議論の場から脱しており、ただ成り行きを見守っている。

 ただしギアッチョだけは、だから何だと言って憚らなかった。

 まともに人一人殺せもしない女に食い扶持を持っていかれるなんて納得いかねーぜ。というのが理由のようだ。

 その気持ちはよく分かる。リゾットはギアッチョに同意した。だが同時に、彼の言ったことの一部がひっかかった。人を殺せなさそうな彼女がどうして、“ヤクザ”なる日本のギャングを怒らせることができるんだ? 彼女は本当に“人一人殺せもしない女”なのだろうか。はヤクザに追われるような何かをしでかした女なのだ。彼女が日本刀を携えさえしていなければそうは思わなかったかもしれない。逆に人を殺すためでないのなら、何故彼女は刀を持っているのだろう。日本では、護身用にとヤクザでも何でもない一般人が刀を所持することはそう珍しいことでもないのだろうか。

「それは何のために持ってきた」

 どうやら簡単なイタリア語でゆっくり、ジェスチャーと共に話しかければ少しは理解できるようだ。そしてはまた手元のノートから目当の例文を探し出して答えた。

「……これは、形見なんデス。死んだおばあちゃんの」

 がそう言って涙を浮かべるものだから、リゾットはそれ以上の追求ができなくなった。リゾットは難儀そうに眉間を摘んで言った。

「おい、メローネ。おまえ、日本語は分かるのか」

 その質問は、地に落ちたメローネの自尊心を少しだけ引き上げた。

「ああ。少しなら」

 少し、と彼は謙遜したように言ったが、日常会話程度なら概ね理解できたし、少しならできるのは喋ることだ。

「どうしてヤクザに追われているのかを彼女に聞けるか」

 メローネは首を縦に振ると、を見つめて言った。

「あなたは、何故、追われてるんですか?」

 カタコトで何か変なイントネーションの日本語だった。だがには十分に理解できた。そして異国の地で母国語で話しかけられるという途方もない安堵感に、初めて彼女は微笑みを浮かべた。

 かかかカワイイ!!

 メローネは悟った。自分はたった今、完全に恋に落ちたのだと。さらにの微笑みはメローネの庇護欲を果てしなく掻き立てる。オレが絶対にこの女を守り通す! メローネはこの一瞬の内にそう心に決めた。 カワイイ、カワイイ!! カワイイから触りたい!! 抱きしめたい!! そして――

「日本語が分かる人がいてよかった」

 心底ホッとしたように、は言った。だが、彼女は何故追われているのかについては話さなかった。

「でも、ごめんなさい。今はまだ、話したくない」

 刀を大事そうに抱きしめながら、胸を押さえて悲しそうに下を向く。髪で隠れて見えないが、きっと涙目だろう。かわいそうに。やっぱり、オレが守ってやらなきゃな。

「今はまだ話したくないそうだ」
「……そうか」

 リゾットは摘んでいた眉間の皮を額に押し付け、呻るような顔をしながらしばらく黙った。しんとした部屋の空気を感じ取り、はおずおずと顔を上げる。そして、どうやらこの家の主らしい、目前に立ちはだかる壁のような体躯をした男を上目遣いに見上げた。

「しょうがないな。しばらくの間、匿ってやるか」

 リゾットのその言葉に、メローネは目を輝かせた。

「ありがとう、サイコーだリゾット」
「おまえ、ひどく嬉しそうだな。……まったく。身の回りの世話や、この女に関わるすべての面倒事はすべておまえが引受けろよ。の食費はおまえの給料から天引きするからな」
「御意」
「ギョイってどういう意味だ。わからん」

 が強制送還されないと知ってホッと胸を撫で下ろす者。カワイイ日本人の女と一つ屋根の下で過ごすことになり無性に胸が高鳴ってしまう者。家事全般の面倒事を自分がしなくてよくなると都合のいいように考える者。やっぱり納得がいかねーけどリーダーがそう言うなら仕方ねーと、不服そうに眉根を寄せる者。何かよく分からないが一件落着して良かったとやはり他人事でいる者。三者三様であったが、とりあえずという日本人は、異国の地で寝食を得るに至った。

「部屋に案内しマスよ」

 メローネが言った。言いながらの腰に手を当てたとき、彼女は握っていた刀をギュッと握り目を見開いた。イタリアでは初めて出会った女性にだって普通にやるエスコートの仕方なのだが、日本人には少し刺激が強すぎたか? でも、背中へ手を当てるくらい日本人だってやるよな? メローネはそう思って、扉を目前にして硬直するの顔を覗き込んだ。

 その顔に明らかな殺意が見て取れたので、メローネはゾッとした。



02:Hello Kitty



 何はともあれ、メローネはひとまずを自室へ通すことにした。どうやらそうらしいと知った皆が、部屋を出る前に彼の背中へ再び罵詈雑言を浴びせかけたが、彼は気にしなかった。変態、鬼畜、などという汚い言葉の数々を、やはりは理解できていなさそうだったからだ。外野がまだ、よく知りもしない日本人を家に匿うということに納得がいっていないということにしておけば、ことさら親切なオレの株は上がるだろう。などと考えながら、自室の扉を押し開けた。

 メローネの部屋はオタク的で――日本のアニメに出てくるキャラクターのフィギュアやマンガなどが所狭しと本棚に並んだ――少し雑然とした部屋だったが、恥ずかしげもなくそうした。自分は日本が好きだとアピールする意図があったのだ。が、何故かはそれらに目もくれずに体を翻し、メローネを部屋の扉に張り付けにした。彼の顔の脇には青白く光る刃。その切っ先は扉に突き刺さっている。鞘から刀身を抜く音が刹那の内をを駆け抜けたのだとメローネが知ったのは、まさに今こうなってからだが、と同時に頭のてっぺんから下に向かって血の気が引いていく。

「……お、驚きマシタ。あなた、カタナ、使えないんじゃ――」

 は言った。

「使えないとか、一言も言ってないでしょ」

 ヤクザに追われるお婆ちゃん思いのか弱い女。メローネの頭の中で構築されていたという日本人のイメージが、ガラガラと音を立てて瓦解していく。

「あんたさ……私のこと、好きなんでしょ?」

 メローネはゴクリと喉を鳴らして生唾を飲みこんだ。そしてゆっくりと頷いた。逆らっては殺されかねない。そんな危機感を抱かせるような――到底、ごく一般的な日本人女性のイメージとは似ても似つかない、従順さの欠片もないような――表情に圧倒されて、頷かざるを得なくなってそうしたという方が正しいかもしれないが、不思議なことにメローネは同時に興奮を覚えていた。

 元気な女はイイ。ディ・モールト!! 最高にいい子供を作ることができる!!

 メローネは別にのことを仕事の道具にしてやろうなどと思っているワケではないのだが、職業柄の条件反射的な反応と言うべきか、興奮していた。おかげで下半身はすっかり元気になっていて、目の前の女に妖艶な眼差しで見つめられてそれはさらに硬さと大きさを増していく。はチラと下を見てすぐに視線をもとに戻してニヤリと笑うと、メローネにさらに顔を近づけた。あと指一本分ほどで、元気に立ち上がった彼の息子の先端が、の股座目掛けて潜り込んでいきそうな距離だった。メローネはたまらなくなって、だらしなく開いた口の端から唾液を垂れ流す。

「息子さん、ひどく元気になってるもんね。あなた、名前は?」
「メローネ。ワタシは、メローネと言いマス」
「メローネ。メローネね……。ね、メローネ? 私とシたいんでしょう?」
「シ、したい……? それって、どういう――」
「しらばっくれないでよ。私のココで、それを扱きたいんでしょ?」

 は扉に日本刀を突き刺したまま、もう片方の手で膝丈のスカートをたくし上げ、下着が見えるか見えないかという寸前のところで止めて言った。たくし上げた手の人差し指は彼女の中心に向いている。

 メローネは目を血走らせて唇を噛んだ。荒く熱い鼻息がの顔にかかる。

「シたい。したいデス。さんッ! あなたと、エッチがしたい!」

 あまりにも素直で直接的な表現だ。この男に恥じらいというものは無いのか。それともこの国の国民性か? ……いや。この男が度が過ぎた変態というだけだろう。その変態男が日本語を喋ることができて意思疎通を図ることができる唯一の存在であるというのは呪わしいことだが、贅沢を言っている場合ではない。むしろ、それが女に飢えていて、餌をちらつかせておけば従順そうな男だったということを幸運と思うべきだろう。は自身を自身で納得させ、自嘲気味に笑みを浮かべた。

「いいよ。……ただし――」

 メローネは歓喜に打ち震えた。人形なんかより、ずっといい。人形よりも柔らかで、暖かくて、きっとカワイイ反応を返してくれて、彼女が今指さしているところをぐちょぐちょに濡らしてくれるのだ。そうなっていいと彼女自身が確かに言ってくれている。こんなに幸せなことが今まであっただろうか。いや、無い。だから、この人生最後のチャンスを逃す訳にはいかない。ただしという言葉の後に何が続こうと、オレは彼女の言う通りにする。メローネは心に決めた。そしては、一転して真剣な眼差し――さながら、もう百年も昔に消えたはずのサムライのようなそれ――を男に向け、続けた。

「――私のために、一緒に戦ってほしいの。そうしてくれたら、私あんたのお人形になってあげる」
「……ええ。ええ! 是非、そうさせて下サイ! さんッ!!」

 メローネの答えを聞いたところで、やっとは満足したのか刀を下ろして鞘へ収め、近くの壁へ立てかけた。

「あ、そうだ。……私が刀を使えるってこと、みんなにはしばらくナイショにしててね。私とメローネだけのヒミツ。いい?」
「え、ええ。でもどうして。あなたは一体、何者――」
「それはまだ、言うつもりない。さっき言ったでしょ」

 の目的は“逃避”と“仲間”を集うこと。そしていずれ祖国へ戻り、全てにけじめをつけ、本当の“自由”を手にすることだ。己が信念をこの男に託せる日が来ることを、は祈った。だが、どうにも扱いが難しそうだ。彼の手は無許可に胸元に伸びてきていたので、彼女は骨が軋みを上げるほどの圧力でメローネの手首を掴んで退ける。

「あ、イタリア語喋れないと何か不便そうだし、メローネが教えてね」

 そう言って微笑むの顔はやはり、メローネにとっては天使そのものだった。

 こうして、とメローネの共同生活が幕を開けた。