Mr. Brightside

 小さな天使たちが楽しげに、夕日の差す庭を駆け回っている。はフェンス越しにその様子を見つめていた。その目は必死に、久しく会っていなかった息子を探している。

「……っ!」

 見つけた……!美しい栗色の髪。白く柔らかそうな肌。父親譲りの、美しいヘーゼルグリーンの大きく丸い瞳。ああ、どれもこれも、全部が愛しい。この世で一番大切な、私の宝物。

 は名を呼んでしまいそうになるのを必死に抑えて唇を引き結び、フェンスに掛けた手をぎゅっと握りしめた。

 名を呼んだところで、彼は私のことをきっと覚えていない。あの人が、私のことを息子に伝えたりなど絶対にしないから。

「……あなた。こんな所で何をしているの?」

 ははっと我に返り、声のした方へ振り返った。“あの人”がそこにいた。眉間に深々と皺を刻み目を細め、憎々しげにをねめつけている。

「お義母さん」
「やめて」

 夫人はぴしゃりと言い放つ。

「もうあなたにそう呼ばれるような間柄ではないわ」
「……お願いします。どうか、どうかあの子に――」
「あなたに親権は無いの。何度言えば分かるのかしら。ここに来ていることを裁判所に訴えることだってできるのよ」
「私が生んだ子に、会って話をすることすら許してもらえないんですか」
「はあ……。これで最後にしてって何度言わせるつもり?あなたにあの子と会う権利が無いことは、あなた自身がよく分かっているはずよね?それを何度、私に指摘させるつもりなの?」

 ここでこの夫人に会うたびに、は不甲斐ない自分の過去を思い出すことになった。



 にはかつて、夫がいた。職場で出会い、ふたりは恋に落ち、すぐに結婚した。皆に祝福を受け、子供にも恵まれ、何不自由無く幸せな日々を送っていた。だが、その幸せも長くは続かなかった。

 警察官だった夫が殉職したのだ。子供がまだニ才にもならない頃、彼は唐突に死んだ。――否、殺された。当時は、子育てに専念して欲しいとの夫の意向で退職し家にいた。

 ある日、自身も子も寝入っていた夜中に電話がかかってきた。ハッとして半身を起こしてすぐに、は胸騒ぎを覚えた。夫の仕事のことは彼女自身よく分かっていたからだ。治安の悪いこの街で警察官でいるということは、日々のほとんどが死と隣り合わせであるということだ。受話器の向こうで元上司が話したことは、やはり彼女の予感通りのものだった。

 亡くなった夫の元へ、夜中に子供を連れて向かった。何も知らずにすやすやと腕の中で眠る我が子を抱えタクシーから降りた後、電話で案内された通りの入口から病院へ入り、非常灯の明かりが足元を照らすだけの暗い廊下を走り抜け、病室に駆け込んだ。

 脱帽した元同僚複数人が一つのベッドを取り囲んでいた。はそれを肩でかき分けるように進んで、夫の亡骸を目の当たりにした。恐らく死んだあとにそうされたのだと分かったが、瞼は閉じられ、安らかに眠るように横たわっていた。はそれを見た瞬間に子供を抱えたまま泣き崩れた。母親の鳴き声に反応するように、腕の中の子もまた泣き始めた。

 この身を引きちぎられたかのように心が痛んで、いくら泣いても涙は涸れなかった。ただ、は母親だ。ずっと泣いていられる訳ではない。だからと泣くのを止めようと思ったところで、自身の心をコントロールできたわけではない。そういう意志よりも疲労の方が勝っての落涙が止んだ頃、上司から遺族に説明がなされた。

 夫は麻薬捜査を担っていたらしい。そもそも、その事実をは知らなかった。麻薬に関わる仕事など、それこそ巷にはびこるギャングたちを敵に回すようなものだ。もっと前にその話を聞いていたら、きっと説得して別の職務に回してもらえるように働きかけていただろう。を心配させまいとの判断で明かされなかったことだとは分かるが、こうなってしまった今となっては、夫の嘘に憤りすら覚えてしまう。

 私を、息子を、遺して行ってしまった。

 そして、夫を射殺した何者か――恐らく、パッショーネの構成員で、麻薬の売人――は、同僚が撃たれた夫を介抱している間に、まるで煙か何かのようにスッと消えてしまって、なんの痕跡も残さずに現場からまんまと逃げおおせたと言う。他の部隊が今も尚犯人を捜索中だ。そんな言葉を最後に、夫の死のいきさつについて説明が終わった。

 その後ひたすら、謝罪の言葉が投げかけられる。そして無神経にも、名誉ある死だったとか、彼の行いは高潔そのもので、最後まで警察官としての職務を全うしたとか、何の慰みにもならない言葉で締めくくり、制服を着た者たちは病室から退散していった。

 その後のことはよく覚えていない。茫然自失としたままどうにかして家に戻り、泥のように眠ったのだとは記憶していた。そして、まだ日も完全に昇っていないくらいの朝方に息子が起きて泣いたのだが、いつもならベッドからすぐに跳ね起きてあやしてやるのを、はしなかった。身体が鉛のように重く、微塵も動けない。そして、息子が泣くのをそのままに、また深い眠りに落ちていった。

 泣いている息子をあやさなかった。それだけは鮮明に覚えている。これがそもそもの過ちだったのだと、は後に自身を呪い戒め続けることになった。

 夫の葬儀を終えた後、続いているはずの例の事件の捜査はなんの進展も見せなかった。定期的に、を心配する元上司や元同僚たちが家を訪ねてきたが、警官殺しをやって逃げおおせたギャングの類を捕えたという報せはいつまでたっても家に持ち込まれない。

 彼らはただいたずらに時間を浪費している。……もしかして、パッショーネから賄賂でも握らされているのではないか。

 そんな疑念が生まれ始めた頃に捜査は打ち切られた。それきり、の家に元同僚や元上司らは誰も訪ねて来なくなった。

 体力勝負で、当時ほとんど男社会だった警察官という仕事に就いたのは、がもとより強い正義感を胸に抱いていたからだ。弱きを助け強きを挫くヒーローになりたかった。だが、彼女は思い知った。強きを挫くには、それを上回る力と狡猾さが必要なのだと。

 ほとんど金をエサにギャングに飼い慣らされたようなこの街の警察官をやっていては、夫の敵討ちなどいつまでたっても果たせない。

 そう気づいたので、は復職するという道を自ら断った。息子のことを考えれば、自身のキャリアを活かし、警察署でなくても何か公的機関の事務仕事などこなしながら、養っていくことを考えるべきだったのだろう。だが、当時の彼女にはそれが出来なかった。最愛の人を奪った者が正当な裁きを受ける瞬間を見ずしては、平穏な日常など取り戻せるはずもない。そんな復讐心に取り憑かれていたからだ。最愛の人が生きていた証を――彼の遺伝子を受け継ぐ愛らしい息子を――ないがしろにして、彼女は自ら、ギャングがはびこる裏社会に身を投じたのだ。

 まだ小さな子供をひとり家に残し、夜中に仕事に向かう。そんな生活を繰り返していると、継母が風のうわさを聞きつけてアパートにやってきた。

 継母は我が子を愛していた。我が子の子も、心から愛していた。しかしのことは、自分から愛する息子を奪った女くらいにしか思っていないことに、は夫が亡くなる前から気付いていた。彼女の話しぶりの端々から、自身に向けた敵意めいたものが感じられたからだ。

 夫はそのことに気付いていたので、を気遣って、彼の実家に赴く度に味方になって支えてくれた。そのガードが無くなった今となっては、継母の敵意は剥き出しになり、未亡人になりたてだったへの思い遣りすら微塵も見せず、のべつ幕無しに暴言を吐き続けた。

 だが、そうなってしまっても仕方がないと思えるほどが息子と暮らす部屋は荒れ果てていた。第一、継母が玄関の扉を叩いた時はベッドの中にいたので、扉が開くまで長いこと待たされた。挙げ句、寝起きの姿で出迎えたの背後で、パジャマ姿のままよちよち歩きで部屋を散策する孫の姿が飛び込んできたのだ。朝の十時を過ぎた頃のことだった。

 母親失格とか、売女とか、に思いつく限りの罵声を浴びせきったあと、継母は引き止めようとするを突き飛ばし、息子を連れてアパートを出て行った。

 継母が息子を抱いたままタクシーに乗り込む。はそれに追いすがろうとする。すかさず、継母は鍵をかけて!と、運転手に向かって声を荒らげた。がドアハンドルに手を掛けた時にはもう、いくら引っ張っても車のドアは開かなかった。が中々車から離れようとしないのが危ないと運転手は乗客に訴えたが、客は甲高い泣き声を上げる子供を抱きながら血相を変えて「早く出してと言っているのよッ!!」と喚くだけだった。運転手はこの混沌から早く抜け出してしまいたいと、思い切ってアクセルを踏み込んだ。

 は車に引きずられ車道に出て数メートルのところで転び、膝や掌を擦りむいた。だが、痛みなどそっちのけで立ち上がると、しばらく走って車を追った。だが追いつけるわけは無かった。冷静になったところで足を止めてすぐに急いで家に戻り、警察署に――元職場に電話をかけた時にはもう、手遅れだった。

 継母が、があてにするであろう全てに手回しをしていたのだ。誘拐されたと電話が来ても、取り合わないようにと。育児放棄した母親から、孫を守ったのだと方々に言いふらした。

 こうしては親権を奪われ、裁判で許されたはずの、月に一度の面会すら反故にされた。それを裁判所に訴えたところで、判事は少しも取り合ってくれなかった。継母に金を握らされていたのだ。夫の実家は地元ではそこそこの名家で名も通っていて金もあったので、それができてもおかしくはなかった。かくなる上はと継母の家に訪ね、直談判しようとも門前払いされた。

 お金が要る。息子が立派に育つまで支えられると証明できるだけのお金が。そして夫の敵を討ち過去を清算したあとに、息子に自分の人生のすべてを捧げる。
 
 は息子と離され、幾度か継母との衝突を繰り返した後にそう決意して、息子を取り返そうと奮闘することをやめた。

 こうして、継母に息子を奪われ三ヶ月が経った頃、はやっと夫を殺した男の名を知ることができた。元同僚が証言した通り、犯人はパッショーネの構成員だったようだ。だが、名を聞いた次の瞬間に、彼女の希望は打ち砕かれた。

 夫を殺した憎き男もまた、組織の金を持ち逃げしようとしたところを、仲間のギャングに始末されたのだという。

 は、客の前で取り乱しそうになるのを必死に堪えた。最初は話している相手が殺人とは無縁のか弱い女であると思っていたにも関わらず、酒に酔った客は男がどのように殺されたかという血なまぐさいことをとうとうと語った。

 夫を殺した男は、さぞかし苦しんで死んでいったのだろう。もしもあの夜に捕らえていて法のもとの裁きを受けていれば、そこまで苦しんでは死ななかっただろうし、その点は良かったかもしれない。だが、確かに夫を殺したという男が確かに死んだという場面を、そして確かに苦しんで死んでいったという場面を自分は見ていない。――だから、この手で殺してやりたかったのに!!

 仕事を終え、ホテルの前で送迎の車を待って星のない暗い夜空を見つめているときに、はふと思った。

 もはや私は、警官を目指していた頃の私ではない。人を殺してやりたいと思い、殺せなかったと嘆くなんて。私はとんでもないものを犠牲にしてしまったんだ。取り返しのつかないことをしてしまったんだ。

 はその場にへたり込み、迎えが来るまで、ひとりさめざめと泣き続けた。



04: Gotta gotta be down



 なかなか引き下がろうとしないに、もう勘弁してくれとばかりに手をふると、継母はインターフォンが備えられた保育園の門柱に向かっていった。は継母が応答した保育士に、息子の迎えに来たことを伝える様を後ろからじっと見つめた。やがて保育士に連れられて園から出てきた息子は、継母の足元にとことこ走り寄って、彼女の足にぎゅっとハグをした。継母は満面の笑みを浮かべながらかがんで息子を抱きしめると、立ち上がり小さな手を取って、に背を向け歩きだした。

 その時、ちらと息子が後ろを振り向いた。目が合った。は足を一歩踏み出し、息子の名を小さく呟いて手をのばした。が、継母もまたすぐに後ろを振り向き、ついてきたら許さないとばかりにを睨みつける。

「ねぇ、おばあちゃん。あのおねえさん、しってるひと?」
「さあ、誰かしらねぇ。おばあちゃんは知らないわ」
「ふーん」

 そんな話し声が聞こえてきて、の胸は締め付けられる。呼吸困難に陥りそうなほどの圧迫感に顔をしかめ、泣いて声が出そうになるのを抑えようと、とっさに鼻と口を掌でおおった。

 継母に半ば無理矢理手を引かれ歩く息子は、もう一度ちらとをみやったが、それきり振り返ることはなかった。

 こうなることが分かっていたので、足繁く保育園に行くのは控えていた。では何故、今日この日――許されていたはずの面会の日――に息子の元へ向かったのか。

 彼はもうじき小学校に上がると言う頃だった。もう物心がしっかりとついた頃だろうから、お祝いも兼ねて夕食にごちそうを食べさせてやって、その間に少しでも過去の償いをさせてもらいたいと、継母に向かって頭を下げるつもりだったのだ。

 だが、それは今更難しいことなのだと、やはりここでも、自分は取り返しのつかない過ちを犯したのだと自覚させられるだけだった。



 そういう訳で、の心は荒みきっていた。

 服も装飾品も何もかも、金目の物は全て金にかえて、息子のためにと金を貯めてきた。だが、この先一生、息子と話すことさえ許されないというのなら、金などあったところで何の役にもたたない。相変わらず、あの継母は私がみつくろった金を汚らしいとか言って受け取ろうとしないだろう。

 私は一体、何のために生きているのか。いつか息子を抱きしめられる日が来ると夢見ながら、叶わない夢を思い描き苦しみもがきながら、一人老いていくのだろうか。

 家に帰って、夕食すら準備しないでベッドに寝転がった。悲しみを超えた虚無感にさいなまれながら、暗い天井をただただ見つめていた。すると、仕事で使う携帯電話のヴァイブレーションが、静かな寝室の空気を震わせた。何コールか聞き流したが、どうにも切れそうにないので、溜息を吐いて応答する。

「……はい」
『寝てたのか』
「ええ」

 が適当に嘘をついた相手は、パッショーネは情報管理チームのチームリーダーだった。

「で……何?」
『ひどく疲れてるみたいだな。……まあいい、仕事がある。今からこっちへ来れるか』
「……ええ」

 何も考えたくなかった。考えないでいるのに、リーダーからの命令を聞くのは丁度いいと思えた。無論今まで、仕事があると言われてすっぽかしたことなど無かっただが、今このときは、リーダーの言いつけを守ろうという意志が芽生えたのが驚きだった。いつぞや経験した時と同じくらい身体は鉛のように重かったが、は引きずるようにベッドから足をおろし、ゆっくりと玄関へと向かった。

 アジトの扉を開くと、いつもつるんでいる面子で、チームメイトの三名ほどが暇を持て余しリビングルームにたむろしていた。はリーダーの部屋に向かうため、その脇を素通りしようとする。彼女はここで、いつも彼らに絡まれるのだ。

「おいおい、。仲間のオレ達に挨拶も無しかァ?」

 は足を止めて、さっぱり精気の消え失せたその顔を仲間へ向けた。前々から気に入らないと思っていたが、男たちが自分に向けてくる好奇の――対等な仲間としての興味関心でなく、女を見る、下心満載の下卑た――眼差しが、今日はひどく癇に障った。いつもなら相手にせずとも、軽く挨拶をして少しは愛想よく振る舞うのだが、今はそれをする気力も、気色が悪いと憤慨する気力さえも無かった。

「どうしたどうした、ちゃんよォ。ひどく元気がねーみてーじゃあねーか」
「そんなに元気がねーならよォ。オレたちがやさぁしく慰めてやったってかまわねーんだぜ?ほら、こっち来いよ」

 は眉一つ動かさずに無視を決め込んで、止めた足を動かしリビングから出て行った。

「チッ。お高くとまりやがって、あのアマ!」
「前々からあの、人を見下したような目つきが気に入らねー」
「金持ちばっか相手にしてる高級娼婦様だからなァ!」

 に無視を決め込まれた三人はその場で陰口をたたき始めた。聞こえるように言ってやろうというばかりの大音声でだ。“高級娼婦様”というところまではの耳に届いたが、二階にあるリーダーの部屋の扉を叩くころには、階下のことなどは完全に意識の外に追いやられていた。

 一方、男たちは尚も陰口を叩き続けていた。もとより暇を持て余していたのだから、おしゃべりに花が咲くのは当然だったのかもしれない。

「ちくしょー!腹立つよなァ。……だからよォ、いつかぜってーあの女無理くり犯してやろうと思ってんのよ、オレ」
「バカ。滅多なこと言うもんじゃあねーぜ。んなことしてみろ。売春ビジネス仕切ってるとこの幹部にぶち殺されるぞ。商品には手を出しちゃあいけねー。組織の麻薬しかり、女しかりだ。今更言うことでもねー、暗黙の了解ってもんだろうがよ。しかも、は幹部にいたく気に入られてるらしいからな」
「オレ達があの女を手籠めにしてやれるって時が来るとしたら、あいつが足抜けしようって企んだ時くらいだろーな」
「そんな時あるかね?オレならぜってー辞めたりなんかしねーぜ、高級娼婦。あいつは隠しちゃいるが、稼ぎの他に、客に色々と高価なもん贈られてるらしいしよ」
「そこもいけ好かねーよな。オレ達はボスからの報酬だけだってのに。送り迎えとかやってやってんだから、せめてヤらせるくらいは誠意ってもんじゃあねーのか!」
「なるほど。犯すんじゃあなくって、アイツからすすんでヤらせてくれりゃあいーんだよな」
「つまり、のハートを射止める必要があるってことだ。……今更無理だろ!」

 こんな調子で、しばらく男たちの無駄話は続いた。だが、がリーダーに仕事を言いつけられて、家に戻ろうと二階から下りてきた頃には皆飽きて解散していた。彼女は、誰もいなくなったリビングを見て、あの後もきっと自分について好き勝手なことを言われていたのだろうと想像した。

 もとより心底軽蔑してきた“ギャング”と呼ばれる人間たちに何と言われようが――

 ははたと足を止めた。

 自分も今では立派な、心底軽蔑してきたはずの“ギャング”の一員に違いないじゃないか。

 その事実が、いまさら足枷のように感じられた。一度足を踏み入れたら抜け出せない世界。そこで復讐を果たしてこそ、平穏が戻る。そんな覚悟があったはずなのに、もう二度と息子を抱きしめられないかもしれないと思うと、逃げ出してしまいたいと思った。

 しかも、この度リーダーに与えられたのは、情報を収集する仕事ではない。客を殺す、その補助を行う仕事だった。

 殺人のほう助だ。殺人のために力を貸して、殺人を犯した者が誰か知っているのに隠匿する。――立派な人殺しだ。私は立派な人殺しにまでなり下がってしまったのだ。ギャングで人殺し?夫を殺した男と何一つ変わらない!

 息子に会いたい。抱きしめたい。――人殺しの手で、あの天使を抱きしめるというの?――私には、今更息子に合わせる顔なんてありはしないのに、そんな願望を抱いていていいわけが無い。

 復讐による慰みと、息子ともう一度一緒に暮らすために資金を集める。自身が満足できるように、すべてを手に入れようとした。だが求めれば求めるほどに状態は悪化するばかりで、救いなどありはしなかった。そんな自分の人生に、全能なる神か、その類の何かによって、最期の戒めと言わんばかりに、追い打ちをかけられたように思えてならなかった。