懐中のノスタルジア


 随分前のことだ。故郷と思われる場所にオレは向かった。それは旅団の仕事も無くフリーだったオレが暇をもてあました末の行動だった。特に意味は無かった。今ではそれを後悔している。こんなにも故郷であるはずの場所にもう一度向かいたいと思うのだから。その元凶が一枚の写真に写る女の存在。オレは懐にしまわれたそれを手放すことはなかった。伝書鷲によって届けられたそれは、幸せそうな女の笑顔とその息子の写真。その背景には薄桃色の花びら舞う、桜の並木道。・・・何時だったかは知らない。あの国のどこで生まれ、誰が自分の親かなんて検討もつかない。ただ、その地に立つと自然と本能が伝えてきた。ここが、自分の故郷だと。

拝啓 我が息子

・・・・・・・・お父さんは今日も元気です。






前編







「あ・・・っ、ノブナガ・・・ッ!」

 艶かしい女の白く美しい肌。長くすらりと伸びた雪のように白い指が汗ばんだオレの背中を包む。それは時々爪を立てる猫の如くにカリとオレの肌を引っ掻いた。最奥へと己のモノを彼女の中に突き入れるたびに彼女は短く悲鳴じみた喘ぎ声を発した。その喘ぎ声一つ一つがオレの欲情を掻き立て、それだけで果ててしまいそうだ。蝋燭の火の明かりが妖しく揺らめくほの暗い室内に、ほのかな線香の香りと、生臭い体液と汗の匂いがただよう。官能的な雰囲気の中、とうとう両者共に果てた。汗にまみれた体を隠すようには自分の体に着物を被せる。まだ息は荒く、眠気を帯び、とろみがかった瞳を見ると疲労が超えた様子がまじまじと伝わってくる。そう言う自分も息は荒く、火照った頬を一筋の汗が伝う。それと同時に布団に寝転んだ。

 はくノ一だ。とは言っても、何処かの将軍のお抱え忍者とは違うフリーの殺し屋みたいなヤツ。今はある程度金が溜まって山奥に潜んで暮しているという変わり者。今オレがいるのも、その山奥のの家だ。この国、ジャポンはある程度近代化が進み、今では世界第3位のGDPを誇る先進国となっている。だがはその都市を嫌い山奥の自然に囲まれ、それこそ、茶室でもあるんじゃないかと思うくらい格式の高そうな家を建て住んでいる。旅館と言ってもいいくらいの広さの家で、温泉、畑、家畜までそろっているのだから、彼女が殺しでどれだけ稼いだのかがよく分かる。それに彼女はハンターライセンスも持っているので、いくら山奥に住んでいたとしても金に困ることも、食料に困ることもないという、一言でいえば裕福な暮らしをしている。何年か前に殺しで仕事に出ていたに出会ってから度々会うようになり、今のように暇さえあればの家に転がり込むという付き合いだ。体を交えるようになったのはごく最近の話で・・・。

「なあ、話があるんだ」

 先ほどまでオレに背を向けていたがいつの間にかオレに向き直っていた。何やら深刻そうな面持ちだった。

「何だよ」
「アタシ、子供がほしいんだ」
「・・・・・・・・・は?」

 子供が、欲しい?

「・・・どうした?突然」
「なあ、子供作ろう!」
「いや、ちょっとまて!・・・オレみたいな根無し草と子供作ってどうすんだお前!?」
「いいだろ、子供の一人や二人・・・」
「いやいやいやよく考えろ!落ち着け!!」

 オレは盗賊だ。しかもA級首に指定されてる恐怖の幻影旅団員だ。まあ、後者はあまり関係がないが、とにかくオレは根無し草。ホームが流星街にあるにしろほとんど戻ることはない始末だ。そんなオレが簡単に種まいていいわけがねぇ。の思いはすごく嬉しいし、オレもの子供ならいくらだって欲しいが、自分が盗賊である以上簡単に子供をつくることはできない。

 と、長々と説明したにもかかわらず彼女の答えは

「いやだ!欲しい!」

 一向に引く気配も無かった。

「アタシだって、まあ、A級首にはならないにしろ、かなりの懸賞金がかけられるほどのくノ一なんだ。お前がいなくたって子供1人くらい守れるし、金にも困ってない」
「でもな、お前妊娠中はどーすんだよ!?子供腹に入れてるときに刺客がお前狙ってきたらどうするつもりだ!?お前一人じゃできねーこと一杯あんだろーが!?」
「そんなん知らん。やってみなきゃわかんないかもしれねーじゃん!」
「いーや!やらんでも分かる!」
「ふざけんな!じゃあ妊娠中ずっとここにいやがれ!」
「おいおいおい!我侭いってんじゃねー!」
「もういい!それじゃ、子供はお前との子で、夫は他のやつにする!!」
「ああ!?それいろいろ矛盾してんだろーがボケ!」
「じゃあどーすんだ!?子供をつくって妊娠中はアタシの世話をするか、子供をつくってアタシの面倒見ないで盗賊やる!それか子供はお前との子で夫は他の男!さあ、選択肢はこの3つだよ!」
「一番問題になってる部分譲ってねぇじゃねーか!」
「譲るもんか!子供欲しいんだよボケ!」

 まあ、このようにああ言えばこう言うで困った女だ。オレはそこら辺に簡単に種をまいて無責任にその女の家から逃げるほど根性腐っちゃいないし、本当にとの子供なら欲しいとは思ってる。だが現実を見据えると、それはとても困難な話。妊娠中だけならの世話も簡単に出来るかもしれない。だが、その間に旅団の仕事が入ったらアウトだ。面倒見ないでっていうのも心配で仕事に専念できそうにない。夫が他の男ってのはありえねぇ話でハナから選択肢でもねぇし信用ならねぇ。ので、オレは本気で悩んだ。

 逃げるか・・・?明日この家を出て・・・。

「逃げたら・・・逃げたら承知しないからな」

 ・・・まるで心を見透かされているような気持ちだ。よく考えたらそれも酷な話。オレが逃げた後のの悲しみようを頭に思い浮かべただけで泣きそうになる。つまりオレは本気でのことを愛しているわけで・・・。

「ちょっと待て・・・。もう少し考えさせてくれ」
「・・・早くしてっ!」

 柄にも無く可愛らしいそぶりでオレに抱きついてくる。彼女は今全裸だ。このままではオレの理性が持たん。

「・・・風呂入ってくる」
「ええ!?」

 この後、のあらゆるお色気攻撃が待ち受けているだろう。何しろ彼女は本気で子供を欲しがっている。そして、自分はゴムを持っていないので、彼女からもらうしかないのだが、その肝心の彼女がああなので絶対にもらうことはできない。つまりだ。オレはそのお色気攻撃に耐え抜いて、理性を保たなければならないわけだ。もう少し考えさせてくれと言ったものの、腹の中ではもう「子供はつくらん」と決まっている。には可哀相だが、何日か経てばあきらめてくれるだろう。と、このときの俺はそう思っていた。