別に心から死にたいと思っていたわけじゃない。そりゃ、大学受験も間近にもなったというのに、勉強もせずに漫画ばっか読んでるから成績も悪いし、模試の志望校合格判定だっていつもE判定ばっかりだ。だからって死ぬほど辛いってわけじゃないし、むしろ今から本気でがんばろう。まだ時間はあるし、頑張ればE判定を良い判定に変えることは可能だ!頑張れ自分!

 そう思っていたくらいだ。それなのにどうして私は今死のうとしているのだろう。




1話:気づけば私は






「最近さぁ・・・H×H再燃してきたんよね。自分の中で」
「全然漫画出なくない?私もう待つのつらいんだけど」
「いや、分かる。分かるけど、信者的には盲目的に信じて待つべき」
「私ヒソカ好きー!」
「それな!ヒソカいいよね!けど聞いて!私ウボォ―の嫁なんだけど」
「マジー?ウケるー」

 明後日は始業式で、夏季補習で埋め尽くされた夏休みとは名ばかりの長期休暇に終止符を打ち、新学期を迎えようとしていた、そんな8月28日の夕方。珍しく放課後まで残って勉強していた帰宅途中、仲の良い友達と歩きながらオタッキーな会話を展開させていた。

 私は世に言うところの、夢女子だ。HUNTER X HUNTERという漫画の、幻影旅団を愛し、とりわけ身長2.6mあるという設定の筋肉の塊みたいな殿方に恋をしている。嫁とか言っちゃう。だって、きっと旅団好きな人ってだいたいクロロとかシャルナークとか好きじゃん?その二人はあなた達にあげる。けどウボォ―は私のものだ!!という独占欲があふれ出してしまうくらいの熱の入れようだ。

 二次元ではいくらでも浮気できるので、妄想の中で相手はウボォーギンだけと限らない。フィンクスもフェイタンもノブナガもみんなみんな大好きなのだ。

 故に、ろくすっぽ勉強もせずに、帰ったらもっぱらPCでサイトめぐりをやっている。だから成績など、到底人に言えるようなものではない。悩みといえば、成績の悪さ。それだけだ。

「はぁ・・・今度また中間あるじゃん。しんどいなぁ・・・」
「今度は、今度こそは頑張らないとね!」
「そうだね。よし、!頑張ろう!これからテストあけるまでパソコン&ピンク色の妄想禁止!」
「え。無理」
「さっそくですか!」
「だって、アンタも無理でしょ」
「そりゃ・・・ねえ」

 そんなこんなで、つまり頑張る気があるが、頑張ろうとしない、ダメダメな高校生、なわけだ。自分は。

「それじゃあね。また明日」
「うん」


(テスト・・・。テストテストテスト。テストが何だってんだよ!ああチクショウ死にたい。)

 そのときだった。気付けば私は横断歩道の真ん中にいて、見上げてみたら歩行者用の信号は赤で。

!何やってんの馬鹿ぁ!!」

 遠くで友達が叫んでいて、強い光が自分に当たって眩しいなぁと思いそっちを向けば、瞬間、鋭い痛みと衝撃と共に体がふわりと浮かんで・・・。



 そのあとのことは良く覚えていない。きっと私は車か何かに轢かれたんだろう。本気で死にたいなんて思ってなかったのになぁ。暗闇の中でそう呟いていた。

 それにしても、いったいここはどこだろう。



!お願い死なないで!!」



 母さん?母さんの声がする。そうか、自分は今、死にそうなのか・・・。ああ、彼氏もできないまま、花の17歳を途中で離脱して、自分は死んでいくんだなぁ。ふいに頭をよぎるマイケミの「DEAD!」。ああ、マイケミのライブにだって行きたかったよ。母さんお願い。せめて私の葬式にはMY CHEMICAL ROMANCE流してね。



 こんなときに何を悠長な。自分でもそう思うけど、今感覚というものが何もない。びっくりすることに、あっていいはずの激痛だって感じない。嗅覚も視覚も聴覚も味覚も。何にも感じない。だから、脳みそのごく一部だけ働いてるって感覚。よくわからない。うまくは説明できないけど・・・。ああ、何か眠たいなぁ。何でかな、こんなに眠くなるのは。




 眠った。

 いや、眠ったはずだった。

 さっきの眠りで私の“存在”は・・・つまり、“魂”は消えていいはず。



 母さんの声はもう聞こえない。私が死んで、どれくらい経ったんだろう。何故かまだ「考える」ということは出来るようだ。

「おい!死ぬな!」

 突然聞こえてきた怒鳴り声。何だテメー。何者だ。私の名前を呼び捨てにする声。聞いたことが無い、男の人の声だ。今のところ、私の名前を呼び捨てできる男は父と超絶イケメンなうちの高校の英語の先生に限られているのだ。さっきの男声は確実にそのどちらでもなかった。

 目を開けると、ゆらゆら揺れる古臭いランプが見えた。潮の匂いと、波の音。



(ん・・・・・・?ちょっと待て!「目を開ける」?「匂い」?「音」!?どうして感覚が戻ってるの!?というか、ここはどこだ!?)

 そう思って大急ぎで上体を起こし、あたりを見回す。すると、ここは船の一室かどこかっぽい雰囲気で、隣にはさっきの声の持ち主が、腰を抜かして床に尻もちをついていた。

 何だ、この男の格好は・・・?ていうか、誰だコラ。それは少なくとも、私がいた世界で見ることは無かったファッションセンス。

「わ!!が生き返った!」
「つか、誰だテメー!!」
「ああ!?」

 といっても、こんなキャラは見たことが無い。夢小説をよく読む。これが異世界トリップというものならば心底嬉しいのだが、とにかく、こんなキャラは見たことがなかった。だからちょっと・・・いや、かなり私はがっかりした。死後の世界か?

「何でアタシ生きてるの!?というか、ここはドコ!?」
「・・・お前な、生き返ったのはよかったよ。もし死んだらオレがクモのトップに殺されるんだからよ。でも、流石に記憶喪失にまでなられちゃ困る。いっそのことこのまま・・・」

 ・・・クモのトップ?殺される?一体何の話だ!!

「ちょ、ちょっと待って。私ね、さっき高校の前の交差点で交通事故にあってね?そのまま死のうとしてたんだよ!?何でここにいるの!?ここは一体どこなの!!」
「おい、お前もう二十歳だろ。高校って何?若返り願望極まって発狂したか?」

 二十歳なの!?私。なんで3歳年取ってんの?

「つーか、本気で、お前誰?知らないんだけど!」
「落ち着け
「そうよ。そもそも、何であんたは私の名前を知ってるの!?」
「落ち着けって!」
「・・・」

 その男 ――― 綺麗な銀髪に整った顔のニット帽をかぶった20代後半のお兄さん、はそう言って私を静めた。なんだ。カッコいいお兄さんじゃないか。

「お前どうしたんだ?様子がおかしいぞ?」

 おかしいと言われないほうが逆におかしいこの状況。隣にいるのは全く知らない人物で、ここはどこなのか、どうして私が船(?)に乗っているのか、どうして生きているのか。全くわけの分からない状況をどう話せば信じてくれるだろう。

「・・・その前にちょっといいですか?」
「なんだ?」
「あなたの名前は?」
「は?名前も忘れたのか!オレの名前も!?」
「お願い。名前を教えて」
「・・・オレは、ルアン。ルアン=ラトクリフ」

 ルアンと名乗るその男は、しぶしぶと納得いかなそうな顔でそう告げた。名前を忘れたのかとびっくりするわけだから「この世界」で、私は彼の知人なんだろう。だが、名前を言われても誰かわからない上に、私に外国人の友達はいない。

 お願い。黙って聞いてくださいって念を押して、私は自身の状況を説明した。

 交通事故にあって「むこうの世界」で死んだこと。私は17歳であって、決してハタチにはなっていないこと。もちろん、ルアンのことも全然知らないってこと。私がこっちの世界で何をしているのか、はたまた私がこれからどこに行こうとしているのか、というか、ここがドコなのかも全く分からない状況であるということ。

 ・・・その全てを彼に伝えた。

「・・・つまり、何だ?お前はではなくであって、ここがドコで、という人間が何をやっているのか全然全く何にもさっぱり分からない状況であると・・・。そういうことか?」
「そうです。全然全く何にもさっぱり分かりません」
「ああああああああ!!殺されるーーー!」
「だから、教えてくださいよ!何であなたは殺されなくちゃいけないんですか!?そもそも誰に!!?」

 彼は落ち着きを取り戻し、私にこう告げた。

「いいか?お前は・・・いや、という人間はだな、ジャポンっていう東の島国で医者をやってる人間だ。念能力を使えるから、念能力を使って戦って負傷する人間の治療とか手術とか得意なのな。念能力ってのはつまり、説明するの面倒だから詳しい説明は省くが、簡単に言えば、この世界の戦闘における「術」みたいなもんだ。で、これからヨークシンという町に行って、幻影旅団の専属医として、働きに行くってわけ。・・・ああ、でもなぁ。コイツ別人なんだよな。オレもう、殺されるしかねぇのかなぁ連中に・・・」

 そうぶつぶつ言いながらどんどんテンションが下がっていくルアン。と、言うかだ。ちょっと待て。

「念能力」に「ヨークシン」。しかも「幻影旅団」!?どっかで聞いたことある単語だと思っていたらHUNTER×HUNTERかよ!?つまり何!?私はH×Hの世界にトリップした。と。そーゆーことかコラ!!?で、私が旅団の専属医か?嬉しい通り越して怖いわ!どうしてそうなった!!

「ごめん。ルアン。私、この世界のこと分かった。もう大丈夫。落ち着きました。はい」

「お前が落ち着いたってなぁ。お前、オレが殺されるんだぞ。念能力どころか、医学がわかってんのかどうかも怪しいお前だ。そんな落ち着き取り戻してくれたって、嬉しくもなんともない」

 確かにそうだな。と私は思った。けど、別に望んでここに来たわけではないし、そう無下に扱わないでほしい。正直、現実世界に戻りたい。戻ったら、死んじゃうのかも、知れないけど・・・。

 ダダダダダッ。

 私がそんなことを考えて少しセンチになり始めたときのことだ。急に外が騒がしくなった。人々が廊下を走り回っている。すると突然、この部屋の扉が開いた。

「ルアン!大変だ!」

 ルアンと同年代っぽい、体格のいいお兄さんが、緊迫した面持ちでルアンを呼んだ。

「船長が倒れた!このままじゃ、死んじまいそうだ!は大丈夫なのか!?・・・おお!起きてんじゃねぇか!とにかく、さっさと甲板に来いよ!いいな!?」

 お兄さんはそれだけ伝えて、バタンと船室の扉を閉めた。

「やべぇ。無理だろ。お前。治療なんてとても・・・」

 私は無意識のうちにベッドから出て、知るはずも無い所から、医療器具が入っているっぽい鞄を引っ張り出していた。

「お前・・・」

 ルアンはビックリした顔で、私を見つめる。

「ルアン。大丈夫。私、今なら何か、やれる気がする!」
「おい、ちょっと待て!嘘だろーが!?」
「うん。嘘、かも。でも、行くだけ行ってみる」

 そう言って私は部屋を出て、知っているはずも無い暗い船内を、知っているかのようにすらすらと巡って、迷うことなく甲板へとたどり着いた。見ると、船長が倒れているであろうそこには、船員たちが集まってごった返していた。

「どいて!どいてください!!!!」



 そう叫びながら人ごみを掻き分け、船長と思わしき人の前に座った。見ると、苦しそうに息をしていて、顔は真っ赤だ。

「倒れる前までどうだったんですか!?」

 またも無意識のうちに、私は船員達に聞く。

「いや、何の前兆も無かった。突然ばったり倒れちまったんだ!」

 その後の処置は凄かった。私の周りを何かオーラみたいなものが被って、凄い速さで手を動かし、ほんの数秒で処置を施したのだ。船長の顔を見れば、今まで真っ赤だった顔も今は平常に戻っていた。

「船長をベッドに運んでください。点滴打たなきゃいけないんで」

 何でこうも無意識に喋ることが出来るんだと、内心自分でもビックリしながら、サクサクと医者っぽい仕事をしている自分をカッコいいなぁ。と思っていた。

「お・・・おい!」

 人ごみを掻き分けて、ルアンが私を呼ぶ。

「ビックリしたよ!お前、何でそんなことできるんだ!?」
「・・・なんででしょう?無意識に手が動いてた・・・」
「む・・・無意識ってなぁ・・・」

 自分でもビックリしているのだからあまり説明を求めないでほしい。そう思いながら、船長の部屋で点滴を打たせた後、自室に戻る。何故か、ルアンも着いてきた。

「何で着いてくるんですか」
「何でって教えなきゃいけねぇことまだあんだろ?」
「はあ。まあ、ね」



・・・



「なるほど、ルアンは密輸やってる悪い人なのね」

「まあな。悪い人っちゃ悪い人だ。で、旅団の頭にお前の密輸を頼まれたってわけ」
「ふーん」
「悪い人っていや、その旅団だ。いや、悪い人どころじゃねぇ。言ってみりゃ殺人集団だからな。気をつけろよ、お前。たぶん、モラルも何もあったもんじゃねぇから」
「知ってる」
「何で知ってるんだよ!?」

 何でって言われても・・・。だってきっと、いや、絶対にこの世界はH×Hの世界だ。だから旅団の顔も名前も能力も全部分かるわけだな。これが。なんて、言えないよなぁ。言っていいのか?いや、話がこんがらがりそうだし、説明すんのも面倒だから黙っておこう。

「旅団って結構、私がいた世界でも有名だったから」
「・・・そうなのか。じゃあ、いいか」

 嘘じゃない。まあ、特定の人物に限るけれど、知っている人は少なくない大人気漫画だもの。

 そんなこんなで私は異世界トリップを果たした。何がどうなってこんなことになってしまったのか皆目検討もつかないが、今は旅団のメンバーと会えることを楽しみにしておこう。

 ウボォ―が死んだ後のお呼ばれじゃなきゃいいけど・・・。