神様。私に恋のABCを教えてください。
いや、むしろ、私はまだ知ってる方なので、目の前の彼に教えてやってください。
付き合うということが、いかなるものなのかを、彼に・・・。
そうです。それはりんごです。
付き合ってください。
が幻影旅団の特攻野郎こと、2m半越え筋肉男・ウボォーギンにそう告げたのは、何かの間違いだったのではないかと、同じホームにいる仲間たち・・・どころか、本人ですらそう思っていた。
なぜか。
彼がまったくもって恋愛について知らないからである。
ウボォーギン以外の旅団員は、そもそも、才色兼備ながなぜ、粗暴で野性的なウボォーギンに告白したのか、いやなぜ恋心なんぞを抱いたのかがわからなかった。密かにを思っていたシャルナークが、アタックチャンスも与えられぬまま失恋したのは別の話とするが、とりあえず皆予想外なことの進展に種類は違えども少なからず興味を抱いていた。
恋愛について何も知らないウボォーギンが、なぜの告白を受けて、ボーイフレンドになることを決意したのか。そこもまた皆にとっては謎だった。
彼女がどぎまぎとウボォーギンに対する思いを告げ交際を申し込むと、彼は即座にOKして
どこかへ行ってしまったという。は呆然とその場に立ち尽くし、これはこれでいいのか?と思案に明け暮れていた。すぐに戻ってくるだろうと期待してその場にとどまってみたものの、ウボォーギンが戻ってくることは無く、後に聞いた話によれば、彼はノブナガと飲み明かし、ホームのリビングで爆睡していたのだとか。
その後、何度かウボォーギンと接触を試みたものの、ふらっとホームに戻ってきては出て行くの繰り返しで、まともに目線すら交差することも無かった。
ああ、そうか。こいつは何もわかってないんだ。
告白後3日目にしてようやくそれに気づいたは、パクノダに泣きつき、二人で語り明かすことにした。
「ウボォーがなんで私と付き合ってもいいって言ったのかがわからない!」
半ば泣きそうな表情で、缶チューハイを一気に飲む。酒に弱いは、それだけで普段は酔ってへべれけになるのだが、その日だけは怒りと気力でなんとか自我をたもっていた。
「そもそも、なんであんたはウボォーを好きになったのよ」
あきれた顔で、パクノダは缶ビールを一口飲み下す。は少し口を噤んで、パクノダから目をそらしぼそぼそと理由を言う。
「見た目・・・タイプなの」
「世のイケメン男性が愕然とする一言をどうもありがとう」
は性格も良いし、女性らしい気品を併せ持ち、かといってネチネチしておらず、流星街なんかにいなければきっとモテるタイプの美人・・・。そんな彼女が誰と間違ってウボォーに告白したのか、理由を聞いてみれば至極簡単なものだった。
(もで・・・どっかずれてるのね)
心うちで一人納得したパクノダは、金輪際好きになった理由については触れないでおこうと思った。
「とにかく、あいつは今まで旅団外の女と言葉を交わしたことすら無いはずよ。となればもちろん、恋愛について無知であることは言わずもがな、あんたとどう接していいものかわかってすらいないはず。そんなオトコを攻略相手に選んだあんたもあんたで、何かアクションを起こさなきゃ!」
と、パクノダは熱弁する。はで、おお!そうか!と感動してパクノダの熱弁にパチパチと拍手を送る。と、ここでパクノダは、自分がのためを思って講じた第二の手を思い出した。
現在、このガールズトークと同時進行しているボーイズトーク(と言ってもこちらはただの飲み食いバカ騒ぎだが)の席に、パクノダはマチを参加させていた。なんでアタシが!と憤慨していたが、のためだと説き伏せれば、しぶしぶそちらの酒の席に参加してくれた。
なぜ、パクノダ本人が行かないのかと思う人のために敢えて説明すると、簡単に、彼女だといらんことを言う可能性が高いからだ。幻影旅団の3人の女団員のなかで最も色恋沙汰に興味関心を持つ彼女が、問題の当の本人の前にいては何かと根掘り葉掘り聞いた挙句の果てに、がどう思っているかなど本人の了承もなしに酔いに任せてぺらぺら喋ってしまう。と、本人が思っていたことはマチも重々承知していた。必要最低限のことを聞いて、さっさと帰ろう。マチはそう思っていた。
そのマチが、部屋の扉をコンコンと叩く。
(きたきた!さて、ウボォーギンがをどう思ってるか、わかったかしら?)
ワクワクして立ち上がり、部屋の扉を開く。すると、そこにたっていたのは予想外に青い顔をしたマチの姿。
(・・・まずいわ。何か嫌な予感がする)
パクノダは、ちびちびと缶チューハイを飲むを後ろに冷や汗を一滴流す。に聞こえないように、こそこそと二人は会話をした。はで何かほかに考えているのだろう。ぼうとどことなしに眺めて酒を煽る。
「どうしたのよ。その顔」
「・・・聞きたくないこと、聞いちゃってね」
「・・・どうゆうこと」
「どうもこうも、知人の痴情を聞いて青ざめてるだけさ」
「ちょっと・・・朗報を持ってきなさいよ!空気読みなさいよ!」
「知らないね!私だって聞きたくて聞いたわけじゃ・・・!」
「二人共、どうしたの?喧嘩?知人の痴情って・・・何?」
「・・・・!!!!」
いつの間にかデカくなっていたふたりの声量は、当然といえば当然だが、密談(と言えない会話)をに聞かれるはめになった。
「あんたそもそも、旅団外の女と話したことあるのかい?」
マチが焼酎の瓶一升を片手に騒ぐノブナガの隣で、ウボォーギンに聞いた。周りにはあと、フェイタン、フィンクス、シャルナーク、フランクリンが座している。
「なんだよ藪から棒に」
「ちょっと、気になってね」
「ぷはー、モテる男はつらいねぇ」
「勘違いするな」
酒が入っているせいか、おちょくられ話はどんどんそれていく。さっさと任務をこなしてガールズトークに介入したいマチは、少しイラつきながらもう一度聞いた。
「話、そらさないでよ」
「ああ、わりぃわりぃ。女と話したことあるのかってか?お前そりゃあ・・・」
このあとだ。聞かなければよかったと、マチが後悔したのは。
「・・・・・!!」
口をぱくつかせて、言いたいこともまともに言えないは大変なショックを受けていた。だけではなく、パクノダもまたショックを受けていた。もちろん、のそれと種を異にするショックだが。
「う・・・ウボォーが・・・ぷ・・・ぷ・・・プレイボーイ・・・?」
が涙目でそう口にすると、パクノダは慌てて頭を抱えこう言う。
「やめて!想像したくないわ!!」
同僚のそんな話を聞くと、どうも気持ちが悪い思いをする。まさにそれだった。ウボォーのことが嫌いなわけではないが、男として見ていないのでぞっとする。パクノダもマチも、そう感じていた。
けれど、は違う。本気で、恋人としてショックを受けていた。
プレイボーイなのに、どうして私には手を出さないの?
女と話したことあるのに、どうして私とは目も合わせてくれないの?
本人に直接訪ねたいことが次々と頭に浮かんでくるが、それを言葉にすることも、そもそもその場から立ち上がろうとする気力も湧かない。湧くのは目からこぼれ落ちる涙だけ。目をつむればぼろっと大きな雫がこぼれ落ち、彼女の太ももが濡れる。
しくしくと泣くを、パクノダははっとして抱きしめる。
マチはマチで冷静に、ウボォーギンが言ったことを頭のなかで反芻した。
聞くところによると、彼は大変なプレ(以下略)
仕事で赴いた先々で、度々女を抱いているそう。身長からして大変な巨(以下略)を持っていると察せられるのだろう。歓楽街にふらっと寄れば、金を払わずともいいと言って女がよってくるんだとか。もちろん、ほどの美女に誘われることは無いが。と彼は付け足した。
マチはそこまで聞いて、部屋を後にした。吐き気がすると、その場をごまかして、真っ青な顔をして外に出たのだ。
「いやー意外な話聞いちゃったなー」
シャルナークは、マチが外へ出て行ったのを見計らって、ニヤニヤしながらそう言った。
「ウボォーがプレイボーイだなんて、が知ったら悲しむだろーねー」
「おい。野暮なこと考えてんじゃねーぞシャルナーク」
フィンクスがそう突っ込むや否や、ウボォーギンの怒声がふりかかる。
「やめろよ!お前、俺が気にしてることをにチクる気じゃねーだろうな!?」
「いくらなんでもオレはそんなにゲスじゃないよー」
張り付いた笑顔で返答するシャルナークを見て、ウボォーギンは弁明を開始した。その弁明が、嫌に彼の繊細な心を物語るので、シャルナークも本当にチクる気が失せたという。
それはまた、次のお話で。