聞き慣れた車の排気音が港湾に響いた。割れた窓ガラスの破片が落ちてくるんじゃないかとひやひやするくらいの、相変わらずの爆音だ。
それでも、イルーゾォは止められなかった。欲しくてたまらなかった女――の体を前にして冷静ではいられなかったのだ。
「あっ……待って、イルーゾォ」
「待たねぇ」
後ろで気を失っている殺し屋にさらされて、もともとはだけていたの胸元にイルーゾォはキスを落とした。ブラウスの下に潜り込ませた手を、くびれた横腹から上に向かってゆっくりと這わせていく。もう片方の手は太腿の裏側に指をあてがって、こちらもスカートの中へと潜り込ませていく。たまらず、は息を漏らした。
建物の外でバタンと車の扉が閉まる音がして、慌ただしく何名かがこの廃墟の中へ入ってくる音もし始める。だというのに、イルーゾォは愛撫を止めようとしない。
「ちょ、ちょっと……。ほんと、待ってって……あっ、ん、ダメ……!」
「この状況でダメとか待てとかって女が言うのはよぉ。もっとしてって意味だ」
「いや、ちょ……ちがッ!あんた、耳ついてんの!?誰かこの建物に入ってきてる!」
「だから何だ」
「はぁ!?」
この男、言っても聞かない。
「ここにオレたちがいるってバレたくなきゃ、声を出さなきゃいい」
「……ッ!」
イルーゾォが口角を吊り上げて意地の悪い笑みを見せる。不思議とそれがエロティックで、そんな彼にいじめられてみたいという欲がの中で湧きかけたが、今はそんな妄想に耽っている場合ではない。
一難去ってまた一難。もしや、後ろで気絶している男ふたりの仲間でも駆けつけて来たんじゃ?と言うか、そうだ。恐らく、この人はふたりを殺していない。いつ目を覚ますかも分からないのに、そもそもどうしてこう余裕ぶっこいていられるんだこの男は!
慌てたが文句を言ってやろうと口を開きかけた時、下肢をさすっていたイルーゾォの手がショーツを引き剥がそうとしていた。だが、彼はぴたりと動きを止める。そしてはぁ、と深いため息をひとつついた。
「イルーゾォ、てめぇ!」
はまた、びくりと驚いて目を見開いた。突然――全く、今日は“突然”なことが多すぎる!――知らない男の声が向かいから聞こえてきたのだ。イルーゾォの大きな体で隠れて見えなかった声の主の姿は、彼がため息を吐いてイラついたように頭を掻きながら立ち上がることでようやく確認することができた。
赤いレザージャケットを纏った坊主頭の男が、床に倒れ伏したまま気を失っている殺し屋の男の背中に片足を乗せて、ズボンのポケットに手を突っ込んで立っていた。――この男は、さっきレストランでイルーゾォと一緒にいるのを見た。
「音信不通で何やってるかと思えば、攫われた女とイチャイチャイチャイチャ……!ふざけんじゃねぇ!睡眠時間削って女を探しあてたはいいが、その女とオメェは……!!なんてヤツだ!!」
「ぎゃーぎゃーやかましいぜ、ホルマジオ。発情期かてめーは」
「発情してんのはてめーだろうが!」
それきり口を噤んだかと思えば、ホルマジオと呼ばれた男はチッと舌を鳴らして部屋のドアに向って――あれ?そもそも彼はどうやってこの部屋に入ってきたの?ひとつしかないドアが開いた音なんてしなかった。イルーゾォといい、彼といい……マジシャンの集まりか何かなの?――いくと、ううっ、という呻き声と一緒に起き上がろうとしていた、イルーゾォが最初に倒した男の後頭部を思い切り踏みつけた後、直ぐ側の錆びたドアノブを握って押し開けた。
「ギアッチョ!メローネ!女を見つけたぜ!ついでにイルーゾォのヤツも一緒にいやがった!あろうことか奴さん方おっ始めようとしていやがったんだぜ!?信じられねーよなぁああ!」
は顔を真っ赤にして慌てふためいた。何てひどい言いがかりだろうか。
「ちょっと!やめて!私はこの男に襲われそうになってただけよ!」
「……へえ。だが、舌突っ込んできたのはお前からだったろ、」
は顔をさらに赤くして立ち上がり、イルーゾォの胸ぐらを掴み白目を剥いて怒号を上げる。
「やめろっつってんのよ!!」
瞬間、錆びた鉄製の扉が凄まじい音を立ててぶち破られた。かすがいから離れた扉は後頭部を踏みつけられたばかりの男の上に倒れかかり、砂埃が舞う。その煙幕が晴れると、扉に片足を乗せた奇抜な髪型と髪色をした赤縁メガネの男が姿を現した。ギアッチョである。彼は腹の底からこみ上げてくる怒りをぶつけんと標的を定めた。
「イルーゾォ、てめぇ……オレたちが一体どんな気分でお前らを探してたと思ってんだ……。知らねぇかもしれねーが、オレたちはてめぇを含め全員、死刑になるかもしれねェってクソ面倒くせー状況に陥ってたんだぜ……。だと言うのに、おめぇときたらケータイの電源も入れずに女とイチャイチャイチャイチャちちくりあってやがったってのか!?オレが、オレの人生における貴重な睡眠時間を削って必死こいてオンナを探し回っていた間に!?ふざけんじゃあねェーぜ!!死ねッ!!ホワイト・アルバ――」
ホルマジオは今にもイルーゾォへ飛びかかろうかと姿勢を低くしたギアッチョの行く手を阻んだ。
「あーおいスタンド出すのはやめろギアッチョ」
「止めるんじゃあねーホルマジオ!ヤらせろ!」
「ダメだ。女まで死んじまうだろーが!」
何やら賑やかだ。は呆気に取られて一気に人口密度が上がった室内で、キョロキョロと目玉だけを動かしていた。その内にまた別の一人が姿を現した。
「女がいたって?」
「遅せぇ!!」
「お前が速すぎるんだ、ギアッチョ。……お!」
メローネはイルーゾォのそばに立つを目に留めるなり、ギアッチョとホルマジオを押し退け早歩きで彼女の元へと歩み寄った。
「お姉さん。健康状態は良好ですか?」
お決まりと化したメローネのその言動にはもはや誰も何も言わなかった。ただ、彼の悪癖を悪癖と知らないだけが、気遣ってもらえたのかと思って律儀に返答する。
「あ、ええ。一応は」
「ところで、酒とかタバコ、やってまぶっ――」
ただイルーゾォだけは眉根を寄せて不快感を示し、メローネの顔面を鷲掴みにしての前から押し退けた。
「で?てめーら一体何なんだ。わらわらとウジ虫みてーに湧いて出てきやがって」
「イルーゾォ、仲間に向ってウジ虫はねーだろ。てかギアッチョがホワイト・アルバム出すからやめて。オレたちまで巻き沿いくらうから。もう何かちょっと冷たいんだよこいつ。漏れてるんだよもう」
鼻息を荒くしたギアッチョを羽交い締めにしながらホルマジオが言った。メローネはイルーゾォに乱された髪を整えると、気を取り直して自分たちが置かれた状況について説明し始めた。
要約すると、の父親から彼女を生かして連れ戻せと依頼があったらしい。そして万が一が死んでいたらチーム全員に連帯責任で死んでもらう。だが当然、にはその話が腑に落ちなかった。
「ちょ……ちょっと待った。何で私の父が、あなた達に私を探すように言うのよ?あなた達って――」
嫌な予感がする。前々から意識的に考えまいとしていたある疑惑。もしかすると、今自分はその疑惑を真実へと変えてしまう事実に触れようとしているのかもしれない。
「――パッショーネの暗殺者、なのよね?どうしてそんなあなた達を、父が殺すと脅せるの?……そして、そんな理不尽な脅迫に、あなた達はどうして何の文句も言わずに……」
「ああ。……まあ、そのへんの話は帰ってからにしようぜ。オレたちはあんたのオヤジさんにあんたをそっくりそのまま、即日でお届けしなくちゃならねぇんだ」
は歯切れの悪いホルマジオの返事を受けて釈然としない様子を見せた。聞けず仕舞いでどこかほっとしたような、しかしもやもやと心が晴れないような、そんな気分にとらわれる。
「とにかく、まずはリゾットに電話だな。イルーゾォ。お前が現状を報告しろ。オレたちじゃあいまいち状況が掴めねぇ」
そう言って、ホルマジオは部屋を一通り見渡した。見知らぬ男がふたり床の上に転がっている。恐らく、このふたりに攫われたを、イルーゾォがスタンド能力を使って追ってここまで来たのだろう。何となくは分かったが、何となくで報告はできない。
イルーゾォは携帯電話を取り出し、久しぶりに文字盤を見た。リゾットから数回電話がかかってきていた。少しだけ肝を冷し、イルーゾォはリゾットへ電話をかけなす。すると、ワンコール鳴り終わらない内に彼は電話に出た。
「連絡が遅くなってすまない。は無事だ」
『イルーゾォ。お前も無事なのか』
「あ、ああ。オレは何ともない」
本来なら、殺し屋ふたりを片付けた後すぐにでもリゾットへ連絡するべきだった。イルーゾォは自分の身をリゾットに案じられて引け目を感じた。
『ところで、さんに何があったんだ』
“さん”という敬称にひっかかったが、イルーゾォは続けた。
「オレがと接触し別れた後すぐに、ふたりの男が彼女をバンに乗せてさらっていった。車の中で報酬の配分をどうするとか、そんな話をしていたから……きっと野良の殺し屋か何かだろう。で、今いる場所は――」
『分かっている。ホルマジオたちをそこへ寄越したのはオレだからな……。ふたり、と言ったな?その野良の殺し屋は始末したのか?』
「いいや。を殺そうとしているのが誰か吐かせてからでも遅くないと思って、殺してない」
『でかした。男ふたりはそのままこっちへ連れ帰れ』
通話を終えると、壁に背中を預けていたホルマジオがニヤケ面で言った。
「リゾットにはこってり絞られたろ?」
「いいや。でかした、と言われたぜ」
「は!?何でだ!?」
「そこでくたばってる男ふたりを連れて帰れとさ。おいお前ら。外に停めてるバンに乗せるから手伝え」
ホルマジオの拘束から放たれたギアッチョが、額に青筋を立てて声を荒らげた。
「オレに指図するんじゃあねーよ!ったく、オレは眠てぇんだ!!つーか、ざっけんじゃねーぞこのクソ女!!てめーがそこのクソを追ってナポリになんか来なきゃ今頃オレは安眠できてたと思うとむかっ腹が治まらねぇ!!!」
突然、はギアッチョに怒りの矛先を向けられた。だが、彼女もおとなしく非難を浴びたままでいられるほど大人しい性格はしていない。腕組みをして眉根を寄せ火に油を注ぐ。
「クソクソうっさいわね。あのメガネなんなわけ」
「聞こえてんぞ!!」
「聞こえるように言ってんのよ!!」
「殺されねーのをいいことに歯向かってきやがってこのアマ……!!」
憤懣やるかたなし。を殺せば次に殺されるのは自分たちだ。例えそうなったとしてもギアッチョに死ぬつもりは少しも無いのだが、これ以上面倒事は増やしたくないし、彼は何よりも早く安眠したかった。
「クソが!!……帰る!!」
ギアッチョは皆に背を向け一足先にアジトへの帰路に立った。メローネも、役目は果たしたとギアッチョの後を追う。結局彼のスタンド能力も使わず仕舞いだったのだ。何事もなく――としては死ぬ思いをしているので、何事も無かったとは全く言えないのだが――済んで良かったと言えばそうだが、蓋を開けてみれば骨折り損のくたびれ儲け。その上、置いてけぼりを食らったホルマジオが気絶した男たちの搬入を手伝わされる羽目になるようだ。
「こいつらそのまま運ぶのもかったりーし、縮めちまうか」
「……縮める?」
暗殺者の間でのみ通じる隠語か何かだろうか?は小首をかしげた。そしてホルマジオが何をしだすのかとしげしげと見つめる。すると、彼のすぐそばで何かもやのような物が浮かび上がって見えた。は目を擦って、自分はやっぱり薬を打たれて幻覚でも見えるようになってしまったんじゃないかと疑った。だが、目を擦って目を凝らしても、その陽炎のように揺らめく人型の何かは消えなかった。
「何か、見える気がする……」
「、お前……アレが見えるのか?」
アレとは、ホルマジオのスタンド、リトル・フィートである。彼はその長い中指のかぎ爪で野良の殺し屋二人を引っ掻いていた。そして縮まるまでの暇な間、ホルマジオは動揺するとイルーゾォのふたりをよそに小さくなった男二人を入れるための容器を探し始めた。
「はっきりとは見えないけれど。……何かいるのは分かる」
スタンドを視認できるのは同じスタンド使いか、スタンド使いになる素質を持つ者だけだ。は恐らく後者なのだろう。イルーゾォはますます、彼女とは出会うべくして出会ったのだと運命を強く感じたのだった。
07: Top Down
は小人たち――よりもっと小さい、妖精のようになってしまった二人組の殺し屋――に囚われていた廃墟で、ホルマジオが見つけた空き瓶の中をまじまじと見つめていた。瓶の中で覚醒した男二人は、一体何が起こっているのか理解できずに呆然としている。小さな命だ。自分を犯そうとした方の男は、摘み上げてノミのようにぷちんと潰してやりたい気にもなった。だが、これでも一応人間なのだ。彼女は未だに幻覚を見ているのではないかと我が目を疑っていたが、これは現実だ。は左隣で鼻歌まじりに上機嫌に車のハンドルを握る男を見つめた。
「ホルマジオって言ったわね……。これが、あなたの“能力”なの?」
「ああそうだぜ。リトル・フィート。オレのスタンドが切りつけた物は何でも小さくできちまう。便利でいいぜ」
「あの幽霊みたいなのを、スタンド……って言うのね」
「こういう、引越し業者紛いなことしかできねーような下らねー能力だがな」
イルーゾォにそう言われて、ホルマジオは進行方向を見ながら顔をしかめた。この悪口もいつものことで、最早言い返す気にもなれない。代わりに、すっかりに執心している様子のイルーゾォの神経を逆なでてやろうと思った。
「ところでちゃんよォ。明日、何か予定あんの?」
「え?……よ、予定?……いいえ、特には……っ!?」
ホルマジオがシフトノブを握っていた手をの太腿に添えてさすり始めた。彼女は顔を真っ赤にして、妖精の入った瓶を抱きしめ鳥肌を立てる。そして右隣の助手席に座るイルーゾォの目が光った。
こうなるだろうと思ったから真ん中に座ろうとしたのだ。狭い、運転がしづらい、お前が隣とか嫌だとごねて一向に運転を始めない面倒なホルマジオの言うことなんか聞くんじゃなかったと、三人掛けのフロントシートの端でイルーゾォは溜息を吐いた。
「おい、ホルマジオ。その手をどけろ」
「気に食わねーならてめーでどけるか、ちゃんにお願いするかしな」
「。お前も何まんざらでもねー顔して無抵抗でいやがる」
「まんざらでもないって言うか……。今までこんな積極的なアプローチを一日に何度も受けたことがなくて面食らってるだけ」
はホルマジオの手を空いた手で掴んで退けると、改めて思った。
種明かしをされた訳では無い。だが、イルーゾォも恐らく、ホルマジオのような能力を持っているのだと想像ができた。――人知を超えた、最先端のテクノロジーをも凌駕する圧倒的な力が、人を殺したり、尾行したり、突然現れたり、人を虫ほどにまで縮めたりしているのだ。
納得がいかなかった。物事に理屈を付けたがる頭が、ふたりの“能力”によってもたらされた結果を否定したがっている。だが、この瓶の中身も、イルーゾォとホルマジオが突然自分の目の前に姿を現したのも、寝ていた男がベッドから消えて次の瞬間には死体となって転がっていたのも全て現実なのだ。
手に負えない。は、途方も無い無力感に苛まれていた。空瓶を抱きしめたまま、座席の背もたれに背中を打ち付ける。
今まで自分が学んできたこととは、一体何だったのだろう。一体何のために、私は生きているのだろう。彼女をネガティブな思考に引込むのは、なにも両隣の“能力者”の存在だけではない。
ロマーノ・。父親の存在がひっかかって仕方がなかった。
自分の人生や、存在意義といった漠然とした大きなテーマについて色々と考えているうちに、の心は、既に疲労しきっていた身体の後を追った。イルーゾォの肩に頭を預けて進行方向を半目で見つめる内、は徐々に深い眠りへと誘われていった。
「――い。おい、。起きろ」
車のエンジン音と走行音、そして振動が消えていた。寝ぼけ眼をこすりながら、は声をかけてきたイルーゾォの方を見つめた。
「や、やだ私、寝ちゃって……あ、あれ!?瓶、瓶が……」
「心配するな。小人が入ってる瓶ならオレが持ってる。アジトに着いた。ほら、車から下りろ」
イルーゾォが差し伸べてきた手を掴み、は体を横にスライドさせてドアのフレームに手をかけた。
外は少しだけ明るくなりかけていた。バンは街灯の少ない、狭い石畳の小道の路肩に停められている。イルーゾォを追って入り込んだ路地を少し広くしたくらいのそれで、町並みも似ている。生きて元の場所に戻ってきたのだとほっとする。
は周りの景色に見入って足元を見ていなかったせいで、車高の高いバンの足掛けを踏み外したが、倒れかけたの体をイルーゾォはしっかりと抱きとめた。
「寝ぼけてんのか?……全く、初対面の男の隣で眠りこくっちまうなんて。危機感のかけらもねーオンナだなお前は」
「……ごめんなさい。色々ありすぎて、疲れちゃって……」
「まあいい。……足元、気をつけろよ」
そう言って、イルーゾォはの手を取ったままエスコートする。ツンケンして見えるが、なんだかんだ紳士的で優しい所がいい。は頬を赤らめてうつむいた。
路面から掘り下げられた階段を下り、チームが拠点とする家屋の中へ入る。リビングへとつながる廊下は静かだ。この時間だと普段は皆が自室眠りについている。だが今日は様子が違うようだ。暗い廊下にリビングのあかりが漏れ出ていて、先を行っていたホルマジオが扉を開けたまま中を見て固まっている。
「おい。何だってそんなとこでボケっと突っ立ってんだてめーは」
を引き連れたイルーゾォが、ホルマジオの肩に手をかけて押し退けリビングへ足を踏み入れた。
――なるほど。ホルマジオが硬直する訳だ。
イルーゾォはぴたりと足を止め、固唾を飲んだ。
リゾットがいつも腰を据えている場所に、見知らぬ男が腰掛けていたのだ。シワひとつない――艶のある黒地に細いグレーのストライプが入った――スーツを纏った男は、部屋の入口に立つホルマジオとイルーゾォに真正面から鋭い眼光を向けてくる。
両サイドのソファーの端に、リゾットとプロシュートが座っていた。この三人だけ見たら完全にマフィアの幹部会か何かだ。そしてリゾットの隣に、絶対に帰り着くなり寝るつもりだったであろうギアッチョが、プロシュートの隣にメローネが腰掛けていて、ペッシは緊張のあまり、コーヒーを運んだのであろうトレーを抱えたまま部屋の隅で起立していた。
はなかなか部屋の中へ入ろうとしないイルーゾォの背後から顔をひょっこりと出して中を覗いてみた。
「……えっ……?」
――やはり幻覚を見ているのだと思った。ありえない光景が、代わる代わる目の前に現れるなんて、強い麻薬を打った後の幻覚症状そのものじゃないか。
寝ぼけ眼を擦って、幾度かしばたたかせて、ぎゅっと目をつむって見開いた。だが、それでも目の前の光景は変わらなかった。
「な、なんで……父さんが、ここにいるの……?」
「ッ!?」
イルーゾォはの顔と彼女の父親らしい男の顔を何度も交互に見た。確かに、言われてみればどことなく顔が似ているような気がした。父親の方も整った顔つきで、凛々しいというか、できる男の雰囲気を醸し出している。リゾットの定位置で、マフィアのボスさながらに貫禄と威厳を放つその中年男性がの父親であるという事実をやっとのことで受け入れることができたイルーゾォは、改めて心の中で声を荒らげた。
の親父さんだとッ!?
リゾットがに敬称を付けたのとはまた別のことを意識して、イルーゾォもまたらしくもなく人に敬称を付けていた。