暇だし夜のドライブにでも出かけようと地下に潜り、ガレージへ繋がる扉のドアノブに手をかけたその時、板一枚隔てた向こうから聞き慣れない音がして、ギアッチョは咄嗟に手を止めた。
パン、パンと肌がぶつかる音。そして、カツカツと何か鋭利なものが、不規則にコンクリートの床を掻くような音。誰かの声もする。
ギアッチョは眉根を寄せ、扉に耳を押し当てた。
「おい、腰が引けてんぞ。もっとケツに力を入れろ」
「いや……。もう無理、勘弁して……」
「おら!膝を曲げるな!」
「んっ、い、痛いっ」
「尻を突き出しやがってみっともねー」
ギアッチョは戦慄した。
(プ……プロシュートの野郎……!!ガレージでといったい何をやっていやがる!?)
最初に沸き起こったのはやはり怒りだった。まさか、我が愛車のボンネットに体を預け、あんなことやそんなことを――がボンネットに手をついて尻を突き出しているところを想像する――やっているんじゃあるまいな、と。
だが、それを上回る戸惑いがあった。息巻いてこの扉をぶち破り、怒鳴りつけた先の光景。プロシュートに陵辱を受ける――ケツに力を入れろ!?アナルか!?アナルなのか!?あの鬼畜野郎死ね!!――のあられもない姿を見た自分は、その後どうすればいい?後のことを考えなければ、自爆しにいくも同然だ。
ギアッチョはごくりと唾を飲み下して、ドアノブから手を離し踵を返した。
あのがプロシュートと肉体関係にあったなんて。信じられない。はホルマジオのことが好きなんじゃないかって噂になっていたのだ。プロシュートもそんな話を聞いていたはず。ヤツは、が自分の性奴隷になってるなんて知りもしないオレたちにわざと同調して、裏でほくそ笑んでやがったってのか!?
魂を抜かれたようにフラフラとリビングへ戻り、ギアッチョはソファーにすとんと腰を落とした。程なくして、メローネがバイクのキーを指先で回しながら、まいったなと頭を掻いてギアッチョの前に現れる。
「なあ、ギアッチョ。ガレージに鍵をかけたのはおまえか?」
「いいや……。メローネ、おまえもガレージに用か」
「どうしたギアッチョ。珍しく元気がないな」
「今ガレージに行くのはやめておけ。とんでもねーものを見る破目になるぜ」
「とんでもないもの?」
ギアッチョは先程ガレージの扉の前で自分が耳にしたこと――に尾ひれをつけた話だ。だが彼は自分が思い浮かべた妄想を事実と信じ込んでいる――をメローネに聞かせた。ギアッチョの話が核心に触れた瞬間、メローネは目をむいた。そして話が終わるやいなや、ガレージへと繋がる階段へ向かうためギアッチョに背を向けた。
「ちょっとガレージ行ってくる」
「は!?いやいやいや、おい、ちょっと待てよ!」
スタスタと歩き始めたメローネの肩を掴み、ギアッチョは彼を引き止めた。邪魔したらまずいなんてことは少しも思わないし、何ならの尻の穴のためにも早急に救助に向かったほうがいいとすら考えていたギアッチョだったが、いかんせんインパクトのでかい現場を目にする覚悟が彼には無かった。被害者のは後で自分がフォローするにしても、ドの付くサディスト、最低最悪の鬼畜ドミナント的一面を垣間見せた――とギアッチョが思い込んでいるだけで見てもいないが――プロシュートと今後うまくやっていける自信が無かったのだ。
おまえには覚悟があるのか。今まで仲良くやってきたクールなチームメイトが、がらりと変わって見えてしまうことになるかもしれないというのに。それでもおまえは行くというのか?
何の躊躇いもなく歩き出し、いつもの性に対する好奇心を隠そうとすらしないメローネをギアッチョは牽制した。
「だってバイクを外に置いたままにはできないだろ」
「おまえ見たいだけだろーが!?つかさっきから舌なめずりがきめぇからやめろ変態!!」
「変態はプロシュートだ!なんだあいつ。女とヤリまくった挙げ句普通のプレイじゃあ満足できなくなって新人の女のケツの穴にナニを突っ込みだしたってのかよ死ねばいいマジで」
「その点については全力で同意する。だがよォ、行ってどうするって話だぜ!世の中見なきゃ良かった、なんて後々後悔するようなことはザラにあるんだ。その最たる例だぜありゃあ!」
「事実確認だよ。こっそり覗くんだ。穴はまだふたつ空いてるからって別に割り込んでスリーサムに持ち込もうなんて、ましてやおまえを誘ってフォーサムでやろうなんて考えてはいないから安心しろ」
「おまえもおまえでサイテーだなオイ!考えてることもろ口に出してんじゃねーか……。あとマジで舌なめずりをやめろ」
「とにかく、おまえの言うことが事実なら、チーム内での不純異性交遊をリゾットに摘発する」
「リゾットにか!?」
「ペッシもいるんだぞ!?普通のセックスならともかく、アナルだぞ!?アナルはやばい。ペッシには早すぎる!!不純すぎる!!!」
「いや、フツーのでもペッシ的にはアウトだろ」
不運なことに、盛り上がっているところ悪いがと間に入り、ガレージの中で起きている事実についてギアッチョとメローネに話していやれる人間はいなかった。まるでガソリンでできた導火線に火がついたように、男たちの妄想は瞬く間に燃え上がり、そしてその炎は確実に爆発物へと迫っていた。
「帰ったぜー」
ホルマジオが帰ってきたのだ。瞬間、ギアッチョとメローネは口を閉じ、同時に渦中のチームメイトに視線を向けた。
「どうした。なんか盛り上がってたみてーじゃねーか。なんでオレが部屋に入った途端やめちまうんだよ?オレに聞かれちゃあマズい話でもしてたのか?」
ホルマジオはポケットに手を突っ込んだまま気だるげにソファーへ向かい、ギアッチョとメローネが見える位置に腰をおろした。
盛り上がっていたふたりは顔を見合わせる。そしてメローネは、ごくりと唾を飲んでホルマジオを再度見やった。
「なあ、ホルマジオ。おまえ、とはどういう関係だ?最近仲いいよな?まさか……付き合ってるのか?」
ホルマジオは顔色ひとつ変えず即座に言い放った。
「ああ。だから手ぇ出すんじゃあねーぞ。はオレの女だ」
ギアッチョは額を手で覆った。メローネは吐息を吐いて目を閉じ、御愁傷様とでも言うように首を横に振った。
「おいおいマジかよ……。ありゃ手ぇ出すってレベルじゃあなかったぜ」
「ああ。オレでも躊躇するようなことをプロシュートのヤツは平然と……」
ホルマジオは要領を得ないふたりの言葉に眉根を寄せる。
「ああ?おまえら何なんだよさっきからよォ」
「がガレージでプロシュートに犯されてるんだよ。今まさに」
「あ゛あ゛っ!?」
血相を変えたホルマジオは咄嗟に立ち上がり、殺気を込めてふたりを睨みつけた。
「バッカおめーそのまま言うやつがあるか!!」
「いやしかし、ホルマジオがはっきりしろって顔で見るから。そう言うならおまえから順を追って説明してやればいいじゃないか」
「……詳しく聞かせろ、ギアッチョ」
「ああ。ありのままを話すぜ」
そう言って語られたギアッチョの話は決してありのままではなかった。彼の妄想力が災いに災いを呼んだ完全なるフィクションだ。だが頭に血が上ったホルマジオはそれを事実と受け止めてしまう。
「ぶっ殺す」
ホルマジオの怒りは一度頂点にまで登りつめた。登りつめた後はただ下るだけ。ターゲットを排除するために、彼の体は自然と冷静さを取り戻すようにとクールダウンしていく。そしてポケットからジャックナイフを取り出して、ゆっくりガレージへと歩みだした。
「いけないなホルマジオ。ぶっ殺す、は禁句だぜ」
「ああ。オレたちギャングの世界ではな。確実にやるんだぜ、ホルマジオ」
メローネとギアッチョの声援を背に、ホルマジオは気配を断ち、殺気を消し、足音を殺した。リビングの扉が静かに閉まる音が聞こえたきり、音は途絶えた。
「……それにしても、鬼のいぬ間に洗濯なんて、度胸あるよな。プロシュートも」
「メローネよぉ……。それって、こえーやつがいない間に好き勝手やることを言うんだよなァ?」
「ああ。それがどうした」
「鬼ってのは分かる。鬼ってヤツはすげーこえーからなぁ。鬼がいなくなりゃあそりゃあもうせいせいする。だからこえーやつのことを鬼と言うのは納得がいく。……だが!洗濯ってなんだ!?洗濯は仕事だろうが!?なんで鬼がいねー間にまで仕事すんだよ!?休めてねーじゃねーかもっと好き勝手しろよ!?ナメてんのか!?おい、メローネ!てめぇナメてんのか!!?」
「ギアッチョ、その変な鬱憤の晴らし方どうにかならないのか」
「だいぶマシになってきたじゃねーか」
「……そうかな?」
ガレージの隅に置いてある一人掛けのソファーに足と腕を組んで座るプロシュート。その前方に緑色の養生テープで5メートルほどのラインが引いてある。は先程街で買ったハイヒールを履き、その細い線上を歩いていた。プロシュートは自分に向って来たり、背を向けて奥へ行ったりと何度も往復するの姿を眺めていた。
プロシュートは現在、にハイヒールでの歩き方をコーチングしているのだ。
ギアッチョが聞いた肌がぶつかる音はプロシュートの手拍子。不規則に聞こえてきた鋭利な物が床を掻く音は、ぎこちなく歩くのピンヒールがつっかえる音だった。はギアッチョの愛車にはもたれるどころか指一本触れていない。
ふたりは決して、誰もいないガレージで不純異性交遊に勤しんでいた訳では無い。純粋な心で乙女がレディになろうと努力していた現場だったのだ。
床のラインは見るな。意識するだけだ。視線は高く前に向けろ。だが顎は引け。胸を張って背筋を伸ばし、尻に力を入れろ。骨盤で漕ぐようなイメージで歩け。膝は曲げるな。つま先で立つように意識しろ。
ギアッチョは意図的ではないが、そんなコーチの言葉を都合のいい所だけ切り取って炎上させたのだ。まるで性根の悪いジャーナリストの様に。
そのジャーナリストに煽られた男がひとり、足早にガレージへと向かっていた。
(が……プロシュートに犯されてる!?しかも、ケ……ケツの穴を!?嫌がる声が聞こえたとギアッチョは言っていた。信じられねー。あの鬼畜野郎見損なったぜ!嫌がる女をむりやり組み敷くどころか、ケツを……ケツにつっこむなんて、オレですら躊躇するぜ!?そもそも!はオレの女だぞ!?まだ公にはしていない関係だとしても、に手ぇどころかナニを……しかも尻に突っ込むなんてあり得ねぇ!!このオレでさえまだまともにキスすらできてねぇってのに!!!オレの可愛いを穢しやがって!!!)
一度落ち着いたはずの怒りの炎はガレージの扉おまえにしたとたん燃え盛った。扉を開けることに躊躇はなかった。愛するを、あの鬼畜サディストから救わなければ。彼を突き動かすのは底知れない怒り、そしてへの深い愛情と使命感だった。
「おいプロシュートてめえ!オレのに何を……!!」
ホルマジオは勢いよく扉を開け片手にナイフを構えたままガレージの中へと駆け込んだ。
「おっ……おかえりなさい!ホルマジオっ」
ホルマジオはの姿が目に入るなり、一目散に彼女の元へ駆け寄った。見たところ、いつもより身長が少し高くなっている以外変わりない。衣服も乱れているようには見えないし、の美しい瞳に涙が浮かんでいるわけでもない。が、しかし、事後かもしれないという考えがホルマジオの頭に浮かんだ。
「……、おまえ、プロシュートに何か……その、何かされなかったか!?」
「何か……?何かって?」
頬を赤くして目をそらすを見て、ホルマジオは焦った。きっとただならぬ辱めを受けて言うのを躊躇っているのだ。
そして、ガレージ内を見渡そうと顔をあげたホルマジオは、床に貼り付けられた緑色の養生テープが伸びた先に悠然とソファーに座るプロシュートの姿を捉えた。
「おいプロシュート!てめーに何をしていやがった!?」
プロシュートはにやりと口角を吊り上げた後ソファーから立ち上がり、ポケットに手を突っ込んでおもむろにガレージのシャッターへと歩み寄った。
「……何を勘違いしているのか知らねえが、事情ならから聞くんだな」
鍵を開け、ガラガラと音を立ててシャッターを持ち上げたプロシュートは外に出てタバコに火をつけた。特段焦る様子もなく平然としている彼を追いかけて、ホルマジオは小声で食ってかかっる。はふたりの様子を小首をかしげ、その場で黙って眺めていた。
「おい!てめーで白状しろこの鬼畜野郎!の口から言わせようとするんじゃあねー!か弱い乙女が言える訳がねーだろうが悍ましい!!」
「……少し落ち着け。悍ましいって何だ」
「オレでさえ身の毛がよだつようで口にもしたくねえよ!」
「落ち着けと言ってるんだぜ。マジにひでー勘違いをしてるみてえだな。おまえはいったい何を聞いたんだ」
「おまえがガレージでを……陵辱してるって……のケツに……テメーの……ああ、ちくしょう。なんて酷いことを」
「酷いのはテメーの脳味噌だな。なんちゅう醜悪な妄想にとらわれてんだよ。……おい。面倒だ。オレとおまえが何してたか、今ここでちゃんと説明してやれ」
は口ごもる。ガレージのシャッターを下ろして鍵をかけていたのは、外から帰ってくるホルマジオに見られたくなかったからだ。ハイヒールを履いて歩く練習なんて、二十歳を超えた女がやることじゃない。それに、見違えたと驚かせたかった。格好だけでなく、振る舞いまで完璧なところを見せたかったのだ。そのために必死になって練習しているところなんか、見られたいはずがない。かっこ悪い。
だが、プロシュートが早くしろとこっちを睨んでくる。ホルマジオは何かよく分からない――私のおしりがどうとか言っていた――勘違いをしているようだし、誤解は説いておかないと。
「あ、あのね、ホルマジオ。プロシュートに色々と教えてもらってたんだ」
「色々とって……純粋無垢なに一体どんなゲスなことを教え込みやがったコラぁ!!!」
「、言葉が色々と足りてねー」
「えっと……その、お尻に力を入れろって」
「尻に!?何故!尻に力を入れるんだよ!?おいプロシュート!!これ以上に言わせるな!!マジで殺すぞ!?リトル・フィ――」
「ちょ、スタンドはやめろ。、そこはいい。そこは省け。もっとざっくりとでいい」
「その……プロシュートと練習してたの」
「尻に突っ込む練習かぁ!!?」
「足元ォ!!!」
鼻と鼻が触れ合うかという距離にまで迫ったホルマジオから顔を背け、プロシュートはの足元を指差した。
まったく。ホルマジオの前とオレの前とでこれほどまでに態度が違うとは。好きな人の前だとうまくお喋りできないってレベルじゃあねぇ。つか、わざとだったら許さねぇぞ。
口には出さなかったが、改めての豹変っぷりに翻弄されたプロシュートは、珍しく心のなかでボヤいていた。
「の足元を見ろ!!いい加減ケツから頭を離しやがれ!!」
「あぁ?」
ホルマジオはプロシュートの指先を目で追った。そうしての足元を見て初めて、彼女がワインレッドのハイヒールパンプスを履いていることに気づく。どおりでいつもより身長が高いと思った。それにしても、身に付けている衣服とは完全にミスマッチで、靴だけが真新しく見える。
「ハイヒールで……歩く練習、してたんだ」
「……何だってそんな練習しなくっちゃあならねーんだよ?」
は再び口ごもった。そんな彼女と乙女心の"お"の字も汲めないホルマジオの様子を見て、プロシュートはやれやれとため息をついた。
「おいホルマジオ」
そして、何が何だかさっぱりという顔で、もじもじしているの姿を見つめるホルマジオの肩にぽんと手を乗せた。
「首輪付けたくらいで安心してんなよ」
「ああ?」
ホルマジオはプロシュートを睨みつけた。ホルマジオの鋭い眼光おまえにしても少しも怯みを見せないプロシュートはにやりと意味ありげに笑ってみせる。
「オレたちギャングの世界じゃあ、首輪つけられてるから人のもんだし、欲しい物は諦めるべきだ、なんて一般常識は通用しねぇんだぜ」
「……てめぇ!やっぱりその気が――」
「さえ望めばな」
「やっぱり今ここで殺しとくか?」
「そう言ってオレを今殺せてねーからおまえの負けだぜ、ホルマジオ」
「チッ……」
プロシュートはタバコを吸いながら、そのまま夜道へと消えていった。いけ好かないチームメイトが視界から消えるまで、その背中を睨みつけていたホルマジオ。そんな彼の腕にがそっと手を触れた。
「ホルマジオ……?」
「あ、ああ。どうした、」
「……怒ってる?」
目を涙で潤ませ眉尻を下げて自分の顔を見上げてくるを見て、ホルマジオは条件反射的に頬を緩ませた。
「そんな顔で見つめんなっ!可愛すぎるんだよおまえはよぉ」
そう言ってに向きなおって彼女をぎゅっと抱きしめる。はびくりと体を震わせた。やはり突然の抱擁にはまだ慣れていなかった。だが、少しずつホルマジオの体温が自分の体に馴染んでくると、得も言われぬ安心感と幸福感でこころが満たされていく。
「おまえにはこれっぽっちも怒ってねーよ」
「ほんと……?」
「ああ。でもよォ、プロシュートにおまえが取られちまったらって思うと安心して夜も眠れねぇ」
「そんなこと、絶対無い。私……ホルマジオのだもん」
小さな声で、耳元で囁くように言い放たれたその言葉を聞いて、ホルマジオは一度の体を自分から引き離し、彼女の顔をじっと見つめた。見つめられたは顔を真っ赤にして顔をそらす。
「あああああたまんねえええ!!!おまえの全部がいちいちカワイイんだよ!!何でおまえそんななんだよ!!その可愛さは最早罪だ!!!」
嬉しいんだか恥ずかしいんだか分からない、むずがゆい気持ちで再度きつめの抱擁を受けながら、は思った。
ホルマジオの機嫌は良くなったみたいだ。それに、ハイヒールについては特段掘り下げられることも無さそうで良かった。このまま忘れてくれれば――。
「でもよ、ハイヒールなんか履いて歩く練習って……なんでだ?」
「え!?あ……その」
さすがに忘れてはくれなかったか。明日の夜、ホルマジオを驚かせるという計画は半分断念せざるを得ないが、ここで変に嘘を吐いてもいいことはない。ははぐらかすのは諦めて、正直に話すことにした。
「あのね。明日のデートに着ていく服に……合う靴をって思って」
「ふむ」
「ハイヒールがいいって、兄貴が言うから……」
「ほう」
「でも、今まで私……ハイヒールなんか履いたことなくって……」
「だから練習してたのか?」
はこくりと頷いた。ホルマジオは額を手で覆って天を仰いだ。
「けなげすぎるだろおがぁああああ」
ホルマジオの雄たけびが、扉の向こうから聞こえる。ギアッチョとメローネのふたりは事の次第を探るべくガレージへと繋がる扉にへばり付いていた。彼らが期待するのは、プロシュートがホルマジオとの死闘の末に息絶えることである。と、本気で望んではいなかったが、とにかくと彼女を取り合う男たちの戦いがどうなったのかが気になって仕方がなかったのである。
が、よく分からない雄叫び以外聞こえないし、扉の向こうはことのほか静かだ。
「おかしいな。どうしてこんなに静かなんだ?」
メローネが小首をかしげた瞬間、向こう側から扉が開かれた。の肩を抱いて部屋へと戻ろうとするホルマジオが野次馬たちを見て眉根を寄せた。
「おめーら……」
ドスの効いた声に身を震わせ一歩後ずさるふたり。は何事かと双方を交互に見やった。
「今度で下衆な妄想しやがったらただじゃあおかねーからな」
それだけ言い残すと、ホルマジオはを引き連れてリビングへと戻っていった。
「ギアッチョ……おまえ……」
メローネは哀れみの目を向け、ギアッチョの肩に手を乗せた。
「欲求不満なんだな」
「おまえにだけは言われたくねーってんだ死にさらせド変態!!!」