Give Me(w) Your Love!

 リゾットは知っている。つい最近彼がチームに迎え入れた、という女が持つ能力がどんなものか。

 それは幹部ポルポの入団試験を受けた結果、彼女が矢に射貫かれてもらい受けたものだ。もらい受けると言っても、発現する能力の性質は育ってきた環境や、その環境の中で醸成されてきた当人の性格や精神のあり方に大きく左右される。こういう能力がいい、どれにしようかな、と自由に選べるようなものではないのである。暗殺者になりたい――そもそも彼のチームがパッショーネ内でどれほどの冷遇を受けているかを知っていれば、そんなことを思う人間はひとりもいはしないはずなのだが――からと、暗殺者として向いている能力を身に付けられるわけではない。

 という女が、過去にどういう人生を送ってきたかをリゾットは知らない。本人が喋りたがったら聞くし、喋らなければ詮索する必要も無い。彼はどんな過去を持っていようと、暗殺者としての適性さえ見いだせる者であれば誰であろうとチームに受け入れた。時にはスタンド能力の適性さえあれば無理にでも引き抜くことすらあった。ペッシなんかがいい例だ。

 は同年代の女性と比較するとかなり大人しい方で、自分から自分のことをぺらぺらと喋るようなタイプでは無い。だからリゾットは彼女の過去を知らなかったのだが、彼女が手に入れた能力とうかがい知れる限りでの性格から察するに、彼女のこれまでの人生はそう幸せなもののように思えなかった。

 そもそもギャングにならざるを得なかったという時点で、ろくな人生は送ってきてはいないだろうからそれは当然とも言えるかもしれない。彼は彼女の年齢も知らなかったが、恐らく20代前半。そんなまだまだ短い人生の中で、世の辛酸をなめつくしてきているからギャングなどになるはめになっている。もちろん世の中にはギャングの世界に憧れて自らすすんでギャングを目指すなんていう物好きもいるだろうが、は恐らくそうではない。

 闇に紛れ無音でターゲットに忍び寄り、獲物を屠ってまた闇に戻る。暗殺者として能力面での適正は十分だ。だがその能力を得るに至った精神は辛い過去の賜物。

 ギャングになりたくてなったわけではない。だが、生きるためにギャングにならざるを得ないなら暗殺者でありたい。そう訴えてきたの目を見て、リゾットは彼女の強い意志を感じ取った。

 賭場をはじめとするありとあらゆる商業施設から金銭を“保護料”として吸い上げ、そのお零れに恵まれながら、自らもレストランやバー、クラブを経営する傍らで麻薬をさばく。そんな“おいしい”仕事を担う各地域の管理チームなどには目もくれず、命の危険にさらされる割に金には恵まれない暗殺者の集まりへ志願するというところから、生計を立てる以外の目的――何かしら果たしたい思い――が彼女にはあるのだろうとリゾットは思った。だが、が試験に合格し、能力を得て、さらにその能力がこと暗殺に向いていたというのは単なる偶然に過ぎない。

 もし彼女が入団する前から暗殺者チームへの配属を希望していたのであれば、スタンド能力を手に入れることができ、その能力が暗殺に向いていて、しかもポルポのスタンドの追跡から逃げ果せたということは、彼女にとってはとても幸運なことだったと言えるだろう。

 の過去は気にしない。ただ、彼女の人生における偶然の積み重ねの中で何が契機になってこのチームに入りたいと思ったのか。何が彼女をそうさせたのか。それだけがチームリーダーであるリゾットには少しだけ気がかりだった。



 がチームに配属されて1ヵ月ほどが経過したある日、彼女はリゾットと実地訓練に出ていた。

 リゾットは彼女の持つ能力が暗殺に向いていることは知っていたが、彼女自身の性格が暗殺に向いているか、人を殺す覚悟が彼女にあるかは知らなかった。これは彼女の暗殺者としての適性を総合的に判断し、今後どう育成していくか見通しを立てるための訓練だ。がターゲットを仕留めそこねたならば自分が手を下す。リゾットはそう思っていたのだが、彼女はものの見事に訓練を初仕事として成し遂げてしまった。

 時刻は三時を少し回った頃だった。ターゲットを始末して戻ってきたが暗がりから月明りの下に姿を現した。リゾットはまあそうなるだろうと予見してはいたものの、彼の傍に脱ぎ捨てた衣服をそのままに、また元の場所に何の恥ずかし気も無く戻ってくるとは、と吐息を漏らした。彼は彼女のあられもない姿から視線を逃がすついでに衣服を拾い上げ、それを持ち主に向かって投げつける。

。顔面血だらけだ。足がつくから血を拭いたものはそのへんに放ったりするんじゃあないぞ」

 そう言うと、リゾットは新入りに背を向けて歩き出した。は指摘を受けて、手元に返ってきた衣服の内からインナーのキャミソールを手に取ると、口の周りや胸元についたターゲットの血液を拭った。それをそのまま身に付けると、急いでその他の衣類も着てリゾットの後を追った。

 がリゾットに追いつき、彼と並んで歩こうと忙しなく下肢を動かしていると、彼はちらと彼女を見やって進行方向へと視線を戻した。一糸纏わぬ姿を何の躊躇いもなくリゾットの前に曝け出した彼女は、今はきちんと衣服を身に付けている。は別に露出狂の痴女というわけではないようだと安堵したのも束の間、彼女の任務遂行における唯一の問題点をリゾットは指摘した。

「……全裸で戻ってくるのはどうにかならないのか」
「伸縮性が十分にあるレオタードみたいなの着てればいいとは思うんだけど、そんなの私の美的センスにそぐわない」
「お前の個人的な美学がどうとかはオレに関係ない。仕事を済ませる度に素っ裸で帰ってこられたら、男しかいないチームでツーマンセルなんか組ませられないだろうが」
「だから、私に相棒とか教育係なんて必要ない。あなたからホルマジオに言ってほしい」
「……ツーマンセルは基本だ。それにうちはよっぽどの理由でもない限り加入して一年と経たない新人にひとりで仕事には行かせない」

 は不機嫌そうに眉根を寄せて下唇を突き出した後、ストレスで込み上げてきた息を口から吹き出した。

「そんなにホルマジオのことが気に食わないのか」

 は頬を少し赤くして少し考えてから再度口を開いた。

「……別に彼のことが気に食わないってわけじゃあない。ひとりでいるのが楽なの」

 リゾットは自分を前にしたときとホルマジオを前にした時とで、の態度が異なることに気づいていた。リゾットだけでなく、その他ホルマジオ以外のメンバーを前にした時も同様に、彼女は至って冷静に必要最低限度で口をきいた。だがホルマジオと話している時、そしてホルマジオが傍にいる時だけはひどく憶病そうにびくびくとしていた。しかも顔を真っ赤にして口もほとんど開かない。その違いにはおそらくホルマジオ以外の皆が薄々気づいているだろう。だと言うのに、ホルマジオだけは少しもそのことに気づいていなかった。彼女はホルマジオの前でだけは徹底的に猫を被っていたのだ。

 が何故そうなのか。彼女の言動を一ヶ月の間観察していたリゾットには何となく分かりかけていた。

「お前はホルマジオに惚れてるのか」
「――っ!?はぁ!?」

 図星だな。

 リゾットは確信した。は目を見開いて、顔を真っ赤にして狼狽えている。リゾットが暗殺のエリートで観察眼に優れているということもあるが、そうでなくても――ずぶの素人でも――図星と気づけるくらいの狼狽え様だった。

「お前らの仲のことについてとやかく言うつもりは無いが、仕事に支障をきたすようなことは無いようにしろ」
「べ……別にホルマジオのことなんか……」
「ホルマジオのことなんか、何だ」
「う、うるさいな!あんたに関係ない」
「それが一概に関係がないとは言えないんだ。言っただろう。仕事に支障を来さないようにしろとな。情に絆されて仕事をないがしろにされちゃあ困るんだ」
「……だから彼と組ませないでって言ってるのに」

 隣のリゾットにも聞こえるか聞こえないかくらいの声では愚痴をこぼした。恐らく彼女にはリゾットにそんなぼやきを聞かせるつもりなど無かっただろう。だが彼にはきちんと聞こえていた。つまるところ、彼女がホルマジオに惚れているというのは疑いようのない事実ということだ。

「……教育係は変えてやる。だがひとりで仕事ができるようになるのは当面先の話だ」

 は尚も不服そうな表情ではあったが、それ以上リゾットに口答えをすることは無かった。

 仕事を済ませる度に素っ裸で戻ってくる女とメローネを組ませるなんて夢見が悪い。だが、ホルマジオとプロシュート、メローネ以外となると……イルーゾォかギアッチョか。いったいどっちがマシだ?

 そのふたりに教育係として適性がなさそうだと気づいたリゾットは、再び溜息をついた。

 かくなる上は自らが彼女の教育係になるか。が裸体で戻ってくるのは……彼女が戻ってくる場所にオレがいなければいい話だ。いや、だがそれはそれでどこかで覗いているんじゃないかと勘繰られそうでこっちの気分が悪いな。やはり伸縮性のあるレオタードとやらを無理にでも着せるか……。

 暗殺のエリートとして完全なる自制心を身につけた彼はそう結論づけた。

3:おまえが、あなたがいない夜に

「おい聞いたぜリゾット。と仕事してきたんだってな?アイツと仕事すんのは、教育係であるオレなんじゃあねーのか」

 が初仕事を終えて帰ってきた日の夜十時頃、リビングでくつろいでいたリゾットに向かってホルマジオが文句をたれた。リゾットの傍に腰を下ろした彼は説明を求めてじっとリーダーの顔を見つめる。オレを通してくれないと困るとでも言いたげな表情だ。リゾットはそう言えばまだ伝えていなかったな、とソファーの背もたれから上体を離し、ローテーブルの上に置いておいたウイスキーの入ったグラスに口をつける。それを一口煽るとホルマジオを見据えた。

「そのことなんだがな、ホルマジオ。の教育係はオレがやる」
「は?何でだよ」
「……当人がひとりがいいと言ってる」
「いや、待てよ。はまだひよっこだろ。ひとりで仕事させんのかよ」
「無論させるつもりは無い。だが今回の仕事ぶりを見るに、恐らく彼女に教育はほとんど必要ない」
「どういうことだ」
はひとりで仕事をやり遂げたんだ。オレは今日、彼女の仕事ぶりを見ていただけだった」
「嘘だろ……」

 あの、ひどく憶病に見えるが?

 ホルマジオには信じられなかった。きっと手取り足取り腰取り教えこまないと、彼女に暗殺なんてできるわけがないと思い込んでいたのだ。彼は自分の前でだけが態度を変えていることに気づいていないので、そう思うのも無理もないかもしれない。

「だからそれほど手はかからないだろう」
「手がかからないってのは分かった。だから忙しいあんたでも、を使う一日くらいなら仕事に付き添ってやれるって理屈だろう?だがよ、ひとりがいいって言ってんのにアンタならいいのかよ。そこがおかしいよな」

 なかなか引き下がろうとしないホルマジオ。リゾットは面倒だと思った。何で自分が二人の間を取り持ってやらないといけないんだ、と早くも彼をなだめてやるのが億劫になってくる。

 の名誉のためにも、彼女がホルマジオに恋心を抱いているなんてことは言えない。その上で彼女とホルマジオを組ませられない理由を説明するのは骨が折れる。嘘をつくしかないのだろうが、嘘を考えることすらリゾットには面倒だった。

「それは本人に聞け。そしていい加減諦めろ」
「いや、納得いかねー。リゾット。あんたはチームの司令塔だ。例えちょっとの時間だって、新人の世話なんかやってる暇はねーはずだ。それに、ひとりがいいって言ってるのにアンタならいいって、まるでがあんたのこと好きみてーじゃねーかよ」
「仮に彼女にそんな気持ちがあると分かったら、オレは一緒に仕事なんてしない。それこそ、教育係はお前に任せただろうな」

 この発言で察してくれ、そして引き下がってくれ。リゾットはそう願ったが、ホルマジオはワケが分からないとでも言いたげに眉をひそめポカンと口を開けていた。リゾットは深い溜息を吐いた。

「……何故そこまでに執着する」
「だってカワイ……もとい、新人は誰だって可愛がってやんねーとよ」
「お前ペッシのときはそんなこと少しも言ってなかったぞ」
「うるせーな!ペッシかかっつったら断然だろ!?オレは男にキョーミねーんだよ」
「本音が出たな。やはりお前には任せられん」

 しまった。

 ホルマジオはとっさに口を手のひらで覆ったが、時すでに遅し。彼が下心満載で彼女の教育係として名乗り出たことを、今しがた完全にリゾットに悟られてしまった。これ以降自分がどう喚こうと、リーダーの決定を覆すことは叶わないだろう。だが一縷の望みにかけて、ホルマジオはリゾットに話を持ち掛ける。

「もしが、やっぱりオレじゃないといけないって言えば、あんたは引き下がってくれるか?」
「いいや。これは決定事項だ。そもそも、が絶対にそうは言わないだろうな」
「何でだよ!?」
「だから、それを本人に聞けと言っているんだ。もう面倒だ。これ以上オレにその件で絡んでくるな」

 そう吐き捨ててリゾットはグラスに残ったウイスキーを全て飲み干すと、キッチンのシンクでグラスを洗った後リビングから出て行ってしまった。ひとり取り残されたホルマジオはしばらく一人で何か考え事をしていたが、考えがまとまると、とりあえずに話を聞くかと腰を上げた。

 二階はメンバーの居住スペースだ。ホルマジオの部屋は階段を上ってすぐわきにある部屋だった。の部屋は廊下の突き当りにある角部屋だ。彼はほとんど足を踏み入れない、自分の部屋の扉より向こう側の廊下を歩いていっての部屋の扉の前に立った。そして扉をノックする。だが返事はなかった。

 どっか出かけてんのか?

 こんな時間に女がひとりふらふら外を出歩いている。そう思うと、ホルマジオはそわそわとした気分になった。別に自分の女というわけでもないのに、が今いったいどこで何をしているのかと気になってしまう。

 確かに、執着しすぎかもな……。

 ホルマジオは勝手に失恋したような気分になっていた。どうにもこのまま部屋に戻って不貞寝をする気にはなれない。踵を返した彼はもやもやとした思いを抱えたままアジトを後にした。

 街を歩いている間にと会えるかもしれない。会った時隣に男がいたら……?まあ、その時はヤケ酒呷って酔いつぶれコース確定だな。

 ホルマジオはそんな思いで夜の街へと姿をくらませた。



 一方その頃、ホルマジオの部屋には例の美しい長毛の白猫がいた。

 窓は開いていた。だが、部屋にホルマジオの姿は無かった。いつもなら部屋にいる時間なのに。猫は思った。

 特段仕事があるなんて話も聞いていないのに、どうして彼は部屋にいないんだろう。ああそうか。こんな時間に男が外に出る理由なんてひとつしかない。

 女がいるんだ。

 猫は悲しくなった。自分は完全に恋愛対象ではない。それは薄々分かってはいたが、実際に彼の行動でそれを思い知らされると、ひどく傷つけられたような気分になった。彼女は自分の気持ちをホルマジオに伝えていないので、それを知りようの無い彼が彼女に配慮して行動できるわけもない。そもそも猫が彼に恋い焦がれているなんて、例えそれを知ったとしてもホルマジオが人間の女の尻を追いかけることを止める訳が無い。全くもってひどく一方通行な思いだ。きっとこの恋は成就しない。

 彼の姿を見ているだけで幸せだ。かっこよくて、優しくて、面白くて……。そんな彼に憧れてここに来た。きっと彼に恋焦がれているというのは、自分だけの彼であって欲しいというのは気のせいで、憧れの延長でしかないんだ。そう思うことにしよう。

 これが最後。もうこの部屋には来ちゃダメ。

 そう自分に言い聞かせてはみたものの、途端に途方もない虚無感に苛まれてしまう。どうにもこのまま部屋を後にする気になれなかった猫は、少し躊躇いながらもゆっくりと部屋に足を踏み入れた。ホルマジオのベッドに乗って、彼が朝に体から剥ぎ取ったままの形を保っているブランケットの中に潜る。彼の匂いが染みついたそれに包まると寂しい気持ちが少しだけ薄れていった。目を瞑れば、傍に彼がいるような気がしたからだ。だが彼の熱は感じ取れないし、あの優しい声音は聞こえてこない。額を撫でる手も、かわいいと言いながら、執拗に擦り付けてくる顔も近くには無い。薄れていったはずの寂しさは、時間が経過するごとに増していった。

 猫は涙を流していた。猫が涙を流すのは、目に異物が入った時、目を怪我した時、または眼病にかかった時だ。悲しくて泣く、なんて人間のようなことはしない。だがその猫は違った。悲しくて、鼻をすすりながらさめざめと泣いていた。

 バカみたい。何泣いてんの。……ダメよ。早く戻らなきゃ。

 そうは思っても離れがたかった。

 彼女が毎晩ホルマジオが寝てすぐに部屋を後にできたのは、明日の夜もまた一緒にいられると思っていたからだ。だから唐突に訪れた最後を、猫は受け入れられずにいた。ちなみにホルマジオに女がいるというのは猫が勝手に決めつけた事実無根の妄想で、最後というのも彼女の勝手な決め事だ。

 自己肯定感が希薄な、ひどく憶病な猫だった。たった一夜一緒にいられないだけだと言うのに。

 そして絶望して疲れるほどに泣いた猫は、そのままブランケットの中で寝てしまった。

 これまで猫はホルマジオのベッドの上で一度たりとも気を抜いたことは無かった。絶対に、彼と一夜を明かす訳にはいかなかったからだ。だがこの日だけは、完全に気を抜いてしまっていた。

「これで……最後……。最後だから……」

 そんな小さな寝言がブランケットの中から漏れたのだが、幸いそれを耳にした者はいなかった。