ナポリへ向かうプライベート・ジェットの機内で、は窓の外の景色を――いつもよりも近い星たちの瞬きを――眺めながら物思いに耽っていた。あまり人前に不安気だったり訝しげだったりといった表情を見せるべきではないとの緊張は、今はすっかり解けている。そんな彼女の表情を伺い知ることが出来るとすればジェット機に同乗するカミッラだけだが、彼女はキャビンの隅の方で何やからカタカタと言わせて事務仕事に専念していた。おそらく、各支社から社長の元へ集中する様々な要請の内容に目を通し、優先順位をつけ取捨選択した上でスケジューリングをしているのだろう。そんな面倒なこともすべてカミッラがやってくれる。私がやるべきことは、判断を下してサインをするという作業だけになってしまった。
自分の人生にも何かしらの判断を付けて、一区切りさせなければならない。それは個人的には、父から受け継いだ会社の社長になるとかならないとかいう問題よりも重大なものになりそうだ。
思考を妨げるものが何もない、隔絶された空間。高度一万メートル上空にいる今は、地上からの電波も届かない。社長に就任してからというもの何度か同じ状況を経験してはいたが、これまでは立ちはだかる父という存在を前に、なんの打開策にも辿り着くことなく、考えはただ逡巡するだけだった。けれど今は違う。
公表されては困るであろう情報を得たのだ。恐らく、公表すると脅せば、父は私のやることなすこと全てに首を縦に振る他無くなるだろう。けれど、それでいいのだろうか。問題は解決するのか? むしろ、問題はさらに根深いものになるのではないだろうか。
はさらに、考えることに徹した。
シドに依頼した調査の結果、は父親の過去、現在、そして未来を知ることとなった。情報量のボリュームは、過去のパートが最も大きかった。そして時が進み現在に近づくにつれて徐々に少なくなっていく。
まず過去については、父がどこでいつ生まれたのかに始まった。どのような学歴、経歴で今の会社を立ち上げることとなったのか。プライベートでは、母といつ、どこで出会い、どれだけの交際期間を経て結婚にまで至ったのか。ある一定額を超える支出――例えば、家や証券などの大きなもの――についてはすべて洗い出されて、年表のようにして纏められていた。
注目すべきはやはり、母の亡くなった年のことだろう。父個人の銀行口座から、亡くなる数週間前から当日に渡って少しずつ――とは言っても、日曜的な何かを購入するには過大な――、金が引き出されていた。日付も曜日もバラけていて規則性はない。しかし、総額にして八十億リラだ。この金がどこへ流れたのかまで、確かなことはわからないが、大方の想像はついた。
母の“治療”だろう。マリア・という女性ただ一人を愛し、亡くしてもなお愛し続けている男が、末期癌患者であった母を置いて他に金を使う訳が無かった。それはもう、惜しみなく。そうして母が助かるというのならば、全財産を投げ出したことだろう。
母が亡くなる前までに、父はありとあらゆる治療法を試していた。おそらく、治験段階の一歩先を行った程度の、当時は認可が降りていなかったものまでにも及ぶ。しかし、母の癌は良くならなかった。奇跡は起きなかったのだ。
あの映像に映った矢のようなものが一体何なのか。それが分からないことにはやはり確かなことは言えない。確かではないが、はある仮説にたどり着いていた。
あれは治療だったのではないか。末期癌を克服させるため、ありとあらゆる治療を試し尽くし、それでも快方に向かわなかった母の病状を何とか改善しようとした結果。最終手段だったのではないか。余命数日を残した母を救おうと藁にもすがる思いで試した、一か八かの、生か死かを選択するような治療だったのでは。
そして、その治療法はパッショーネの力無しには受けられなかった。パッショーネは父にその方法を試させる代わりに、金を要求した――いや、金じゃない。金だけじゃない。父は当時、すでに会社の社長だった。顧客――イタリア全土の有力者たち――の情報を持ち、身の安全を保証する会社の、全権限を握っていた。パッショーネもまた、父という存在を組織へ引き入れたかったのではないだろうか。
パッショーネは、母を救うためなら何でもすると目がくらんだ父を妖術の類で釣り、金と情報の泉を手に入れることに成功したんだ!
これはあくまで想定だ。レポートと、それに付随した母の命日に撮影された映像から、想定されることというだけだ。そもそも、そんないかがわしい妖術の類に父が騙されてしまったという想定がしっくりこないというのもある。しかし、この仮説が真実であれば――その真実と言う名の歯車が加われば、の頭の中でずっと噛み合わずに軋みを上げていた歯車たちは一斉に動き出す。
厳格で誠実だったはずの父が何故、パッショーネの幹部となったのか。
なりたくてなったのではない。母を救うために、父はそうならざるを得なかった。詳しくはないが恐らく、アンダーグラウンドとは、一度足を踏み入れれば容易には抜け出せない世界だろう。父は自身の正義の心に蓋をして、幹部でいることに徹さざるを得なかった。――娘をパッショーネという組織から守るため。
胸中を覆う濃い霧が一気に晴れるような思いがした。の中で、仮説はほとんど真実となりつつあった。シドに頼んでいる調査が終われば、自分が今後どうするべきか、明らかな目標を定めることができるだろう。そんな希望を胸に抱きながらも、は父を思っていた。
いつでも父は目標だった。道しるべだった。父のように、いつも誠実で、偉大でありたいと思っていた。それが誤りだったのだと道を見失ったように思えたけれど、それこそが誤りだった。もちろん、父がパッショーネの一員となることで、どれだけの人の命が、情報が搾取されたかは分からない。例え愛する者のためとは言え、許されることではない。けれど、私が信じてきた父はまだ、信じられる父のままなのかもしれない。信じられる父のまま、良心の呵責に苛まれ続けているだけなのかもしれない。
私は道を誤ってなどいない。父が、会社が長年掲げてきた誠実さ、強さという標榜に向かって歩んできた。それは今も変わらない。これからも変らない。
そしては、レポートの未来についての記述を目で追った。父は莫大な資産の一部を、ありとあらゆる金融機関への入金、送金を経て、スイスの銀行に移していた。スイスの山間にある広大な土地を、近日中に代理人を立てて購入する予定とのことである。
この事実が何を意味するのか、やはり現時点では、には何も分からなかった。分からなかったが、それでもはすでに父へ抱いていた疑念を払拭しつつあった。
父はいつでも、母を、私を愛している。そんな彼が悪に染まるはずもない。
そう信じつつあった。
23: Can You See
シドは今日も今日とて地下にこもり、から与えられた仕事に専念していた。これまでこうも絶え間なくヘヴィな仕事を与えられたことは無かったが、今まで振られてきた仕事なんて休暇の延長だったのではと錯覚するほどに、シドは充実を感じ、疲弊するどころか活き活きとしていた。
シドが活き活きとしていると伺い知ることができるとすればそれはだけだが、そんな彼女も今は忙しく、地下室に遊びに来ることも少なくなった。けれど、彼は不思議と寂さを感じていなかった。が自分に期待をかけてくれて、仕事の成果が上がることを待ち望んでくれている。つい、熱が入ってしまうのだ。もとより謎を解き明かすのは好きで、解き明かした後の達成感も好きだった。
そうそう。ロマーノ個人のPCに侵入して掘り起こした例のビデオ。あれを見た瞬間こそ、最高の達成感を覚えたときだった。例えば、どこぞの秘密結社が夜な夜な行う怪しげな儀式の映像を入手して、それを世に知らしめることができるのだと、自分がとんでもなくセンセーショナルな情報を、弱みを握ったような万能感も。
実の両親には終ぞ――シドは両親にはもう二度と会うつもりがない。そもそも彼らの今現在における生死すら知らないし知りたくもないし知る予定もない――理解されなかったことを、だけは理解してくれた。そんな性分の上に育った技術を肯定して、最大限に活かしてくれるのだ。しかも金払いもいいときている。
が自分の力を求めてくれる限り、オレは絶対にの元から離れることは無いだろう。イルーゾォ? ああ、アイツのことはもう気にしちゃいない。アイツなら、の身の安全も心の安全も守ってくれるだろう。そうじゃなくなった時はどうにかしてぶっ殺すつもりでいる。そのためにもオレはについてなくちゃいかん。そうだ、イルーゾォのお目付け役ってわけだ。それにしても、イルーゾォはいいよな。憧れるぜ。あのスタイルの良さと顔の良さ、そしてびっくりな特殊能力。スーパー・ヴィランってやつだよな。羨ましい。あれって生まれつきなんだろうか。オレにも痣なんかじゃなくて、特殊能力が備わってくれていたらなぁ。そうだ。アイツの手綱を握るにしても、アイツの能力を凌ぐ特殊能力を備えなきゃならない。
ふと、シドはアメリカン・コミックに出てくるスーパー・ヒーローを頭に思い浮かべた。彼が好きなのはアイアン・マンだ。頭脳明晰、容姿端麗。おまけに会社の社長で超金持ち。その身分にかまけず、彼は確かな正義の心を持っているのだ。遊び人って点を除けばほとんどだと、幼い頃から憧れていたスーパー・ヒーローとの共通点に、シドは今更ながら気付いた。
――待てよ。もし、生まれつきでは無かったら?
そう、まるでアイアン・マンのように、イルーゾォやが、後天的に能力を得たのだとしたら? アイアン・マンことトニー・スタークは、超常現象的な特殊能力――まあ彼の場合、手からビームを出せたりロケットみたいに飛べたり、敵の行動を予知したり構造体の脆弱性を暴き出すためやその他諸々のための演算を自動でやって知らせてくれるような人工知能を搭載していたりなんていう超ハイテクなパワードスーツと、それを動かすための半永久的な動力源アーク・リアクターを劣悪な環境下で廃材から作り上げてしまうような頭脳を持って生まれたわけだから、ある意味ではそれこそが特殊能力なのだろうが――を、持って生まれたわけではない。そうなれる才能を持っていたから、アイアン・マンとなれたのだ。
そういう才能を持っている者に、どうにかして、超能力を根付かせることができるとしたら……?
シドはちょうど、例の矢が何なのかについての調査で行き詰まっていたところだった。彼は調査の過程で得たはいいものの、どう繋げようかと手をこまねいて頭の中で散らかしたままでいた事実を拾い集めていく。
パッショーネの発足から格段に増え始めた犯罪数。特殊能力を持つ構成員――の話によれば、イルーゾォだけでなく、他にも自分自身を含め、人間や物を小さくできる能力者がいたらしい。遠い海の向こうの島国、日本で確認された矢の存在と、不審死の数々。十数年前にエジプトで目撃された複数の矢の存在。そこにちらつく、スピードワゴン財団という組織の名。鏡に、カメラにだけ写る……幻影――
「――シド。……シド・マトロック」
しまった。と、シドは思った。思考の渦に呑まれていた彼は、自分のいる場所からわずか五メートル離れた地点から名前を呼ばれるまで、地下室にロマーノが入ってきたと気づくことが出来なかったのだ。
シドは慌てて調査のために開いていたPCのブラウザを閉じた。続けて、ロマーノを見やった。
「驚いたな。あなたって、もう社長じゃあないですよね? まだ通行証持ってんの?」
「私が創設した会社の地下倉庫に不法占拠している小僧に何か関係があるか? それにしても、どうした。だいぶ慌てていたように見えたが」
ロマーノは壁掛けされたモニターの数々に目を走らせて言った。
「あー、えーと……その」
シドはわざと口ごもってみせた。
「わかるだろ?」
「いや。わからんな」
「あああんた、息子がいないから勝手がわかんねーか。こういうときは何も見なかったことにして流すもんですよ」
無表情に、ロマーノは沈黙を返す。シドは仕方なく言った。
「ポルノ見てたんだよ。悪い?」
ロマーノは眉根を寄せてシドを睨めつけた。シドは肩をすぼめて小首をかしげて見せた。
「まったく。なんだってこんなくだらんことを会社の地下でこそこそやるようなヤツに……。私も落ちたものだな」
くだらんこと、ねぇ。あんた、オレがここで何をしていたか本当のことを知ったら腰を抜かすだろうな。
そう思ってニヤニヤしているシドの顔は、幸いマスクに覆われていて誰の目にも触れなかった。
「で、何の御用で? オレのスーパーマスかきタイムを邪魔するんだから、それ相応の話じゃなきゃダメっすよ」
ロマーノは嫌悪感を多分に滲ませつつも、シドの冗談は流して続けた。
「おまえの今の雇用形態は、フリーランスで違いないか」
「え? ああ、まあ。はい。そうですね。フリーランスですけど、――社長からの依頼しか受けていませんよ」
「そうか。なら、フリーランスを辞めて、私のもとで働け」
「は、はい……?」
シドの思考が停止した。一体、何を言っているのかが分からない。ついこの間、自分が立ち上げた会社を娘に渡し引退した男が、一体何を?
「おまえの今の不安定な収入は安定する。さらに、毎月の固定給に上乗せする形で、個々の案件に見合った報酬を支払おう」
「あんた、もう社長じゃあないですよね」
「新しく会社を立ち上げる。今日はその創設メンバーとして、おまえを引き抜きに来たんだ」
瞬間、シドは合点がいった。スイスの広大な土地をなぜ購入するのか。そもそも、何故会社をに譲ったのか。だが、そう気付いたことを悟られてはならない。
「い、いやいやいや。そういう話はまず、オレじゃなく娘さんにされたらどうです?」
「何故だ。転職に雇い主の許可など必要ない」
「にはなんて言えば」
「独立したいとでも言えばいい」
いやいやいや。ないない。独立なんて、絶対に怪しまれるし。面倒くせえ! オレはほとんど遊び感覚で楽しく好きなときに好きなやつのために仕事がしたい! スーツなんか着せられて固定給もらうなんてガラじゃねーし、第一、自分の時間を、自由を他の誰かに奪われるなんて絶対にごめんだ!!
「あ、あのですね。第一、オレに何をさせようってんですか」
「今と何も変わらない。諜報員として働いてもらう。おまえの腕の良さは例の一件でよく分かったからな。何故こんなふざけた男をわざわざイギリスの刑務所から引っ張り出してきてここに囲っているのか……正直、娘のやったことは甚だ疑問に思っていたんだが……なるほど。さすが私の娘だ。娘の目に狂いは無かったということだ」
シドはごくりと喉を鳴らした。
もしかして、バレたんじゃないのか? ロマーノのすべてを炙り出したと、前回に与えられた仕事をやり遂げたと、バレたんじゃ? 例のビデオをオレが見つけてに渡したってバレたんじゃ? ロマーノだって、情報システム工学に精通するシステム開発者だったのだ。あり得ないことじゃない。
そして、パッショーネの幹部。確かな実力と、金と権力、カリスマ性。そのすべてを持ち合わせた男を前にシドは萎縮せざるを得なかった。
徹底した丁寧さと慎重さをもってハッキングに臨み、証拠は微塵も残さないのがシドのポリシーで美学だった。絶対にハッキングの証拠なんて残していない。普段なら自信を持って、胸を張ってそう言える。だがロマーノを前にした今、シドは彼の自信が根本から崩れ落ちて行くような錯覚に陥っていた。
「どうしても、おまえのような優秀な人材が欲しい」
「……参ったな。そんな熱烈なアピールされちゃあ、こっちも絆されちまう。フリーランスのままの仕事と、あなたからの仕事を掛け持ちってわけにはいきませんか?」
「……ふむ。しばらくはそれで構わん。だが、建物が出来上がったらそっちに移ってもらう。との契約も解除してな」
シドは探りを入れるチャンスだと思った。今まさにに与えられている仕事をやり遂げるために、ロマーノへ、そして裏社会へ接近するチャンスだと思った。
「結構、オレにとって大きな決断になりそうなんで、もう少し考えさせてもらえませんか。あと、その会社の建物が出来上がったらっての……それがどこか知りたい。あと、会社自体、どんな理念を掲げて何をやるつもりなんです」
「これは極秘事項だ。他言は無用。娘の命を救った、おまえだから言う。そして、娘にも絶対に言わないと約束できるか」
真剣な眼差しだった。何か、確固たる信念を抱いているのだと思わせるそれを前に、シドはとても飄々とした態度は取れなかった。彼の娘、には知らせないでほしいというのは何故か。
きっと、を“何か”に巻き込みたくないのだろう。最愛の娘を……容易には殺せないような、著名な有力者に押し上げて……彼は一体、何からを守ろうとしている? 何を恐れている?
シドはゆっくりと首を縦に振った。そして嘘偽りは無いと示すため、マスクを外してじっとロマーノの顔を見つめた。ロマーノは驚いて目を剥いたが、どこか安心したような微笑みをちらと浮かべて見せた。
「民間軍事会社だ。要人警護、重要施設の警備はもとより、諜報活動、諜報用機器や武器の研究開発、そして……傭兵を育て、雇い……国を守る」
「まだまだバリバリ現役ってワケっすか。で? どこに会社を構えるんです?」
「外国だ」
ビンゴ。シドはそう思った。
「外国を守るんです? それとも、外国からこの国を?」
「これ以上は、私からのオファーを受け、契約書にサインをしてからだ。シド・マトロック。……考える猶予をやる。しっかりと考えた結果、私と共に国外へ出る覚悟が決まることを願っている」
ロマーノはシドに向かって手を差し伸べた。
シドはロマーノの癖を知っていた。手渡しは好まない。握手も好まない。まるでアイアン・マンの、トニー・スタークのように。ただし、愛する者、信頼の置ける者からのそれだけは、絶対に拒まない。
ロマーノ自ら差し出された手を、シドはしげしげと見つめた。そしてその行為がどれだけ珍しいことか、このオファーがどれだけ重大なことかを思い知った。本来なら、自分のような前科持ちの引きこもりには、絶対に差し伸べられることなどなかった手だ。シドはしばらくじっと、ロマーノの手を見つめていた。その間もロマーノの手は辛抱強くシドの手を待っていた。やっとのことで、シドはおずおずと座席から立ち上がり、ロマーノの握手に応じた。
「すみません。握手なんか……求められたこと無くて」
「だろうな。十中八九、その面妖なマスクが原因だろう。もっと堂々としていろ。もう何十年と同じ仕事をしているが、おまえ程の腕利きには出会ったことが無い。だから、色よい返事を期待しているぞ」
ロマーノはそう言うとすぐに踵を返し、地下室から出て行った。
独立したい、だなんてとんでもない。改めてシドはそう思った。表立って何かをやり遂げたいとか、誰にも勝る名声を得たいとか、そんなことは一度も思ったことが無かった。きっとこれから先も、自分のそういった性分は変わらない。自分の能力を買ってくれる、表立って何かをやり遂げようとする偉大な人物の元にいたい。その人物のために自分の能力を発揮したい。それが自分の望みなのだ。
誰かとは、に他ならない。この家族のためになるのなら、オレはきっと何でもやる。自分自身がスーパーマンになれなくてもいい。金のためでもない。ただ、のために――この偉大なる一族のためになるのなら、いくらでも働く。……いや、前言撤回だ。適度に、働く。その点は大丈夫だろう。はよく言っていた。休養は単なるお休みでも怠けでもなく、義務だ。仕事で最高のパフォーマンスを発揮するための義務だと。それは父の受け売りだろうから。
シドもまた、人生の岐路に立っていた。いずれの道を選んでも、それはきっと、を守ることに繋がるだろう。シドの目はしっかりと、そう信じられるロマーノの真摯な眼差しを捉えていた。
後にシドは、ロマーノ・の思惑をすべて知ることになる。しかしその内容についてシドがへ知らせたのは、ロマーノの命に危険が迫っていると気付いたその時が初めてだった。