Give Me(w) Your Love!

 テラス席を立ったプロシュートは店内を突き抜けてトイレへと向う所で、パンツのポケットにしまっておいた携帯電話が震えていることに気がついた。携帯電話を歩きながらポケットから取り出し応答ボタンを押してスピーカー部分を耳に当てるなり、ホルマジオの怒鳴り声が右から左へと突き抜ける。

『プロシュートてめー!!のこと連れ出してんだってな!?』
「やかましい。別に食っちゃいねーから安心しろ」
『何だっておめーこんな日に限って……』
「なんだ。アイツと予定でも……ああ。悪かったな。昨日のリベンジ・マッチか。そのリベンジの前に他の男に食われちまうかもな」
『何だって!?』
「カルロと三人でメシ食ってる」

 ホルマジオは少しの間沈黙した。そして場所を尋ねるなり一方的に電話を切ってしまった。無礼なやつとは思ったが、まあ、自分の女が他所の男の毒牙にかかるや否やといった瀬戸際なら、そうなるのも仕方がないとプロシュートは思った。

 だがそもそもの話をすれば、ホルマジオに惚れ込んでいるを無理矢理連れて帰ろうなどとしようものなら、いくら仲の良いカルロと言えども容赦なく止めに入るだろう。もっと言えば、は男に簡単に連れ去られてしまうほど大人しい性格もしていない――ホルマジオの前では完全に猫をかぶってはいるが――し、我がチームに入るだけの力量があるのだから何も心配は無い。過保護もほどほどにしてほしいものだ。

 プロシュートは用を済ませると、さして急ぐ様子も見せずにテラス席へと向って歩いた。ガラス越しに自分たちのテーブルが見える。案の定、カルロはに言い寄っていた。もう少しでキスされるのでは、という距離にまでカルロの顔が近づいても、は顔を背けようとすらしない。プロシュートは少し焦って足を早めた。そして店の出入り口に到達するかしないかといったところで、男が彼の鼻先を横切って行った。

「おい兄ちゃん。オレの女に何の用だ」
「ホルマジオ!」

 王子様――王子様とか言ってやれるような柄では無いが――の登場に目を輝かせ、はまるで別人のような顔を見せた。カルロに迫られていたときのふてくされた表情をホルマジオに見せてやりたいものだ。態度を豹変させるそのスピードが凄まじい。女とはやはり恐ろしいものだとプロシュートは思った。

「うわ!ホルマジオじゃん!久しぶり〜。なんだ、ちゃんの昨日のデートの相手って君だったんだ!」
「馴れ馴れしくするんじゃあねー。つか、誰だおめーは」

 ホルマジオは顔に出すまいと気を張る裏で肝を冷やしていた。カルロ。カルロ・ソレンティーノ。ホルマジオの過去を知る数少ない男。こいつにだけはを会わせたくなかったのに。プロシュートまじで許さん。

 誰だおまえは、と言われるとは思ってもみなかったカルロは目をぱちくりさせてホルマジオを見つめていた。

「え?記憶障害?頭でも打ったの?大丈夫?」

 カルロとホルマジオに挟まれたは双方の顔色を伺った。

「ホルマジオも、カルロさんと仲がいいの?」
「仲なんか良くねーよ!つーかマジに誰だか分からねーな。おい、帰るぞ」

 そう言ってホルマジオはの腕を引き、テーブルから離れさせようと促した。はホルマジオの言うことは一も二もなくすぐに聞く。対するカルロは、促されるままに立ち上がろうとする彼女のテーブルに置かれたままだった手をとっさに掴んでふたりを引き止めた。知らないやつと言い放たれたまま、返してやる気にはなれない。彼はホルマジオに少なからず腹を立てていた。だが、そんな感情は少しも表に出さないまま飄々とした態度で言い放つ。

「ひどいな〜。ちゃん、オレはホルマジオのこと知ってるよ〜」
「本当に知り合いなの?」
「くされ縁っていうかさ、好きな女の子が何回か被ってるんだよね。ついこないだまで付き合ってた子も一緒だっ――」
「おいカルロ!その辺にしとけ!?」

 ホルマジオはとうとうカルロの名前を口にした。どうやら知り合いには違いないらしい。

 それにしても付き合っていた女が一緒って、どういう状況だろうか。は考えた。つまり、ふたりが同じ女に股をかけられていたということなのだろうが、結局その女はどっちを選んだんだろう。

 ホルマジオが焦っている。彼の様子を見たは少し胸が締め付けられて息が詰まるような思いがした。ホルマジオがその女に本気で恋をしていて、その思いが今も少なからず残っているとしたら?そんな嫉妬心に駆られてしまう。

「何だおまえら兄弟だったのか」
「お、プロシュートおかえり〜」
「おい兄弟とか言うな死ねプロシュート」

 ニヤけた顔でプロシュートはカルロの隣に腰を下ろした。元いた場所に腰掛けなかったのは、おまえも少し飲んでいけというホルマジオへの配慮だったのだが、当の本人は血気盛んな様子での隣に座ろうとはしなかった。早くこの場をと共に去りたい一心である。

「おい。マジで帰るぞ」
「……カルロさん。おごちそうさま」

 そう言って少しだけ頭を下げた後カルロの手をそれとなく退けたは、ホルマジオに連れ去られていった。

「あ~ああ。釣り損ねちゃったな」
「仮にを釣れたとしても、オレがおまえの家になんか連れ込ませねーよ」
「いやさ。最近セックスしてなくて、何か体の調子悪いんだよね。もう三日もしてないんだよ。信じらんない。前立腺癌で死んじゃうよ」

 ナポリを示す言葉をあげるとするならば、それは“セックス”だろう。この街では至るところで男女が愛を交わしている。公園のベンチ。噴水前の広場。街灯のふもと。人前でディープ・キスは当たり前。何ならそろそろセックスし始めるのでは、と見ているこちらがヒヤヒヤするような際どい絡みも公衆の面前で平然とやってのける。

 カルロは言わば生粋のナポリっ子。愛に生きる男だ。見た目の良さも相まって女が途切れたことがないし、その女というのも会うたび相手が違うのだ。彼曰く皆愛しているらしい。そんな彼にとって、三日誰とも寝ていないというのは確かに間が空いていると言えなくもない。

 が、一般的な感性からするとレスと言えるほど長い期間でもない。まあ、レスかどうかという判断の基準は結局のところ本人の感覚に寄るので、プロシュートはこう言うしかなかった。

「知るかよ」

 カルロの認識からすると、女をとっかえひっかえやりまくるのは普通のことだ。この男を相手にする女も大抵はその手の認識を持った女で、女の方も平然と股をかける。同じ街に住んでいて女の好みが似通っているならば、ホルマジオと寝ている女が被ったことがあるというのはおかしな話ではない。

 だが、それをに知らせる必要は無かった。プロシュートは彼女はどんな気分になっただろうかと些か心配になる。

「つーか、よくもあんな仏頂面の女前にして連れて帰れると思ったな?」
「ねえ、プロシュート。オレ、女の子にあんな目で見られたの初めてだよ。……ちゃん、本気でホルマジオに恋してるみたいだね」
「ああ。なんでよりにもよってアイツなんだってオレも信じられねーくらいだ。つい最近まで女なんて性欲解消のための道具くらいにしか思ってなかったヤツなのによ」

 プロシュートはホルマジオとの小さくなっていく背中を眺めながら、胸ポケットからタバコを一本取り出し火をつけた。

「ね。ホルマジオもホルマジオで、今まで一回も見たこと無いような顔してた。……すっごい大切な物見るみたいな目で、ちゃんのこと見てた」

 ホルマジオの過去を知るカルロは、ホルマジオの変化を少しだけ寂しく思った。それと同時に、彼との幸せも願っていた。

「オレ、ふたりの関係が長続きするためのスパイスになりたいな」
「さっきので関係が壊れちまったかもな。つーか、まだちょっかい出すつもりかおめーは」

Side Story:
猫は、もとい彼女は心地良さの専門家 《中編》

 ふたりでアジトまでの帰り道を行く間、会話は長続きしなかった。ホルマジオは例の話をの頭の中から掻き消そうと懸命になって色々と話を振るのだが、は短い返事をするだけでいつも以上に喋らない。

 彼女は機嫌を悪くしている訳ではなさそうだ。ただ、心ここにあらずというか、ホルマジオが火消ししようと懸命になっている火を扇ぎながら見るように意識が完全にそちらに向いていて、その事以外には頭がまわらないといった風だった。

 ホルマジオは自分が次第に情けなく思えてきて、あと五分程度歩けばアジトに到着するというところで口を開くのをやめた。いつもは気にならない沈黙がふたりに重くのしかかる。

 こんなことが無ければ、例の約束通りホテルにでも行っていた頃だ。だがあんな話を聞かされた後、いけしゃあしゃあとホテルに行こうなんて言う気にはならなかった。

 はそういう女じゃないのだ。ほとんど性欲のはけ口としか思っていなかった、そして思われてもいなかった、愛し愛されもしなかったような女ではないのだ。――やっと見つけた愛を、ホルマジオは大切に育みたかった。

「ねえ、ホルマジオ」

 アジトの玄関を前にしたとき、ホルマジオの一歩後ろについて歩いていたは彼の服の裾を掴んで呼び止めた。

「ん?どうした」
「……あの」

 は頬や耳を赤く染めて何か言いたそうにしていた。ホルマジオは急かすようなことはせず、彼女をじっとみつめて言葉を投げかけられるのを待っていた。は上目遣いでちらとホルマジオの顔色を伺ってすぐにまた視線を逸らして間をおいて、やっとのことで口を開く。

「今夜、お部屋……行ってもいい?」
「――ッ!!」

 ホルマジオはの意外な一言に胸を射貫かれ仰け反った。に上目遣いにそんなことを言われて拒絶などできる訳が無い。だが、今までホルマジオに自ら何かを求めることがほとんど無かった彼女の積極的な発言には驚くばかりで声が出せなかった。

 は下唇を噛んで眉根を少し寄せた後、掴んでいたホルマジオの上着の裾を手放した。

「ごめん。ダメ、だよね」
「ダメなんかじゃあねー!ダメなもんかよ!」

 離れて行くの手を、ホルマジオはとっさに掴んで言った。

「すまねえ。まさか、おまえからそんなこと言ってもらえるとは思わなかったもんで、驚いちまってよ」
「驚かせちゃったんだね。ごめんなさい」
「謝るなよ。今すげー嬉しいんだぜ、オレは」
「そう?……良かった」

 嬉しそうに微笑んで顔を赤らめているが果てしなく愛しい。ホルマジオは玄関先で彼女を抱きしめてしまう。

「はあああ、おまえってヤツはほんともう……」
「窓、開けておいてくれる?」
「何でだ?そのまま来ればいいだろ」
「……ちょっと、恥ずかしいし。猫になってくるよ」
「おお!!久しぶりだな!!それはそれで最高だ」
「シャワー浴びてからお邪魔するね」

 はそう言って、アジトに入るなりバスルームへと向かった。ホルマジオはまっすぐ自室に向かい、臭い消しのために軽く香水をつけた後部屋の片づけを始めた。

 脱ぎっぱなしにしてベッドの上に放っておいた部屋着を持ち上げ顔を埋め臭いをチェック。うーん。アウト。悪臭とまでは言わないもののと一緒にベッドに入るには好ましくない臭いを放つそれを、ホルマジオは部屋の戸口の近くに置いているランドリーバスケットに放り投げた。そして新しい部屋着を衣装ケースから取り出し着替えを済ませると、軽くブランケットやらシーツやら枕やらを叩いてベッドメイキングを始めた。そしてベッドを見ている内に彼は思いだした。

 の服をどうしよう。

 そうだ。猫になった彼女は人間の姿に戻った後素っ裸になってしまう。カルロのクソ野郎がいらんことを暴露した所為で、が自分も遊ばれているだけなんじゃないかと思って傷ついてしまっているかもしれないという矢先にそれはまずい。――裸の彼女とベッドにいて襲わないでいられる自信など、男ホルマジオには微塵も無かった。しかも、ここはアジトだ。人の情事を盗み聞きしようなんて変態とか、鏡の中の引きこもりとかがいるアジトなのだ。せっかくの初めてなら、思う存分を堪能したいし、声を出すな、なんて言いたくもないしむしろ聞きたい。

 ホルマジオは段々と緩んでくる頬を一度パシンと叩いて、いかんいかんと頭を振って煩悩を掃い落とした。衣装ケースを再び開けて、恐らくにはオーバーサイズになるであろう厚手のTシャツを一着引っ張り出してベッドのサイドテーブルに置いた。そうこうしているうちに、背後から猫の鳴き声が聞こえてきた。振り返るとそこには、久しぶりの幻想的な光景が広がっていた。

 優しい月明かりを背に受けて、窓枠にちょこんと座る白い長毛の美しい猫。思えば、それがだと知って見るのは初めてだった。ただでさえ可愛らしい姿をしているのに、それが愛しくてたまらないの別の姿だと思うと言葉にできない気持ちが奥底から込み上がってくるようだった。ホルマジオは長い尾をゆったりと右へ左へと振ってこちらを見つめたまま動かないでいるに歩み寄る。

「ほんと、おまえってなんでそんなカワイイんだよもう……」

 ホルマジオはの狭くふさふさとした額を優しい手つきで撫でた。途端、はごろごろと喉を鳴らし始め、ピンと尾っぽを立てて器用に四つの足で狭い窓枠に立ってホルマジオの掌に額を擦り付けた。彼はたまらずを抱きかかえてベッドに連れ込んだ。

 彼女を抱きかかえたままベッドに仰向けになると、それがと知らない間にしていたのと同じように胸の上に乗せて、額から尾の付け根までを何度も撫でた。相変わらずは心地良さそうに目を細めてごろごろと喉を鳴らしていた。たまにホルマジオの胸に顎のあたりを擦り付けたりする。

 たまらん。だが、元の姿のが恋しくなってくる。

「なあ、。いつまでそうしてるつもりだ?」

 はニャーっと声を上げて返事をする。うん。何を言っているか分からない。それでもホルマジオは語りかけ続けた。

「いや、猫のおまえもたまらなく好きなんだよ。けど、オレはやっぱり、本当のおまえの姿がいい。でもまあ、好きにしろよ。戻ったら、そこに置いてるシャツを着ろ。分かったな」
「にゃ」

 どうやら短い鳴き声は承諾の意味を持つようだ。そんな新しい気づきを得てホルマジオは微笑んだ。癒しだ。この上ない癒し。恐らく、これまでの人生で最高の、そしてこれから先もこれ以上のものは無いと断言できるような圧倒的な癒しを得た。それが最高に幸せだった。そして同時に、その幸せがもし離れて行ってしまったらという恐れも抱いていた。

「なあ、

 人間の姿のおまえにするよりも話しやすいと思えた。少し卑怯で情けない気もするが、ホルマジオにはどうしてもに伝えたいことがあった。

「おまえ、カルロがさっき言ったこと、気にするか」

 猫は人語を話すことができない。それでも彼女がまだ猫の姿でいようと思ったのは、その方がホルマジオにとっていいんじゃないかと思ったからだった。元の姿の自分おまえにしていた帰り道に、ひた隠しにしようとしていた事を今になって話そうとしてくれている。それはきっと、猫の姿でいるからだ。ならばもうしばらく何も言わずに彼の話を聞いていよう。

「確かにオレは、おまえと出会う前まで女とまともな付き合いなんてしてこなかったんだ。女の方も女の方で、オレとまともに付き合おうなんて思っちゃいなかった。奴らにとっちゃ、オレなんかただの得体の知れないゴロツキでしかなかっただろうし、金のニオイもしねーしさ。それが最初からわかっちまってたから長続きなんかしなかった。それに、本気で愛そうと思える女に会ったことも無かった。でもどっかで、本気で愛せるような、そして本気で愛してくれるような女に会えたら幸せだろうなってことくらいは思ってたんだ」

 ホルマジオはちらとの顔色を伺った。顔色と言っても、人間のそれとは全く形が違うので、怒っているのか呆れているのかはたまた哀れんでいるのか、少しも感情は読み取れなかった。ただ、耳は後ろを向いて倒れていないので不快に思っているわけではなさそうだ。ホルマジオは話を続けた。

「オレは今までずっとおまえを探してたんだ。おまえに会えるのを、ずっと待ってた。おまえのことは本当に……大切にしたいと思ってる。こんなオレのことを、大好きだと言ってくれるおまえのことを。だから、過去のことは……その。……気に、しないでほしいんだ。身から出た錆だってことくらい分かってる。けど、やっぱりおまえに嫌われたくない。離れて行ってほしくない」

 の前足がホルマジオの顔に向かって伸びていった。その前足は先端から胴体に向かって駆け上がる様に、本来の人間の姿へと変化を遂げていく。小さな窓から射し込む月明りに照らされただけの部屋の薄闇に、美しい女の姿が現れた。ホルマジオはその美しさに息を呑んで目を見開いた。

「ホルマジオ。心配しないで。私、絶対にあなたから離れたりしない」

 静かで優しい声が、天使の息吹の様に降りかかる。そしての暖かな手のひらはホルマジオの頬をそっと包んだ。

「今のあなたが好き。色んな経験をして、今ここにいるあなたが好きなの。過去のこと、気にならないって言ったら嘘になるよ。でも、こんなに……カッコイイんだもん。もし彼女なんかいなかったって言われたとしたら、それこそ信じられなくて不安になっちゃう。……打ち明けてくれてありがとう。私は絶対にあなたのことを嫌いになったりしない。ありのままのあなたでいて、ホルマジオ」
……」

 ああ、オレは何て幸せ者なんだ。こんなに幸せでいいんだろうか。こんなに慈しみに溢れた愛を与えてくれる女に愛されて、そんな女を愛している今の境遇。やはり神に感謝だな。人生で二回目だ。この短期間で、二回も神に感謝することになるとは。は神の使い、天使だからなんだろうなきっと。

 そんなことを考えている内に途方も無い愛しさが一気に押し寄せてきて、ホルマジオは息が苦しくなるようだった。ついさっき煩悩に呑まれて心配していたこと――素っ裸のおまえにして襲わないでいられる自信が無いとか何とかということだ――は心配に及ばなかったようだ。事実、今彼は一糸纏わぬ姿でに跨られているわけだが、性欲よりも次から次へと湧いてくる果てしない愛情で胸がいっぱいになっていてそれどころではなかった。

 ホルマジオはの背中に腕を回して抱き寄せると、愛し気に額にキスをした。そして深く息を吸って長く吐いた後、彼女を抱きしめつつ頭に頬ずりをした。

「愛してる。。おまえのことは、一生大事にする」
「……うん。ありがとう。私も……私も、愛してる」

 は少し後ろめたさを感じていた。ホルマジオは過去を打ち明けてくれた。今夜のハプニングがなければまだ知ることにはならなかったのかもしれないことだが、結果的にはこれで良かったのだろう。

 けれど、自分の過去はまだ明らかにしていない。そして、まだ明らかにする勇気も無かった。それこそ彼が知ってしまったら幻滅されるんじゃないかと、離れていってしまうのではないかと恐ろしかった。

 きっと彼の過去を受け入れると言ったのは、自分の過去があるからだ。自分を受け入れて欲しいから、まず、ホルマジオの過去を受け止めたのだ。そんな自分が醜く思えた。

「あ、おい。分かったって意味で可愛らしくにゃ、とか何とか鳴いたんじゃなかったのかよ」

 ホルマジオはを隣に寝せると、サイドテーブルに乗せておいたTシャツを手に取って彼女の胸の上に乗せた。そうだった。と呟いて、は上体を起こしてその場でオーバーサイズのTシャツを身に纏った。そして再びベッドに寝転がると、ホルマジオの腕が首筋に当たる。そしてまた抱き寄せられて、今度は唇に触れるだけのキスをされた。

「これくらいで勘弁してくれよ。……これ以上深いのしちまったら、絶対に抑えられねぇ自信がある」
「うん。分かった」

 は微笑んでホルマジオの胸に額を寄せた。少しだけ早くなった彼の心音が彼女の鼓膜を震わせる。とても心地よかった。ホルマジオの体温も心音も、何もかも。自分の五感で感じられる全てが愛しかった。

 リラックスすると素の自分が出てしまうものだ。たまに飼い猫が仰向けになって腹を見せ、野性だったころの先祖の記憶を完全に忘れ去ったような格好で寝ている時があるが、あれと同じだ。

 はいつも自室で寝る時にするように、抱き枕に足を絡めて密着した。今宵の抱き枕はホルマジオだ。まさかが足を絡めてくるなどとは思いもしなかった彼は、襲ってきていた眠気を追い払って目を見開いた。

「お、おい。足……そうしてねーと眠れねぇのか」
「あっ……ごめん。つい」

 ホルマジオに指摘を受け、はホルマジオの脚と脚の間に滑り込ませていた自身の脚を抜き去ろうと膝を折り曲げた。

「――ッ!!」
「あ」

 膝を折り曲げた拍子に、はホルマジオの股間に太腿を撫でつけてしまった。股間の魔物はとっくの昔に目覚めていたのだ。ホルマジオの知らない内に。

「……これ、どうする?」
「ああ!?ほ、ほっとけ。そのうちおさま――っ、おい、な……何やってる!?」

 は猫さながらにブランケットの中に潜り込んでいった。そしてスウェットパンツを押し上げている膨らみを何度か手のひらで撫でた後、下着もろとも脱がしにかかる。ホルマジオはまさかの事態に困惑を極めながらブランケットをめくって上体をおこした。

「ほっとけないよ」
「あっ、おい嘘だろ……」
「楽にしてあげる。……声、我慢できる?」
「いやいやいや、ちょ、待てよマジで……あっ、おい、よせよせよせ」

 魔物の先端は、容易にの口の中におさめられてしまった。

 あッ……あああああ――!!

 瞬間、ホルマジオの中で声にならない歓喜の叫び声が上がった。

 心地良さの専門家は、自分が心地良い場所を見つけるのはもとより、人を心地よくする術もわきまえていたのだった。