君が生きていたせかい


「理想の家族像ってあるの?」

 机上に並べられた写真を手に取り眺めながら、パクノダはウボォーギンに問いかけた。彼は少し黙った後、儚げな微笑を見せて言う。

「・・・みんなで旅しながら暮らしたかったな」

 定住せず、世界各地を渡り歩きながら・・・もちろん衣食住は盗品で賄って。家族みんなでずっと一緒にいられればどれだけ幸せだろう。と、と2人の子供に会う度に、彼はいつも考えた。旅行ならもう2,3度は行ったけれど、その程度じゃ、とても時間が足りない。

 写真の中で楽しそうに笑う子供たち2人を眺めるウボォーの優しい眼差しは父親そのものだが、の意向を受け入れた彼は、本当の“いい父親”にはなれないと自覚していた。自覚はしていても、理想はあるしそれが実現すれば、彼自身は満足する。しかし、そんな盗賊の生活を3人が望むとは限らない。いや、かなりの高い確率で拒絶されるのが落ちだろう。ヒンメルなら、誘えばついてきてくれそうだな。と、やんちゃ坊主の将来が楽しみに思えてくる。彼の意思は形になることなどなく、彼の中でいつも終わりを迎えた。

が許さないだろうけどな」
「・・・あの子に盗賊は向いてないわ。私たちとは真逆の世界で生きるべきよ」

 何のご縁だろうか、普通に暮らしていれば絶対に交わることのなかった2人がめぐり合い、愛が芽生え、その証として子供が生まれて今に至る。今も尚、疎遠になることなく、家族として会うことができていること自体が幸せなことだろうとパクノダは思っていた。

「あの子には、幸せになってほしい。いつ死ぬかわからない私たちの・・・生きる楽しみだわ」
「だから・・・あいつらをオレの傍で危険にさらせねぇんだ。仕方ねえよな」

 パクノダの同意を得たいのか、それとも自分にただ言い聞かせているだけなのか。困ったような顔で微笑むウボォーギンの表情からは、複雑な父親事情が見てとれた。

「あの子達、次はいつここに遊びにきてくれるの?」
「来年の夏休みにでも来るってよ。なるべく旅団の創設メンバーが多い日を作ってくれって」
「来年ね・・・。そういえば、来年9月、ヨークシンででかい仕事やるって、団長言ってたわよ。そのときは、旅団のメンバー全員集めるだろうし。創設メンバーなら、一度こっちに戻ってくるでしょう。ちょうどいいんじゃないの」
「そうか。また手紙送っとくかな」

 3人との再会を待ち望んでいるのは、ウボォーギンだけでは無かった。パクノダやノブナガもまた、写真で伺える限りではあるものの、日に日に成長していく2人の姿を見ていると2人の将来が楽しみで仕方が無かった。とくにヒンメルについては、ノブナガが旅団に勧誘したがっており、父親の戦闘面において優秀な遺伝子を受け継ぐ者としての将来性に期待されていた。そんな話をウボォーギンがにするといつも、苦笑いで済まされるのだが・・・。






 もしも彼女が、今後家族の元に訪れる悲劇を知っていたら、ウボォーギンと少しでも長く一緒にいたいと思っただろうか。もっと長く、子供たちに父親と一緒にいる時間を与えてやりたいと考えただろうか。

 第三者が因果応報だと言ってしまえばそれまでだが、報いを受けた者を愛する人々の苦しみまで・・・誰も語ろうとしないのは世の不条理のように思う。そんな人間が、この世にどれだけ存在するのだろうか。恐らく、それは絶え間なく続く復讐という名の負の連鎖によって、増え続けていくのだろう。

 この家族もまた然りか。






10:むずかしいことばはいらない







「あれ。珍しいお客様」

 彼女の家に訪ねてくる人間は極少数、月に1度客人がおとずれるか否か程度だった。そもそもこんな山奥じゃ客自体が珍しいんだけどと補足説明をするも、客人は険しい顔のまま、ことわりもせずに黙って家の中へと入っていく。

「・・・虫の居所が悪そうね。何事?」
「・・・・・・・・・・」

 この無礼極まりない客人は、部屋に入るなりソファーへ座り、サムライのように髪を結った頭を右左上へと振り部屋を見渡した。

「ちびたちは?」
「学校よ」
「そうか・・・そりゃ良かった」
「?どういう意味」
「・・・・・・ウボォーが死んだ」

 ノブナガの発した言葉を頭の中で一度繰返すと、2度目で意味が理解できたのか、心拍数が急激に増加した。頭が真っ白になり、その場に倒れこみそうになったを、ノブナガは支えてソファーへと導くが、の体の震えが動揺の激しさを物語っていた。

「殺された。ついこの前だ。ヨークシンで。遺体はまだ見つけてない」
「あなたたちは・・・」

 は激しく鳴る胸を押さえながら、ゆっくりと言葉を紡いでいった。

「あなたたちは、昔から・・・私の知らないところで、いつも何か悪いことをして、帰ってきてたのよね。それでも、帰ってこないことは・・・無かったはずよ。・・・ええ。私が覚えている限り、私が流星街にいた間だけのことだけど。絶対に、絶対にウボォーは・・・帰ってきてくれたっ・・・!」
「ああ」
「信じられない」
「ああ。オレもだよ」

 咽び泣く彼女を、ノブナガはただ見ていることしかできなかった。自分がウボォーギンのそばにいれば、どうにかなったかもしれないのにと後悔は今の今までしてきたが、やはりまだ後悔し足りていなかったのだと、“鎖野朗”を思い出して沸き起こる怒りを認識して思い知ることになった。

 ヨークシンを離れて真っ先にたち家族の元へ来たノブナガだったが、それが良かったことなのかよせばよかったことなのか、未だに整理がついていなかった。死んだのはウボォーギンだ。近代的連絡ツールなど持ち合わせない彼のことだから、黙っていれば一生彼の死に気づかずに済んだかもしれない。

 しかし、その手段を取った場合、ノブナガは二度と、とその子供たちに会えなくなる。ウボォーギンの血を受け継ぐ子供たちに会えなくなるのだ。

 そう思いついた途端に、この行動が全くのエゴであることに気づく。本当にこれで良かったのか?に真実を伝え、彼女に重荷を背負わせるだけだったんじゃないのか。

「悪かったな。知らなきゃ良かったって思ってねぇか」

 が泣き始めてからおそらく30分ほどして、ノブナガは口を開いた。は鼻をすすりながら、体育座りをする自分の膝に顔を埋めていた。

「・・・知りたくなかった・・・かな」
「違いねぇ」
「でも、突然音信不通になってから・・・理由も分からずずっと会えないよりは・・・マシかもしれない。もう、待つのには疲れたから」

 8年間、彼女は耐えた。愛する者に会いたい気持ちを殺して、仕事に、子育てに専念した。もしもここでノブナガを咎める気持ちが生まれたとすればそれはお門違いで、そもそも8年間と言わず一生耐えれば良かったのだ。だが彼女はウボォーと再会したことを後悔などしていない。この4,5年ときどきでもウボォーと家族として過ごせた時間は、何にも変えがたい程に幸せだった。子供たちも、彼と会う日を心待ちにしていて、会うたびに満面の笑顔を見せてくれた。そんな人生で最高の日々を過ごしておきながら、それでも再会しなければ良かったという結論には至りようがないのだ。

「どう・・・説明すればいいかな」
「ちびたちにか?」
「そう。ねぇ、きっと私、顔に出ちゃう。これから先隠し通すことなんて、できないよ」
。オレはウボォーの亡骸を見たわけじゃねぇ」
「・・・そうなの。でも、死んだのは確かなんでしょ」

 確かだった。100%当たるという占いの結果だったが、その結果はノブナガにウボォーの死を確信させるのに十分な根拠があった。パクノダの死が、その根拠だった。ノブナガはパクノダに“撃ち込まれた”記憶を思い出す。彼女の行動は占いに沿ったもの。そして彼女は、自分の命と引き換えに、旅団を・・・仲間を救った。

 パクノダの死を告げると、きっとの精神は持たない。は優しい普通の人間だ。旅団の面々のように、怒りや悲しみを復讐の名の下で晴らすことができない。ノブナガなりの配慮ではあったが、日を改めるにしても、今このとき意外にいつ告げることになるかまで考えてはいなかった。

「・・・正直な話、オレにはもう自由行動してられる余裕がねぇ。でも、あいつの骨ぐらい拾ってやりてぇ。それでオレはようやく、あいつの死を受け止められて、踏ん切りがつく。だから、オレはまたヨークシンに戻る。・・・。お前も来ないか」
「・・・・・・・・・・行くわ」

 は書置きを残し、ノブナガと共に家を出た。彼女はヨークシンへ向かう間に、職場と夫へ連絡した。夫へはすべてを話したが、子供たちへその事実は告げないよう頼み、長期に家を空ける許可を得た。彼女は改めて、自分が恵まれた環境にいることを思い知る。

「お前の旦那ってのは、えらく心が広いな」
「ええ。本当に。私は・・・幸せものだったわ」


 

 














 母さんが1ヶ月ほど何も言わずに家を出たときがあった。その理由を知ったのは、オレがひとりで流星街に行って、ノブナガのおっちゃんに会ったときのことだった。オレの本当の父ちゃんが死んだことは知ってたけど、1ヶ月の間何をしてたのかって所まで、母ちゃんは教えてくれなくて。

「お前、ほんと大きくなったな~!ウボォーそっくりだ」

 ノブナガのおっちゃんはオレを見上げてそう言った。18になったオレはハンター試験を受けてハンターになり、今世界中を旅してる。故郷は好きだけど、父ちゃんゆずりのこの体のせいで、あの狭い町じゃ少し生きづらい。そんな理由でオレは世界を旅しながら害獣や悪者を狩って生活してる。母ちゃんが悲しむから、世界中の土産を持って3ヶ月に一回以上は家に帰るようにもしてる。

「お前やっぱ旅団に入るつもりはねーのか。メル」
「オレはそうしたいけど、罪のない一般人殺すと母ちゃんが悲しむからさ」

 悪者、と言ってもまだ幻影旅団は狩れるほどの力を持ってないし、そもそも狩ろうなんて考えてもいない。それこそ、母ちゃんが一番悲しむことだから。

「そうか・・・残念だ」
「おっちゃん、会うたびにそれだもんな」
「お前見てると、ウボォーと組んでたときのことしか思い浮かばねえんだよ。勘弁してくれ」

 ゴミ山のてっぺんに二人腰掛けて、夕日の中語り合う。そんな中で、おっちゃんはすごい遠くを見るような顔で、父ちゃんの話をするんだ。もっと父ちゃんと一緒にいたかったって思うのは、何も母ちゃんやノブナガのおっちゃんだけじゃない。

 エルデだってそうだ。あいつは母ちゃんに似て勤勉だから、家の跡を継ぐために経営者の基礎を勉強中で、街こそ出ちゃいないが、デスクの上には家族4人で撮った10年前の写真がずっと飾ってある。父ちゃんが死んだって告げられたとき、一番泣いてたのは他でもない、あいつだったし。

「エルデは元気か?」
「ああ。元気だよ。今は・・・母ちゃんの代わりに働いてる」

 勉強の傍らで働く毎日だ。休みは日曜だけ。下手したら、その日曜も勉強してる。オレには到底真似できねぇ芸当だ。母ちゃんはエルデにそんなことさせたくないみたいだけど・・・。

は・・・母ちゃんは声、出ないままか」
「ああ。医者にはかかってるんだけど、心因性の失声症で治療が難しいみたいだ」
「・・・また昔に戻っちまったな。きっと、治せるのは・・・ウボォーだけだ」
「また?」

 ノブナガのおっちゃんの話だと、母ちゃんがここ“流星街”に捨てられて、父ちゃんが母ちゃんを拾った時、声が出せない状態だったらしい。生まれたときからそうだった訳じゃなくて、親にネグレクトだとか暴力をさんざんに受けた挙句の果てに、極度のストレスで声を失ったんだと。

 母ちゃんは昔から何でも自分で抱え込むタイプだったみたいだ。何でもかんでも自分のせいで、それを誰にも打ち明けることなくしまいこんで蓄積していく。キャパオーバーになると、精神的にボロボロになって、なんでもないときに涙を流したり、喋らなくなったりする。それはずっと一緒に暮らしてきて分かっていたが、その究極が“声失症”なんだとおじちゃんの話を聞いて知った。

 母ちゃんが話せなくなったのは、1ヶ月家を空けた後帰ってきたときだった。帰ってくるなり、母ちゃんは泣きながらテーブルの上のメモに“声、出なくなっちゃった”って書いて、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。それからと言うもの、母ちゃんは日に日に衰弱していって、今にも死にそうな日が続いた。母ちゃんがそうなってしまったのは、おそらく家を空けた1ヶ月の間に起こったことが原因だってことは、オレもエルデも容易に想像できたけど、まさか父ちゃんが死んだなんて事実を聞かされることになるとは思ってもみなかった。それからもう5年も経ってる。

「5年前、オレはお前の母ちゃんを連れてヨークシンへ行った。ウボォーの墓を探すためにな」
「そうだったんだ」
「探すのには苦労したぜ。ヨークシンのハズレにある砂漠の中にあってな。・・・墓の長さが、人よりなげぇんだよ。オレはこれがウボォーの墓だって確信したが、お前の母ちゃんは・・・ショベルも何もねぇのに、必死で手で掘ろうと・・・本当にウボォーが死んだのかどうか、確かめようとしてた。正直、見てられなかった」

 見るに見かねたノブナガのおっちゃんは近場で2人分のショベルを見繕ってきて、一緒に墓を掘ったらしい。そのときすでに母ちゃんの手は血まみれで、すげぇ痛々しかったと。やっとのことで胴体の一部にたどりつくと同時に、腐臭があたりに漂ってきて。けど、母ちゃんはショベルを投げ出して、必死に、遺体を傷つけないように手で土を退かしていって。父ちゃんの顔と思しき部分に到達した時、堰が切れたかのように咽び泣き始めたらしい。

「何度も何度も、ウボォーの名前を呼んでな。オレもつられて泣いちまって」

 そんな情景を思い描いただけで胸が苦しくなる。母ちゃんはオレ達以上に父ちゃんのことを愛してて、8年間も父ちゃん無しで気丈に振舞って生きて。挙句の果てに最愛の人を殺されて、腐敗した遺体を見ることになるなんて・・・。たとえそれが母ちゃんの望んだことだとしても、あまりにも惨すぎる。

「想像を絶するストレスだろうな。オレは憎しみだとか悲しみってもんを復讐に転化できるが、あいつには・・・泣く以外にできねぇ優しい女だ。ところでお前は・・・復讐を考えたことがあるのか」
「復讐・・・か・・・」

 復讐をして、父ちゃんが帰ってくるなら・・・母ちゃんのためにも、エルデやオレのためにもたぶんする。けど・・・。

「別にオレは復讐のために強くなりたいわけじゃないんだ」 

 父ちゃんはよく言ってた。戦いが好きだって。誰に命令されたわけでもなく、ただ本能に従って戦ってるんだって。好きこそモノの上手なれって言うけど、きっと父ちゃんはそれの究極が知りたくてただただ拳を振るってたんだ。そのシンプルで超絶パワフルな姿を見て、オレは心の底から憧れたし、尊敬だってしてた。もちろん、父ちゃんが世間一般で言うところのワルモノだってことは知ってたけど、それでも父ちゃんは今でもオレのヒーローで目指すべき目標・・・いや、超えるべき目標なんだ。

「オレは・・・父ちゃんが目指してたものの先を見てみたい。復讐とかそんな難しいこと・・・オレは少しも考えてねぇんだ。それに、父ちゃんの代わりに、オレが母ちゃんやエルデのこと、守ってやんねーといけねーからさ!」
「・・・ったく。生き写しかよ。見た目も中身も」

 そう吐き捨てたノブナガのおっちゃんの声は震えてたから、たぶん泣いてたんだと思う。けど、泣いてんの?とか無粋なことは聞かないで、オレは正面を向いたまま、ゴミでごちゃごちゃした地平線のかなたに沈む夕日を眺めていた。






きみが生きていたせかいは つづいていく。
純粋な愛と強さが支配する 私達の世界で。

――――――永遠に。