会場のいたる所にセキュリティーが立っていた。祝いの席ということもあり、一目でそうと分かるような――真っ黒なスーツにサングラスをかけるなど分かりやすすぎる――出で立ちではない。だが、イルーゾォの目はしっかりと、ホテル中に配備された他の仲間たちと連携を取るためにと、彼らが片耳に装着しているヘッドセットの類をとらえていた。
受付の人間は疑いの目をいささかもイルーゾォへ向けなかった。くだんのごとく、セキュリティー達も目にも留めない。――否、目には留まっていた。一体、この見目麗しい男はどこのどいつだ? そんな詮索もそれ以上には発展せず、イルーゾォという招かれざる客は難なく会場へと足を踏み入れたのである。彼は事前に、セキュリティーの配置がどうとか、会場の内部構造、そして何時に誰が何をどうするとかというスケジュールなどを把握していた。すべてシドのおかげだ。彼が事前にそれらを教えてくれていたから、これまで憶病にアジトに引きこもっていたのが嘘の様に、イルーゾォは堂々としていられた。
けれど、彼は全く恐怖を忘れてしまった訳ではない。と、言うのも、シドに与えられた情報の中に、ロマーノ・――どこでいつ何をする予定でいるのかを、最もイルーゾォが知っておきたい人物――に関する物は少ししかなかったからだ。彼は閉会前、午後八時三十分頃にあいさつをやる。それだけだ。
イルーゾォの顔を分かっている――つまり、彼が変装とまでは言わないまでも、他のリッチ、ないしは小綺麗な装いをした招待客たちに紛れるために正装をして、正々堂々と歩き回っていると見分けることができるのは、シドの他にロマーノだけだ。彼ほどイルーゾォを憎悪してなどいない部下たちは、疑いの目を参加者全員に向けてじろりと睨み倒さない限り、イルーゾォがロマーノの憎むギャングであると見分けるのは困難だろう。だが、そんなことではせっかくのお祝いムードが台無しである。さらに言えば、これは警備配置からイルーゾォが想像したに過ぎないことではあるが、ロマーノは彼が会場に乗り込んでくることを想定していそうになかった。ロッシーニ夫妻の席の辺りに警備が集中しているということ以外、大して何かを危惧している風には見えないのだ。
全く恐怖を忘れてしまった訳ではないイルーゾォだが、こう言うこともあって彼の立振る舞いには迷いが無かった。今や彼はナポリの薄汚れたギャング、そして血濡れた暗殺者ではない。すれ違う女性たちの目はイルーゾォの姿を追った。けれど、イルーゾォの目は彼女たちへは少しも向かなかった。彼が求めるのは、・ただひとり。彼女と会うためだけに、彼は今ここにいるのだ。
おっと。
イルーゾォはフェラガモの高級腕時計に目を落とした。時刻は夜七時を少し回った頃だった。まだ、シドにかけられた魔法が解けてしまうまで余裕はあるが、先に目の上のたんこぶを取り除いておきたい気分だった。イルーゾォはの姿を探すのを止めて、シド・マトロックの待機する場所へ向かうことにした。
吹き抜けになった会場の――広々としたテラスとガラス張りの建物の内側にキャットウォークがある――二階へ架かる階段を、イルーゾォはゆっくりと昇っていく。階段を上がりきったそこには、タバコを吸うためにテラスへ出る男たちが数名、まばらに散らばっていた。小高い丘に建てられたホテルのテラスからは街の夜景が一望できた。けれどイルーゾォはちらと横目に景色を見るだけで、すぐにテラスの隅の死角に回り込んだ。すると程なくして、足元に室外機や換気口などがある暗がりから、スーツを着た男がひとり、ゆっくりと姿を現した。
「ワオ。……見違えたな。あんたホントに、イルーゾォ……あんたなのか?」
「ああ。オレだ。……おまえも今日はまともな格好をしているんだな」
シド・マトロック。彼は素顔のままでそこに立っていた。珍しくスーツを身に纏って、少しだけ長い黒髪を後ろで一つに結っていた。いつも通り猫背のまま、ポケットに手を突っ込んで気だるげに立っている。浅黒い痣に覆われてはいるものの顔立ちは端正で、立ち姿とのギャップがまた何とも彼らしい。イルーゾォはそう思った。
「まあ……。オレがちゃんと会場に来てるってことはとロマーノのおっさんに見せておかねーとと思ってな」
「……ん? 待てよ」
ロマーノにいらぬ勘繰りをされないように、というのは理解できた。けれど、何故にまで?
イルーゾォは不可解に思って眉根を寄せた。そしてシドに問う。
「は知らないのか?」
「何を」
「オレが今日ここに来ているということをだ」
「言う訳ねーだろ。そんなこと」
「な、何だって!?」
イルーゾォの自信は一気に崩れ去った。彼はほとんどが自分を招き入れたものだと思い込んでいたのだ。彼女自身が自分宛てに手紙を書いたんじゃ、父親の目に留まりかねないからとシドを使役したものだと。けれど確かに、手紙にはそんなようなことは少しも書かれていなかったし、よくよく思い返してみれば、シドの独断でイギリスに渡り、例の手紙を送ったようなニュアンスもあったような気はする。――もはやそのあたりの記憶はあやふやだった。今のイルーゾォの頭には、警備配置と館内の見取り図、そして今日のパーティの次第くらいしか残っていない。
「敵を欺くにはまずは見方からってセオリーがあったりする」
「まるで常識のように話してるが、知らねーんだよそんなセオリー! 聞いたこともねえ!」
「まあ、とにかく。秘密を知ってる人間は少ないに越したことはねーだろ」
「……それはそうだがッ!」
「くっ、はははっ! 慌ててるオッサンくっそおもしれえ」
「おまえな! 他人事だと思って――」
「他人事なんかじゃあねーよ」
シドは一変、至極真剣な表情をイルーゾォへ向けた。
「あんたをここに招き入れたのはほとんど、自分のためなんだからな」
シドがそう告げた途端、映画が始まる前に鳴るようなブザー音が響き渡った。
お集りの皆さま――。
続いて、司会を任されたらしい男性の声が聞こえてくる。いよいよパーティの開幕だ。シドはイルーゾォの脇を通って会場のステージを見下ろせる位置にまで歩み寄る。イルーゾォも慌てて彼に続く。
「――ッ、……!」
壇上には、ミッドナイトブルーのロングドレスに身を包んだが立っていた。彼女は司会からスタンドマイクを譲られ、開会のあいさつを始める。聡明さと優艶さ、そして強さを兼ね備えたの姿に、目が釘付けになる。彼女の姿を一目見てから、イルーゾォは片時も彼女から目を離せなくなってしまった。会いたくて会いたくてたまらなくて、毎晩のように夢に見た美しい女が今、眼下にいる。思わず、彼女の姿に向かって手を伸ばしてしまう。そんなイルーゾォの姿を見て、シドはほっとしたように微笑みを浮かべた。
「今は自信満々に、敵なんかいないって格好でいるけどさ」
シドが呟いた。
「今日この日を迎えるまで、あいつが心の底から笑ったことなんかなかったぜ。結局、休暇明けにこのスーツを見立ててもらった……というより、見立てられた? んだが、その時もどっか、悲しそうでさ。口には出さないけど、寂しいって気持ちがもろに分かっちまって……辛かった。見てらんなかったんだよ」
イルーゾォは視線をに向けながら、シドの弱々しい呟きに耳を傾けた。
「オレじゃ、やっぱりダメなんだ。あんたじゃなきゃ、の心の穴は埋められないんだよ。だから、オレの代わりに、あいつの笑顔を取り戻してやってくれ。……あいつきっと、今もひどく不安でいるはずなんだ」
不安なのはオレの方だ。と、イルーゾォは思った。ここに来て、シドから「はまだオレを愛している」という確証が得られるものと思っていた。けれど実際は、このパーティへの招待はシドの一存であることが判明した。は今ここに自分が立っていることすら知らないのである。
男女の仲とは、離れている間にこそ試されるもの。
イルーゾォはいつだったか、に告げた言葉を思い起こした。まさかそれを、今このときになって確認することになるとは思いもしなかったのだ。
もしも、がもう自分を愛していなかったら? 他に男でも作っていたら? その男と、今夜逢瀬を楽しむつもりでいたら? そんな男がいなかったとしてもだ。こんなに美しい彼女のこと。引く手あまたに違いない。美しいパーティの主役と一夜を共にしたいと思う男が、いないはずがない。しかもここにいる男共ときたら、オレとは違ってきちんと戸籍もあって、学もあって、しっかり税金を国に納め、まっとうに生きている人間ばかりじゃないか。……おい待て、おまえ、自分がに何と言ったか覚えているのか? “オレはお前のことを少しも愛してなんかいない”と、そう言ったぞ。確かにそう言った。ああ、オレは一体、何てことを――
不安と後悔に胸を押しつぶされそうだった。イルーゾォは自身の胸を掴んで、浅い呼吸を繰り返した。そんな彼を安心させたかったのか、シドはひどく優しい声色で続けた。
「でもきっと、はまだ、あんたとのことを諦めてなんかいない。今すぐにでも、あんたに会って確かめたいのを必死に堪えて、何か手立てをって考えてるんだ。……あんただって不安なんだよな。オレが口でそう言ったところで、意味が無いのも分かってる。オレだって、が今後どうするつもりでいるのか分からない。だから今夜、オッサン自身で確かめて来いよ。そしてを……あいつを早く、安心させてやってくれ」
いつの間にかのスピーチは終わっており、会場には拍手が沸き起こっていた。彼女は壇上から降りると、シャンパンの入ったフルートグラスをウェイターから受け取り、会場内をゆっくり歩き始めた。彼女の周りにはすぐに人だかりができた。――彼女の振りまく笑顔の裏に、どんな真意が隠れているのか。それは今夜、彼女と会って話をするまで分からない。けれど、不安なのはだって同じなのだ。今はそう信じるしかない。
「シド。……恩に着るぜ」
イルーゾォはシドの目を見て、真摯に言ってみせた。シドは、イルーゾォの口からそんな言葉が出てくることがひどく珍しいことだとは知らない。けれどこの、今は気勢が殺がれてしおらしい男が、普段は高慢ちきでいるのは想像に難くないし、らしくないとは思った。だからと言って、以前のようにちゃかしてやるような気分にもならなかった。
「ああ。……大丈夫。安心して行って来いよ。あいつは気が多い女じゃねー。金で手に入れられるような欲しい物なら、何だって自分の金で手に入れられるからな。男に媚びられることはあっても、媚びる必要なんかこれっぽっちもねーんだよ。そして、そんな女が唯一、女を見せたのはオレの知る限りじゃあアンタだけなんだ。……自信を持っていいと思うぜ」
シドの話を聞いてちらと微笑んで見せたイルーゾォは、シドの肩に手を乗せた後、彼に背を向けて階段の方へと向かった。そんなイルーゾォの後ろ姿に、シドは羨望の眼差しを向けていた。
19: Make You Mad
会場につながる螺旋階段をゆっくりと降りる間、イルーゾォはしっかりとあたりを警戒していた。彼が注意を払うべきは、セキュリティとロッシーニ夫妻、そしてとロマーノだ。ロマーノ以外の皆がどこにいるかはすでに分かっている。ロマーノの位置さえ分かれば、後はパーティ終了まで彼に見つけられないようおとなしくしておいて、マン・イン・ザ・ミラーの能力を使っての後をつけ、彼女が今夜借りる客室の扉が開いたタイミングで部屋に侵入。後は客室の鏡から出て、の前に姿を現せばいい。
ここで注意すべきは、迂闊に彼女を鏡の中の世界へと引き込んではいけないということだ。イルーゾォが創造する異世界では、どういう訳か電波が通じない。携帯電話などの通信機器で通話はできないし、発信機などの信号は鏡の中の世界から外まで届かない。つまり、もしもロマーノがに何かしらの電子機器を使い盗聴や追跡などを行っていた場合――過干渉が過ぎるとは思うが、絶対に無いとは言えない。さらに、イルーゾォは自身の身の上を振り返ってみた。もしも自分に愛する娘がいたとして、ギャングの殺し屋に付きまとわれていると仮定してみる。……情けない話、まあ、娘を愛していれば、そうするかもなと思えてしまった――信号がぱたりと途絶えてしまうことになる。つまり、ロマーノが怪しんで部屋に突入しかねないし、そうならないまでも、イルーゾォの干渉を疑いかねない。
疑われたが最後、すぐさまアジトに連絡が行き、イルーゾォを電話に出せなどと言われるかもしれない。最悪の場合、ロマーノ自身が自家用ジェット機でナポリに飛び、アジトに押し入って、所在を確認しようとするかもしれない。彼は情報管理チームを統括する幹部であるから、暗殺者チームにどんな仕事が入っているか、そもそも仕事があるのか無いのかなどを知ることは容易だ。今はチームに暗殺の仕事はまわっていないし、幹部の要請に応じられないなどという自体に陥ってしまえば、その場でイルーゾォの処刑は確定するだろう。もちろん、こんな状態にチームがあるのは初めてのことだし、この想定通りになるとは言えないかもしれない。けれどロマーノは確かにイルーゾォに宣告している。金を受け取りのことを忘れなければ、おまえの想定していたことは実現すると。
だから、自分にできるのは、の前に姿を現すだけで、何も喋らず――盗聴されているかもしれないからだ――ただじっとを見つめる。これだけだ。……後は……にすべての判断を委ねよう。彼女がどんな態度を取るかは分からない。けれどもしもまだ、彼女が自分を愛しているのならば、きっと彼女は最善の方法で愛を示してくれるに違いない。
イルーゾォはそう信じていた。
……ッ。見つけたぞ。
イルーゾォはごくりと喉を鳴らし、生唾を飲み込んだ。フロアに降り立った所から、ステージに向って数十メートル先の建物の窓際に、シャンパン片手に参加者と歓談するロマーノの姿があった。彼はのそばにつかず離れず佇んでいるように見えた。
「ああ、!」
ふいに、彼女の名を呼ぶ男の声が聞こえた。シドではなく、ロマーノでも、ロベルト・ロッシーニでもない……若い男の声だ。イルーゾォはつい、声のした方へ鋭い視線を投げてしまう。
「会いたかったよ」
「ええ。私もよフェルナンド!」
豊かな黒髪をオールバックにして、蓄えた口髭を綺麗に刈り揃えた長身の男が、に歩み寄っていた。ふたりは親しげにチークキスを交わして、じっと――そう長くはなかったが、イルーゾォにとっては死ぬほど長い時間に感じられた――見つめ合った。
「来てくれたのね! あなたってとても忙しい人だから、来てくれないんじゃないかって、心配していたのよ」
「まさか。君の大事なパーティをすっぽかすなんてこと、するわけがないだろう。ところで、君のお父さんを紹介してくれるって話だっただろう?」
「ええ。……父ならあそこに」
そう言って、ふたりはイルーゾォに背を向け、ロマーノのいる所まで歩いていった。の腰に――クロスバックのドレスを纏う彼女の素肌に――フェルナンドと呼ばれた男の手が添えられている。
殺意が芽生えた。
イルーゾォの殺意を感じ取ったのか、がふいに顔を背後に向けた。そして、彼女と目が合った。――目が合ったような気がしただけかもしれないが、イルーゾォは慌てて目をそらし、その場から立ち去った。
父親を紹介する? 一体、何のために? とても、仕事の話のようには思えなかった。まるで恋人同士のような距離感で寄り添って、父親の元へ行くなんて。まさか、そんな――
イルーゾォの想像はどんどん悪い方へ膨らんでいった。だが、自身の発言を振り返ってみると、彼女が他に男を作っているのはおかしいことでも、責められるようなことでもないと気付く。イルーゾォは嘘ではあっても、彼女に面と向かって、はっきりと「もう愛していない」と伝えてしまったからだ。
恨むべきは自身の境遇、出自であって、ではない。けれどイルーゾォは、自身の内側で起こった嫉妬の炎に焼き尽くされそうになっていた。
これはまずい。このまま、殺意とか嫉妬心なんていう負の感情を垂れ流していれば、ロマーノは元より、セキュリティにさえも怪しまれかねない。
イルーゾォは一度深呼吸をして心を落ち着かせると会場を後にした。セキュリティの目をかいくぐり、怪しまれないようにトイレへ向かう。そして、誰もいないトイレ――監視カメラの類は設置されていないことを、シドから確認済みだった――のシンク前から鏡の中の世界へと潜り込み、が宿泊する予定の客室がある上階へと移動した。そのフロアのトイレの鏡から元の世界へと戻る。
静まり返ったその場所で、シンクの蛇口をひねり、冷たい水を顔面に浴びせた。鏡に映る自分の顔を見て、自嘲めいた笑みを浮かべ、鏡に映った自分の顔に握った拳をぶつけた。
オレは何を思い上がっていたんだ。ロマーノに言われたとおりだ。よく考えて見ろ。ザルみたいな警備はつまり、オレなんか眼中に無いってことだ。それはロマーノだけでなく、までもがそうということだ。あの、フェルナンドとか言ういけ好かない男がきっとのフィアンセとして、すでにロマーノに紹介されているから、の方が完全にオレを忘れたと思ったから、ロマーノはオレを警戒なんてしなくて良かったんだ。
イルーゾォは良くない方へ、良くない方へとさらに想像を膨らませ、怒りを覚える度に顔に水を浴びせた。それにも飽きてくると、イルーゾォはトイレから抜け出して近くの小さなバルコニーにへ向かい、夜景を眺めたりした。
もうこのまま帰ってしまおうか。が他の男のものになるのを見届けるなんてまっぴらだ。シドに会ったことで、少なくともあいつの脅しは解消されたわけだから、オレを含むチームの皆に危険が及ぶことはないだろう。――よし、そうしよう。
そんなことを悶々と考えているうちに午後九時を迎えていた。パーティを終えた参加者たちがわらわらと客室へ向かい始めていて、帰ろうにも帰りにくいな、とイルーゾォは眉根を寄せてバルコニーから顔を覗かせた。
やがて人の波が収まったと思われた頃、イルーゾォは再度トイレへと向かおうと足を踏み出した。その時、例のふたりがエレベーターから躍り出た。
ああ、おい。勘弁してくれ……。
イルーゾォは急いでトイレの入口へと駆け込んで、とフェルナンドの話し声に聞き耳を立てた。見たくないと思っていたのに、どうしてもその場を離れ難かった。どうしても、確かめたかったのだ。
楽しげな二人の声が、ホールに響く。
本当にはもう、オレを愛していないのか。白黒つけるために、ここに来た。このままじゃ、やはり帰れない。命を賭してここまで送ってくれた仲間のためにも、オレには真相を知る責任がある。
は気の多い女じゃない。オレの知る限り、あいつが女の顔になったのは、あんたの前でだけだ。
そんなような、シドの言葉を思い起こした。自信を持て。そんなプロシュートとシドの声援も。
けれど現実は、無慈悲にもありのままに、イルーゾォへと突きつけられた。
は客室の扉に背を預け、フェルナンドに覆いかぶさられ、顔を近づけられていた。ふたりの姿はそのまま、扉の向こうへと消えていった。
イルーゾォは、気が狂いそうになるのを抑えるのに必死で、鏡の中の世界へと戻るのを忘れてしまっていた。