純真なる思いに報いるときが過ぎても


「“ウッドナーファミリー全滅!ドン・マッチーニ落つ”か・・・」

 老人がキセルをくゆらせながら、朝日のもと、窓辺で朝刊を読んでいた。

「これ、あんたがやったってのかぃ?」
「ああ。まあ、殺ったのはほとんど相方だったんだが・・・てか、アイツ置いてきちまったな」

 それに気づいたのが12時間後とはなかなかに今更な話だが、それ程必死に、フィンクスはが目覚めるのを待っていた。未だに意識は戻らないが闇医者の老人曰く、命に別状は無いとのこと。家の外でキセルをふかせて、まだ見ぬ患者を待っていた老人の彼に呼び止められて正解だったな。むしろオレ超ラッキー。フィンクスはそんな風に思っていた。

「じいさん。恩に着るぜ」
「感謝はいいから、金、金」
「・・・やべ。金持ってねー」
「金出すまでそのおじょーちゃん、この家から出しゃぁせんぞぃ」

 意地悪く笑う老人を前に、フィンクスはたじろいだ。しぶしぶスーツのポケットからケータイを取り出し、同じ旅団の仲間であるシャルナークに電話をかける。3コールと鳴らないうちにシャルナークは応答した。

『どうしたの?フィンクス』
「わりぃ。金、持ってきてくれねーか」
『あのさ、それ、オレから金借りたいって言ってるの?』
「そうだ」
『そしてその持ってきてってどーゆー意味』
「今そっちに帰れないんだよ」
『て言うかさ、フェイタンが帰ってきてぼやいてたよ。フィンクスが仕事しなかったとか、女に骨抜きにされてるとかなんとか・・・。あ、もしかして、その女の子のため?』
「・・・お察しの通り」
『見返りはあるの?』
「ああ。金は倍返す。そして、まだやってほしい仕事があるんだよ」
『了解。いいよ、今たまたま暇だしね。今からこっち出るから、そこに着くのはだいたい・・・7,8時間後かな』
「待てよ。オレが今いる場所分かんのか、お前」
『分かるよ。GPS機能ついてるだろ、フィンクスのケータイ』
「・・・あ?じぃぴぃえ・・・」

 GPSと言い終わる前に、電話は切れた。何だか悔しくなって、フィンクスは下唇を噛み締めながら、乱暴にケータイをポケットにつっこむ。

「ツレは来てくれるって?」
「・・・ああ。安心してくれ。金は手にはいるぜ」
「そうかい」
「ありがとな。じいさん」

 病室から出ていこうとしている老人に、改めて礼を言った。

「礼を言うのはまだ早いぞ、ワカゾウ。そのねーちゃんが目ぇ覚ましてからにしな。それに、感謝するのはこっちだ」
「・・・どーゆー意味だ」
「あんたらのおかげで、これからこの街ではマフィアの抗争が多発するじゃろ。街を仕切っていたウッドナーファミリーの後釜を狙ってな」
「なるほど。つまり、じいさんが儲かるわけね」
「そうじゃそうじゃ!ほっほっほ!」

 高笑いしながら、老人は部屋を後にした。

「・・・おもしれーじいさんだ」

 は未だに目を開けない。しかし、息はしている。生きている。こんなにも誰かに生きていてほしいと願うのは、生まれて初めてだった。また、彼女の歌声が聞きたい。フィンクスは、あたたかいの頬に手を添えながら考えた。

 確かに、この行為は自分のエゴかもしれない。にとっては、あのクズ野郎に養ってもらう方が楽だったかもしれない。それでも、を泣かせたあのクズ野郎は死んで当然。と、言うか、が阻止しようと、そもそも仕事だったのでマッチーニは殺さざるを得なかったんじゃねーか。

 自分のやったことを正当化しようと、フィンクスの頭は葛藤に葛藤を重ねる。らしくない。彼自身そう思っていた。けれど、その頭の片隅で響くのはの悲痛な叫び。これからどうやって生きていけばいいのか、教えてくれ。・・・自分は盗賊という根無し草。養うなんて、無責任なことは言えない。

「やっぱり、シャルナークに頼むしかないな。癪だが」







エピローグ

 彼女の目覚めを待って、彼がその隣に鎮座し始めてから何十時間と経った時のことだった。こくん、こくんと頭を揺らしながら、眠ってしまいそうになっていたフィンクスに、鈴のなるような声がかかった。

「フィン・・・クス・・・?」
「・・・!!」

 目を開けた先にあるのは、目を細めてフィンクスをみつめるの姿。

「・・・!!」
「・・・助けてくれて、ありがとう」
「いや・・・」
「私が言ったことは気にしないで・・・。あの時、いっそ死んで楽になれたらって思うくらい、辛かったの」

 マフィアに囲まれて、輪姦されているの姿をフィンクスは思い出した。

「・・・それより、続きを聞かせて?」
「なんのことだ?」
「私が撃たれる前、言いかけてたじゃない。・・・私はフィンクスにとって、昔からの何なの?」

 銃声を聞く寸前のことだ。フィンクスは必死に思い出そうとして、やっと口を開いた。

「思い出したぜ!・・・オレは昔からお前の大」

 バン!

「フィンクス!お金、持ってきたよ!!」

 今度はまた違う者に邪魔されて、出かけた言葉が引っ込んだ。尋ねたも驚いて、突然部屋に入ってきたシャルナークを見やって頭上にハテナマークを浮かべる。

「で、オレに頼みたいことって何?」
「あ、ああ。・・・の・・・こいつの戸籍でっちあげてくんねーか」
「フィンクス・・・それ、お金倍に返すくらいじゃ割に合わない仕事ってわかってる?」
「・・・お前の手にかかりゃちょちょいのちょいだろ先生」
「いや、誰が先生。ま、いいけどね。ただし、返すお金は5倍で」
「・・・そもそも治療費いくらか知らん」
「ああ、あのじいさん200万ジェニーって言ってた」
「5倍・・・。マジでか」
「大マジ」

 フィンクスはを見る。彼にはある確信があった。

「ま、それくらいの金かける価値はある女だ。こいつは」
「・・・?」


 ******

 世界屈指の大都市、ヨークシンシティでは毎年秋に国際的な音楽賞授賞式が開催される。その世界同時中継を、めずらしくテレビの前に座ってリモコンを握りしめているフィンクスが、画面に食い入るように見ていた。ちなみにシャルナークも、3人掛けのソファーにフィンクスと並んで腰掛け、今にも画面を覆い隠さんとするフィンクスを抑えながら見ていた。

「めずらしいね。シャルならともかく、フィンクスがあの形相でテレビに向かうなんて」

 マチがノブナガと共に、食卓で夕食を共にしていた。そこに料理を持ったパクノダも加わる。

「ああ。今年ももうそんな時期ね」
「・・・あれ、何さ?」
「ワールド・ミュージック・アワードよ。毎年この時期に1年で最も成功したミュージシャンに送られる賞。その中継を見てるのよ」
「シャルはともかく、フィンクスまでどうしたのかねぇ。気持ちわりい」

 ノブナガが箸で食べ物を口に運びながら呟いた。

「おい!聞こえてんぞノブナガ!今日はオレの歌姫の晴れ舞台なんだよ!」
「歌姫だぁ・・・?」

『さあ、続いてパフォーマンスをしていただくのは、彗星のごとく現れた歌姫!=ウェルキンス!』

「うおおおおお!!!!」
「彼女やっぱり美人だねー」
「おいシャルナーク!勘違いすんなよ!はもちろん美人だが、歌声だってパネェんだからな!!」
「はいはい。さ、静かにしなよ。始まるよ」

じゃない!私もあの子の歌声好き。女性アーティスト部門では彼女に投票したわ。出身地も年齢も、何もかも謎に包まれてる点がミステリアスってところも魅力ね」
「・・・パクノダ結構詳しいね」
「オレはケリー・パムパムに入れたぜ」
「ノブナガ・・・キモイ」
「あぁん!?」

 5人がいるリビングルームに、の歌声が響き渡る。R&B、ヒップホップ、ロックなどなど、今まで軽快なリズムの音楽のパフォーマンスが多かった中で、の歌う曲はとても静かなものだった。けれど、歌姫と言われるのにも頷ける程、その歌声は美しく、会場に静かに澄み渡り、けれど強かなものだった。歌い終わると同時に、観客のスタンディングオベーションが起こる。は涙を流しながら、観客に向かってお礼をする。

「ああああああ!オレの歌姫えええええ!流石だぜえええええ!」

 フィンクスはテレビの前で立ち上がって雄叫びをあげた。他の4人も、知らず知らずに、テレビに映る歌姫に向かい拍手を送る。そこでリビングのドアが開いた。そこには夕食をとろうとキッチンに向かうフェイタンの姿があった。リビングにいる面々が湧いている様子を見て、フェイタンは眉をひそめる。

「いたい何か。うるさいよフィンクス」
「うるせぇ!何だ!」
「ぐ・・・何泣いてるかお前。キモイ」

 フェイタンはテレビに映るの姿を見て言う。

「てか、何でその女テレビ出てるか。流星街出身のくせに」

 フィンクスは何故か焦る。シャルナークも、あーああ。と言いたげな顔でフェイタンを見やる。

「え!!?」
「マジか!!?」
「ちょっと、フェイタン。それ、どういう意味だい!?」

 世の中の流行に疎いフェイタンが、そんなコアな情報を外部から得た可能性はかなり低い。ならばどのようにそれを知り得たのか。後に、フェイタンの発言に食いついた3人に問いただされる羽目になったフィンクスだった。その説明が終わって、その最後の締めに、本当は彼女に伝えたかった言葉を呟いた。

「オレは昔から・・・の大ファンなんだよ」

 6人が画面を見ると、既に授賞式が始まっていた。受賞者の証・金のトロフィーを胸に、は泣く。

『今まで、私のことを支えてくれたすべての人と、きっかけを与えてくれた私の初恋の人に・・・心から感謝します!』

「初・・・恋・・・?」
「・・・オレの・・・こと・・・なのか・・・?」
「フィンクス・・・やるじゃないか!」
「あんた!何て幸せものなの!?世界中継で愛の告白!?ふざけんじゃないわよ!」

 いてもたってもいられないフィンクス。知らぬ間に動き出す足。

「・・・ちょっと会いに行ってくる」
「いやいやいや!無理だろ!!!!」

 3人の制止の声も聞かずに、フィンクスは駆け出した。

(オレだって・・・お前が初恋の人なんだよ!!) 

 声にならない歓喜の声を押し込めて、フィンクスは流星街の闇の中を駆け抜けた。