女の裸体を前に、ペッシはパニックを起こしていた。自分は猫と遊んでいたはずだった。それがどうして人間になるのか。そして、何故それが素っ裸で、なおかつ――最近チームに仲間入りした新人――なのか。
ペッシはまだのスタンド“プッシーキャット・ドールズ”を知らなかった。なので、彼の頭の中で情報処理が追いつかないのは当然とも言える。姿を見たときから撫でて、あわよくば抱いてみたいと思っていた猫がその実は人間で同僚だなどと、事前情報も何もなしに想像できるはずが無い。
の裸体を見て数秒後、ペッシが真っ先に思ったのは、素っ裸の女をテラスに放っておく訳にはいかないとかそんな紳士的なことではなく、今この状況を他の誰か――それこそ、ホルマジオにでも見られたら絶対に殺されてしまう――いくら恋愛に疎いペッシでも、ホルマジオとが好きあっていることくらいは分かっている――ので、早いことここから逃げなければならないということだった。
ペッシは腰を抜かして尻もちをついていた。そのまま手足を動かし後ろにドタドタと退いて、ふわふわと感覚がぼやけた腰を何とか翻し床を這い、ドアノブに手をかけ立ち上がろうとした。逃げようとしたのだ。
知らなかったとは言え酒とドラッグの中間くらいの物を与え、女を素っ裸にしてしまった――ペッシのせいではない。決してペッシのせいではないのだが――上、無責任にもその女の前から逃げようとした彼の罪は重かったのだろうか。まるで天誅とでも言わんばかりに、ペッシの顔面へ向こう側から凄まじい勢いで開いたドアの端辺がめり込んだ。
ペッシはまた情けない悲鳴を上げて床に倒れ伏す。そんな彼を見下ろすのは幸い、ホルマジオではなかった。
「何情けない悲鳴上げてんだてめぇは」
「あっ、兄貴!」
プロシュートはひどく取り乱した様子の弟分を見下ろして眉根を寄せた。間もなく、彼は場に馴染まないものを視界の隅で捉えた。ほんの一瞬だけたじろいだが、彼はすぐにの元へ歩み寄りながら、着ていたジャケットを脱いで彼女の体に纏わせた。
「……おいペッシ。これは一体どういうことだ?」
プロシュートもまさか、真っ裸のをこの目で、しかもお天道様の下で拝む日が来ようとは夢にも思わなかっただろう。だがさすがと言うべきか、彼は見事に紳士的ふるまいを見せた。そしてペッシは思った。やっぱり兄貴はスゲェーやッ!と。
「何だってがこんなところで、しかも素っ裸で寝てるんだと聞いてるんだぜ。さっさと答えねーか」
「あ、兄貴!妙な勘違いはよしてくれよ!?が、猫だったんだよ!」
「はあ?……分かるように喋れ」
「だ、だから、が、猫に化けてたんだ!お、オレはこの通り、猫と遊んでただけだったんだよ!」
この通り、と言いながら、ペッシはそばに転がっていた例の釣竿を指差した。
「キャットニップってあるだろう?猫の躾とか、ストレス解消のために与える草さ!あれをやったんだ!そしたら、猫が、猫がだぜ?突然気を失って……それで、その猫が、瞬く間にに変わったんだ!」
「その話が本当なら、のスタンドが猫に化けられる能力を持っているということなんだろうな。……だがペッシ。てめぇ」
プロシュートはカツカツと靴を鳴らしてペッシに迫ると、床に尻もちをついたままでいた彼の胸ぐらを掴み上げた。
「素っ裸の女を外にほったらかしたまま、テメーの保身のために逃げようとしていたってのか!?」
鼻が触れ合うか否かといった距離にまで顔を寄せられ睨みつけられて、ペッシは震え上がる。
「を素っ裸にしたのはおめぇだろうがよ」
「ちょ、兄貴。その言い方には語弊が……」
「うるせぇ!てめーそれでも男か?暗殺者としてどうのこうのと言う前に、男としてなってねー!そんなんだからテメーはいつまで経ってもマンモーニなんだぜペッシ!」
「わ……悪かったよ兄貴……!」
プロシュートはペッシを突き放すとを見やった。彼女は依然、目を覚まさない。
「侘びならオレにじゃなく、目を覚ましたにするんだな」
「あ、ああ……」
ペッシは項垂れてそう答えはしたが、何と言って謝罪すればいいのだろうと、今度はその事で頭がいっぱいになってしまった。
自分のせいでを素っ裸にしてしまった。という不本意な結果を伝え、そのことについて謝らなければならないのか。素っ裸にするつもりなんて、というか、それがだなんて少しも思えなかったのに?恥ずかしいし、それでに嫌われるなんて癪だ。それに、今日のことをホルマジオに告げ口でもされたら?
ペッシはやはり、とにかくこの場から全てを投げ出し逃げたいと思った。プロシュートの叱責をくらっても、その気持ちは少しも変わらなかった。
さて、自分のジャケットをふわりと纏っただけのをこれからどうしよう。プロシュートが首を傾げていると、背後にある扉の向こう側から足音が聞こえてきた。とても軽快で、その音を発している者がひどく上機嫌なのが聞いて取れる。ついには鼻歌まで聞こえてくる。この声の主はきっと、ホルマジオだろう。
そしてプロシュートもまた、面倒な場面に居合わせてしまったとこの場から一刻も早く立ち去りたいと思った。だが、今素っ裸のが纏っているのは彼のジャケットだ。恐らくホルマジオの追求からは逃れられないだろう。プロシュートが思い出したのは、ガレージでハイヒールを履くの歩行訓練を見てやっていた時のことだ。ホルマジオはのこととなると見境がなくなる。それがとても厄介で、プロシュートはかわいい弟分であるペッシの身も少しだけ案じていた。彼がの飼い主に折檻をくらうのは目に見えている。
「〜!お前の好きなチーズタルト買ってき……」
開いた扉の向こうから顔を覗かせたのは、プロシュートが予想していた通り、ホルマジオだった。彼はテラスの真ん中で倒れるの姿を見た途端、血相を変えて彼女の元に駆け寄った。
「お……おい、!?一体何が……」
の美しい四肢がジャケットの下から伸びているのだが、恐らくそのジャケットの下は裸だろうと、ホルマジオにはすぐに想像がついた。ここでよくふたりで戯れるのだ。昼下りに猫の姿になった彼女を愛でるのが最近は日課になっていた。だから、が人間の姿でいて、しかもプロシュートのジャケットを羽織っただけの格好で寝転がっているということは、ここで彼女を裸にした――仲間だから薬なんか盛られるわけがないと安心した彼女の意識を何らかの方法で混濁させた――やつがいるのだ。そうじゃないとおかしい。は自分に誓ったのだ。他の男の前で裸にならないと誓ったのだ。
ホルマジオは怒りの炎を内側で燃え上がらせながら後ろを振り向いた。プロシュート――逃げ出そうとするペッシの襟首を掴んで涼しい顔をしている――とペッシ――顔を青くして全力で逃げ出そうとしている。何故そうなのか?何かやましいことがある故だぜ。だからあいつは今ここから逃げ出そうとしているんだ。やましいこととは何か?考えるまでもねぇ。を、オレのを青空の下で素っ裸にしやがったのはコイツだ!!――がいる。ホルマジオはゆらりと立ち上がると、ふたりの元へと早歩きで詰め寄った。
ペッシは前と後ろを先輩に固められ、逃げ場を失い震え上がっていた。万事休す。ホルマジオの手酷いお仕置きから逃れることは、もう絶対に叶わない。まるで薬物中毒者のように瞳孔を開いたホルマジオに胸ぐらを掴まれ顔を至近距離にまで寄せられる。まさしくチンピラの威嚇行為だ。だが、彼の殺意は見せかけだけでなく本物だとペッシは知っている。何と言っても、彼もまた百戦錬磨の暗殺者なのだ。正面から殺意を向けられるだけまだマシと言うものである。
「最初から最後までしっかり説明してもらおうか。ケジメつけんのはその後だぜ、ペッシ」
ペッシは泣きたくなった。予想していたことではあるが、お仕置きありきの物言いだ。まるで死ぬと分かっている前の尋問や拷問を受けている気分だ。ペッシは半べそをかきながら、このテラスに来た時から今までの話をホルマジオに聞かせた。始終血眼で胸ぐらを掴みながら怒りを滾らせる彼を前に、口がうまく回らない。言葉に詰まる度に、早く折檻したくてたまらないホルマジオの手がぴくつくのが分かった。そんな中でも何とか概要の説明が終わる。そして最後に自分が訴えたいことを付け足した。
「し、知らなかったんだよ!が、こんな能力だなんて……!オレも、オレも猫が好きだったし……特別、キレイで可愛かったから……!」
悪意は少しも無かったのだ。そう訴えたくて、思い思いのことを喋った。喋ってしまった。
「キレイで可愛かったからひん剥いてやっちまおうって思ったワケだな!?」
言わなければ良かった、とペッシは後悔した。
「いや、だから、知らねぇって言ってるだろ!が猫になれるって知らなかったし、猫がだなんて思えるわけがねーじゃねーか!オレがキレイで可愛いって言ってんのは猫の姿ののことで」
「逆に人間の姿のはキレイでも可愛いくとも何ともねーって言ってんのか?マジに死にてェようだなペッシ!?」
「誰もそんなこと言ってねぇよぉもう面倒くせぇ助けてくれよ兄貴いいい」
プロシュートがペッシを逃さないようにと彼の襟首を掴んでいたのは、この、のこととなると特段格別に面倒くさい男ホルマジオに、なぜ素っ裸のがお前のジャケットを纏っているんだという問いかけをされた際、ペッシがいないと説明が面倒になると思ったからである。別に彼の弁護をやるつもりでここにいるわけではない。
「知るか。テメーで撒いた種はテメーで回収しろ」
「種を撒いた……だと……!?中か!?外か!?どちらにせよ殺すがな!?」
「お前のその発想もひどいぜホルマジオ。さすがにそれはペッシが可愛そうだ。なんたってこいつはまだ童貞だからな」
「童貞は外に出すくらいならお手の物だろうがよ!」
「あああああ!!や、やめてくれよ!!セクハラだ!!ひどい!!」
「ん……」
皆がわいのわいのとやっているうちに、がむくりと上体を起こした。それを視界の隅で目ざとく察知したホルマジオはペッシを突き放すと、すぐさま彼女の元へと駆けつけた。
「!大丈夫か……!?」
「ホルマジオ……?」
ホルマジオを見上げるは、とろんとした柔和な微笑みを浮かべていた。アジトから離れたところでふたりきりでいて、なおかつが酒でも飲んでいなければ滅多にお目にかかれないような、ホルマジオだけでなく、恐らく大半の男性が扇情的だと感じるような顔だ。それがほとんど裸の――肝心な所は床に手をついた彼女の腕で隠れてはいるが、乳房が丸出しで、形のいい太腿がどうぞ召し上がれとでも言うように大振りのジャケットの下から顔をのぞかせている――女のそれなら尚更である。
「ホルマジオの手……いいにおい」
そう言いながら、はしゃがみ込んだホルマジオの手の甲に、まるで猫のように額をこすりつけた。そしてカプリと親指の付け根のあたりを軽く噛んだ後、同じ場所をペロペロと舌で舐め始める。
の体から猫が抜けきっていなかった。ネペタラクトンを受容してしまった身体から、猫の精神が完全には離れられなかったのだろう。
「――っ、お、おいおいお前今、こんなとこでそんな……!!」
誘惑をするな!可愛すぎる!これがキャットニップなるものの威力なのか!?しらふのを、こんなにえっちな感じにしてしまえるのか!?な、何にせよ……このままではまずい!非常にまずい!!オレの股間の魔物が暴れ始めちまう……!!
の扇情的な行為――猫が人間の手を噛んだ後に同じ場所を舌で舐めるのは獲物を捕らえた後の本能的な行動なので、ホルマジオが扇情的だと感じるのはほとんど勘違いだが――によって、ホルマジオの頭に登っていた血液が急激に下半身へと集中していく。
「おいおめぇら!いつまでそこにボサッと突っ立ってんだ!さ、さっさと家の中へ戻らねーかバカ!!」
ホルマジオは自分の体でを隠しながらふたりの方を振り向いた。
「……お前何顔真っ赤にして興奮してんだ」
「う、うるせぇよ!さっさと行けって言ってんだよ!ああ、おいペッシ!」
「ひ、ひぃ!」
さっさと家へ戻れと言うのなら。これ幸いとこそこそ扉へ向かっていたペッシはこの日三度目となる情けない悲鳴を上げて足を止めた。
「その、キャットニップってのはオレが没収する!」
「ホルマジオ、お前まさか……をトリップさせて犯そうなんてゲスなことをか――」
「考えてねーな。例えそうなったとしても、オレとの間には信頼関係があるので犯すという表現にはあたらねぇ」
「考えてるじゃねーか。……頼むから、オレのジャケットだけは汚してくれんなよ」
付き合ってられねーと深いため息をつくと、プロシュートはペッシを置いてテラスを後にした。ペッシは懐にしまっておいたキャットニップの乾燥粉末が入った袋をホルマジオに手渡しプロシュートの後を追った。その彼の背中に、ドスの効いた声が投げかけられる。
「ペッシよぉ……」
「何だよ、まだ何かあんのかよぉ!?もう勘弁してくれよ!」
「家に戻れとは言ったが、家から出ていいと、オレから逃げていいとは言ってねーからな。……まあ、どうしても逃げたいなら逃げてもいい。だが、逃げれば逃げる程に、お前が受ける罰は酷いものになるぜ……」
ペッシはごくりと喉を鳴らして下唇を噛むと、何も言わずに歩き出した。逃げるのは得策じゃないだろう。理不尽が横行するギャングの世界だ。この程度の理不尽に耐えられなければ、この先生きてはいけないだろうということくらい、ペッシは分かっているのだ。だがやはり、納得がいかない。
ペッシはただ、猫と戯れたかった。純粋に、ただそれだけだったのだ。
夕食の時間。ホルマジオによってペッシのお仕置きが執行されていた。それが飯抜きの刑と、素っ裸で縛られ晒し者にされる刑である。プロシュートが夕食の準備をしている間に、日本の「縛り」――ペッシがやられているのは“亀甲縛り”と呼ぶらしい――について動画配信サイトで学びながら、ホルマジオがペッシをひん剥いてロープで縛り上げていた。
「なあ。何だってボンデージで晒し者にされてるペッシを見ながら飯を食わなきゃならないんだ?」
ペッシはリビングの隅で甘んじて罰を受けていた。生気を失くした様子で項垂れている。そんな哀れなペッシの姿が目に入る位置にメローネの定位置であったので、彼は今不満を漏らしているのだ。
「なあなあ。一体何があったんだよ?がああなっているならいくらでも見ていられるしきっと元気になること請け合いだが、ペッシとなるとな……。食欲が失せる」
「ああ。そうだ。ペッシだけじゃあねー。に近付けさせちゃいけねえ、一番あぶねぇヤツはメローネ、お前だと今思い知ったぜ」
ホルマジオは深いため息をついてテレビのチャンネルを回していた。チャンネルは一向に定まらない。もう何巡もしている。考え事の間に手が暇になってやっているだけのそれにイラついたギアッチョが、ホルマジオの手元からリモコンを奪い取った。その間に、メローネは壁にかけられていたはたきの羽を一枚むしり取ると、おもむろにペッシの元へと歩み寄った。
「なあなあなあ。教えてくれよペッシ〜」
第三の刑が、全く関係のないメローネから与えられる。ペッシの素肌の上を羽がそろそろと這う、くすぐりの刑である。
「あひっ、うひひっ……!う、うははははっ!!やめ、やめてくれ!!話す!話すから!」
すかさず、ぼんやりとしていたはずのホルマジオがいつの間にか放ったジャックナイフがペッシの顔の直ぐ側、壁に突き刺さった。そしてホルマジオの鋭い眼光がペッシに刺さる。
「話したら殺す」
話したらホルマジオに殺される。話さなかったらメローネに笑い死にさせられる。くすぐりも立派な拷問である。笑い死にもフィクションなどではない。要するに、どちらにせよ自分は死ぬのだ。ペッシは絶望した。
「おお。可愛そうなペッシ。大丈夫だ。オレがお前を殺させたりしないさ。だから、早く何があったか話して楽になれよ」
「うっ、ひひひっふふっひゃあ、っはふふうふふふふ!!やめ、やめてくれ!もう、あっ、あひいっ!!」
「やかましいぞペッシ!おいメローネ!んなくだらねーことは外でやれボケぇ!!」
「ダメだぜギアッチョ。あいつはここで素っ裸になって、辱めを受けなくっちゃあならねーんだ」
他でもない、我が愛するを裸にして、辱めた罰――と言うよりも、ほとんどの裸を見られたことに対する腹いせ――なのだ。
ペッシのは故意ではなかった。しかも、マゾヒストでもない彼を縛り上げた状態でさらし者にするのは度が超えているし、は男の前で裸になることにさほど抵抗を持っていないので、ペッシの罪と受ける罰の釣り合いは取れていない。そんな不公平については誰も指摘しなかった。そもそも、指摘してやれる人間は限られている。
唯一ホルマジオにそのことを指摘してやれるプロシュートは――が裸になるのに抵抗がないのは知らないが――幾分やりすぎかもしれないと感じていた。だがやはり何と言っても、裸のをテラスに残して逃げ出そうとしたペッシはそれなりの報いを受けるべきとも思っていたので、ホルマジオによる弟分への仕置きの仕方に口出しはしなかった。
ペッシの笑い声。ギアッチョのがなり声。ホルマジオがメローネを囃し立てる声。テレビの音と、プロシュートの手元でフライパンがじゅーっとなる音。今宵もアジトのリビングはカオスで賑やかだ。そんな中、が夕飯を求めて扉を開け、リビングへと足を踏み入れた。
「お腹すいたー。って、え……!?ペッ……ペッシ!?」
リビングの隅に、あられもない姿でさらし者になっているペッシがいる。は息を呑んですぐに彼の元へと駆けつけた。メローネを押し退け、壁に刺さったナイフを抜き、彼を縛る縄を切って解くと、プロシュートに借りていたジャケットを肝心な場所が隠れるように纏わせた。
「お、おいおいおい、……!」
ホルマジオは立ち上がり、の元へ駆け寄った。彼女はホルマジオには目もくれず、半べそ――くすぐられてにじみでてきた涙だが――をかくペッシを心配そうに眺めながら言った。
「ごめん、ごめんねペッシ」
「……。どうしてあんたが謝るんだよ」
この惨めさは始めからだが、に優しい言葉をかけられるとますますその惨めさに拍車がかかる。堪えられなくなって、ペッシは彼女から目をそらした。
「……ペッシ。私、あなたに、嫌われたくない」
「え……?」
「ペッシも、猫のこと好いてくれてるんだよね。私、猫が好きで、猫を可愛いって言ってくれる人が、優しいの知ってる」
猫……?メローネは会話の流れが掴めず、はてなと首を傾げた。
「私、あなたみたいに優しくて、思いやりのある人が、好き。好きな人には……好きな人にだけは、私、嫌われたくない」
に真っ直ぐな思いを向けられ、ペッシは顔を真っ赤にして慌てた。目を泳がせている内に、鬼のような顔をしてこちらを見下ろすホルマジオと目があって、ペッシは震え上がった。
「す……好きって……!よ、よしてくれよ!ホルマジオに殺される!!」
は背後を振り返って、窘めるようにホルマジオを見上げた。彼はバツが悪そうな顔をしてから目をそらした。
「それに、オレも悪いんだ。変身が解けたあんたをほったらかしにして、逃げようとしたから」
「そんなの、当然だと思うよ。……びっくりするよね。猫が人間に変わるなんてさ」
猫が人間に変わる?……が、猫?変身が、解けた?つまり猫が……に変わった?ペッシは裸にされていた。ホルマジオが考えていることが、目には目を歯には歯を、なら……の変身が解けて素っ裸になった?
思考の末、そんな結論に到った途端メローネは目を剥いた。ホルマジオはそれに気づいて危機感を抱いた。
「今回のことは、全部私が悪いよ。嫌な思い、させてごめんね。だから……猫のこと、嫌いになったりしないで……?お願い。あと、チーズ、勝手に食べたりしてごめんなさい。今度から、ちゃんと断ってから食べるね」
「あれ、猫のあんたに食べてほしくて買っておいたんだ。だから、別にいいよ。気にしないで。……ってかそれって、これからも買ってストックしておけってことかい?」
「美味しかったし……も、もしお望みなら、猫になった私のおでこ撫でるくらいならさせてあげてもい――」
「ダメだ!例えペッシが、おでこだけで撫でるのを満足できるとしてもダメだぜ!チーズならオレが買ってやるから……!」
「でも、あのチーズがいいんだもん」
「ペッシ。欠かしたら殺す」
「ええー」
こうして、割とほのぼのとした暗殺者チームのとある一日は終わりを迎える。一難去ってまた一難。とはいえ、本人はその危機に全く気付いていないようだ。先程からを見ながら頻繁に舌なめずりをしているメローネを見据え、ホルマジオはひとり決心を固めていた。
アジトを出て、とふたりで住む。の身に危険が及ばない場所。いつでも気兼ねなく愛し合えるふたりだけの愛の巣。コンドームは買った。次の喫緊の課題は家探しだ。
キャットニップなる秘薬もついさっき手に入れた。家探しにもますます熱が入ることだろう。